第16話 太っ腹の神様と雪の街
大通りを馬車で進む央佳だが、街の中にもたくさんの雪が積もっていて完璧冬景色。街はロッジ風の建物が多く、街を囲む外塀も大木を連ねたものである。
ここは“水と氷の街”ソル、もうすぐ夕方に差し掛かろうと言う時刻。人通りはまばらだが、活気が無いと言う訳でもなく。様々な格好の新米冒険者が、クエや買い物に走り回っている。
寒い筈の街並みだが、どこか暖かな景色に見えてしまう。
央佳は少し考えて、今日はこのまま宿を取る事にした。旅の疲れは特にないが、今夜は何もせずに宿で休もう。そう思いたって、何だか奇妙な感じに陥るのに気付く。
以前はインしたら、時間が惜しいとばかりに即刻行動していた。競売の遣り取りを気にしたり、大物NMやダンジョンアタックの時間を気にしたり。パーティ定員がすぐに集まらないだけで、時間が惜しくてイライラしたり。
今はどうだ、子供達の就寝時間を気にして、冒険を休止する日々だ。
もちろん、以前とは状況はかなり異なってはいるけれど。ゲーム内で寝るとは、昔は寝落ちを意味していた訳で。フィールドでそれをやると、一発で敵かPKに殺されてしまう。
とにかく状況がはっきりするまでは、安全第一に行動するべきだ。やきもきしても仕方が無い、って言うかのんびり過ごすのも悪くないと感じている今日この頃。
遅くなった新婚旅行企画だとでも思えば良い、少々危険も存在するが。
「到着したぞ~~、今日の宿はここだ。……そこに馬車をつければいいのかな?」
「そうみたいですね、一旦玄関前につけて荷物を降ろしちゃいましょう、お父さん」
この街の宿は全て1軒家のコテージ風で、それを見た祥果さんは大興奮。パッと見、確かにどこかの簡素な別荘みたいだ。
しかも彼女は、こんな小さな一戸建てに強烈な憧れを持っている。
そこからは、怒涛の仕切り屋へと変貌を遂げた祥果さん。央佳はルカとネネを伴って、長女の武具の買い足しへと競売所へと赴く事へ。
加護を神様に返上した今、装備を良品で固めるのは当然の選択なので。
金は惜しむまいと思っていた央佳だが、いかんせん始まりの街では良いモノが出品されていない。仕方なく祥果さんに一言告げて、街間ワープで王都まで飛ぶことに。
それからルカの意見も取り入れて、全身装備をカスタマイズ。
ルカはとことん、父親と同じ感じが良いと言い張った。央佳の基本は、二刀流の魔法戦士なので、防具は革鎧系で占めている。今でこそ盾を装備するようになったが、金属鎧では移動力や魔法の詠唱時間にペナルティが課せられてしまうのだ。
ルカが盾役として金属装備で固めてくれると、この家族パーティは上手く機能する気がする。だけど娘の気の進まぬ仕事を押し付ける訳にも行かず、央佳はそこは折れる事に。
それでも全身コーディネイトが終了すると、長女は一気に強そうな風貌に。
「……あれっ、ルカは兜は装備不可なのか?」
「はい、角が邪魔になるので駄目ですね……だから、ネネも同じです」
「ネネもっ! 父ちゃ、ネネにも何か買って!」
四女の我が儘を軽くいなし、央佳はポーションを幼女に与えて長女にも使い方を教える。隣でグビグビ飲み始めたネネに、1本だけにしておきなさいと釘を刺しつつ。
お昼に戦闘風景を見たのだが、ルカはソロでも全然問題ないようだ。前衛の泣き所と言えば、とにかく削り方面にばかり偏って、移動力やら魔法攻撃に弱いようなイメージがあるけれど。
ルカは父親を見習って、魔法も使える軽戦士を目指すっぽい。
それはそれで構わない、本人の自主性に委ねる気の央佳だが。軽戦士は一撃のパワーは、圧倒的に本職アタッカーに劣る性質がある。一長一短だ、それを手数と魔法で補う訳で。
しかしルカに限って言えば、片手に持つのはダメージの高い大剣である。普通のキャラなら、両手で無ければ装備不可の重さ。それを難なく振り回す、匂い立つチート臭。
弱体化した筈なのに、体力や他のステータスも央佳と遜色無いと言う。
まぁそれは今は良い、自分以外の装備のコーディネイトも結構楽しかったし。お金は随分掛かってしまったが、ギルメンから追加の融資を受ける算段も付いた所。
その内借金で、首が回らなくなってしまう可能性も考慮しなければ。それよりせっかく久し振りに王都に来たのだし、散策したり噂を拾って回りたい誘惑に駆られつつも。
心配性の央佳は、家族の元へと子供達を連れて取って返す。
貸しコテージは、出掛けた時とまるで様変わりしていた。どうやら祥果さん、央佳の留守の間に買い物に出掛けていたらしい。生活感が加わっただけで、そこはまるで別モノの空間に。
