第31話 お昼休憩とエリアボス




 さて、2度目の家族での馬車旅行である。最初はお馴染みの荒野が続く風景、それから遠くには天に突き出るような山脈群が窺える。

今回の旅路は、予定ではおよそ2日の日程だろうか。途中にやはり小さな宿泊街はあるが、今のところ泊まりに寄る予定は無し。

 前回で懲りたと言うのもあるが、大金を出してキャンプ用具を揃えたのが大きな理由だ。買ったからには使わないと勿体無い、何より安全度はグンとアップするし。

 祥果さん会心の買い物だ、それを無視したら怖いと言う理由も。


 出掛けた時には余り良い天気では無かったが、暫く進むととうとう雨が降り始めた。ゲーム内の天気は、言ってみればランダムだ。

 リアル世界と違って、大地が潤うとかそんな深い理由は存在しない。


 ただ、雨の時だけ出現するモンスターやNMは存在するし、キャラのステータスや移動速度に影響も出たりする。とは言え、馬車の速度にはそれ程の影響は無い。

 央佳は天候を無視して、馬車を走らせる。


「お父さん、雨が降って来たけど大丈夫? 祥果さんが、馬車を停めて休憩したらって」

「あぁ、これ位は全然平気だよ。多分、このエリアを抜けたら雨は止むはずだよ」

「分かりました、祥果さんにそう伝えます」


 ルカの伝言ゲームを利用しつつ、央佳は馬車の速度を緩めない。次に停車するのは、多分お昼ご飯になるだろう。その時にはきっと、このエリアから抜け出して天候も回復している筈。

 実際そうなったし、濡れた衣服もすぐに乾いて不快感も持ち越さずに済んだ。荒野はいつの間にか険しい山岳の風景に変わっていて、小高い草木も目立って来る。

 そのため視界はすこぶる悪く、先が見通せない。


 道も下りたり上ったりで、山道っぽい荒れ模様。子供と祥果さんが酔ったりしないかなと、央佳は少し心配するが。今の所、後方からそんな報告は届いて来ない。

 馬車の中からは、いつものように姉妹の賑やかな話し声が聞こえて来るのみ。今は読み書きの授業中らしい、やたらと大きなネネの発音する声が聞こえて来る。

 今では祥果さんに対する、人見知りはすっかり解けた様子。


 しばらく進むと、いつものようにルカが車内から抜け出して来た。雑談している内に、昼食を取る場所を一緒に探そうと言う話になって。

 ルカの好みはうるさくて、高評価を得る場所がなかなか見つからない有り様。


 ようやく見つかったのは、それから30分後の事。山の中腹の小高い崖の上、見晴らしの良いひらけた場所だった。遠くの山々の連なりや、眼下の湖の眺めが素晴らしい。

 央佳はそこで馬車を停め、皆に昼食休憩を告げる。


 賑やかに降りて来る子供達と、その後に続く祥果さん。ルカの抱えているマリモを目にして、ネネが途端に騒ぎ出す。どうやら自分も抱っこしたいらしい、根負けした央佳がコンを召喚。

 それを嬉しそうに抱っこして、ようやくネネの機嫌は元通りに。アンリがそれにちょっかいを掛け、姉に取られまいと逃げ始める四女。祥果さんがたしなめて、ようやく騒ぎは沈静化。

 ……どっちみち、央佳のMPが尽きれば送還されてしまうのだけれど。


「名前を付けたのは良いけど、コイツを主力として育てるには色々と足りないものが多いなぁ。……祥ちゃん、ひょっとしたら俺、この後一人で別の大陸に出掛けるかも知れない」

「私も子供達も、1日くらいなら平気だと思うけど。それとも、もっと時間が掛かる用事なの?」


 昼食を食べながら、夫婦での今後の予定決めの為の小声での会話。実際、コンの戦闘能力はまだまだ当てにならないし、ペットとしての存在感程度で大事なスロット枠を塞ぐのは業腹だ。

 方々に相談してようやく得た情報によると、新大陸の中央塔でミッションPとの交換で得られるアイテムが良さそうだとの結論が出て。

 ペット系の良品装備を探しに、ちょっと出掛けてみたいのだが。


 新大陸にはミッションをこなさないと進めないし、条件はレベル100到達なので祥果さんはまだ無理だ。そんな訳で単身乗り込む必要に迫られるのだが、やっぱり家族が心配で。

