第30話 新たな朝とルーチンワーク
ギルド領の館の一室に、柔らかな朝日が射し込んでいる。カーテンの隙間越しのその日差しに、部屋の主が敏感に反応した。
天蓋付きのベッドの中で、央佳は小さく身じろぎして。
意識が正常に覚醒するまでの数秒、央佳は薄く目を開けて周囲を確認する。隣では健やかに寝息をたてる子供達が、そして彼の最愛の妻が眠っていた。
まるで絵に描いたような、幸せな寝起きの一コマだ。
ここのところ、朝起きての現状の把握が日課になってる感のある央佳だが。それと同時に、いつもの癖でログアウト操作の確認を繰り返してみる。
反応は無し、GMコールすら全く受け付けないのも同様。
そして改めて体感する、この日常と化した異世界の現状。それは毎朝全く揺るぎなく訪れて、央佳を束の間の混乱へと陥れる。
それでも幸せを感じる、自分の心はおかしいのだろうか? 例えばこの豪奢な部屋、普通にリアル世界で借りたら、果たして1泊幾ら掛かるのかとか。
この幸せそうにまどろむ、子供達の存在だとか。
子供の存在を無視すれば、まるで異世界での新婚旅行を楽しんでる気分だ。危険な存在や場所は多い上に、4つもコブが付いてるけど。
普通の感覚など、とっくにパンクして無くなっている。自分は手慣れたゲーム世界に馴染んで来ているけど、祥果さんの心情を思うと少し不安になってしまう。
そんな央佳も、今は慣れない父親役で精一杯。
恐らくそれは、祥果さんも同様なのだろうけれど。何故か生き生きと母親役に徹する嫁さんを見ていると、これで良かったんだと思ってしまうから不思議である。
つまりは“幸せを掴む”と言う意味では、もう達成した感がある気もする央佳。だからと言って、このままこの館暮らしで停滞する訳にも行かない。
何故なら、子供も親も成長するモノだから。
成長に必要なのは、もちろん外部からの刺激に他ならない。特に子供達、確かに館に籠っていても自分と祥果さんで付きっきりで勉強を教えて過ごす事も可能だけれど。
この世界での物差しで測ろうとすれば、それが成長かと問われても甚だ疑問である。多少は傷付いても、正解を見つける為に努力する。それが人生だと、央佳は思う。
子供達にも傷付いて欲しい、その傷を癒すのが自分の役目だ。
そんな事を考えていると、最初に祥果さんが目覚めを迎えた様子。示し合わせてベッドをそっと抜け出し、子供達が起きる前に夫婦でのコミュニケーション。
そんな事をしている内に、順次子供達が起きて来た。姉妹の中で目覚めが良いのは、メイとアンリだ。この2人が、だいたい最初か二番目に起床する。
起きたら恒例の、祥果さんの体調チェックが待っている。
着替えと同時に行われるので、子供達ももう慣れてしまっていて。目覚めの良くないルカやネネも、今では嫌がらずにチェックに従っている。
その後の祥果さんは、朝ごはんとお昼のお弁当作りに忙殺される。場合によってはルカも手伝うが、父親が外の散策に出掛けてしまうと、そっちを優先する事も。
今日は央佳がアイテム整理に勤しんでいるので、料理を手伝う事にしたようだ。
「お味噌汁つくろうか……具は何が良いかなぁ……? ルカちゃん、何が良い?」
「この前の、白いお団子入ってたの美味しかったですよ?」
「それじゃあ、おじゃがと揚げと団子を入れようか! お弁当にお米を多く炊いて、新鮮な卵が一杯あるからそれも使って……。
うわぁ、何だか贅沢な気分!」
向こうの世界では、節約地獄で扱う素材と言えば特売のモノしかなかった事を思えば。産みたての卵や倉庫にぎっしり詰まった土地の収穫物を、思いっ切り使える今の現状は。
この上なく贅沢な状況には違い無い、祥果さんの脳内は間違いなくハッピーパルスで満ち溢れている。思わず多く作り過ぎても、食欲旺盛な子供達が完食してくれるし。
祥果さん的には、ここは桃源郷に思えるのかも。
旦那は旦那で忙しそうだが、祥果さんにもするべき事はたくさんある。何しろ4人も子供がいるのだ、しかも年の違う可愛い女の子揃いと来ている。
何を着せても楽しいし、出来れば洋服は自分で作りたいタイプの祥果さん。時間が幾らあっても足りないのが本音、今は妥協して出来物を買い与えてはいるけれど。
料理と同じく、本当は全部自分が手掛けたいとは内心の思いだったり。
それに加えて、子供達の勉強の事もある。こっちの世界には学校が無いので、自然と基礎教科から祥果さんが教える事になったのだけれど。
旦那はその学力自体が、将来的に役に立つかを疑問視している節があるのは確かで。だからと言って、暴力的な手段で生計を立てる冒険者が、世界の全てと声高に断じる事もせず。
それならと祥果さんは、堂々と自分の理想を押し付ける事に。
その辺は、割と割り切った考えを持っている祥果さん。人生なんて、所詮は身近な人に影響を与えたり与えられたりの繰り返しだ。だから自分の持つ知識を、分け与えるのも自然な行為だと祥果さんは思う。
そんな訳で、日々の勉強を生活ルーチンの中に組み込んだのだが。
