第7話 知らない方が幸せかもしれない事実
「なぁお前ら、飯食ったらモン〇トしようぜ」
「却下ッ! 昼休みにスマホをいじるな! 帰るまで没収だッ!」
憲太郎のスマホを取り上げ、佳代は彼の緑色の瞳を睨む。刹那、ピシリと音を立ててクラスの空気が凍った。クラスの約半分の生徒が佳代を取り囲む中、憲太郎は嘆くように両手を広げる。どこか弾圧するような空気が流れる中、
「む、どうした兆」
「本当やめろよ、面倒ごと起こすんじゃねえよ。あとで落とし前つけさせられたらどうすんだ。怪我じゃすまないぞ」
「知らん!」
兆の手を振り払い、佳代は不満そうに頬を膨らませる憲太郎に指を突きつけ――と、派手な音を立てて教室の前扉が開いた。銀色に染めた髪を振り乱し、痩せ型の少年が息も絶え絶え教室に入ってくる。息苦しいのか黒いマスクをずり下ろし、彼は救いに手を伸ばすように叫ぶ。
「
「何かあったのか!?」
「体育館裏でそっちのクラスの
「分かった、案内するのだ!」
鋭い言葉に、銀髪黒マスクは頷いて走り出す。佳代は憲太郎のスマホを持ったまま歩き出し――その歩速を見て、憲太郎は呆然と呟いた。
「……はええ……歩いてるはずなのに走ってるのと大差ない速さ……何あいつ……」
◇
「……は?」
体育館裏で足を止め、佳代は呆然と眼前の光景を見つめた。漫画の中のように現実感のない光景に、思わず言葉を失う。
――体育館の壁に、不良とみられる数人の生徒が打ちつけられていた。周囲の地面にも数人の生徒が放射状に倒れている。そしてその中心で睨み合っているのは、赤と黒の少年。火花すら散りそうな勢いで睨み合う二人から恐る恐る視線を外し、佳代は隣に立つ銀髪黒マスクに視線を移す。
「……確認なのだ。左にいるのが八手
「正解」
銀髪を揺らして頷く黒マスクに、それはわかった、と佳代は頷き返す。彼は注意深く視線を二人に移した。赤茶色の髪をした体格のいい八手と、やや長めの黒髪を首元で縛った細身の石ノ森。二人が纏う静電気のような空気間に、佳代の首筋に静かに汗が流れる。爆弾を監視するように目を細めながら、彼は静かに問いかけた。
「……それで、これ、どういう状況なのだ?」
外国語でメッセージを送りつけられたような声に、銀髪黒マスクは派手にずっこけた。顔から地面に突っ込み、ぴくぴくと
「……八手氏と石ノ森氏の喧嘩の巻き添え。八手氏は無所属の石ノ森氏を『ライドラ』に入れたさみ。石ノ森氏はソロプレイヤーだけどハイランカー。孤高。で、石ノ森氏の取り巻き共を八手氏が倒して、八手氏についてきた『ライドラ』のメンバーを石ノ森氏が倒して、その結果がこの有様」
「……では、何故放射状に倒れているのだ?」
「謎……」
生まれたての子鹿のように震えながら顔を上げ、黒マスクは制服についた砂を払いながら立ち上がる。それ以上に汚れてしまった黒マスクを払いつつ、口を開く。
「考えられるのは、
「そんなもんに憧れんじゃねえよ……」
呆れたような声に二人が振り返ると、やれやれ、と息を吐くグロッシーブラックの髪。特徴的な三白眼をすっと細める兆に、佳代は何気なく首を傾げた。
「兆? どうしたのだ?」
「いや、八手の野郎また暴走してねえかなって。でも見た感じ、またやってるっぽいな……石ノ森も石ノ森で派手にやってるし、本当何なんだ、あの二人……」
「マジそれな」
頭痛に耐えるような兆の声に、銀髪黒マスクも呆れ果てたように頷いた。佳代は一度兆から視線を外し、睨み合う二人を観察する。赤と緑の姿はしばし無言で睨み合い……先に沈黙を破ったのは石ノ森だった。
