第22話 初の家族パーティですよ?
昨夜の事があっただけに、この宿場町を離れるのは清々する……とまでは言わないが、まぁ似たような心情だ。朝食とその後の家族会議もそこそこに、一行は馬車の人となる。
因縁を追い払うように、馬車はひたすら街道を走る。しばらくすると、景色は次のエリアへと変化を見せ。何となく、御者台の央佳はホッとした思いに捉われる。
しかしそのすぐ直後、何とも異様な景色に遭遇して。
「どうしたの、パパ……うわっ、何か集団が通り過ぎて行ってる!」
「本当だー、獣人だね……旗を持ってるし、拠点分けの群れかな?」
「あー、獣人や蛮族は群れが増えたらそんな事するって、昔に聞いた事があるような……」
つまりはそうらしい、獣人の群れ分けだ。滅多に見れないのは、冒険者がこまめに獣人の拠点を潰して回るからだ。この初期大陸は、F~Eクラスの新米が多いせいか獣人の退治率が低いのかも知れない。
獣人は鳥顔タイプで、派手で変わった衣装の奴らが多かった。大型の猛禽類タイプや、ペットの大型鳥類なども群れの中に点在している。
こちらに気付いて警戒している、ライダータイプも中にはいて。
駝鳥みたいな大型の鳥に騎乗している獣人が、こちらの馬車を遠巻きに周回している。『魔除けのランタン』が無ければ、恐らくとっくに襲われていただろう。
馬車の速度では、逃げ切る事も叶わなかった筈。
「アンリちゃんが、何かの集団に遭遇するってさっき言ってたの、この事だったのねぇ? なんだかすごい迫力……大丈夫かな、凄く多い集団みたいだけど。
襲われたりしない、央ちゃん?」
「NMも混じってるっぽいけど、このエリアのレベルは精々が40~50くらいだから、例え襲われても平気だよ。
……あ、いやいや俺は平気でも祥ちゃんは不味いよな」
「じゃあ退治してこようか? 私とアンちゃんで、範囲魔法ぶっ放して来るよ、パパ!」
確かにメイとアンリのコンビなら、何も心配無いだろう。何より向こうの大群移動は、こっちの邪魔でしかない。しかも先程からガン垂れて来る、獣人たちには軽く苛立ち。
ついでだからと祥果さんを中心にパーティを組んで、経験値を頂く事に。街の周辺でレベル上げするより、ずっと多い経験値が入るのは間違いあるまい。
そんな訳で、央佳は獣人集団の挑発に乗る事に。
「お姉ちゃん、あの
「えっ、いいの? じゃあお言葉に甘えて……アンリもそれでいい?」
「……いいよ、露払いしてあげる」
こういう時の姉妹は、何故かとても仲が良い。メイとアンリの協力を取り付けて、新装備のルカはやる気満々。ネネも出動しそうになるのを、央佳はさり気無く捕獲して制止。
愚連隊よろしく威勢だけは良い獣人集団の、勢いが勝っていたのは最初の数秒だけ。あっという間に未知の火力に晒されて、雑兵たちは木端微塵の憂き目に。
そこに駆け込む龍娘の勇士、お姉ちゃん頑張れと妹達の声援が飛ぶ。
一応央佳もスタン張っていたが、危ない戦闘模様にはほどんどならず。NM鳥獣人の大物を片付けた後に、音楽が変わって獣人の王様の登場と相成ったのだが。
側近をアンリの召喚した影騎士に任せて、今度は派手な装備の王様と斬り結ぶルカ。メイなどは、その隣で呑気にドロップ品を収集して廻っている。
気が付けば、雑魚は全ていなくなっていた。
娘の勇士を眺めながら、いつしか央佳は奥さんと並んで声援を送っていた。まるで運動会とか劇の父兄参観のノリだ、あながち間違ってはいないけど。
父親に抱きかかえられているネネも、大声で姉を応援している。その甲斐あってか、ほぼ無傷での危なげない勝利を勝ち取るルカ。
ちゃんとスキル技も使えていたし、文句の無い戦闘振りだった。長女に及第点を与えながら、嬉しそうにこちらに手を振る娘に、夫婦で手を振り返して。
家族の喜ぶ声に混じって、宝箱の出現の軽妙な音楽が。
その回収をメイに任せて、央佳は祥果さんのレベルの確認。このわずかな間の戦闘だけで、50を超えてしまっていたのには驚きだ。子供達も、だいたい60前後に上がっていて。
