第15話 寒い場所でも、へっちゃらです
さて、馬車の室内である。新品の車内に盛り上がっていた一行だが、その波も徐々に落ち着いて来て。楽しいねぇと、口癖のように交互に口にしながら、あちこち触りまくる子供たち。
シートは向かい合うように設置してあり、扉は片面のみ。もう片方は窓が大きく設置されていて、一応は開閉出来るようになっている。御者台と会話が出来る窓も、小さいのがあって。
しばらくはそれを使って、メイが伝言ゲームの真似事遊び。
「まだまだ次の街まで、時間が掛かりますよって。お昼の休憩時間まで、大人しくしてろって、パパから!
何か伝える事ある、祥ちゃん?」
「ん~~、了解しましたって伝えて、メイちゃん。急がなくって良いよって」
「りょうか~い♪」
馬車の中はのんびりまったりムード。央佳から心配されていたネネも、アンリに人形遊びに構って貰っている。祥果さんの力作たちは、面と向かい合って何やら片言の挨拶から仲良さ気。
ネコはウサギより強いんだよと、アンリは姉の絶対的上の立場を譲る気は無さそうだけど。ネネは気にしていないようで、ガオガオ~と、素っ頓狂な雄叫びを上げて楽しそう。
何にせよ、馬車の中は良い雰囲気だ。
祥果さんが観察した限りでは、ネネは完全にパパっ子なのは疑いの無い事実。その次に父親に気を許しているのは、ルカとアンリの順番だろうか。
メイは奔放過ぎて、誰とも仲が良いようで、深く関わる事も無い性格のようだ。そう言う人はたまにいるし、祥果さんもリアル世界で何人か知っている。
もちろん悪い子では無いのだが、手綱を握るのは大変かも知れない。
ルカも同じく、完全にお父さん子だ。ただし長女と言う事もあって、妹達の面倒も良く見ている。ただ彼女も甘えたい盛りなのか、父親を優先する事も多いみたい。
甘えん坊と言う点では、分かり難いけどアンリが一番なのかも。この子は大人の庇護を無意識に求めている気がする、だから祥果さんとも自然と仲良くなったのだろう。
恐らくは、褒められると一番伸びる気質な子だと思われる。
突然の保護者の立場に、祥果さんは最初こそ戸惑ったけれども。央佳のサポート役は、長年の付き合いから心得ている。って言うか、お互い持ちつ持たれつで今までやって来た訳だが。
子供だからと言って、祥果さんは特に勉強やお稽古事を強要するつもりは全く無い。ただ、好きな事は全力で応援してあげたいのは親心と言うか、保護者欲として存在する。
そしてどうすればそれが伸び易いのか、子供を観察すれば分かる筈。
逆に言えば、何に子供が関心を寄せているのか、どうすればそれを伸ばせるのか、しっかり観察しないと分からない。旦那の央佳は、ギルドだとかの仕事でこの世界でも忙しい様子。
子供達に関しては、自分がしっかりしなければ。
そんな決意を胸に、さり気無く子供の学力チェックを始める祥果さん。そして程無く、衝撃の事実を知る破目に。何と子供達の全員が、字がほとんど読めないのだ。
とんでもない衝撃を受けた祥果さんは、ただちに馬車を停めて旦那の央佳に相談に走る。一旦休憩の名目を聞き、子供達は呑気に野原に飛び出て遊び始め。
そんな姿をいいなぁと感じつつ、今はそれよりも一大事な事柄についての話し合い。
「央ちゃん……こっ、子供達が字が読めないって知ってた? こっちの世界の教育体制って、一体どうなってるのっ!?」
「えっ……そう言えば、こっちには学校なんて洒落たモノは無いな! うーん、確か大昔はそうだったんじゃなかったっけ?
豊かな家庭だけが、家庭教師を雇えるみたいな……?」
「そっか……今の日本は恵まれてるんだねぇ? それより、この状況をどうすればいいかな?」
「うーん、こっちの世界ではあの子達は超エリートなんだよなぁ……モンスターを狩れば狩るほど、名声も力も財産も得られる訳だから。
逆に言えば、学問は高尚な習い事になっちゃうのかな……元の世界で、ピアノやバイオリンを習うような?」
なるほど、生きて行く上で必ずしも必要は無い、高度な習い事みたいなものになってしまうのか。向こうの世界の基準は完全に当て嵌まらないようで、そこは悩みどころではある。
だけどバイオリンを教える事は、自分には間違っても出来ないが、読み書きなら教えられる。教育ママになるつもりは無い祥果さんだったが、そこを手抜くのは怠惰ではなかろうか?
