第7話 知らない方が幸せかもしれない事実

「なぁお前ら、飯食ったらモン〇トしようぜ」

「却下ッ! 昼休みにスマホをいじるな! 帰るまで没収だッ!」

 憲太郎のスマホを取り上げ、佳代は彼の緑色の瞳を睨む。刹那、ピシリと音を立ててクラスの空気が凍った。クラスの約半分の生徒が佳代を取り囲む中、憲太郎は嘆くように両手を広げる。どこか弾圧するような空気が流れる中、きざしが慌てたような指先で佳代の肩を引く。

「む、どうした兆」

「本当やめろよ、面倒ごと起こすんじゃねえよ。あとで落とし前つけさせられたらどうすんだ。怪我じゃすまないぞ」

「知らん!」

 兆の手を振り払い、佳代は不満そうに頬を膨らませる憲太郎に指を突きつけ――と、派手な音を立てて教室の前扉が開いた。銀色に染めた髪を振り乱し、痩せ型の少年が息も絶え絶え教室に入ってくる。息苦しいのか黒いマスクをずり下ろし、彼は救いに手を伸ばすように叫ぶ。

勘解由小路かでのこうじ氏、至急同行希望!」

「何かあったのか!?」

「体育館裏でそっちのクラスの八手はって氏と石ノ森いしのもり氏が揉めてる現状!」

「分かった、案内するのだ!」

 鋭い言葉に、銀髪黒マスクは頷いて走り出す。佳代は憲太郎のスマホを持ったまま歩き出し――その歩速を見て、憲太郎は呆然と呟いた。

「……はええ……歩いてるはずなのに走ってるのと大差ない速さ……何あいつ……」



「……は?」

 体育館裏で足を止め、佳代は呆然と眼前の光景を見つめた。漫画の中のように現実感のない光景に、思わず言葉を失う。

 ――体育館の壁に、不良とみられる数人の生徒が打ちつけられていた。周囲の地面にも数人の生徒が放射状に倒れている。そしてその中心で睨み合っているのは、赤と黒の少年。火花すら散りそうな勢いで睨み合う二人から恐る恐る視線を外し、佳代は隣に立つ銀髪黒マスクに視線を移す。

「……確認なのだ。左にいるのが八手紅介こうすけ、右にいるのが石ノ森栄須えいすなのだよな」

「正解」

 銀髪を揺らして頷く黒マスクに、それはわかった、と佳代は頷き返す。彼は注意深く視線を二人に移した。赤茶色の髪をした体格のいい八手と、やや長めの黒髪を首元で縛った細身の石ノ森。二人が纏う静電気のような空気間に、佳代の首筋に静かに汗が流れる。爆弾を監視するように目を細めながら、彼は静かに問いかけた。


「……それで、これ、どういう状況なのだ?」

 外国語でメッセージを送りつけられたような声に、銀髪黒マスクは派手にずっこけた。顔から地面に突っ込み、ぴくぴくと痙攣けいれんしつつ、放射状に倒れている生徒たちをなぞるように指を動かす。

「……八手氏と石ノ森氏の喧嘩の巻き添え。八手氏は無所属の石ノ森氏を『ライドラ』に入れたさみ。石ノ森氏はソロプレイヤーだけどハイランカー。孤高。で、石ノ森氏の取り巻き共を八手氏が倒して、八手氏についてきた『ライドラ』のメンバーを石ノ森氏が倒して、その結果がこの有様」

「……では、何故放射状に倒れているのだ?」

「謎……」

 生まれたての子鹿のように震えながら顔を上げ、黒マスクは制服についた砂を払いながら立ち上がる。それ以上に汚れてしまった黒マスクを払いつつ、口を開く。

「考えられるのは、法師濱ほしはま氏のキザッシースイングに憧れた可能性」

「そんなもんに憧れんじゃねえよ……」

 呆れたような声に二人が振り返ると、やれやれ、と息を吐くグロッシーブラックの髪。特徴的な三白眼をすっと細める兆に、佳代は何気なく首を傾げた。

「兆? どうしたのだ?」

「いや、八手の野郎また暴走してねえかなって。でも見た感じ、またやってるっぽいな……石ノ森も石ノ森で派手にやってるし、本当何なんだ、あの二人……」

「マジそれな」

 頭痛に耐えるような兆の声に、銀髪黒マスクも呆れ果てたように頷いた。佳代は一度兆から視線を外し、睨み合う二人を観察する。赤と緑の姿はしばし無言で睨み合い……先に沈黙を破ったのは石ノ森だった。

