第14話 大きな買い物は説得がキモです




 さて、さてさて、遅きに失する感もあるが、ちょっとこの場を借りて央佳おうか祥果しょうかさんの事を語ろうと思う。もちろん2人は、言うまでも無くこの物語の主人公だ。

 2人が小学校からの幼馴染だった事も、既に話していると思うけど。仲の良い6人グループの内の2人で、まぁこの集団は成人した現在でも、頻繁に連絡を取り合う仲だったりする。

 この集団の内訳だが、男3人女3人の半々のグループである。


 そこから生まれたカップルだ、当然付き合いも長いし、お互いの長所も短所も心得ている。些細な喧嘩をする事もあるが、基本的には普段はとても仲良しでラブラブである。

 それはもう、周囲が羨む程度には。


 2人の容姿を説明しよう、まずは央佳の外見だが。一言で表現すると、ニヒルな皮肉屋と言った印象だろうか。ボサボサの癖っ毛に黒縁メガネ、背は高いが特に肉が付いている訳でもない標準寄りの体型。

 パッと見た感じは、取っ付きにくい印象を学生時代から醸し出していた央佳だが。親しい友達なら、性格はむしろ反対だよと口を揃えて言うだろう。

 人付き合いや面倒見は良い方で、事実、友達も多い方なのだから。


 趣味と言うか得意分野は、子供の頃からパソコン関係だ。ゲームも好きで、遊ぶと言えばインドア派である。仲間6人が揃った時のパターンは、お金を掛けずに外遊びが多かったのだけど。

 2人の通っていた小中学校は簡素な住宅街の外れにあって、少し歩けばアーケード通りや遊ぶところが点在していた。曜日を問わず、学校帰りに友達と連れ立って遊ぶには事欠かない立地条件で。

 そんな学生時代を過ごしたお蔭か、現在は内も外遊びも平均的に嗜んでいる。



 祥果さんの方はと言えば、子供の頃から小柄でホワホワした感じの優しい娘さんだった。それがそのまま大きくなった感じで、可愛いとの評判は今も昔も変わらない。

 友達からは年を取らない妖怪だとか、頭の中はお花畑だとか散々言われているが。要するに、からかい甲斐のある妹分的なキャラの位置付けだったりする訳だ。

 容姿的なサイズ感や性格も、それを後押ししているのかも。


 性格はほんわか優しいけれど、人としての筋はちゃんと通す。口喧しいと言う程ではないが、お喋りは人並みに好き。だけど読書や編み物に没頭すると、とことん無口になるタイプ。

 こう説明すると、感情の起伏が激しいように感じるかも知れないが。そんな訳でもなく、仲間内では最後の良心として絶大な信頼を勝ち得ている。

 つまりはマスコット役兼小さな母親役、みたいな?



 そんな2人が、高校の卒業後の進路を決定するのに、自分の趣味に沿ったのも既に話に挙がっているけれど。2人の高校は公立の普通科で、進学率は6割程度で残りは専門学校と就職が半々な感じだっただろうか。