さらに扉を開けた瞬間に、漂って来る良い匂い。それを嗅いだ瞬間の、子供達の神反応と言ったら。あっという間に2人して、央佳の元から匂いを放っているキッチンへと瞬間移動。
どうやらビスケットか何からしい、美味しそうな匂いだと央佳も思うが。
子供達に至っては、己の食欲を満たすのに夢中な様子。姉妹も4人になると、多少は意地汚くなるのは仕方の無い事なのだろうけれど。
次のがすぐ焼き上がるからとの、祥果さんの仲裁も効果は上がっていない様子。
それでも、旦那の帰宅に気付いた祥果さんの『お父さんの分も残しておいてね』の台詞は絶大な効果を及ぼした。皆がさっと振り返って、手にしたお菓子を差し出したのだ。
思わずホロッとなる央佳、ネネのに限っては食べかけだったけど。
「おかえりなさい、央ちゃん。すっごい買い物したねぇ、ルカちゃん見違えたよ?」
「ただいま、祥ちゃん……美味しく出来たね、コレ。今から何かする予定あるの?」
「買い物はもう終わったし、ぼちぼちしてから夕ご飯の支度かなぁ? あっ、そうそう……私の部屋のポストにお金が入ってて、
えっと確か、管理委員って所から?」
「……コレ、美味しいからお供え物にしたらいい」
夫婦のまったりした会話に、突然割り込んで来たアンリの呟き。2人共何の話かと瞬間ホケッとした後に、この街にはるばる来た目的を思い出して納得。
なるほど、前回は何も持たずに神様の御前に出向いてしまって申し訳なかった。神様が甘党とは限らないが、こう言うのは気持ちの持ちようとも良く言うし。
祥果さんは素早く包み紙を取り出し、綺麗にラッピングを開始する。
神様って甘党なのかと、何気なく央佳は娘と会話を続けてみるが。アンリはきちんとこちらを向いて、私の神様は甘いお菓子もお喋りも大好きだと意外な返答。
神様は寝ないから、一度お茶会が始まると長くなって大変なのだと三女の言葉。どこまで本当の話なのかは知らないが、どうやら新5種族は神様との繋がりがやたらと親密っぽい。
それが証拠に、ルカとメイの追従の話はある意味破天荒過ぎた。
ルカによると、この前会った龍人の神様は、人には厳めしく見られたい割りには子供達には甘々な性格らしい。その証拠に、与えられた加護は半分しか返さなくて良かったそうで。
なるほど、ルカがそんなに弱体化していなかった訳がここで判明した。具体的には補正スキルの《竜の神秘》とか《竜の心臓》とか、返す予定のスキルが据え置きに。これらの効果だが、体力やステータスに信じられない恩恵を与えてくれるらしい。
神様の世界にも、ツンデレ文化が忍び寄って来ているのだろうか。
メイも負けずに発言するに、聖の神様はお洒落だとか小さな子供が大好きらしい。しかも異国の服を集めるのが趣味で、何百着も持っているとの話である。
神様の世界にもコスプレ文化があるかは知らないが、メイの説明ではどうやらそんな感じらしい。信者も派手な格好をしてお参りすると、この上なく喜ばれるとの説明を受け。
所変われば様式も変わる、変わった神様もいたもんだ。
そんな話を交わしつつ、いつの間にかお出掛けの用意は出来上がった様子。一体いつ買い込んでいたのか、子供達は暖かそうな冬服を着込んでいる。
こういう所は、本当に用意が良いなと感心する央佳だが。ルカとネネの分のコートも用意されているのを見るにつけ、この周到さには本当に頭が下がる。
こんな風景を目の当たりにすると、本当に子供達の親なのではないかと錯覚してしまう。
一行は表通りを進んで、雪道を街外れの静かな森の中へと向かう。そこに建つ神殿は、木造で重厚な佇まい。古さを感じさせはするが、雪景色に良く映えている。
そこに遣えるNPC神官たちを無視して、家族はズンズンと奥へと進んで行く。先導するのはメイで、この子は行った事の無い場所でも、迷うと言う事を知らない。
一種独特な感覚を備えているのかも、どの特性に起因しているかは不明だけど。
その場所に足を踏み入れた瞬間、央佳にもそれと分かる感覚が全身を走った。以前にも感じた、神の降り立つ神聖な空間だ。そこは雪に覆われた岩の間を、清らかな水が流れ落ちていた。
それはささやかで、囁くような音色を奏でる滝だった。ここも半分は中庭に面していて、もう半分は岩と建物の壁で奥まった空間となっている。
それから針葉樹が天を隠して、秘密の場所を形作っていて。
「水の神様、氷の神様……
『……おぉ、久し振りに直接の願いに舞い降りてみれば、何とも可愛らしく無垢なる魂である事よ。龍人の神の子とな、我らが支配を司る大陸に何の用かな?』
『父親に付いて来たのだろう、遠方までご苦労な事よ……おや、お供え物持参とは殊勲なものだな、感心感心』