「……八手。お前、しつこすぎ。なんで俺がお前らの仲間になんなきゃいけないんだよ……俺は一人でいいんだ」

「いつまでも強がるなよ栄須! 一人で暴れてんの見てらんねえし。な、いい加減観念しておれたちの仲間になれよ、悪いようにはしねえから!」

「断る」

 八手が差し出した手を冷たくねのけ、石ノ森は眉間に皴を寄せた。切れ長の瞳がさらに鋭くなり、氷の刃のような声が放たれる。

「俺は誰とも群れるつもりはねえ、放っとけよッ!」

「――来るッ!」

 ――石ノ森の腕が動く。鋭く風を切るような音とともに、槍のようなストレートの拳が放たれた。しかし、バシッとキャッチャーミットのような音。石ノ森の拳を片手で受け止め、八手は投げ技を放とうとその胸に手を伸ばす。サイドステップでそれを回避し、石ノ森は無駄のない動きで回し蹴りを放つ。それは八手の腹部に見事命中するが、彼はその脚を両手で掴み――


「――そこまでなのだッ!」

 弾丸のように飛び込んでくるアイボリーブラックに、八手は反射的に石ノ森の脚から手を離した。勢いよく飛び退る石ノ森をよそに、彼は佳代の首筋に手を伸ばした。反射的に飛び出し、兆は八手の腕を撥ね退ける。

「……法師濱! お前、何しに来たんだよッ」

「また暴走してないか見に来ただけだ。お前、いっつも石ノ森に絡んで圭史さんたちに迷惑かけてるだろうが……これ以上、圭史さんに迷惑かけられたら困るんだよ」

「……し、仕方ないだろっ」

 思わず兆から視線を逸らし、口ごもる八手。ちらりと石ノ森に視線を向け、隠し事がばれた子供のようにぼそぼそと呟く。

「……仲間に入れたかったんだよ」

「だからって毎度毎度喧嘩売ってこなくてもいいだろ……ガキかよ」

「ガキってなんだガキって!」

「石ノ森氏、ステイ。ナンセンス。とりあえず話聞くの推奨」

 落ち着けとでも言いたげに両手を動かす銀髪黒マスクを一瞥し、石ノ森は一つ舌打ちをした。首元で縛られた黒髪が風に揺れる。そんな彼から視線を外し、佳代は自分よりはるかに身長の高い八手を見上げた。小首を傾げ、何気なく問う。

「それで八手紅介、なぜ石ノ森栄須をそんなに仲間に引き入れたいのだ?」

「お、おい佳代!」

「勘解由小路氏、それはやや不躾ぶしつけ……!」

 兆と銀髪黒マスクの声に、佳代は逆方向に首を傾げて八手を見つめる。当の八手は顔を隠すように俯き……その肩が徐々に震えていく。石ノ森の冷ややかな視線が浴びせられる中、八手は勢いよく顔を上げた。細かく震える指で石ノ森を指さし、何かを誤魔化すように絶叫した。

「え、栄須が強いから味方につけたいってだけだ! 断じて……断じてっ!」

 叫ぶうちにその顔がトマトが色づくように紅潮していって、八手は派手に顔を覆った。理解を求めるように目を細め、石ノ森は呟くように問う。

「断じて、何だよ」

「石ノ森氏ステイ。知らない方が幸せかもしれない事実」

「……意味不明だな」

 銀髪黒マスクの言葉に、石ノ森は呆れたように目を細めた。小さく息を吐き、歩き出す。響く小さな足音に、八手は反射的に彼を追って走り出した。

「待て栄須! どこ行くんだよ!」

「教室。ついてくんな」

「……ついてくるなも何も、同じクラスなんだからついていかざるを、むぐっ」

「佳代は黙ってろッ!」

 慌てて佳代の口を塞ぎ、兆は彼を反対側に押しやっていく。これはこれで仲のよさそうな二人を眺め、銀髪黒マスクは軽く頷いた。

(……一件落着……?)

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