第32話 水辺の闘い




 旅の道中、多少手間取りはしたものの、何とか夕方過ぎには宿場町に到着した央佳家族。ここも何故かジメッとした湿地帯で、近くには大きな湖畔も存在するようだ。

 山を下りて約3時間、馬車の旅はその間は割と順調に進んで。央佳も手綱を握っているだけで、それ程の苦労も感じなかった。道のりが平坦になっていたのも、大きな理由かも。

 とにかくようやく、目的地まで半分の距離を稼いだ。


 央佳の立てた予定では、今日はこの宿場町のすぐ側でキャンプをする事になっている。街の宿屋は使わない、お金の節約では無く命の安寧あんねいの為に。

 それでも街の施設は、宿の他にも存在する訳で。鍛冶屋で剣や防具の修繕をしたり、消費アイテムを買い足したり。食料も多めに持って来たが、買い足しても悪くは無い。

 そんな訳で、買い物タイムに走る祥果さんと子供達。


「この前の宿場町と同じで、町の通りは安全地帯じゃないからね。ここにキャンプ地を張ったから、何か危険を感じたら走ってここに飛び込む事。

 分かったかな、みんな?」

「「「は~~い!」」」


 祥果さんを含め、子供達の元気な返事。央佳の作ったキャンプ地は、馬車の片面を利用した即席の布の屋根付きテントと言った風貌で。

 外見はなかなか洒落ていると、本人は思っている。


 しかも馬車の室内も利用出来るし、祥果さんの買った家具が丁度三面を埋める具合に配置する事で、壁役も担っている。布の天井はやや低くて、背の高い央佳には難儀だが。

 子供達は秘密基地みたいだと、概ね好感を抱いている様子。


 こんな時、鞄で持ち運べる家具と言う設定は大いに役立ってくれる。『魔除けのランタン』の効果も、この位なら完全にカバーしてくれるのは計算済みだ。

 簡易ベッドも買ってあるので、泊まる事も出来ると言う寸法だ。家族6人で寝るのは、少しと言うかかなり無理があるけれど。そこは何とか、知恵と創意工夫でカバーする構え。

 宿場地の側でのキャンプも、なかなかシュールで洒落ていると央佳は思う。


 そんな事を考えている内に、子供達は本当に散り散りに走って行ってしまっていた。祥果さんの護衛は、どうやらアンリが担っている様子なので助かったが。

 メイはいつも通りの行動なので心配する必要は無いが、ネネは一体どこへ行ったのか。ルカは走り出す前に、ちゃんと央佳に武器を研ぎに出すと告げていた。

 さすがは長女だが、妹達の世話は祥果さん任せの様子。


「祥ちゃん、ネネはどこ行った? 一人でふらつく子じゃないだろう?」

「大丈夫、そこの出店みたいなの、一生懸命覗いてるよ~?」

「……何だろう、アレ。祥ちゃん、私達も行ってみよう?」


 アンリが不思議がるのも無理はない、央佳もそんな出店が以前からあった記憶は皆無である。ネネが熱心に見ているのは、そこでアコーディオンの演奏に合わせて踊っている小猿だった。

 まるで見世物か客寄せだ、何が目的かは知らないが。央佳も思わずついて行って、そしてすぐにその正体は判明した。つまりは限定イベントだ、その申し込みを募っているらしい。

 こんな田舎の宿場町でも、開催されているとは知らなかった。


 今日はここに泊まるのは決定事項だから、この後の時間は要するに寝るまでの暇潰しだ。宿でお風呂だけ借りても良いが、その宿の中が安全地帯で無いのが大問題で。

 今夜はだから、本当に野宿みたいな感じで過ごす予定な訳だ。多少申し訳ない思いの央佳だが、安全は第一に考えなければ。ところでこの限定イベント、安全や否や?