 出掛ける時はギルメンに護衛を頼むねと、心配顔での央佳の申し出に。お気楽顔の祥果さんは、気にしないでも大丈夫だよと請け合うのだが。

 やっぱり心配な央佳は、護衛の誰かとの交替での出発を考えていたり。


 まぁ、それはもう少し後でも良い案件だ。昼食をキャンプ地で食べ終わった子供達は、思い思いに好きな事をして寛ぎ始めている。ルカとネネは主にペットを愛でていて、メイとアンリは近くの木に登って、木の実を取ったり遠くの景色を眺めたり。

 その内にメイが、自分の笑い声が一拍遅れて戻って来る事に気付いた。パパこれなぁにと、次女の無邪気な質問に。木霊こだまとかやまびこと言う現象だよと、央佳は呑気に返事を返す。

 それを聞いた子供達、競争するように木霊との遣り取り。


「……みんな無邪気で可愛いわねぇ、やっほーって掛け声知らないのかしら?」

「うむぅ、リアル世界での常識は知らないのかなぁ……祥ちゃん、教えてあげなよ?」


 それも親の務めだと、祥果さんは張り切って掛け声の競演に参加。そして巻き起こる、その行為がトリガーとなる何とも変テコな事件。満を持して祥果さんが『やっほー』と大声を張り上げた瞬間に。

 その掛け声に呼ばれ、突如出現する“木霊コダマ”と言う名のNM。


 ソイツは変わった外観で、異様な精霊の体躯に巨大な口と幾本かの細長い腕が生えていた。その腕が祥果さんを狙おうとした瞬間、勢いの良いルカのブロックがそれを防ぐ。

 間一髪間に合ったものの、まだまだ予断は許さない状況だ。何しろ後衛の筈の祥果さんが、思いっ切り前線に取り残されているのだから。

 何が起こったのか分からないまま、祥果さんは右往左往。


「祥ちゃん、こっちに戻って!! モンスターが湧いてる、そこ危ないっ!!」

「えっ、ええっ……!?」


 未だ混乱中の祥果さん、央佳の呼び掛けにも惚けた返事。業を煮やしたのか、近くにいたアンリが彼女の手を取って危険地帯を脱出。木霊NMに取り付いているのは、今の所ルカただ一人。

 そのため、木霊NMは前線でやりたい放題だ。


 まずは同時召喚で、風の精霊を一気に5体も呼び出して。場を一気に混乱に陥れる、何とも小憎らしい演出を施して来る。

 しかもその中の数体が、攻撃魔法を唱え始めて。


 突然の風系の範囲魔法に、場は更にカオス状態に。見事に範囲内に入ってしまっていた祥果さん、実にこの世界での初ダメージを喰らってしまう! それを目にした央佳は、一気に頭に血が上り。

 我知らず抜刀して、その場に乱入している始末。


「ルカッ、左にずれろ……!!」

「はっ、はいっ……!」


 急な父親の指示に、慌てて従う素直な性格のルカ。その小さな身体の脇を、央佳の遠隔片手剣スキルの《次元斬》が猛スピードで飛び過ぎて行く。

 精霊系のモンスターは、その性質故に直接攻撃が効きにくい。って言うか、ほとんど効果が無い程の物質透過能力を備えている。そんな奴にダメージを与えようと思ったら、魔法か防御力無効の一撃を加えるしかない。

 つまりは桜花の持つスキル、《次元斬》も有効な手だ。


 ここで央佳にとって、ちょっとした誤算が2つ程生じた。それから有り難い事に、祥果さんの無事と速やかな安全圏への離脱を視界の端に確認。

 NMのタゲを取れたのは計算通りだったが、ルカが尊敬の眼差しでこちらを眺めて戦闘放棄するとは計算外。てっきり以前みたいに、自分の殴った敵は無条件に一緒に殴ってくれると思っていたのだが。

 その行動を取ったのは、出しっ放しだった召喚ペットのコンのみ。


 いきなり氷魔法の《アイスランス》が飛んで来て、敵の召喚した雑魚精霊にヒットしたので。誰の仕業だと驚いたのだが、新参者のコンだったとは想定外。

 主人の定めた敵に攻撃するのは、まぁ彼らの本分なのだけれど。何故に氷魔法なのか、央佳はその理由に暫くは思いが至らなかった次第。

 そう言えばと思い出すのが、コイツに喰わせた氷の宝珠。


 答えが分かってしまえば、なるほど簡単なカラクリだ。そうやって、成長を糧にするタイプのペットらしい。そうするとコイツは、ひょっとして竜スキルも使うのだろうか?

