第21話 辺境の宿場町、因縁の対決




 今夜の宿を決め、そこからはしばらくドタバタと搬入作業やら簡単なお遣いやら。夕食の食材を買い足したり、鍛冶屋に武具の修理を頼んだり。

 もっとも、今日は戦闘らしい戦闘はなかったけど。


 食材も大したものが店に置いてなくて、買い物はほぼ空振りに終わってしまう有様。しかしさすがは祥果さん、あらかじめの買い置き食材で夕食の支度を完璧に整えてしまった。

 その後は、ウキウキ気分で家族全員で食卓を囲む。


「それにしても便利よねぇ、この魔法の鞄って……何でも入っちゃうのね、大きさとか固体液体だとか、全く関係ないんだものねぇ?

 冷蔵庫より、ずっと保存も効くし凄いよねぇ!」

「ゲームとしては当然な配慮なんだろうけど、確かに凄い事だよな……でも、さすがに馬車までは仕舞えないから、盗まれたりしないか心配だなぁ」

「ランタンを外さずに、そのまま馬車に吊るしておけばいいんじゃないの、パパ?」

「それだと今度は、こっちが不意の襲撃に弱くなるからなぁ……。この宿屋、高い宿代きっちり取る癖に、部外者侵入不可になってないんだよ。

 それにランタンも、盗賊技能を持つプレーヤーには効果は薄いし。さすがに馬車と家族とを較べると、家族の方が大事だからなぁ。

 ランタンを配備するのは、この部屋一択になっちゃうよな」


 央佳の文句も尤もで、メイの意見を採用すると今度はこちらが危ない破目に遭う訳で。部屋に侵入されると言うか寝込みを襲われる事件は、こんなエリアでは噂に事欠かない。

 普通にプレイしているプレーヤーのアバターは、全く睡眠と言うモノを必要とはしない。宿屋を取るのは、飽くまで中継基地的な場所を求めての行為である。

 溢れたドロップアイテムを一時保存したり、安全にログアウトしたり。


 ところがこの宿屋、精々がモンスターがうろつく外よりも多少はマシと言う程度。これなら強行軍で、馬車を走らせていた方が良かったかなと、早くも央佳は後悔模様。

 それでも温かな食事をしながら、家族とのんびり会話を楽しむこの時間は貴重ではある。そんな食事もつつがなく終了して、今夜はお風呂は諦めるしかないねと呑気な遣り取り。

 この宿屋、そう言った設備や安全性が著しく欠けているのだ。


 それじゃあお勉強にしようよと、寝るまでの時間を有効に使いたいらしいメイの提案で。ネネも父親の手を引っ張って、どうしても勉強の輪に参加させる構え。

 食事をしたテーブルでは無く、勉強は床に輪になって座ってするらしい。良く分からないルールだが、子供達はその方が集中出来るのだろう。

 招かれた央佳もその一角に座り、ネネの積み木の文字読みを見る事に。


 一日の終わりに子供の面倒をみるなど、しんどいなと思うなかれ。央佳にとっては、こんな時間も癒しの元である。特に日中、仕事で離ればなれになっていた訳でもないのに。

 離れていたら、もっとそんな感情に晒されていたのかも知れない。央佳はネネの相手をしつつ、さらには祥果さんの授業風景を眺めながら時を過ごし。

 いつの間にか授業は終了、各々寝る支度に入っていて。


 って言うか、央佳の膝の上に陣取っていたネネは、完全に寝落ちしていた。やけに静かになったなと思っていたが、子供の電池切れの瞬間はいつ見ても面白い。

 そっと四女をベッドに運ぶ旦那を見て、祥果さんは授業のお開きを宣言して。それから約10分後には、家族全員が就寝の形を取っていた。

 室内に灯るのは、ランタンの淡い光のみ。




 やがて静かな寝息が、ベッドの至る所で上がり始めた。央佳は薄暗闇の中、どうしたものかと思案する。このまま眠りにつくか、馬車の警備に少し起きておくか。

 馬車には馬は繋いでいないので、盗もうと思ったらそれなりに大変だ。この宿の主はNPCだったが、いかにも怪しい雰囲気を醸し出していた。

 まぁ一度見回りに出て、それで何も無ければ寝てしまおうか。


 1時間程度経っただろうか、央佳もうっかり寝てしまいそうになっていたのだが。階下でどこか不審な物音がした気がして、彼の眠気は一気に覚める。

 それから、そっとベッドを抜け出して暫し躊躇ためらい。


 どちらにしろ、一度は見回りは必要だろうと結論付けて。央佳は家族の眠りを妨げない様に素早く武装、そのまま静かに部屋を出て階下を窺う。

 建物の中に人影は無し、そっと階段を下りて外に出る央佳。


 湿地帯に存在する宿場町は、大きな月に照らされて幸い光源には困らない様子。照らし出されるのは、馬車の周りでうろついてる怪しい人影。その数は予想以上に多くて、少なくとも半ダースほど見て取れた。