 子供達に見付かったら、絶対やると言って聞かないだろう。


 アンリはまだ良い、この子は感情の起伏が穏やかだから、絶対やりたいと駄々はこねない性格。ネネはかなり危険だが、今は踊る小猿にばかり興味が向かっている様子。

 ルカも恐ろしく聞き分けが良いので、諭せば分かってくれるだろう。問題なのはメイだ、あの子に見付かったらもうお終い。こちらが労を重ねても、参加すると言い張るに決まっている。

 いや、別に安全な企画ならそれでも良いのだが。


「パパ~っ、クエスト受けて来た……うわっ、これ何の見世物!?」

「いや、うん……まぁ、何だろうね?」

「聞いてみようか……何だか申し込めば、アイテム受け取ってクエスト開始だって?」


 本当に気の良い祥果さん、戻って来たメイに限定イベントの受け付けを漏らしてしまった。ネネがそれに乗っかって、この小猿貰えるのかと素っ頓狂な質問。

 貰えないけど、色々と景品は揃っているねと後ろから覗き込んだアンリの追従に。戻って来たルカも楽しそうだねと、何やら参加の包囲網は敷かれてしまったっぽい。

 それよりこっちも面白いよと、メイが受けて来たのは獣人の拠点落としの重要任務。


 まぁ、こんな僻地にパーティを組んで訪れる物好き冒険者も滅多にいないのだろう。ここは確か、拠点ワープなど洒落た施設も無かった筈である。

 そんな便利な拠点から遠ければ遠い程、獣人の勢力はもちろん上がって行く。この近くの湿地帯には、そんな訳でリザードマンの巨大集落が蔓延はびこっているようで。

 この地に暮らす人々は、気が気では無いらしい。


 それは大変だねぇと、ここでもお人好し振りを曝け出す祥果さん。メイが上手く誘導して、お金も貰えるからやっつけに行こうと提案している。

 困った央佳は、何とか止める術を脳内思考。


 別に集落攻めが駄目って訳では無い、王都の近くでもそれは成功に漕ぎ着けているのだし。ただしこんな僻地、ギルメンの護衛もいない場所では安全の保障がされかねない。

 万が一闇ギルドの襲撃があった場合、とっても大変なコトになってしまう。


「ここは僻地だしギルメンの護衛も呼べないし、集団戦闘はちょっと厳しいなぁ……お昼も危なかったし、祥果さんにもしもの事があったらと思うと、許可は出せないよ」

「ええっ、でも……せっかく子供達がやる気を出してるのに。何か方法は無いの、央ちゃん? 例えばホラ、この前みたいに央ちゃんが仲間に入るとか、私が万が一用のアイテム持っておくとか……?」


 央佳がパーティに入るのは論外だ、いや……レベル規制でレベルを祥果さんに合わせなければ、いざと言う時に自分が助けに入れるけれど。レベルを50程度に下げていたら、高レベルのPKプレーヤーに襲われた時、怖くて仕方が無い。

 レベルを落とさずパーティに入ったら、祥果さん達が経験値を貰えずに旨みが全く無い。次の案としては……確かに緊急用の脱出アイテムは、他にも幾つか存在する。

 『転移札てんいふだ』もそう、これは破ればワープ拠点まで飛んで移動出来る逸品だ。


 これが優れているのは、戦闘中でも使用可能だと言う点だ。確かにこれを持っていれば、いざと言う時には安全な街中に一瞬で移動が出来てしまう。

 ただし、祥果さんが子供達を見捨ててその手段を取るかどうかが怪しい所ではある。とにかくクエをするのなら、そこは言い含めるしか無い訳で。

 絶対に危険を感じたら使用するようにと、口が酸っぱくなるまで念を押す央佳。


 子供達も、父親の心配には敏感に反応した様子。パーティを組んでから、いかに祥果さんを護るかの作戦会議に時間を割いている。

 《影渡り》で下見をして来たアンリの話だと、湿地帯には溢れんばかりの水棲の敵と、ついでにトカゲ獣人の群れがいるらしい。

 アクティブの敵の割合は、物凄く高いとの報告に。


 ただし、怪しそうな冒険者の姿は全く見掛けなかったと供述して。三女の種族スキルの《敵感知》は、こんな時には当てになる。まずは安心の央佳、それでも独りで警戒は怠らないつもりだが。