子供達は普通に楽しそうに、与えられた知識を貪欲に吸収してくれている。それはそれで嬉しいのだが、反面自分の中の教養の浅さが恨めしく思う時もある。
6+3+3で12年、自分は基礎と応用を学んで来たと言うのに。それを噛み砕いて教えようとした途端、ある程度から破綻をきたして行くのだった。
広く浅い教養の、何と薄っぺらな事かと思い知らされる。
人に教えると言うのは、だから自分の内面を見つめ直す事に相応するのだ。祥果さんはその結果に落胆し、一度ならず諦めようと思ったのだが。
子供達の興味や好奇心が、全くそれを許さない。それでも祥果さんの持つスキル、つまりは料理や裁縫の腕に感嘆して教えを請われると、彼女の自信も多少は持ち直し。
自分の中の知識を総動員して、毎日子供達に披露するのだった。
ルカに料理を教えるのも、その延長には違いなく。幸い長女は、呑み込みの良い優秀な生徒だった。祥果さんにとっても、仲良く娘と調理するのは夢だった訳で。
そんな長女との共同作業によって、割と豪華な朝食の用意は終了。ルカに食卓の準備をお願いして、祥果さんは昼食用のお握りの製作に掛かり始める。
部屋の隅では、央佳と他の子供達が座り込んで何やらしている様子。
央佳が何をしているかと言えば、アイテムの整理と子供達の相手だった。アイテム類は、外でちょっと活動するだけで結構鞄に入って来るものだ。
子供達が持ち切れないと渡して来るモノもあるし、買い物をして入手したり、更には合成を頼まれて預かった品もある。放っておくといつの間にか鞄を圧迫して、持ち切れない事態に。
だから、常日頃から鞄の中の整頓は癖になっている作業なのだ。
そうやって部屋の隅でゴソゴソやっていると、子供達も寄って来て真似をし始める。正直、料理中の奥さんに子守りの手間まで掛けさせたくない央佳。
子守りと言うにはおざなりだが、とにかく相手をしながら子供達の荷物もチェック。構って欲しいネネが、いつかの央佳自作の積み木を持って来て並べ始める。
作業の片手間に、央佳もその数字を使って簡易算数の授業の開始。
「そぅらネネ、足し算だぞ……3足す4足す1は?」
「「「……はちっ!!!」」」
意外なのは、年長姉妹の答えに負けないネネの解答っ振りである。いや、ネネに出した筈の問題を堂々と掻っ
父親に褒められたいのは、姉妹誰しも一緒である。良く出来たご褒美に、皆の頭を撫でてやると。次の問題を催促されて、歯止めの掛からない姉妹バトル勃発。
結構面白いので、央佳も乗ってしまったり。
「じゃあ次は難しいぞぉ……8足す9は?」
「……じゅ、じゅうななっ!!」
「じゃあ、9足す8はっ?」
「「…………おんなじだった!!」」
父親の悪戯に、ケラケラ笑い出すメイとアンリ。アンリはその気になれば、かなり表情豊かで面白い。逆にネネは真剣そのもの、とにかく親に褒められたいお年頃らしい。
一段落ついたついでに、ネネの鞄を片付け始めた央佳だったが。その滅茶苦茶な雑多さに、少々目眩を覚えてしまった。メイにも手伝って貰って、とにかく片付けを続行。
そのほとんどは、価値の無いガラクタだったりするのだが。
アンリも進んで、館の貸倉庫の中に一時保管するモノを運んでくれている。央佳の無料レンタル部屋のアイテム倉庫は、相変わらず差し押さえで使えない状態なのだけれど。
このギルド領の館に限っては、その追従から逃れられているので。安心して、カバンの片付けに利用出来る訳だ。ギルドに許可も貰っているので、気を遣う必要もない。
そんな感じで、朝の親子の戯れは終了して。
食事が始まっても食べ終わっても、相変わらず子供達のテンションは高い。この子達には、この世の中はどんな風に映っているのだろうと、央佳は不思議に思う。
朝食後の家族会議でも、実は計画はほぼ決まっていて。王都を離れて次の目的地“エルフの里”ツグエフォンに向かいますと、あらかじめの予定を言い渡す。
またまた馬車での旅だ、子供達も元気に返事。
居心地の良かったギルド領の館の一室とは、これで暫くの間お別れとなってしまうが。それは仕方の無い事だ、今は出発の時なのだから。
ただ子供達には、そう言った感慨深さは皆無の様子。大騒ぎしながら、出発の準備を手伝っている。祥果さんのランチバケットを引っ掴み、忘れ物が無いか確認して。
さすが長女のルカが、その辺は姉妹を上手く仕切っているみたい。
そこからはワープ通路で王都に戻って、再び馬車と馬車馬を用立てて。最初に王都から真北へ向かい、そして東へと入って行く路を行く事になる。
旅路の今回は、ギルメンの護衛は敢えて断っている。時間の縛りは長くなるし、自分達は馬車から離れなければ安全は保障されている訳だから。
そんな訳で、央佳の操る馬車は単身北を目指す。
――馴染んだ王都を後に、ゴトゴトと馬車は進んで行く。
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