第20話 いざ王都へ!




 馬車の中は結構凄い事になっていて、これはもう祥果さんの面目躍如と言って良かった。とにかくカラフルなクッションやひざ掛け、更には窓用にカーテンも新調されてるようで。

 クッションの類いは、既に子供達の自分専用が決まっている様子。自分のモノを他の子が使っていると、それはもう確実に言い争いに発展してしまう。

 姉妹と言えど、自分の領土はハッキリ主張するのは当然の決まり事らしい。


 予備の『馬の呼び鈴』を前もって買い込んで、央佳は御者台へと滑り込んだ。祥果さんと子供達は、既に馬車の中に納まって出発の時を待っている。

 これでこの街とも、当分の間お別れになるだろう。雪に覆われてお世辞にも過ごし易いとは言えなかったけれど、何となく感慨深いものを感じてしまう。

 そんな感傷を振り払い、馬車は大通りをゆっくりと進んで行く。



 街から出た後も、暫くは雪景色に変化は無かった。建物の代わりに、薮や木々に積もった雪景色が続くだけだ。ぬかるみに気を付けながら、央佳は馬車を走らせる。

 しばらく進んでいると、空から雪が降って来た。しんしんと降る雪と言う表現に、ぴったりと当て嵌まる風景だ。日本語って凄いなと、しみじみと感じながら。

 馬車の立てる音さえ吸い込みそうな白い静寂の中、馬車は進む。


 反対に、馬車の中は物凄く賑やかだった。祥果さんの授業は、今日も朝から盛況らしい。雪の街での定期的な学習効果で、すっかり学びの楽しさを植え付ける事に成功した成果だ。

 今は人見知りの垣根も無く、ルカとネネも普通に祥果さんの授業を受けている。


 央佳も教える事の楽しさと、逆に難しさを感じてしまう今日この頃である。その甲斐あって、子供達が日々成長するのを見るのは超楽しい。

 それこそ疲れを忘れ、生活の起爆剤となる程度には。


 何にせよ、家族の導き役としてそればかりにかまけてはいられない央佳。王都に到着したら、色々とこなすべき事柄が山積しているのだ。

 それから道中の安全にも、しっかり気を配らなければ。


 前にも散々述べたが、この馬車は『魔除けのランタン』のお蔭で、モンスターに襲われる事は無い。だからと言って、休憩中や馬車を離れた一時まで、カバーしてくれる物でも無し。

 完璧な安全など存在しない、気を配るのは当然の行為だ。しかし四六時中それをやると、今度は気疲れして大変だ。幾ら強いからと言って、子供達に頼りっ放しの訳にも行かないし。

 やっぱりここは、ギルメンに相談が一番な気がする。


 つまりは王都だ、何だか堂々巡りな悩みだと我ながら思ってしまう央佳だが。心配をよそに、馬車は順調に距離を稼いで行く。馬車の中からは賑やかな声、世は事も無し。

 しばらくすると、エリアが切り替わりを見せた。あれだけ舞っていた雪が終わりを告げ、秋の山並みが姿を見せる。同時に木々の障害物が、街道の左右に立ちはだかって。

 見通しは悪くなったが、寒さはあまり感じなくなった。


 もっとも、この世界の身体は暑さや寒さ、痛覚に至るまでぼやけた感じでしか伝わって来ないが。最初は我慢強くなったのかと思っていたが、どうもそうでも無いらしい。

 ゲーム世界では都合が良いが、この感覚に慣れてしまうのも考え物だ。戻る方法はてんで分からないが、その可能性を捨てた訳でもない。って言うか、絶対に2人で戻る。

 その希望無くして、どうやって精神状態を保てると言うのか。


 そんな考えにふけっていると、後ろで急に馬車の扉が開く音が。振り向くと、ルカが走る馬車の側面を器用に伝って御者台へ移動中だった。

 慌てて速度を落としている間に、ルカは父親の隣に滑り込んでいて。危ないでしょとの小言には、ペロリと舌を出して可愛い反省顔。それを見た央佳は、もう呆れるしか無く。

 再び馬車のスピードを上げて、街道を進み始める。


「勉強会はもう終わったのかい、ルカ?」

「区切りがついたから、今から30分の休憩だって、祥果さんが。お父さんが寂しいかなって、こっちに来てみたの」

「ルカは優しいなぁ……そうだ、ジョブを何にするかはもう決めたのかい?」

「ん~~……出来たら私、ペットが欲しいなぁ」


 ジョブとは正確には『戦闘体系派生システム』の事で、これを取得するには王都で申請するしかない。取得出来る系統は色々あって、皆はこれをジョブと呼んでいるのだ。

 例えば『戦士』とか『遠隔』とか、各キャラが伸ばしたい長所を選択して。それに見合ったスキルを、ポイントと交換で得る事が可能なのだ。

 ちなみに交換には、ハンターPが必要である。


 ハンターPは、NMを退治したりPKしたりされたりと、大物退治の際に主に取得が可能である。メインのジョブの交換には10P、それ以降には13P~が必要で。

 つまりは伸ばしたいジョブが複数あれば、それも可能ではあるのだ。茨の道には違いないが、強くなりたいと願う冒険者には有り難いシステムなわけで。

 央佳のギルドにも、複数所有者の割合は決して少なくない。


 央佳は普通に『変幻』を選択していて、サブには『支援』と割とありふれた仕様だ。そんなジョブの中に『ペット召喚』はあって、これはつまり戦闘用ペットの召喚スキルである。