 そんな中で専門学校への入学を決定したのは、ひとえに2人の愛が盛り上がり過ぎていた為。大学進学で回り道するより、さっさと就職して愛の巣を築こうと。

 若き日の過ちと言うより、緻密に計画された未来設計図の為すゴールイン。


 この頃から、お互いの間の約束事は既に構築されていて。つまりは央佳の趣味を大目に見る代わりに、祥果さんの未来プランに沿って人生を遣り繰りして行くと。

 周囲から見れば、完全に央佳が尻に敷かれている夫婦だと感じるかもだが。共働きの共同生活に移行してからも、炊事洗濯家事一切、祥果さんに任せ切りな現状を思えば。


 ――こちらに分があり過ぎる取り引きだと、央佳は申し訳なく思ったり。





 昨日はあまりにショックな出来事のお蔭で、央佳は夕方以降ほとんど呆けて過ごしてしまっていた。神様と面と向かって対面するなど、リアル世界ではまず無い事だ。

 その時の厳かな雰囲気を思い出すと、今でも背筋がゾワッとシャキッとなってしまう。圧倒的な存在感と清浄感、しかし不思議と圧迫感は無かった。

 逆に、心を洗われる様な温かさは感じたけれど。


 ゲーマー時代の習性で、半日近くを無駄にしてしまった罪悪感を感じつつ。祥果さんなどは、早々にモードを切り替えて縫い物の大量生産に勤しんでいたけど。

 子供達も寛ぎモード、街をうろついたり央佳に甘えたりと、好き勝手に時間を費やして。ただし夕食の支度には、祥果さんを中心に盛り上がっていたりして。

 どうやら自炊の料理の美味しさに、全員が味を占めてしまった様子。


 央佳ももちろんご相伴に与かって、そのリアルな味覚に身体中に精気が行き渡る思い。こちらの世界で売られている料理は、何と言うか嘘くさい複製のような味しかしないのだ。

 その原因を、何とか理論的に説明出来ないモノかと考えるのだが。この前耳にした、先輩の何気ない一言が脳裏をかすめる。


 異世界召喚には2通りあって、肉体ごとのモノと精神のみ召喚されるパターンに分類されるのだと。大抵は、当人はどちらか判別不明だったりする訳だけれど。

 ひょっとしたら、今のこの肉体は借りモノなのかも知れない。


 思えば戦闘の際にも、受けた痛みが大幅に鈍かったような気もしたし。何かしらのフィルターが掛かっているのは、どうやら事実だと結論付ける央佳。

 そもそも二晩こっちの世界で過ごして、祥果さん相手に性欲も湧いて来ない。子供が4人もいるからだと思っていたが、それだけが原因とも考えにくい。

 どうも“欲”とか“五感”とかが、大幅に鈍くなっている気がする。


 自分達で料理を作るのは、ひょっとしたらそのフィルターを外す作業なのかも。もしくは自分の憶測が間違っていて、肉体ごと召喚された上で、ただ単にこちらの食事が不味いだけなのかも知れないが。

 子供達が喜ぶのは、単純に買って与えられたモノでは無いからなのかも。ルカ辺りはそれでも喜ぶが、やっぱり与える前に一手間加えると感動も違って来る気もする。

 確証こそないが、央佳の心象では核心に近い推理な気が。


 他にも色々、検証すれば分かる事も増えて行くかも。例えば、合成で自作料理を作った時も、子供達は喜んでくれたけど。自分で口にして、イマイチだなと央佳は思ってしまった。

 元はNPCの子供達と、リアル世界から引っ張り込まれた央佳と祥果さん。その違いもあるのかも知れないが、元のルールが分からないのだから比較の仕様が無いとも言える。

 少なくとも、今は他に考えるべき事が山積みだったり。



「さて、みんな朝食は食べ終わったかな? それじゃあ恒例の、朝の家族会議を始めるぞ。昨日は神様に面会して、何か凄い事になっちゃったけど……今日は是非とも、調子を取り戻したいけど……何だかいきなり、意味不明な事態が起こった。

 ……ルカ、何で俺に『竜』スキルが生えて来たのか、説明は出来るのかな?」

「う~~ん、多分だけど『契約の指輪』のせいなんじゃないですか? 私も同じく、お父さんの持ってるスキルを幾つか覚えちゃってるので」


 知らなかった、契約の指輪にそんな隠し性能があったなんて! ルカに何を覚えたのか尋ねてみると、どうやら風と土魔法の使用頻度が高いのを、幾つずつからしい。

 反対に央佳は《拍龍はくりゅう》と《臥龍がりゅう》と言う名のスキルを、何の前触れも無く覚えてしまっていた。これは昨日寝る前に、ルカと相談してのスキルP振りで長女が習得した竜スキル。

 はっきり言って、使用している冒険者など見た事無い程のレアスキルである。


 こんなに簡単に覚えてしまって良いものかと、央佳は暫し悩んでみたが。家族の安全度が上昇したと思えば良いかと、素直にその事実を受け入れる事に。

 祥果さんも風と光魔法を覚えたし、幻系の魔法もスキルPを使って習得済みだ。これもやっぱり、昨日の夜の夫婦での相談による結果である。これにより、一気に家族の戦闘能力は上昇した感が。

 いやいやルカは弱体化したんだっけ、余りそんな気はしないけれど。


 そんなルカだが、未だに片手で大剣装備は可能らしい。どんなチート機能だと、改めて新種族の有能さに眩暈を覚える央佳。祥果さんに関しては、ステータスのへっぼこさにある意味安心すら覚えてしまう。

 それでも彼女だって、新種族スキルの保有者には変わりないのだ。ベテラン冒険者、それどころかAクラス冒険者だって羨望する存在、あれっ……祥果さんはFクラスでは?