央佳が心構えをする前に、既にルカの口上は終わってしまっていて。それに瞬時に呼応する形で、2柱の神様が既に降臨して話に興じていた。
そして祥果さんの焼いたビスケットを、交互に頬張って喜んでいる。その姿は何と言うか、軽いカルチャーショックを央佳に与えて来る。
物凄く役職が上の人が、実は意外と身近な存在だった時のような。
今回現れた2神は、それぞれが青系のローブを着た女性と見紛う美形だった。てっきりここの神様は女神だと思っていた央佳は、少しだけ拍子抜け。
それでも柔らくも力強い波動は、相変わらず空間を満たしている。
明らかに自分達とは違う存在感、住む世界が違うとはこの事を指しているとも思いつつ。ゲーム世界でこんな神々しさを感じるとは、どこか間違っている様な気がしないでもない。
しかし思い直してみると、ここは確かに剣と魔法と神々の世界ではある。
判断基準は存在するが、比較基準にはなり得ないのだろう。それほどに2つの世界は、創世から運営まで異なっている訳だ。ただ、こっちの世界はプログラマーと言うかゲームデザイナーの手によるフィクション世界には違いなく。
だからと言って、向こうの世界も人間の手で造られたと言える程
宗教事に関わらずに生きて来た央佳としては、生身で神様と対面するなど異例過ぎる事態である。しかもこんな規格外の、田舎の祖父母のようにもてなしてくれる事態など。
今も家族を眺めて、どこか納得顔の2神ではあるけど。ルカの願い事はあっさりと受理されて、しかもお土産のお返しにと水と氷の宝珠を人数分持たせてくれるサプライズ!
太っ腹過ぎるおもてなしだ、こんなの運営にバレたら大目玉を喰らってしまいそう。
神様と運営、どっちが位が上かとの議論は置いといて。ド級のお土産に、思わず家族を代表して央佳は礼を述べる。それを軽く受け流して、神様は訳知り顔で頷くのみ。
まるでこちらの都合を、全て知っている風である。
「あの、ひょっとして……私と妻が今どんな状況に置かれているか、その原因を含めて知っているなんて事は……」
『知ってはいるが、我らには管轄外の事態なのじゃよ……私は水を司り、相方は氷を司る。親は子を育み、子は愛情を糧に育つ。全ては輪廻、相互干渉のサイクルなのじゃ……。
下手に横槍を入れる事は、例え我らとて禁止されておる』
『我らだからこそ、と言っても良いかも知れぬぞ、相棒。大いなるものは、少し動くだけで大きな波紋を呼ぶのじゃ。
だからこそ、慎みを持って決して出しゃばってはならぬ』
『そうじゃな、さすが英知を備えた我が相方じゃ。せめてもの支援、差し上げた宝珠は好きに使って構わぬよ。売るなり誰かがまとめて使うなり……我らは、陰ながらそなた達を見守っておるからな』
有り難うございますと、ルカが素直にお礼を述べる。もう少し核心に触れる言葉を貰いたい央佳だが、続きの質問がなかなか出て来ない。
そうこうしている内に、神様の影は次第に薄れて行って。
隣でメイとアンリが、神様に向かって呑気に手を振っていた。別れの挨拶のつもりなのだろう、逆に央佳はじれったく感じてしまったが。
今更どうしようもなく、既に神様は露と消えてしまった。
後には控えめな滝の立てる音と、メイのお土産を喜ぶ声。早速ネネが手に取って、おもちゃにして遊んでいるが。宝珠は1個でスキル10Pの価値のある宝物で、売れば軽く100万以上はする高級品だ。
今回貰ったのは、水と氷の宝珠が、それぞれ6個ずつと言う大盤振る舞いで。素直に使うとすると、水と氷の魔法が6個ずつ覚える事が出来てしまう。
って言うか、上手く売れば仲間からの借金を返済出来て、今後の生活費にも困らないかも。
それは物凄く良い案のように思えたが、さすがにネネが壊した街の借金の返済までは無理。それより祥果さんに、完全後衛仕様になって貰った方が収まりが良い気も。
子供達はワイワイ騒ぎながら、貰った宝珠で遊んでいる。悩んでいる央佳の目の前で、しかし事態は進行中だった。つまりは、子供達が自主的に祥果さんへ宝珠をプレゼントしていて。
これが答えだ、圧倒的に央佳が口出し出来ない程度には。
祥果さんは感激した素振りで、まぁまぁと驚いた口調だったけど。いつも贈り物はする側で、される側になるのは慣れていない様子。戸惑いながら、央佳へと視線を向けるけど。
良かったねと、殊更に満足げな表情で頷きを返す旦那を目にして。ちょっと泣きそうになりながら、一人一人を抱きしめてお礼を述べる祥果さん。
――良い縁は良い結果をもたらす、それが世のサイクルに他ならず。
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