そう央佳に尋ねてみたら、それもそうだねと答えが返って来た。
「それじゃあ、基本は日が昇っている内は冒険やレベル上げを全員でして、夜の寝る前に読み書きの勉強を2人で教えると。今みたいな移動中は、祥ちゃんが教えるでオッケー?」
「そうだね、取り敢えずは平仮名……ってか、日本語でいいんだよね、この世界の常用語って?」
確かそれで良い筈だと、央佳は鞄からクエスト用紙を取り出す。メイが勝手に受けて来るので、興味の全く無いクエまで溜まりっ放しなのだ。
そこに書かれているのは、確かに日本語で間違い無かった。その用紙を見た祥果さん、それを教材に使うから貸してと言って来る。否は無い央佳は、全部を奥さんに託して。
指針が決まって一安心、子供達を呼び戻して再び出発進行。
ルカが馬車内に引っ込んでしまったのは、央佳の言いつけには違いないのだけれど。お蔭で少し、馬車での旅が暇になってしまった。
その代わり、馬車の中からは元気な子供達の声が響いて来る。
『クエスト依頼』とか『報酬』とか、教材にはいささか難がある気もするけれど。どうやら大人しく、子供達は祥果さんの授業に付き合ってくれているらしい。
上手く子供達の興味を刺激出来た様子、祥果さんの手腕はあれでなかなか侮れないのだ。
考えてみれば、こんな特殊な状況もまず無い気がする。親が直接、付きっきりで子供達に読み書きを教える事態など。父親は外で働き生活費を稼ぎ、母親は家庭内で家事に勤しむモノだと、世間一般にはびこる常識が存在しており。
今ではその様式も脆くも崩れて、共働きで無いと生活が維持出来ないと来ている。専門家は核家族化のせいだとか、少子化の懸念だとか待機児童がどうのとか、幼児虐待の増加だとか好き勝手言うけれど。親の立場も子の立場も、昔から変わりはしないと央佳は思う。
変わったのは時間だ、親子が触れ合う時間が極端に減ったためだ。
それから仕事の量の多さに対する、ストレスの増加も加わって。社会で疲弊した親からすれば、家庭に戻って充分な家族サービスなど振る舞える筈もない。
社会構造が既にそうなってしまっていて、今更のんびりとした昔の生活にはどうやっても戻れそうもない。便利さを追求するあまり、犠牲にしてしまった幾つもの事柄。
幸せって何なのだろう、央佳はぼんやりとそう思う。
馬車を牽く黒馬達は心得たもので、手綱を握る者に関係なく整備された街道に沿って歩いて行く。のんびりムードの漂う中、央佳は確かに幸せを感じていた。
今度は、数字の読み書きの練習が始まったらしい。い~ち、に~い、さーんと、元気の良い声が御者台まで響いて来る。まるで一人授業参観の気分、思わず応援したくなるような。
子供達頑張れと、心の中でエールを送りつつ。
太陽が頭の真上に届く頃、お昼に良い感じの木陰を見付けた央佳は、そこに馬車を停めて昼食休憩を呼び掛ける。元気に出て来た子供達と、やや憔悴した感じの祥果さん。
どうやら読み書きを教えるのに、結構なパワーを使っている様子。人に教えた経験の無い央佳は、そんなモノなのかと思ってしまうけれど。
上機嫌の子供達を見ると、何だか自分も教えたくなってしまう。
どんな事を教わったのと尋ねると、子供達は口々にあれやこれと印象に残った授業を言葉にする。そんなに長い時間では無かったのに、色々と詰め込んだらしい。
どうやら授業を真面目に受けると、ボタンを1個貰えるらしく。10個集まると、ご褒美と交換して貰えるそうだ。祥果さんも考えたものだ、お楽しみの人参を吊るすとは。
子供達は実は小金持ちなので、お小遣いは通用しないだろうし。
宿を出る前に祥果さんが作ったランチを、木陰に座って皆で楽しみながら。子供達が覚えたばかりの知識を披露するのを、凄いねと褒めながら聞く央佳。
一番テンションが高いのは、どうやらネネのようなのだが。メイも算数に興味が湧いたようで、祥果さんの隣でクエスト用紙を開いている。