 その中に宿屋の主を見つけ、央佳は軽く脱力。


『ヌッ、見つかってしまったようですネ……者共っ、やってしまいなサイ!!』

「あらら……動画付きって事は、そう言うイベントか」


 動画中は、お互い動けないと言う暗黙の了解があるのだが。それに映し出されるのは、短剣を両手に構えた猫背の宿屋の主。それに加えて、湿地帯の主であるリザードマンの群れだった。

 数は多いが、所詮ここはレベル30~40のFクラス冒険者の滞在するエリアだ。囲まれない様にすれば、何とでもなる。動画が終わると、街道の真ん中で対峙する両者。

 央佳は二刀流を選択、そして例の如く《グランドロック》からの戦闘開始。


 魔法の範囲から漏れた敵は2体、そいつらと華麗なステップで敵と攻防を繰り広げる央佳。案の定、敵は雑魚に等しい感触。眠りを妨げた八つ当たりを含んだ一撃に、バタバタと倒れて行く雑魚リザードマン。

 多少マシだったのは、二刀流使いの宿屋の主だっただろうか。それを倒すと再び強制動画、見逃す代わりにアイテムを差し出すと言うお決まりの流れで。

 水の術書や水晶玉をせしめ、央佳の怒りは多少和らぐ事に。



 ところがその場は、そのままお開きとはならなかった。自分の緊張感の持続に、央佳は不審げに周囲を見回す。その影は、やはり街道の真ん中に立っていた。

 小柄な少女の姿だ、しかも着ているのはメイド服。一瞬、自分の娘が物音に気付いて降りて来たのかと錯覚してしまったが。影はルカより年長に見える、十代半ばだろうか?

 そしてその手には、メイドに似合わぬ巨大な両手鎌が。


 その影が明らかな殺意を放った瞬間、央佳は釣られて《グランドロック》を詠唱していた。地面から突き出る無数の土槍を、華麗に避けて接近するメイド少女。

 これは強敵だと、思わず二刀流から左手を盾装備に変換。溜まっていたSPを使用して《ガーディアン》を唱えて、少女の一撃を辛うじてブロックする。

 この盾スキルは、使用者の防御と盾スキルを一時的に上昇させるスキルだ。攻撃力の高い敵にはすこぶる有効だが、後手に回る戦法なので央佳はあまり好きではない。

 とは言え、メイド少女の両手鎌のパワーは素で受けるには危険過ぎる。


「ナイス判断力、さすがは二つ名持ちの歴戦の戦士だな……ただ、たった1人で出て来るとは計算外だったよ。不用意じゃないかな、桜花。

 限定イベントで入手した、強力な子供NPCはどうした?」

「誰だっ……!?」


 その声は、宿屋の向かいの建物の屋根の上から響いて来た。央佳が見上げると、そこには闇から浮き上がるように佇む一人の人物が。

 知った顔のようだが、いまいち思い出せない。


 メイド少女の次の斬撃をバックステップで避けつつ、央佳は過去の記憶を探る。この娘は、どうやらNPCキャラのようだ。つまりは、自分の娘達と同じ扱い。

 それをけしかけているのは、恐らくはあの屋根の上の人物か。


「おっと、失礼……かしこまって自己紹介した事は無かったかな? 私は“因業いんごう”のルマジュ、闇のギルド所属のアサシンだ。

 過去の君との対決は1勝2敗、君がNPCを入手してからは未対決だな」

「覚えてないな……その闇ギルドの暗殺者が、こんな場所に何の用だ?」

「君と同じく、つい先日私も偶然にNPC従者を入手してね……そのお披露目に、ついこんな場所まで足を伸ばしたくなった次第さ。

 最近ウチの若い闇ギルドの連中が、相次いで“竜使い”に返り討ちにあったと報告して来てね。限定イベントの英雄の、現状戦力を把握しようとメイド娘イーギスに命令を下してみたのさ」


 なるほど、どうやら闇ギルドの連中相手に、少し派手に動き過ぎたらしい。央佳の覚えてないの言葉は真っ赤な嘘で、この闇種族の暗殺者は最重要キャラで有名だ。

 央佳のギルドで1番の戦闘力を誇るあの朱連でさえ、過去に倒された事があると聞き及んでいる。央佳自身も確かに一度、倒された事のある因縁の相手には違いなく。

 更に加えてこのメイド少女、生半可な相手で無い事は既に判明している。


 再び接近戦を挑んで来たメイド従者の斬撃をブロックしつつ、央佳は考えを巡らせる。数的な不利は、これはもはやどうしようもない。

 いや、寝ている子供達を叩き起こせば逆転は可能だけれど。


 その行為に及ぶべきかと考えている最中に、さらに戦場に変化が起きた。屋根の上のルマジュが、懐から取り出した何かの呼び鈴を使用したのだ。

 そして新たに出現する、巨大な黒い肉塊モンスター。


 死霊なのかゴーレムなのか判然としないが、これで数的不利は誰が見ても明らかに。しかし、と央佳は考える。ひょっとしたら、屋根上のルマジュは参戦して来ない可能性も。

 今日は本当に、お披露目とこちらの偵察だけするつもりなのかも。


 そうは言っても、こちらが弱れば確実に止めを刺しに来る事は間違い無い。何しろ央佳はSクラス冒険者、高価な装備も各種取り揃えている。

 そんな相手のドロップを、見逃す馬鹿はいないだろう。


 なおも鋭い斬撃が、目の前の少女から連続して放たれて来る。背後に現れた黒い肉塊も、ゆっくりとプレッシャーを放ちながら行動を開始した模様。

 新種族スキルを出し惜しみしていては、現状は打開出来そうも無い。


 ちょっとしたジレンマだ、みすみす相手に情報を与えたくはないが、かと言って手加減して倒せる敵でも無い。だけど考えるまでも無く、自分が殺されてしまっては元も子もない。