 ただし、ペットの種類は本人が選べる訳でもないみたいで。ペット自体にもレベルが存在するらしく、長い期間の育成が必要とあって。


手っ取り早く自身のキャラ強化を願う連中には、今一つ旨みの無いジョブだとの認識が強い風潮があるみたい。央佳も実は、全く候補に入れていないジョブだったり。

 そんな感じで、実はペット持ちのキャラは極めて少ない。


「そっかぁ、ペットねぇ……まぁ、ルカがちゃんと自分で世話出来るんなら、父ちゃんは反対しないけど」

「ほっ、本当……!? やったぁ、有り難う、お父さん!」


 そこまで喜んで貰えるなら、保護者としても本望である。感激に抱き付いて来たルカは、何を飼おうかなと今からハイテンションみたいだけど。

 あれって確か、こちらからは選べないよなと、記憶の底を確認しつつ。実は央佳も祥果さんも、家でペットを飼った経験が無いと言う事実。

 実家は元より、今のコーポもペット不可なのだ。


「あれっ、確かペット召喚って……確かもう1種類、方法があったような? 自分の属性種族のスキルを伸ばして行けば、召喚魔法が取得出来るんだっけ?」

「そうなんですか……? どれくらい伸ばせば覚えられますか、お父さん?」

「魔法もスキルも、完全にランダムだからなぁ……。俺の風スキルは200超えてるけど、未だにお目に掛かった事はないからなぁ」

「その方法だと、私の場合は竜スキルですかね……? う~ん、200以上振り込むのは、とっても大変そう……」


 確かにそうだ、ルカの言う通りである。ルカは前衛でしかも盾持ちなので、盾スキルと両手剣スキルにもポイントを振り込まないといけないし。

 そうしないと必殺技やブロック技を覚えられないので、戦闘を有利に進められないのだ。もっともルカの場合は、全ての斬撃が必殺との見方もあるけれど。

 とにかく前衛は、武器スキルを先に伸ばすのが常識である。


 そう言う点では、既に長所は有り余っているルカである。ここで最初は全くお荷物にしかならない『ペット召喚』ジョブを取得しても、さほど問題は無いだろう。

 どんな動物がいいかなぁと、親子で和やかに話し込んでいると。再び後ろの席が騒がしくなって、どうやらネネが自分も御者台に行くと暴れているらしい。


 この子は神経が昂ると、勝手に凶悪スキルが作動する悪癖がある。街破壊の過去のトラウマを思い出し、慌てて央佳は、馬車を停める。

 ひと時の休息に、馬たちが大きく息を吐く音が響いて。


 その時隣のルカが、御者台に立ち上がって遠くを見渡す素振りを見せた。敵の襲撃かと慌てた央佳だが、どうやら違うらしい。

 丘を越えて姿を見せたのは、乗合馬車だった。


 王都との定期便だろう、かなりな大きさなのは乗合所で見て知っていたけど。こうして動く姿を改めて見ると、2階建ての馬車は何とも荘厳である。

 それを牽く一角の獣も、こちらの黒馬の2倍は大きな体格をしている。


 びゃーびゃー煩いネネを抱きかかえ、央佳は取り敢えず馬車を街道から少し逸らす。まさか衝突はして来ないだろうが、したらこっちの全壊は目に見えているので。

 接近を知らせる汽笛が、前方の馬車から響いて来た。大きいねぇと、止まった馬車から出て来た祥果さんの素直な感想。ようやく機嫌の治ったネネも、大きいねぇと相槌を打つ。

 その四女だが、いつの間にか髪型が変わっていたりして。


「おや、ネネは可愛くなったなぁ……ああ、色紐を編み込んでるのかぁ」

「祥っちゃがね、おそろいにしてあげるって!」


 なるほど、お揃いか。良く見たらネネの持つ人形にも、色紐の飾りがくっ付いていた。自慢げに見せびらかすネネは、もう完全に祥果さんの手際に陥落している模様。

 無言で央佳の前に進み出たアンリも、何か感想を言って貰いたそう。三女の髪の毛も弄られていて、いつもとまるで雰囲気が違う。そして手に持つネコも、見た事の無い衣装。

 静かになっていたと思ったら、こんな事をしていたらしい。


「アンリも可愛くなったなぁ、どこのお姫様かと思っちゃったぞ!」

「…………!!」


 いつもは無表情のアンリが、その一言で途端に破顔。滅多に見られない喜び顔に、祥果さんも驚いている様子。この子はどうも、褒められ慣れていないっぽい。