一番高いのはアンリの76だけど、三女は未だにスキルP振りは出来ないと来ている。ただし、昨夜の告白で彼女も“加護”返しの条件に達したとの事で。
何にしろ道は拓けた、さあ旅の続きだ。
とんだボーナスステージの遭遇だったが、王都には昼過ぎには余裕で到着する予定。急ぐでも無く、央佳は馬車の手綱を握ってのんびりムード。
お昼は王都で食べればいいし、それまでは今度こそノンストップだ。御者台の隣には、今回はメイが上機嫌で座っている。先ほど回収した戦利品の、報告をするとの名目で。
口にするのは大半は売るしかない粗品だが、中には良品もボチボチ。
「鳥の獣人は、風の術書を落とすんだねぇ……これはパパが使うとしてぇ、武器もちょっといいの落としたけど、誰も使えないから売るとしてぇ」
「目玉は王様とNMの落とした、指南書と金のメダルと卵の呼び水かな? こらこら、水晶玉は武器なんだから不用意に放ると危ないぞ。
それで遊ぶんじゃありません、メイ」
「は~~い……後はミッションポイントと、それからハンターポイントも入ったよ、パパ。ドロップしたお金は、祥ちゃんに渡しておくのでいい?」
「それでいいよ、残りのアイテムは……ポーションとかエーテルとか、薬の類いは全部父ちゃんが預かっておくよ」
ポーションはHPを、エーテルはMPを回復する薬品だ。バーチャル仕様のこのゲーム、戦闘中には著しく使いにくい仕様になってしまっているけど。
手軽に回復出来るアイテムなので、未だに人気は高い消耗品ではある。
術書は各属性の物が存在して、宝珠と違って1PしかスキルPは上昇しない。それでも塵も積もればで、皆が欲しがるアイテムだ。売れば軽く10万以上するし、値崩れもしにくい。
指南書は任意の武器スキルを2P上昇してくれる、これも人気のアイテムだ。
呼び水とはトリガーアイテムの事で、所定のポイントに放り込めばNMが湧いてくれる。NMはドロップ品が優秀なのだが、そこら辺を常にうろついている訳では無い。
遭遇するのには運が必要で、冒険者は張り込んだり情報を入手したり奪い合ったりと涙ぐましい努力をする訳だ。その点トリガーNMは、必ず占有権を得られると言う優れモノ。
ただし出現するNMは、強さもドロップもピンキリだったりする。
金のメダルは、この初期大陸に流通する景品交換アイテムである。ドロップと違って、自分の好きなアイテムと交換出来るのでやっぱり人気は高い。
ドロップ率も高いので、割とすぐに溜まりはするのだが。良品との交換は、それなりの枚数が必要だったりするのは世の常だ。とにかくそんな感じで、初心冒険者には喜ばれるアイテム。
ちなみに交換所は、王都ロートンにしか存在しない。
そんな分配騒ぎが一件落着して、メイがそろそろ馬車の中に引っ込もうとしていた頃。一行の視界の先に、再び変なモノが飛び込んで来た。
それを見て、子供達がまた騒ぎ始める。
央佳はその正体を、もちろん知っていたし驚く程でも無かったのだが。ポッコリとした形の巨大な塔が、街道のすぐ側に突っ建っていたのだ。
割とシュールな風景に、まぁ子供たちが騒ぐ気持ちも分かるけど。この初期大陸では珍しいかも、つまり正体はNM塔と呼ばれる建築物(?)である。
次女のメイが騒ぐのを聞いて、馬車内の姉妹達も騒ぎ始めてしまった。仕方なく央佳は馬車を停めて、興奮が収まるのを待つことに。
確かにこんな田舎道のすぐ脇に、巨大な塔の図式は異様だけれど。そんなに騒いだり、嬉しがるような景色でも無いと思うのだが。
挙句の果てには姉妹全員が馬車を飛び出して、塔の周りをぐるぐると廻り始め。何でこんなにテンション高いんだと、央佳夫婦は首を傾げるしかない。
仕舞いには、祥果さんまで興味を持ち始める始末。
「いやいや祥ちゃん、コレは別にアトラクションでも遊園地でも何でもないから。入るのにお金は掛かるけど、中にいるのはモンスターなんだよ?