 子供達の作戦は、どうやらいつも通りに決まったようで。


「姉っちゃ、ネネもがんばぅよ?」

「ネネは、いざと言う時の切り札なんだから……大人しく、祥ちゃんと一緒にいなさい」

「……じゃあ、私とネネで護衛役をするから。……姉さん達は回復が欲しくなったら、祥ちゃんの場所まで下がって来てね……」

「了解、じゃあその作戦で行こう!」


 どうやら本当に、いつもの通りのフォーメーションらしい。ルカとメイが先行して、その後に祥果さんと護衛役のアンリとネネ。

 更にその後ろに、完全護衛役の央佳が控える形。


 リザードマンが住まう湿地帯は、あしなどの水草や浮き地が結構な障害物になっていて。更には段差も存在していて、所々に可愛い小さな滝が見受けられる。

 更にその奥に湖畔が、つまりは完全に敵の拠点が存在する。


 水中での戦闘となると、こちらは移動や敏捷値にペナルティを受けてしまう。ルカは丁度良い場所に存在する浮き岩を指し示し、自分の拠点をメイにアピール。

 頷いたメイは、まずは《エンジェルリング》を自身に掛ける。発お披露目と言う訳では無いが、メイが攻撃魔法以外を使う事は滅多に無いのも確か。これは自身に浮遊効果を与え、他にも色々と効果はあるらしい。

 見た目はまるで、天使の輪っかそのものだけど。


「似合ってるわよ、メイ?」

「お姉ちゃんはうるさい、それじゃあ釣って来るね!」


 多少照れたようなメイのスタートの合図、どうやら本人もその外観の変化は気にしているらしい。とにかく宙を自由に移動したメイの、ド派手な攻撃魔法で戦闘はスタート。

 祥果さんも、なるべく魔法が届く場所まで頑張って移動している。濡れるのを嫌がっているネネを抱いているので、戦闘にはまるで不向きな格好なのは仕方ないが。

 反対にアンリは影騎士を召喚済み、自身も槍を構えていつでも突進出来る構え。


 メイの《サークルブレード》は範囲に指定したら、その分威力も落ちる仕様だ。そんな訳で大半は生き残った怒れるリザードマンの群れが、水中を何の苦も無く突き進んで来る。

 その内の1匹にタゲを合わせて、ルカの斬撃が弱っていた敵を一撃で屠る。続いて《ブロッキング》のスキルで次なる敵を指定、改めて斬り結んで戦線を構築。

 残りの敵は、メイの再詠唱した魔法で大半が昇天の憂き目に。


 それを生き延びた数少ない敵も、アンリと影騎士のチャージに一瞬で倒されてしまっていた。アンリは前線に留まらず、《影渡り》を使って祥果さんの元に即座に戻っている。

 弱体化を心配されていた影騎士だったが、このレベル帯の敵にはまだまだ平気な様子。一撃の下でと言う訳にも行かないのは確かだが、弱った敵にとどめを刺す程度には頑強だ。

 祥果さんの回復支援も手伝って、順調に戦闘は続く。


 リザードマンに混じって、メイの釣って来る敵に変化が見られ始めた。水棲トカゲやワニ、甲羅の尖ったカメやカニなどが普通に混じって来る。

 アンリがそれを指差して、祥果さんに戦闘指南をする。硬そうなのとか攻撃の痛そうなのは、魔法で焼いた方が効率が良いと。


 それは当然の戦法で、直殴りアタッカーに不向きな敵は少なくない。ルカの負担を減らそうと、祥果さんも《幻突げんとつ》での攻撃参加。アンリは《暗黒魔霧》で敵を足止めして、それを傍からお手伝い。

 どうやら祥果さんに自信をつけさせている様子、なかなか出来た子である。


 そろそろ装備の豪華なリザードマンや、首の数がやたらと多いヒドラが敵に混じって来始めた。それは良いのだが、何故か見慣れない蛮族もチラホラと窺えるのは何故なにゆえか。