 そう考えて、一気に混乱する央佳。


「パパ、新しい魔法見せてよ! 試しにどっかでNM見付けて、みんなで狩ろうよ!」

「メイ、アンタは黙ってなさい……この街のワープ拠点は通し終わったんだから、取り敢えずは移動でしょ? お父さん、王都に行くの、それとも他の街に行くの?」

「うん……? 他の街に行くメリットってあるのか、ルカ?」

「他の街の神様に頼めば、私と祥果さんは属性魔法を覚えられると思います」


 おおっと、なるほど……そんな利点があったとは。目から鱗の発案に、央佳は思わずポンと膝を打つ。それならば、全部廻るのも一つの手ではある。

 取り敢えずは、最初に“水と氷の街”ソルに向かうべきか。


 祥果さんは完全に後衛なので、出来れば回復魔法を持っていて欲しい。水スキルの魔法には、そっち系が出易いと言う特性もあるし、悪くは無い選択肢のように思える。

 皆に確認したところ、全員から快い了承の返事が。


 これでこの後の指針が、呆気なく決まってしまった。朝食の後に、宿屋をチェックアウトする作業を皆で行い。この街でする事は、もう無い事を確認して。

 賑やかに街に飛び出して、さて門を出ようかと相談していると。門の近くに馬車が停まっていて、子供達がこれに反応する。中を覗き込んだり、大きな車輪に触れてみたり。

 央佳もこういう乗り物には、心惹かれるモノがあって。


 街間の移動用に、家族で一台購入するのも良いかも知れない。ソロで遊んでいた時には特に欲しいと思わなかったが、今は祥果さんを始め4人も子供達もいる事だし。

 結構お高い買い物だが、何と言ってもファミリーカーだ。今停まっている馬車は、安全に王都まで向かうための移動用で、定時運行しているタイプの奴だ。お金を払えば、新米冒険者でもこれに乗って目的地へ向かえる。

 そんな訳で、個人所有を望む者は逆に少ない。


「祥果さん……モノは相談だけど、馬車を一台買わない? 子供達と一緒に乗って、和気藹々わきあいあいと旅行感覚で次の街に進めるし……やっぱ家族連れだと、一台は必要だと思うんだ」

「ほえっ……この馬車は、目的の街には行かないの? そもそも買うって、高いんじゃない?」

「高いけど、まぁこの先ずっと使えるし、必要なくなったら売れはそんなに損失は無いよ。こっちの馬車は王都行きだし、蛮族や盗賊に襲われる可能性もある。

 俺のは『魔除けのランタン』を装備すれば、襲われないから安心だよ?」


 ほおぉっと、お得な取引を持ち掛けられた人特有の表情を見せる祥果さん。会話を聞いていたメイとアンリが、買おうよと祥果さんを隣からせっついている。

 こっちの世界で圧倒的に財産を築いてるのは、実は夫の方なのだが。向こうの世界の癖と言うか力関係で、つい奥さんに買い物の相談を持ち掛けてしまった央佳。

 子供達の懐柔もあって、何とか好感触を得られた様子。


 街の乗り付け場の隣に、その馬車専用の売店はあった。競売の出店品までチェック出来る機能まであり、色々と較べ甲斐があるのは良いのだが。

 品数はせいぜいが4台、どれを購入するかで家族会議は盛り上がりを見せ。


 結局は、大きさや性能を考慮に入れて2番目に高い馬車を購入に至った。高級木材をふんだんに使用した、屋根付きで耐久性の高い洒落た外観の一台である。

 何より初のマイカーに、央佳のテンションは一気に頂点へ。


 購入した馬車は完全密封型で、後ろと天井部分に荷台が付いていた。狩りで鞄が一杯になった場合も、この荷台を利用すればストックが可能と言う優れモノである。

 ギルドでお気楽パーティをする場合、ギルド所有の馬車で目的地に向かう時も結構あって。央佳のギルドでも2台ほど所有してるが、個人所有と言うのはあまり聞かない。

 それでも買い物に後悔の無い央佳、家族を乗せて早速出発進行。


 購入した馬車だが、最初から運び手の馬は付いていなかった。ところが央佳の鞄の中には、先日退治したPK軍団のドロップした呼び笛が2つ。

 都合の良い話だが、この馬車も二頭牽きである。この呼び笛の召喚は時間制なので、使用期限が過ぎたら買い替えないといけないけれど。維持費が必要なのは、どの乗り物とて同じ事。

 そんな訳で召喚した黒馬を、馬車と連結して央佳は手綱を振るう。


「お父さん、馬車を購入出来て良かったですね!」

「ああ……祥果さんは大きい買い物渋いから、なかなか許可は下りないんだけどな! 何か自信が付いたよ、この調子でネネが壊した街の借金、返して行こうな!」

「そうですね、頑張りましょう!」


 央佳の機嫌の良さにシンクロして、隣のルカも上機嫌な様子。一緒に御者台乗りますと言われて、流れで隣を許可したのだけれど。

 そうなると、必然的に密封馬車内にネネが孤立してしまう可能性が。


 祥果さんが構いまくるのは目に見えているが、ネネの人見知りウォールがどう反応するか。見ものの一番ではあるが、車内はどんな雰囲気なのか窺い知る事は叶わず。

 まぁこれも試練だ、信頼度が上がる事をただ祈るのみ。


 護衛を名目に御者台に乗り込んだルカだが、この馬車には『魔除けのランタン』を掛けてあるので、モンスターに襲われる事は無い。ただし、獣人の群れや大型モンスターに、行く手を阻まれる事態はままある訳で。

 そういった場合の掃討は必要なので、戦闘が全く無い訳でも無い。それでもしばらく続くのは、のどかで豊かな森林地帯。新米の頃に、散々見慣れた風景だ。

 木々を縫って伸びる街道と、ゴトゴトとリズムを刻む新品の馬車の轍の音。





 ――世は事も無し、平和を噛み締めながら馬車は進むのだった。






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