ちゃんと計算が出来ないと、損する可能性に気付いたらしい。
どんな理由にしろ、学問に興味を持つのは良い事だ。文字を学ぶのだって、自分の好みの本や小説を見付けるためだ。そうやって自分の世界を広げるために、本来勉強はあるのだ。
子供達に勉強を教えると言っても、祥果さんにだって限界はある訳だし。その時に自分自身で、進むべき道を探す力を今の内につけて貰えれば良い。
人の成長とはそう言うものだ、世界に果てなど有りはしないのだから。
「お昼休憩、あとどれ位とるの、央ちゃん?」
「うーん……急ぐ旅でも無いし、ゆっくり行こうか? 子供達も、遊んでいいけど遠くに行っちゃ駄目だぞー」
「「は~~い!」」
子犬のようにはしゃぎ始める子供達を眺めながら、2人は食後の満腹感に身を委ねる。周りの景色は何となく秋めいていて、遠くの山は紅葉が目立つ。
だんだん寒くなって来てるねと、祥果さんは山の稜線を眺めながら呟く。次の街は始終冬景色だよと、央佳の説明は簡潔。山を1つ超えた辺りから、寒さはもっと厳しくなる筈だ。
何しろ、次に向かうは“水と氷の街”ソルである。
そんな事より、レベルの上がった祥果さんの新魔法を試してみたい央佳。何気に祥果さんは、レベルがこの短期間で38まで上がっているし。
子供のチェックは結構するのだが、祥果さんがスキルや魔法を取得出来る事実をつい忘れてしまう。せっかくのレアな幻魔法も、宝の持ち腐れでしかないと言う。
急に勿体無く思えてきた央佳は、奥さんに魔法の実践の提案など。
しばらくは、要領を得ない遣り取りの応酬の末に。それでも何とか祥果さん、自身の魔法の並びの呼び出しに成功して。
誰もが羨む新属性魔法、央佳ももちろん見た事が無い。
これはどんな効果があるんだと、2人して簡単な説明文から推測するのだが。使ってみた方が早いと言う事で、散歩がてら近くの湖畔へと歩いて行く。
この辺りには、アクティブな敵はほとんどいない。しかも湖の近くは、動きの遅いスライムの宝庫である。コイツらならば、接近しなくても魔法で焼き尽くす事は可能だ。
ところが祥果さん、そんなスローな敵を見ただけでオロオロ。
「祥ちゃん、これも慣れだから……魔法での攻撃は、遠くから当てる感じだからそんなに怖くないってば」
「でもなんかヌルヌルしてて……あれも怒らせたら、こっちに攻撃して来るんでしょ?」
「何してるんですか、こんなところで?」
秘密の特訓のつもりは無かったのだが、突然背の高い草を掻き分けて出現したルカに見付かってしまった。その後にはネネが、ススキの穂を手にして続いている。
どうやら子供達も、湖の近くで探検ごっこをしていたようだ。そうこうしている内に、メイとアンリもこちらを見付けて合流。新スキルのお披露目と聞いて、興奮している様子。
ところが肝心の主役が、テンパって行動に移らないと言う。
それならばと、まずはアンリが実戦形式の1番バッターを買って出た。魔法には大きく分けて、攻撃魔法と補助魔法が存在する。
他にも細かく言えば、回復魔法やら召喚魔法やら色々あって。敵と味方のどちらに掛けるかの違いもあるし、確かに実戦で覚えて行った方が早いかも。
敵にバッドステータスを与えたり、味方や自分自身を強化したり……これは、典型的な補助魔法だ。だけど大抵は、敵にダメージを与える攻撃魔法をみんな使いたがる。
戦闘時間が長くなると、しかし補助魔法も大切になって来る。そんな
《マジックブラスト》――バリバリの攻撃魔法だった。
「……これは、敵をターゲットにする攻撃魔法。間違って範囲魔法に設定すると、味方も巻き込むから注意が必要?」
「ふわぁ……凄い威力だねぇ?」
「大丈夫……祥ちゃんもやってみて……?」
アンリの魔法を叩き込まれたスライムは、木端微塵の悲惨な憂き目に。《マジックブラスト》は純エネルギーを敵にぶつける魔法で、唱えると無数の魔力の飛礫が術者の周囲に出現する。
