第27話 王都での雑事




 王都ロートンの冒険者ギルドは、下層のほぼ中央部に位置していた。大きな建物なので、道を見失って迷う事はほぼ無い。

 急ぎ足で辿り着くと、祥果さんチームは既に入り口で待っていた。


 報告を聞くと、どうやら買い物の結果は上々だったらしい。“水と氷の街”ソルで、神様に頂いた水と氷の宝玉6個ずつ。4つまでは祥果さんが使用して、後衛用の魔法を覚えたのだったけれど。

 1個ずつを売ってしまって、今回の買い物の軍資金にした訳だ。1個ずつ余ってしまうのは、一応予備に取っておく事に。そして買い物の内容は、日常の細々としたものや、キャンプ用にセット可能な家具類、更にはギルド館に借りた私室に置く家具類などなど。

 それから子供達用の、洋服も数点購入したらしい。


 家具などの大物は、値段は張るがこの世界では持ち運びはずっと便利だ。何故なら鞄に収納可能だから、買ったその日に持って帰れると言う寸法だ。

 キャンプ用の家具は、この前の失敗を踏まえて央佳が注文した物だった。つまりは野外で宿泊する場合に至った時など、以前のキャンプ地はそれに対応出来ていなかったのだ。

 飽くまで休憩用で、宿泊機能は備わっていなかった訳だ。


 それを踏まえて、今後は怪しい宿泊場に泊まらなくても済むようになった央佳家族。盛大な買い物で物欲を満たした祥果さん、物凄くスッキリした表情になっている。

 合流したアンリの姿を眺めて、ひとしきり褒め称えるのも忘れずに。褒められるとデレる三女は、恥ずかしがる顔を見せたくないのか、祥果さんに抱き付いている。

 加護を返してから、増々甘えん坊になって来た感のあるアンリだったり。


 そんな家庭内事情はさておき、肝心の後付けジョブの申請を受付け譲に頼んだところ。何と、まさかの受諾拒否。子供達は“冒険者”と認められていないらしい。

 この言葉には憤然とする央佳だったが、そう言えば思い当たる現象もチラホラと思い浮かぶ。例えば子供達だけではパーティを組めないとか、クエは受けれてもクリアは出来ないとか。

 考えてみれば、全て腑に落ちる事柄ばかり。


「央ちゃん、何とかならないの……?」

「うん、いや……おっと、クエストが発生したみたい。冒険者登録テストだってさ、この付近のモンスターのドロップ品を、3つずつ集めて持って来いって内容らしいよ?」

「私とアンリは、それで冒険者の登録は可能になるんですね、お父さん?」


 その通りだと、央佳は気楽に安請け合い。そうすれば、後付けジョブの交換も可能になって、もっと強くなれる筈。ついでに祥果さん共々、ワープ拠点を通してしまえば尚良い。

 つまりはフィールドに出掛けての戦闘だ、央佳はギルメンに通話してその旨を伝えると。数分と経たず、護衛役を快く引き受けてくれたメンバーが到着した。

 今日は夜多架よたかと、変にやる気な朱連しゅれんが来てくれるそうで。




 フィールドは荒れ果てた大地、つまりは荒野がずっと奥まで続いていた。ここに生息する2足歩行の爬虫類の落とすアイテムが、クエのクリアに必要みたいで。

 少し奥の枯れた渓谷には、蛮族の集落も存在している。他の者に退治されていなければ、ついでにそこも叩く予定。子供達にそう言い含めて、そして解散の合図。

 決して央佳の視界から消えない様に、少しずつ渓谷に移動しながらの狩りだ。


 この辺りのモンスターは、最初の街の周囲の奴らよりずっと上だ。平均が50前後なので、祥果さんから見れば適正なレベルかも。だから祥果さんを中心にパーティを組んでの、レベル上げも兼ねる事も可能みたいで。