 リザードマンは獣人で、蛮族はまた別のカテゴリーだ。この2つは『ファンスカ』では厳密に違いがあって、決して互いに仲が良い訳でもないと言うのに。

 何故に徒党を組んで、襲って来ているのか不思議な現象だ。


 簡単に説明すると、獣人はベースが獣だったり昆虫だったりして、生活様式もそのベースに準ずることが多い。大抵は族長が仕切っていて、大ボスは王様が多い。

 対して蛮族は、ベースは亜人である。とは言え悪魔信仰や異端の神に触れる事で、その形状は完全に人間離れしている。大抵は仮面を被っていて、戦術も豊富で嫌らしい敵だ。

 大ボスは信仰する神様な場合が多く、レベルを信じて戦うと痛い目を見る事も。


 そんな感じの難敵が、何故か獣人と共同戦線を張っている事態に。後方の央佳も戸惑っているが、前線のルカも混乱を隠し切れない。

 何故ならそいつらは、ほとんどが後衛タイプだったから。


 つまりはいたずらに突っ込んで来ずに、向こうの適正距離で足を止めて。そこから弓矢と呪文攻撃を仕掛けて来るのだ、タゲを取るメイばかりかルカまで巻き込んで。

 矢尻に塗った毒や状態異常魔法を受けた2人は、怒り心頭に。


「ちょっとメイ、何で変な敵まで引き連れて来るのよっ!」

「知らないよっ、一緒の場所にいたんだもん! わわっ、結構リンクしちゃってる!」


 その通り、リザードマンのNMまで出陣している様子。央佳は興味深く、子供達の慌てる様子を眺めている。まぁ、いざとなれば助けるつもりではあるけれども。

 現状は、打てる手段は幾つか存在するので窮地と言う程ではない。ネネ爆弾を投下するとか、遠隔攻撃の邪魔な奴らを、メイとアンリで焼き払うとか。


 メイの呪文のリキャスト待ちになるが、それでも問題無く難関を突破出来る筈。ところがルカの取った手段は、もっと乱暴でやんちゃだった。

 まるでキレた子供だ、まぁルカはまだまだ子供だけれど。


 竜スキル《ドラゴニックフロウ》の範囲技は、央佳も初めて目にする威力。周囲にいた敵は遠隔部隊も含めて、不可視の重圧でペチャンコに。エフェクトもド派手で、とにかく凄まじいパワー。

 生き残ったNMは、怒り心頭でルカに突っ掛って来るのだが。お付きの連中は既にフラフラ、アンリの魔法で呆気なくあの世行き。一騎打ちで切り結ぶ、ルカはやっぱりどこか怒っているみたいで。

 次の獲物を釣りに行こうとしていたメイも、結構躊躇ためらっている有り様。


「あの、お姉ちゃん……次の敵を釣って来てもいい?」

「ダメっ、こいつをやっつけてから!! アンリ、手伝って!!」

「……りょうかい」


 癇癪かんしゃくを破裂させたルカを、これ以上刺激しないように。大人しく命令に従う妹達と、やられてたまるかと奮闘する敵リザードマンNM。

 奮闘虚しく、しばらく後敵のボス格は没。


 これで怒りのゲージが下がったのか、フウッと息を吐いて機嫌の治る現金な長女。アンリは再び後衛の位置へ。回復を貰ったルカは、祥果さんにお礼のお辞儀。

 完全に姉の機嫌が直ったのを確認して、メイが再び釣りに赴く。


 そこからは、特に波乱も無く集落落としの戦闘は継続され。結局は最後の切り札のネネの出番も無いままに、無事にクエストは終了の運びに。

 リザードマンの王様と、水棲蛮族の神様NMとの戦いは、最終戦に相応しくそれなりに熾烈だったけれど。ルカに慌てる様子も無く、祥果さんもスタン魔法での支援が、少しずつだが慣れて来た様子を見せていた。

 指示を出していたアンリは、後半がっつり殴りに参加していたけど。


 どうやら自分の武器の熟練度も、上げておきたいらしい。NM相手に大胆不敵な作戦だが、三女の前線能力も段々と侮れなくなって来ている。

 祥果さんの心配は二倍に増えてしまうが、削りのスピードはその分早くなる訳で。結局は終始こちらのペースでの戦闘となって、まぁ良かったと言うべきか。

 ちなみにルカのペットは、敵の範囲攻撃で序盤に撃沈されていたけど。


「ああっ、生き残っていたら、結構な経験値が入っていた筈なのに……まだ弱いなぁ、私のマリモちゃんは」

『仕方ないさ、こんな混戦だと弱いモノは真っ先に狙われるからね。ここの敵の退治で得たハンターポイントで、もっと強いスキルを貰ってあげればいいのさ』

「なるほど……ペチは本当に良い事言うわよねぇ……?」


 激戦の後の固まってのヒーリングの最中に、ルカと獅子の盾の何気ない会話。ちなみにメイとアンリは、獣人と蛮族の集落のお宝を漁りに出向いている最中。

 NMも結構良いモノを落としたし、獅子の盾の言うようにハンターPも貰えたし。短時間での戦闘の割には、経験値も物凄く入って来たし。文句のつけようのない結果だった、ルカのペットの事を除けばだが。

 ちなみに祥果さん、レベルが62に上がったと央佳に報告。





 ――央佳の不安は的外れで終わり、実りの多い集落落としだった。






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