第13話 神様の前では厳かに
さて、一行は何事も無く、昨日のメインの狩り場のルネー平原に辿り着いた。ここからは央佳の記憶を頼りに、獣人の拠点へと進んで行く。
……予定だったのだが、相変わらずメイは独断先行で走り回っていて。そして楽しそうに、リンクした敵を連れて戻って来る。
それをルカが1匹ずつ引っこ抜いて、剣術の練習台にと丁寧に屠って行く。なんだかんだ言って、姉妹の連携は流石と賞賛するレベル。練習は大事だ、特に熟練度の上昇は大切。
そんな感じで、ようやく平原の端の湿地帯に到着した。
「おっと、集落の真ん中に旗が上がってるって事は、今日はまだ潰されて無いな。こりゃラッキーだ……さて、誰が行く?」
「私とお姉ちゃんと2人で平気だよ、パパ? 一応、アンちゃんも連れて行く?」
「……ルカ姉が、王様と一騎打ちすればいい。雑魚は私とメイ姉で倒そう……」
「えっ、大将譲ってくれるの……? じゃあ行ってきます、お父さん♪」
姉妹での作戦にも満たない話し合いは、どうやら簡潔にまとまった様子。拠点攻めに関しては、それ以上にスピーディな進行&幕切れとなったけど。
初っ端から、容赦ない範囲魔法で雑魚を蹴散らして行くメイとアンリ。アンリの傍らには、念の為にと召喚した影騎士がボディガードに付いている。
集落は生活感こそあるが、不衛生でかなり原始的だった。そして建物から出て来る獣人たちは、様々な武器を携えたジョブが揃っていた様子なのだが。
圧倒的な火力の前に、その武勇も振るう隙が無い感じ。
戦いはあっという間に終盤へ、敵の獣人の大ボスである王様が、広場に出現して侵入者へ啖呵を切り始める。それを確認したルカが、いそいそと武器を構えて闘いのリングの中央へ。
獣人の王様は、煌びやかな武具を身にまとっていかにも強そうだった。魔法も使うらしく、己に土系の強化魔法を唱えて準備万端で戦へと身を躍らせる。
しかし結果は、たった3合の斬り結びで終了と言う。
ルカは無邪気に喜んでいるが、それ以上にメイのはしゃぎ様は上だった。集落からせしめた宝箱は、大小全部で10個ほど。低レベルの獣人相手だから、上物は含まれて無いとは言え。
それだけで嬉しいのが、宝箱とのご対面である。
アンリは戦の余韻も感じさせず、さっさと祥果さんの隣へと戻って来ていた。この後の予定を考えている央佳と、お昼はどこで食べようかと悩んでいる祥果さん。
出掛ける前にお握りをしこたま作っていた、良妻賢母の祥果さん。お米を炊くのから始めたので、支度に結構時間が掛かってしまったのだが。
それだけの価値はあると思う央佳、もう味の物足りない料理は遠慮願う。
こんな時には、魔法の鞄に入れてあったキャンプ道具の存在は有り難い。フィールドにいても、モンスターに絡まれる心配が無いのだから。
子供たちに適当な木陰を選んで貰って、お昼の時刻を待ってランチタイムへと移行。さっきまでの戦いは綺麗に忘れて、気分はピクニックである。
家族で和気藹々と、お握りの山を囲んでの昼食タイム。こっちの世界に迷い込んで、大変な事になってしまったと思っていた央佳だが。逆に、のんびり過ごす時間が増えた気がする。
この逆転現象は、一体どこに起因するのか不思議である。
「あのぅ、お父さん、お話があるんだけど……時期が来たので、神様に“龍神の加護”をお返ししてもいいですか?」
「へっ……何を返すって、ルカ?」
食事前からどこかモジモジしていた長女だが、唐突に話し始めたのは食事の最中だった。行儀よく両手でお握りを抱えたまま、やっぱり少し照れた様子で父親に話し掛けている。
慌てた様子でルカを見遣る央佳だが、これはひょっとしてと長女の信頼度をチェック。その値は300を超えていて、これは何かのイベントかと身構えるも。
加護を返すとは、一体どういう意味なのだろうか?
ルカから詳しく話を聞くに、どうやら子供達はそれぞれの神様から“加護”を頂いているらしい。それは外敵から身を守る為で、つまり親がいない間の危険や人攫いなどに対処出来るようにと、特別に借りてある力だそうな。
親との信頼度が300を超えたら、それは返上する決まりになっているみたいで。そうしたら、子供のスキル取得などのカスタムが、親との話し合いで可能になるとの事。
なるほど、確かに今まで取得したスキルPは触れもしなかった。
「なるほどなぁ、今までは自衛の為に神様に力を借りてたのか……それは確かに、お礼を言って返さないと不味いよなぁ?」
「はい、約束ですので……その代わり今後は新しいスキルとか、色々と取得出来るようになりますよ、お父さん♪」
どちらにしろ、当分の間は長女の戦力ダウンは否めないようだ。祥果さんがまだ弱い現時点では痛いイベントだが、神様との約束を破る訳にはいかない。
仕方ないなと諦めて、甘んじてそのルートを選択しよう。
央佳は次に、長女にその“加護”の返し方を質問した。ひょっとしたら、とんでもなく遠い場所にまで赴かないといけないかも知れない。
ところがルカは、街の神殿からお呼び出来るかもとの返答。
それは助かる、神殿ならフェーソンの街にも確かにある。ルカの弱体化は残念だが、ひょっとしたら新たに覚える『竜』スキルで補えるかも。
何しろルカは龍人だ、竜スキルの揃えは抜群に魅力的。
午後はもう少しレベル上げしようと思っていたけど、央佳は予定を変更する事に。今日はそのまま街に帰還して、ルカの神様とご対面と行こう。
しかし……子供達が強い理由が、神様の恩恵だったとは。
ファンタジー世界にありがちな設定だが、この大陸を作ったのは創世の女神である。その補佐役として、8つの属性の神様が存在しているらしいのだが。
特に始める前に注意して創世記など見るタイプでは無い央佳。そこら辺の記憶も、実は曖昧だったりするけれど。フェーソンの街に、立派な神殿があるのは覚えている。
そこに祭られているのが、光と風の神様だと言う事も。
「央ちゃん……こっちの世界では、気軽に神様にお会い出来るものなの?」
「さあ……良く分からないけど、以前のゲーム仕様だったら、神殿に入ってもそんなイベントは起きなかったよ?