 子供達は相談の結果、メイを起点にしての乱獲をすっぱり取り止めた模様。その手法を取れば確かに楽ではあるが、この前一緒に塔に入って思い知ったのだろう。

 つまりは、役割分担の大切さと面白さを。


 子供達+祥果さんのパーティは、アンリの魔法での釣りから始まった。これで既に3割がた敵の体力は削られているのだが、そこは気にせずルカの横入り盾スキルでの挑発キープ。

 盾のキープが安定したら、アンリも新調したばかりの両手槍で攻撃に加わる。祥果さんとメイは後衛役で、前衛陣を支えている。ってか、メイが祥果さんの舵取りに専念している。

 ネネはその隣で、石積みをして遊んでいる。


「……敵をやっつけるのに、こんなに時間が掛かるなんて。何だかショック……」

「仕方が無いでしょ、アンリ。これが普通なんだって、お父さんも言ってたじゃない。武器は使い込んで熟練度を上げて、スキルポイントを振り込んで強くして行くしかないの!」

「……でもこんなんじゃ、祥ちゃんを護れない……」


 先程ちょっと先行して、影騎士を召喚したり魔法を使ったりと、ソロでひとしきり戦ってみたアンリ。以前の強さの喪失に、少女は精神的にダメージを受けている様子。

 同じく加護返し仲間の長女に、さっきから愚痴をこぼしている。


 同じ辛酸を舐めた経験を持つルカは、お姉さんらしく三女を諭すのだが。確かに姉妹の戦力ダウンは、護衛としての立場上不味いのは変わりない。

 ……何しろ、四女はあんなんだし。


「祥ちゃんは当面は私が護るから、2人共頑張って早く強さを取り戻してよ? ……全く、パパに際限なく甘えて、後先考えてないんだから。加護を返すイベントあるの、分かってたでしょうに。

 少しは、バランスってものを考えて欲しいわね」

「何よメイ、あんた自分だけ思慮深い振りしようとして! 甘え下手な性格なのは、そっちのせいじゃないのよっ!!」

『まぁまぁ、少し落ち着いて……そんなに精神を昂ぶらせては、立派な盾役とは言えないね。姉妹喧嘩は程々に、怒りは全て敵にぶつけたまえ』

「……喋る盾って、確かにウザい……」


 アンリの呟きに、全員がルカの持つ盾に視線を集める。確かにその通り、喋っているのは獅子の盾である。そのお陰と言うか、いつもの姉妹喧嘩は早々に収束した模様。

 メイが考えて姉妹の戦力バランスを保っていたのかは定かでは無いが、今の現状が不味いのは確か。その見解は、祥果さんとネネを除く、全員が共有する事実ではある。

 その対処法として、一行はパーティでの強さを求める事にしたのだが。


 先程から盾はうるさいし、ネネはあんなだしで思うように行っていない気が。結局は祥果さんにも頑張って貰う他無いとの結論で、メイが先程から戦闘指南に励んでいる所である。

 争うのが嫌いな上、運動全般が極端に苦手な祥果さん。最初の頃は、お世辞にも上手く対応出来ていなかったのだけれど。自分がしくじれば、子供達がピンチに陥ると悟ってからは。

 物凄い頑張り様で、これには姉妹の評価も改まる勢い。


「そうそう、段々と上手になって来たよ、祥ちゃん……! 魔法は元々、リキャストって言って、次に唱えるまでの時間が掛かる仕組みなんだから。その時間で、次に何するか考えればいいんだよ!」