それを敵にぶつけるのだが、単体と範囲に切り替えが可能らしい。かなり派手なエフェクトだが、ぶつけた相手を酔っ払いのバッドステータスにする追加効果もあるらしく。
相当に強力な魔法には違いない、本人は《
それより何故か、教える役が央佳からアンリへとすり替わっていた。メイも加わり、女は度胸とばかりに遠隔魔法での攻撃を披露し合って勢いをつけてくれている。
その波に、ようやく乗じる事が出来た祥果さん。最初に放ったのは、どうやら幻系の単体攻撃魔法らしい《
その結果を受け止めて、おおっとどよめく後衛陣。
説明によると、相手の魔法防御力無視の一撃を加える攻撃だそうなのだが。威力も相当なモノらしく、この辺りの弱い敵だったら、一発で仕留める事が可能らしい。
それに気を良くした祥果さん、次に唱えたのは《
どうやらこの魔法は、幻影で恐怖を敵に植え付けるらしい。
特に祥果さんが気に入ったのは、味方に掛ける《
HPが全く減っていない現状では、確認する事は出来ず仕舞い。それよりMPの減り幅が半端無く酷い、あっという間に祥果さんの魔力は底を尽いた様子。
こうなると、ヒーリングで魔力の回復を待つしか無い訳で。
その方法をアンリに教わりながら、祥果さんの魔術師デビューを見守る央佳。大丈夫かなぁとの心配はもちろんあるが、積極的に戦地へと連れ出す目論見は全然無いので。
とにかく自衛手段として、少しくらい強くなって欲しいとの思いが強い。ゲームのシステム部分を理解する事で、子供達との結びつきも強くなるかもとの判断もあったけど。
そこら辺の判断も、あながち的外れでは無かった様子で何より。
今度はルカが、新しく覚えた竜スキルを披露し始めた。央佳も『契約の指輪』効果で覚えたスキルだ、どんな作用を及ぼすかはもちろん知っておきたいのは当然の理。
まずは《
ダメージこそ大きくは無いが、相手を弱体・距離を置くには良い魔法かも。
次に《
その見返りは、どうやら自身の武器や防具に宿るようだった。つまりは攻撃力や防御力が大幅に上昇して、敵を迎撃する仕様らしい。二刀流使いにはむしろ危ない魔法だが、盾装備の時には有り難い効果かも。
盾キャラの身上とは、その場に留まって敵を引き付ける訳だから。
「これは良い魔法スキルが増えたなぁ……ルカのお蔭だな、有り難う」
「ネネも、ネネもっ……!」
「ネネちゃんも偉いねぇ……さっきは元気に、1から10まで数えられたもんねぇ?」
それは凄いなぁと、祥果さんのヨイショに追従する央佳。それだけで得意顔になるネネ、ある意味とても扱いやすい子供である。
今も褒められた技を実践、大きな声で1から数を数えている。
何にしろ、このスキル実践教室は為になったなと央佳は思う。後で自分でも使用して、コスト的にどうかとか使い勝手を試してみよう。
そんな事を考えながら、そろそろ出発しようと家族を促して。
馬車に歩いて行きながら、家族で他愛ない会話を交わしつつ。御者台はどうにも暇だから、BGMに子供達の歌が聞きたいなぁと、央佳の何気ない一言に。
どうやら1曲も歌を歌えない子供達、どうしようかと慌てて相談し始める。そこに助け舟を出す祥果さん、みんなに教えてあげるねと教師顔を覗かせて。
そこからは
そこから先の旅は、もうこれ以上ないと言う程に騒がしくなってしまった。ひょっとしたら自分は、とんでもない爆弾を投下したのではないかと疑問を抱きつつ。
それでも段々と、様になって行く姉妹の歌いっぷりを聞き及ぶにつけ。こんな旅路も良いなぁと、しみじみ思ってしまうのは親心の芽生えなのだろうか?
選曲は何故か、祥果さんの好きな懐メロ系ソングばかりだけど。
――段々と寒くなる異世界の野原に、子供達の歌う昔の流行歌が元気に響いていた。
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