 判明するのが楽しみなような怖いような、妙な気持にさせてくれる。って言うか、レベルの低さとMP消費率を計りに掛けると、引っ込めた方が割りが良い。

 続けて片手剣スキルの《風刃喝砕ふうじんかっさい》で雑魚を始末し、ようやく前線に到着する央佳。


 なおも魔法を唱えようとする雑魚精霊を、央佳は《拍龍はくりゅう》で潰しに掛かる。魔法は詠唱中に移動したり攻撃を受けたりすると、中断してしまうと言う特性を持っているので。

 こんな無理やりな移動で、邪魔するのも有効な手段である。成る程と、得心した顔のルカが相変わらず央佳の戦闘風景を熱心に眺めている。

 その少し後ろでは、戦闘にとっても参加したそうなメイの姿が。


 どうやらこちらの世界に来てからの家族間のコミュニケーションで、以前とは全く別の力関係が出来上がってしまっているらしい。つまりは家長の命令には、絶対服従的な。

 アンリも以前の戦闘では、出しゃばった真似をしない様にと確かに控えめな態度だった気がする。恐らくは良い傾向なのだろう、少なくとも以前の姉妹の訊かん坊振りに較べれば。

 それはともかく、さっさとこの難物を片付けてしまわないと。


「……父様、もう1体大物の敵が騒ぎを聞きつけて接近中……祥ちゃんはキャンプ場に入ったから、安全は確保済み……」

「もう1体って、何だそりゃ……!? ルカにアンリ、2人は新しく出て来た奴を抑え込めっ! メイっ、精霊の雑魚から順に焼き払えっ!」

「「「はいっ!!」」」


 父親の怒号交じりの命令に、即時に従う子供達。さっそくメイの得意魔法の《サークルブレード》が、雑魚を中心に命中して行く。

 雑魚精霊はその魔法一発で焼け死んで、随分と見晴らしが良くなった。


 央佳は親玉NM“木霊”と接近戦を挑んでいて、とにかく早い殲滅を目指す。子供達に任せた背後の状況も気になるし、特殊スキルに召喚技を持つNMはウザくて仕方が無い。

 SPが溜まり次第、殲滅に向けてのプランを決行する事に。


 一方のルカとアンリは、薮から飛び出た新たなNM猪に揃って総毛立っていた。威圧的な容貌とその巨大な体躯、見初められた先頭のルカは思わず後ずさりそうに。

 凶悪な眼光と牙を持つ、巨大な猪がそこにいた。


 怯んだ気配を察した訳でもないだろうが、先手を取っての敵の《突貫チャージ》が炸裂。盾でブロックしたものの、長女は少なくないダメージを受け。ルカの腹立ちまぎれの反撃だが、相手は痛がる素振りも無し。

 このエリアのあるじNMなのかも、レベル帯に反して猛烈な強者振り。


 サポートに入ろうとしたアンリだが、ふと足元に違和感が。ルカはいつも通りにタゲ取りスキルを敢行、アンリの殴れる構図を頑張って作ってくれているのだが。

 鼻息の荒い四女を足元に見付けた瞬間、アンリは軽い立ち眩みを覚える。そう言えば、この子だけ父親に指示を貰っていなかったっけ。いや、役に立ちたい気持ちは分かるけど。

 せめて立ち位置くらい、被らず考慮して欲しい。


「ネネちゃん、危ないからこっちにいらっしゃい……!」

「……ネネ、祥ちゃんが呼んでるよ……?」

「父っちゃが、頑張れって言ったよ!?」


 いや幼女(アンタ)には言ってないよと、幼い心を抉る様な台詞を敢えて口にする気にもなれず。アンリは熟考の末、この子の面倒は自分が見るよと祥果さんに合図を送る。

 実際、変身しないでもネネのパワーは当てに出来る程には強大だ。最近は度胸も付いて来たのか、《限定竜化》のスキルを使わないでも戦闘に参加出来るようになって来ている。

 何にしろ、小さな手足をフルに使っての幼女の戦闘シーンは、見ていて面白い。


 そんな事を思っていると、背後から《ウォーターシェル》の支援魔法が飛んで来た。祥果さんが、心配のあまりサポートにと安全地帯を飛び出して来たらしい。

 その気持ちは有り難いのだが、心配なのは猪NMがチャージ技を持っている事実。後衛と言えどヘイトを取り過ぎると、手痛いしっぺ返しを喰らってしまう恐れが。

 アンリは更に熟考する、祥果さんの安全は絶対に確保しなければ。


「……ルカ姉、真後ろに祥ちゃんがいるから、その場所絶対にキープして。横にずれたりしたら、チャージ技の射線に祥ちゃんが入っちゃう……」

「わ、分かった……タゲ固定したいから、アンリも手伝って!」


 ルカのタゲ取りスキルは、実は寝てたら生えて来た《ブロッキング》しか無かったりする。央佳に較べたら、まだまだ盾スキルも低いし頼りないのは確かなので。

 了解と返事したアンリ、まずは《ペンタスラスト》の強烈5連突きで敵対心を上昇しておいて。更に熾烈に殴りつけて、良い具合に育ったヘイトを《敵対心贈与》でルカに擦り付ける。