 央佳はメイド少女に《拍龍》を撃ち込んで時間稼ぎ、それから自身に《ブレイブソウル》の強化魔法。腹は決まった、全力でこの窮地を乗り切るべし。

 屋根の上の暗殺者を睨み据え、反撃を準備し始める央佳。


「ほおっ、そんな術も持ってたのか……確か風系のレア魔法じゃなかったかな? 効果は確か、反射速度とSPの大幅アップ……その前に使ったスキルは見た事無いな。

 イーギス、注意して当たれ」

「了解しました、マスター」


 そこまで注意する必要は無い、この魔法は二刀流でこそ効果を最大限に発揮するのだ。しかし詠唱時間も大幅に速くなる特性は、この際だから生かす事に。

 風系と土系を織り交ぜて、範囲魔法を連続で詠唱。少なくないダメージを与えつつ、央佳は巧みに場所移動。2人同時に攻撃されないよう、ステップ防御を駆使。

 それでも相手は変に魔法耐性が高いのか、なかなか捕縛の魔法に捕まってくれない。こちらの焦りを狙い澄ましたように、気付けば背後に第三の人影が。

 明確な殺気をはらみつつ、敵の大将“因業”のルマジュの大鎌が弧を描く。


 その瞬間、派手な衝突音と共に周囲に土煙が舞い上がった。完全に虚を突かれた央佳は、ダメージを覚悟して強張らせていた身体から力を抜いて行く。

 突如央佳の側に出現した小柄な少女は、その場にいた全員の視線を奪った。その少女はスカートを軽く持ち上げて、相対する敵に一礼。勝手に割って入った癖に、妙に礼儀正しいのが逆に怖い。

 三女のアンリが、央佳の前に涼しげに立っていた。


「アンリ……?」

「……英雄にだって、背中を護る人が必要なんだよ、お父様……」


 今や戦場は、完全にアンリの掌の上状態。ルマジュはチャージを仕掛けて来た影騎士かげきしを相手取っており、呼び鈴ゴーレムは、己の影から伸びた霧にガッチリ捕獲されていた。

 唯一フリーなメイド少女は、新しく出現した年下の子供に困惑模様。


 対するアンリも、積極的に相手をする気は無い空気を醸し出している。それでも困惑から抜け出た敵の容赦ない一撃に、親子は揃って素早く反応。

 央佳の《シールドバッシュ》の盾での迎撃に、アンリの《マジックブラスト》の拡散魔弾が派手にお出迎え。流れ弾に当たった敵の呼び鈴ゴーレムは、見せ場も無く崩れ落ちる破目に。

 近距離で被弾したメイド少女も、同じく瀕死の重傷を受けた様子。


「……参ったな、たった一人で形勢逆転か。ここは引くぞ、イーギス!」

「……はっ!」


 背後では、言葉通りに敵の退いて行く気配が。影騎士は深追いせず、その場で待機モードに移行した模様。片膝をついていた重症のメイド少女も、同じくこちらを窺いながらゆっくりと建物の影に逃げ込んで行く。

 央佳もアンリも、敢えてそれを追う事をせず。



 月夜に照らされた宿場町の中央街道は、再び元の静けさを取り戻していた。残された央佳とアンリは、ようやく肩の力を抜いて脱力する。

 待機していた影騎士が、静かに地面の影へと戻って行く。


 央佳が感謝の念と共に、ポンと三女の頭に手を置いた。形の良い頭をぐりぐりすると、くすぐったそうなアンリの笑い声。この子は本当に、親しい者には感情を素直に見せてくれる。

 ところが次の瞬間、アンリが想定外の言葉を発した。


「……お父様、魔の神様と交わした契約が期限を迎えました。神様からお借りした“加護”を返上次第、私はお父様の庇護の元に共に生きる事を誓います……」

「……そうか、今後ともよろしくな、アンリ」


 ルカの経緯を実際見ていなければ、こんな三女の発言に目を剥く程驚いていただろうけれど。何とか内心の感情を表に出さず、央佳は父親としての威厳を保つ事に成功する。

 抱き付いて来る三女を優しくあやし、ある意味一番信頼していた祥果さんの護り手の力の喪失に思いを馳せる央佳。確かに痛手には違いないが、過度に子供に頼る事がそもそもの間違い。

 今後はもっと、自分が一家の盾になり柱にならないと。





 ――そんな覚悟を固めつつ、三女を抱えて家族の待つ寝所へと戻る央佳だった。






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