「……八手。お前、しつこすぎ。なんで俺がお前らの仲間になんなきゃいけないんだよ……俺は一人でいいんだ」
「いつまでも強がるなよ栄須! 一人で暴れてんの見てらんねえし。な、いい加減観念しておれたちの仲間になれよ、悪いようにはしねえから!」
「断る」
八手が差し出した手を冷たく
「俺は誰とも群れるつもりはねえ、放っとけよッ!」
「――来るッ!」
――石ノ森の腕が動く。鋭く風を切るような音とともに、槍のようなストレートの拳が放たれた。しかし、バシッとキャッチャーミットのような音。石ノ森の拳を片手で受け止め、八手は投げ技を放とうとその胸に手を伸ばす。サイドステップでそれを回避し、石ノ森は無駄のない動きで回し蹴りを放つ。それは八手の腹部に見事命中するが、彼はその脚を両手で掴み――
「――そこまでなのだッ!」
弾丸のように飛び込んでくるアイボリーブラックに、八手は反射的に石ノ森の脚から手を離した。勢いよく飛び退る石ノ森をよそに、彼は佳代の首筋に手を伸ばした。反射的に飛び出し、兆は八手の腕を撥ね退ける。
「……法師濱! お前、何しに来たんだよッ」
「また暴走してないか見に来ただけだ。お前、いっつも石ノ森に絡んで圭史さんたちに迷惑かけてるだろうが……これ以上、圭史さんに迷惑かけられたら困るんだよ」
「……し、仕方ないだろっ」
思わず兆から視線を逸らし、口ごもる八手。ちらりと石ノ森に視線を向け、隠し事がばれた子供のようにぼそぼそと呟く。
「……仲間に入れたかったんだよ」
「だからって毎度毎度喧嘩売ってこなくてもいいだろ……ガキかよ」
「ガキってなんだガキって!」
「石ノ森氏、ステイ。ナンセンス。とりあえず話聞くの推奨」
落ち着けとでも言いたげに両手を動かす銀髪黒マスクを一瞥し、石ノ森は一つ舌打ちをした。首元で縛られた黒髪が風に揺れる。そんな彼から視線を外し、佳代は自分よりはるかに身長の高い八手を見上げた。小首を傾げ、何気なく問う。
「それで八手紅介、なぜ石ノ森栄須をそんなに仲間に引き入れたいのだ?」
「お、おい佳代!」
「勘解由小路氏、それはやや
兆と銀髪黒マスクの声に、佳代は逆方向に首を傾げて八手を見つめる。当の八手は顔を隠すように俯き……その肩が徐々に震えていく。石ノ森の冷ややかな視線が浴びせられる中、八手は勢いよく顔を上げた。細かく震える指で石ノ森を指さし、何かを誤魔化すように絶叫した。
「え、栄須が強いから味方につけたいってだけだ! 断じて……断じてっ!」
叫ぶうちにその顔がトマトが色づくように紅潮していって、八手は派手に顔を覆った。理解を求めるように目を細め、石ノ森は呟くように問う。
「断じて、何だよ」
「石ノ森氏ステイ。知らない方が幸せかもしれない事実」
「……意味不明だな」
銀髪黒マスクの言葉に、石ノ森は呆れたように目を細めた。小さく息を吐き、歩き出す。響く小さな足音に、八手は反射的に彼を追って走り出した。
「待て栄須! どこ行くんだよ!」
「教室。ついてくんな」
「……ついてくるなも何も、同じクラスなんだからついていかざるを、むぐっ」
「佳代は黙ってろッ!」
慌てて佳代の口を塞ぎ、兆は彼を反対側に押しやっていく。これはこれで仲のよさそうな二人を眺め、銀髪黒マスクは軽く頷いた。
(……一件落着……?)
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