クリア報酬にハンターPと、それから報酬も色々と貰える感じではあるけど」
「だって、子供達があんなに楽しそうにしてるんだよ? ちょっと引率して、中を見せてあげてよ、央ちゃん?」
いやいや、急にそんな事を言われても、危険に好んで飛び込む真似など賛成出来ない。一番危ないのは、装備も何も不完全な祥果さんなのだから。
彼女だけ馬車でお留守番と言う手もあるけど、中に入れば2時間程度は拘束される訳で。街中ならともかく、幾ら馬車が安全と分かっていても、こんな場所に放置は精神衛生上よろしくない。
そんな正当な理由も、祥果さんは大丈夫平気と一蹴する。
「……分かった、その代わりこっちの言う事は全部聞いて貰うからね? 祥ちゃんの安全は最大限に配慮するから、それに関して文句は言わないでね?」
「こっちも分かったわ、その条件でいいよ……子供たち~~、お父さんがみんなでこの建物に入ろうって!」
その知らせを聞いて、途端に子供達は大はしゃぎで歓声を上げる。何がそんなに嬉しいのか、央佳には全く理解が出来ないけれど。
とにかくこの家族パーティの目的は、塔のクリアでは無く安全な帰還にある。
そんな訳で央佳はリーダーと言うより家長として、皆の装備とスキルのチェック。いざと言う時に混乱しないように、役割の分担と意思の統一は重要だ。
何しろ
そうならないために、慣れや事前のチェックは大切だ。さらに言えば、カリスマのある優秀なリーダーの存在も。カリスマはともかく、央佳は家族を護る気概だけは充分にある。
まずは前衛だが、ここは央佳とルカの2トップで行く事に。ルカは経験こそ浅いが、有り余る体力と攻撃力は折り紙付きだ。隣にいれば、央佳が直接教える事も可能だし。
盾スキルで頻繁に使う《ブロッキング》も習得してるし、素材は悪くない。
中盤はやはり、祥果さんに入って貰おうと即決の央佳。ついでにネネを抱えて貰って、さらにすぐ近くにメイかアンリを配置して。余った片方に、後衛の見張りをして貰えば。
そんなに急激に、祥果さんが手遅れの事態に陥る事はまずない筈だ。塔はダンジョン扱いなので、嫌らしい仕掛けやトラップが配置されてる事も結構あるが。
そこは素直に、メイとアンリに頼るしかない。
肝心の祥果さんだが、これでもステータス的には信じられない程の進化を見せていた。それも当然、何しろ痩せても枯れても50オーバーのレベルに至ってる訳で。
スキルPと神様に貰った宝珠で、何と魔法も15近く習得していたりして。
これでまるっきりの素人と言うのだから、何と言うか面白い。その原因は、はっきり言って央佳の甘やかし以外の何物でも無い気が。
しかしやっぱり、素人の奥さんを戦いに引っ張り出すのは躊躇われるのも当然で。
まさかこんな場面で、ダンジョンデビューさせる日が来るとは思わなかったけど。その前に央佳は、入念に家族パーティの役割分担をチェックする作業に入る。
まずはテンションの高い姉妹に、1人ずつその役割を教え込み。その辺を徘徊するモンスター相手に、模擬戦闘までこなして準備する。
ぶっつけ本番は怖過ぎるし、妥当な判断ではある。
これでも用意周到&準備万端とまでは、到底言えるレベルでは無いけれど。正直、子供達の素直な性格には救われる思い。
これで問題児続出だと、とてもじゃないが央佳の手には負えない。
素直さ一番手のルカは、嬉しさ全開アピールながらも締める所はきっちり心得ている様子。後ろには絶対に敵を通さないからねと、盾の役割をこなす所存をアピール。
その役割の重要性を、特にメイに言い含めている様子。
確かにメイの暴走は、最大の懸念には違いない。フィールドでのソロでの狩りなら、その所業は全く問題は無いのだ。彼女の魔力は、自分の身を護る程度には強力だから。
ただしパーティ戦では、タゲ取り役の立ち回りが物凄く重要になって来る。もしメイなり他の後衛なりが、誤って敵のタゲを取って接近された場合。そこで暴れる敵をすぐ処理出来れば良いが、万一範囲攻撃など放たれては堪らない。
装備の薄い後衛は、それだけで崩壊の危機に晒されるのだ。
その辺のパーティ常識を、きっちりと子供達に教え諭し。さらには祥果さんにも、一応は回復役の立ち回り方を伝授して。心ひとつにを合言葉に、皆で気合いを入れ直し。
パーティは1つの生き物なのだ、誰かがエゴを通せば簡単にそれは崩壊してしまう。考えてみれば、これも良い教育の一環かも知れない。
勿論命懸けでする教育ではないし、せめて保険は掛けておくけど。
――そんな訳で、初の家族パーティ結成である。
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