「そっ、そうだよね……変に慌てるから駄目なんだ。ルカちゃんは殴られ役で、もっと大変なんだもんね……私も頑張るよ、他の魔法も使えるようにする!!」

『うむっ、回復役のしっかりしているパーティは、安定感がまるで違いますからね……レディ、我がマスターの為に更なる精進を期待しますぞ?』

「……ルカ姉、その盾そこら辺に捨てて来ようか……?」


 喋り過ぎる新参者に業を煮やしたのか、アンリが直接的な行動に打って出ようと長女に提案する。ルカは半笑い、扱いに困っているのもその表情から見て取れるけど。

 それを制したのは、母親役の祥果さんだった。年長者の言う事は、無碍むげにしてはいけません。例えうるさく感じても、いつかは役に立つ時も来るのだから、と。

 何より父親の友達から、親切心で貰ったモノではないか。


 その言葉を聞いて、アンリも素直に反省した様子。盾に向かってゴメンナサイと、頭を下げて謝罪する。獅子の盾は左程の感慨も見せず、それを快く了承した。

 実際性能は凄く良いんだよと、使用者のルカのフォロー入れに。一つくらいは良い事無いとねと、メイの呟くような同意。とにかくそんな訳で、家族に受け入れられた獅子の盾は居場所を手に入れたっぽい。

 姉妹と祥果さんと、それから獅子の盾の狩りの練習は続く。



 一方、その後方に護衛役の央佳チーム。緩やかなペースの狩りパーティに少し遅れて、央佳とそのギルド仲間が話をしながらついて行っている。

 もちろん周囲は気にしているが、それほど大きな遮蔽物も存在しない荒野である。待ち伏せの類いも出来ようも無く、自然と気も緩んでしまうのは致し方が無い。

 始終気を張る必要は見当たらず、呑気な雰囲気が漂っている。


「……思ったより平和だな、すぐにでも襲われて戦闘になるかもって、気合い入れて来たのに。奴には恨みがあるから、ノシ付けて返してやりたいんだよなぁ!」

「何だ、やけに張り切ってると思ってたら、襲われるの期待してたのかよ? “因業”は慎重なタイプだから、護衛を見掛けたら来ないと思うぞ?」

「ですねぇ……でも桜花さんが狙われてるのは、全く持って不思議では無いですよ。奴に土をつけた冒険者は極端に少ないし、子供NPCを4人も連れてるなんて異常ですもん」


 異常とまで言われてしまった、こっちはそれなりに苦労や言い分もあるのに。宿場町での襲撃のあらましは、酔いから覚めた後にギルメンに詳しく報告済みである。

 それから、最初の街での襲撃の事も。この数日で幾度もPKの標的になっている事実と、それに抗する対策と。央佳も結構、最近は犯罪者対策に詳しくなってしまっていた。

 全く、良い事なのか悪い傾向なのか。


 そこから得た情報の1つに、PK失敗時の隠れ規則と言うのがあって。つまり返り討ちにあった連中は、暫くの間(だいたい1週間程度)そのエリアに入れないらしいのだ。

 これは大きなペナルティで、その分そのエリアの安全は跳ね上がりもする訳だが。こんな頻度の高いエリアで襲撃失敗など、相手もリスクは大き過ぎると思うのも確か。

 そんな訳で、夜多架はこのエリアは比較的安全だと予想しているっぽい。


「まぁ、そうは言っても子供NPCの誘拐は凄く美味しい商売らしいですからねぇ……。物凄く高値で取り引きされるらしいですよ、下手したら5千万とか1億とか!」

「うへえっ、じゃあ……桜花は下手したら、4億いつも連れ歩いてるって訳か……!!」

「…………マジか」


 しばし絶句の央佳、そんな事になっていたとはつゆ知らず。そこに通信が入って、暇だからギルマスのマオウも護衛に合流するとのコメントが。

 新種族ミッションはどうしたのと、朱連の軽口を適当にいなして。フットワークの軽いマオウは、新種の騎乗トカゲに乗って颯爽さっそうと登場を果たす。 

 どうやら個別に、桜花に伝言があるらしい。


 それは良いとして、央佳は未だにショックから抜け出せていない様子。それはまぁ、当然と言えば当然だ。下手をすれば、これからの行動に支障が出る程度には焦る新情報なのだ。