 恒例のお尻触りに、ルカはぴくっと反応しつつ。


 それでも随分、最初に較べるとタゲは安定して来た気がする。ネネの攻撃は、文字通り手加減を知らないので盾役のルカは大変だけど。

 敵のHPはいい感じに削れて来て、もうすぐ半分になる所。


 猪の攻撃も手加減を知らず、牙と蹄の通常攻撃は結構なダメージを与えて来る。獅子の盾も思わず愚痴るほど、そのパワーは侮れない。しかも体力半減からのハイパー化、猪NMの容赦知らずの大暴れに。

 牙の乱舞と体当たりで、前衛全員が吹き飛ばされる破目に。


 大慌てなのはみんな一緒、特に祥果さんの安全を心配するルカとアンリは、顔面蒼白になってしまう事態である。祥果さんの面前まで吹き飛ばされたルカは、クラクラする視界を何とか立て直して。

 慌てているのは祥果さんも同様で、吹き飛んだ子供達を見てオロオロするばかり。そこにようやく木霊NMを倒した、央佳とメイが駆け付けて来る。

 そして戦闘参加している祥果さんを見て、やっぱり大慌ての様子。


「祥ちゃん、危ないってば……!! 大物NMエリアボス相手はまだ早いよ、コイツ等どんな特殊技を持ってるか分からないんだから!!」

「でっ、でも……子供達が危ない事になってるし、私も手助けしないと!」


 一番危ないのは、戦闘経験が物凄く希薄な祥果さんその人だ。ちなみにレベルも一番低いし、体力も少ないので特殊技に巻き込まれると一発昇天の可能性も。

 それを良く分かっているルカとアンリは、敵のハイパー化にめげずに再び取りつく構え。アンリは素早く《暗黒魔霧あんこくまむ》で、敵のチャージ技を封じて。

 更には《魔騎まき召喚》からのWチャージ、本気モードに移行する。


 その隣には、やはりかなり怒った様子のルカが再び敵に張り付いて来ていた。どうやら父親の前で恥をかかされた事実に、かなりご立腹な様子。

 同じく派手に転がっていたネネは、どうやら祥果さんに捕獲された様子。それもアリだ、これで2人は安全圏へと下がってくれる筈。充分に削りの役目を果たしてくれた、後は姉2人の役目だ。

 気合を入れ直して、ルカとアンリは再度猪NMと対峙する。


 最後の削りには、次女のメイも参加したけれど。央佳が参入するまでも無く、姉妹で何とか倒し切る事に成功して。見守る立場の央佳も、ホッと胸を撫で下ろす。

 成功体験は大事である、自分が手を貸せばいつまでも半人前。子育てって難しい、同時に親も育つ必要があるから。とにかく良かった、場にも和やかな空気が戻って来る。

 ドロップ品を回収するメイはともかく、他の子は央佳の元に集まって来る。


「……こんな事もあるから、フィールドでは気を抜いちゃダメだぞ、みんな?」

「「「は~~い」」」

「私も反省します、ゴメンなさい」


 言葉通りに反省顔の祥果さん、その雰囲気をぶち壊すように、明るい声でドロップ品を喜ぶメイの報告。この子は家族のムードメーカーだ、良くも悪くもいないと困る。

 今回も金のメダルを始め、風や炎の術書や猪の呼び鈴、高級毛皮や合成素材各種、変な装備品とポーション類が少し。大当たりこそ無かったが、結構な数のドロップだ。

 それを良しとして、央佳は家族を引き連れて安全なキャンプ地へ。


 ネネだけは未だに興奮していて、姉っちゃと一緒にやっつけたよを連呼している。この先の事を考えると、この幼女の戦闘能力も当てにしないといけなくなる筈。

 何にせよ、ネネも立派な家族の一員なのだ。皆がダンジョンに潜っている間、置いてけぼりなど出来る筈もない。それを踏まえて、央佳は頑張ったなと褒めてやると。

 大威張り絶頂の四女、鼻息も荒く頬を紅潮させている。





 ――今後の姉妹の舵取りに悩みつつ、まぁ何とかなるかと軽く考える央佳だった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る