 そんな遣り取りをしてる間に、2階建て馬車がすぐ前を通り過ぎて行った。呑気に手を振る子供達、まばらな乗客もそれに応えて手を振り返して来る。

 よっぽど道中、暇なのだろう。


 ちょうど昼時な事もあり、一行は昼食タイムへ移行する事に。祥果さんと子供たちが支度をしている間、央佳はマップの確認に時間を費やす。

 このゲーム、地図は自分で動き回って埋めるのだ。


 王都までの道のりは、バッチリ埋まっているので迷う事は無いけれど。問題なのは道のりの長さで、この調子で進むと到着するのは真夜中を過ぎてしまう。

 子供達は馬車で寝てくれていて構わないが、さてどうしよう?


「丁度王都との真ん中あたりに、一応宿場町はあるんだけどね。ちょっと治安が悪いんだ、普通の街の表通りに該当する場所が無いから……」

「それって全部裏通りって事ですか……それは困りますねぇ。悪い奴に、馬車が盗まれたりしたら嫌ですもんね」

「ルカ姉は馬車を動かす事出来ないの? パパと交替で御者をすれば、途中の宿で一泊せずに済むでしょ」


 子供達の意見は、どちらかと言えば強行軍に偏っていた。ルカは御者を出来ないそうで、そうなると央佳は出ずっぱりで、御者台で手綱を握っていなければならない。

 それは大変だし可哀想だとの声が多数、結果今夜は宿場町に泊まる事に決定して。馬車内で一泊するのも大変だし、次善の策には違いないのだが。

 央佳は何となく、一抹の不安を感じてしまう。


 それはさておき昼食だ、みんなで一斉に頂きますの合唱をして。最近ルカが料理を手伝っていると言うが、その痕跡がお昼のバスケットの中にも垣間見え。

 形の歪なお握りを、しかし央佳は好ましく思う。


 これも親バカと言うのだろうか、それでも上達の早道は褒める事だと信じて疑わない央佳。美味しいねと祥果さんと共に誉めそやすと、ルカは照れた様な笑顔。

 ちょっとだけ塩が効き過ぎてるが、ルカの一生懸命が込められている。



 お昼休憩の後、再び馬車はのんびりと走り始める。景色はどんどんのどかになって行き、気候もそれに従って穏やかで眠気を誘う程。

 馬車の車輪の立てる音が、殊更にそれを助長して。


 周囲には畑やら、果実園やらが少しずつ目立つようになって来た。獣人や獣がその上前を掠め取ろうと、コソコソ木々の間を動き回っている。

 それを退治するクエを、駆け出しの頃にやった記憶が央佳にもあって。


 本当に暇になると、央佳はギルドチャットに加わったり、金策の案を練ったり夢想に耽ったり。そんな時間は結婚して以来、とんとご縁が無かった事に驚きつつ。

 暇と言うのも、どうやら一つの娯楽要素を含んでいるらしい。いわゆる精神安定のツールだ、暇過ぎて発狂しないために、人は様々な娯楽を生み出す訳だ。

 そんな詮も無い事を考えている内に、少しずつ陽は沈んで行って。


 気が付けば、馬車はどこか淀んだ沼地地帯に侵入を果たしていた。遠くの山並みに、太陽はその姿を隠そうと躍起になっている所。

 今は再び馬車内から逃げ出して来たルカが、隣に座って休憩中。


 2人してそんな景色を眺めながら、のんびりした会話を交わしつつ。もうすぐ宿場町に着く筈だよと、地図を確認しながら央佳のナビゲーション。

 その言葉通り、沼地の外れに質素な建物群が見えて来た。


「……私は、この場所に来るの初めてですけど。何でこんな辺鄙な場所に、宿を建てようと思ったんですかねぇ?」

「さあねぇ……多分、王都と初めの街の中間あたりだからじゃないのかな? とは言え、確かにこんな陰気な場所はどうかと父ちゃんも思うな」

「ですよねぇ……」


 親子の会話から分かる通り、周囲はどちらかと言えば陰鬱いんうつ暗澹あんたんたる雰囲気でいっぱいだった。宿屋も壁や床材が湿気で朽ちたような有り様で、お世辞にも清潔には見えない。

 って言うか、普通にあまり長居はしたくない場所である。それでも夜露をしのぐ屋根と、温かくて足を伸ばせるベッドがあるだけマシかも。

 央佳は、なるべく立派な宿を求めて通りを進む。





 ――何とか水準を満たす宿屋を見付け、馬車はゆっくりと停止した。





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