 その辺の事情を詳しく聞こうと、央佳は夜多架をせっついてみる。彼の持っている知識によると、子供NPCを獲得するには幾通りか方法があるみたいで。

 一番知られているのは、そのNPCを倒して服従させる、もしくは薬で主従関係のリセットに及ぶ方法らしい。これは親もしくは主人がインしていない間が狙い目だ。

 次にポピュラーなのが、主従一緒の時にマスター役を倒してしまう方法。そうすると主を失ったNPCは、一時的にではあるが無力化してしまうらしい。

 その時を狙って、攫ってしまうみたいだ。


「ルマジュの連れてたNPCの入手方法は分からないけど、まぁ真っ当な手段じゃないだろうな。ところで奴って、手下とかいるのかな?」

「闇ギルドの中じゃあ、恐らく実力は相当上なんだとは思いますけど。向こうにも大小のギルドが乱立してるから、何とも言えないですねぇ……」


 確かに、複数で襲撃に来られたら厄介ではある。って言うか、自分がやられても娘達は攫われてしまうらしい。これは結構なプレッシャー、少し対抗策を練っておいた方が良いかも。

 今はこんな境遇なので、子供達だけが狙われるシチュエーションは滅多に起きない筈。祥果さんの事もあるし、本当にギルメンに頼る事にして良かった。

 今後も、なるべくフィールドでの個人活動は控えた方が良さそうだ。


 こちらの話が一段落ついた所で、ギルマスのマオウが央佳に話し掛けて来た。どうやら噂の新種族ミッション仲間に、橋渡しをして欲しいらしい。

 彼としては、ちゃんとした契約を彼女達と交わしたいみたいで。つまりは桜花と言う優秀なキャラを貸し出す代わりに、ミッションのヒント的なモノを得たいと言う目論見が。

 優秀と称された央佳に、朱連が思い切り茶々を入れていたけど。


「……今インしてないから、メール送っておいたよ。返信来たら、マオたんに知らせるね」

「あんがと……正直向こうのエリア、極限までに煮詰まっちゃっててさぁ! 闇ギルドとの対立はもちろんだけど、ライバルギルドとも一触即発な雰囲気になっちゃってて。尽藻つくもエリアの新属性情報は、ひょっとしたらガセネタかも知れないし。

 彼女達のヒント次第では、撤退も考えてるよ」

「確かにギスギスしてるよな、3か月以上も進展無しだもんなぁ」


 マオウの落胆も朱連の相槌も、確かに分かる反応だ。ダンジョンの攻略に苦しんでいるならまだしも、まだその権利を取得してすらいない有り様なのだから。

 尽藻エリアのギスギス感も、確かにこんな悪条件が揃えばもっともだ。暗くなった雰囲気を逸らすように、夜多架がそう言えば限定イベントがもうすぐ始まりますねと話題を提供する。

 知らなかった央佳は、それマジと思わず聞き返す。


 マジらしかった、イン前のインフォを最近見てないので、央佳はそっち系の情報に疎いのだ。今回は軽いイベントらしく、たった5日の短期開催らしい。

 それなら気張って待つ必要もない、ギルドで協力と言う規模でも無いらしいし。子供達は喜ぶかもだが、内容は果たしてどんな仕様なのだろうか?

 イン前のインフォを直に見れれば、内容もはっきりするのだが。


 そこまで考えて、リアル世界に思いが至った央佳。そう言えば、以前マオウに携帯TELでの連絡を頼んだ事があったっけ。その結果を、聞くのをすっかり忘れていた。

 こちらと向こうの時間の進み具合の違いは不明だが、確実に同じでは無い事は確かだ。自分の現在の境遇を説明するのを、とっくの昔に諦めている彼ではあるが。

 今は逆に、変人扱いされない様に隠している次第である。


「そう言えばマオたん、前に頼んだ携帯で連絡入れてくれってお願い、やってくれた?」

「んあ?」


 何気ない一言のつもりだったが、マオウは物凄く意外そうな顔。朱連と夜多架は限定イベントの詳細について、どんな感じかを予想し合っている所。

 マオウの反応に、央佳は何となく嫌な感じに襲われる。





「何言ってるの、桜花……お前さん、ちゃんと携帯に出て、何でもないって話をしたじゃん」






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