お呼びする方法も、誰も教えてくれないし」
夫婦で話し合う内容も、何となく半信半疑になってしまうのも仕方が無い。それでも無事に街に戻ると、念の為にと先にワープ通しの名声上げのクエスト終了報告を。
これは街のほぼ中央にある、冒険者ギルドで処理されるクエストで。大抵のクエはここで受ける事が出来て、名声度のチェックもギルド内で可能である。
その結果、祥果さんは見事ワープ拠点の開通を許可して貰えた。
つまりは自分達が、アウトローな存在で無い事を立証出来たと言う訳だ。冒険者など、街の人からしてみればならず者にしか見えない。だから頑張って、街の役に立つことで皆からの信頼を勝ち得るのだ。
そのステータスとしての、ワープ移動の許可なのである。
とにかく無事その作業も終わり、メイの先導で街の東に建つ神殿へと一行は進んで行く。央佳の記憶では、ここにはクエスト関係でしか訪れた事は無い筈だ。
聖職者にだって悩みはある訳で、それを以前受けたクエストで、走り回って片付けた訳だ。今はまるで違う用事で、その立派な門を家族で潜って。
キョロキョロと周囲を窺う夫婦だが、ルカは大聖堂を無視してもっと奥へ。
中庭には、何本かの大樹が絡み合って複雑な地形を形成していた。巨大な岩とその大樹の太い根っこが、変に迷路みたいな地形を作り出してこちらを迷わせる。
一行は苦労しつつ、ルカの先導で更に奥へと向かう。その場所は少し下った、半地下の空間だった。大樹の真下のようだが、意外と広くて明るいのが気に掛かる。
そして岩と根の隙間を通る風、こんな場所だからこそ際立って感じられ。
明かりもそうだ、隙間から漏れる太陽の光が、シャワーのようにこの半地下に降り注いでいる。それから壮大な神気、ここはやはり特別な場所なのだと夫婦に感じさせる。
物怖じしないのは、ルカが龍人だからなのか。それとも子供特有の、無鉄砲さから来る気質なのか。とにかく長女は一人前に出て、奥に設えてある祭壇へと祈りをささげ始めた。
その瞬間、一陣の風が吹き、降り注ぐ光が一層濃くなった。
『久々に呼ばれたと思ったら、龍人の子とは驚きじゃな……お主らの住まう大陸は、もっと遥か向こうの筈。何故に我らの治めるこの地で、神たる我らを呼び出す?』
『まぁそう急くな、風の神よ……そなたはせっかちでいかん。この子は混血のようじゃ、保護者は誰かな?』
忽然と出現した神様は、どうやら割と気さくな性質のようだった。それぞれが属性の色のローブを身に纏い、悠然とその場にとどまっている。
ルカは淀みなく、背後の父親の名前を神様の前で口にした。己の身の証を述べるように、颯爽と静粛に。神様たちはそれで満足したように、少女に頷きを返す。
跪いたままの姿勢で、ルカは用件を述べる。
「龍人の神様に、今までお借りしていた“加護”を返したく……失礼とは思いましたが、この場にお呼び頂けないかと参上した次第でございます」
『ああ、龍人の神か……ふむぅ、久しく会っていないが元気かのぅ? どれ、呼んでやるから暫し待つが良かろう』
「有り難うございます、神様」
場は完全にルカの独壇場、央佳も祥果さんもその場の雰囲気に気圧されて一言も発せられず。そうこうしている間に、3柱目の神様が厳かに降臨して来た。立派な角を頭に生やした、紛れもなく龍人の神様だ。
ルカは畏まって頭を垂れて、お預かりしていた“加護”をお返ししますと述べた。龍人の神は静かに頷き、喜ばしき縁の結びの到来を誇ると告げる。どうやらこの神は、光と風の神ほど性格は軽くないようだ。
そんな事を央佳が考えている内に、ルカの身体が光に包まれた。
長いような短いような時間が過ぎた後、気が付いたらルカは央佳の側で満足そうに微笑んでいた。その瞬間、央佳の心に満ちたりた様な気持ちが湧き上がって来た。
まるでルカが、本当に自分と祥果さんの間に生まれた子供の様な気分。絶対的な信頼を受ける立場と言うのは、はっきり言って怖いモノでもある。それでも子供は、この人ならと自分の親を頼って来るのだ。
ならばそれに応えるのが、親としての本分ではなかろうか?
そんな内心の決心を込めて、央佳はルカの肩にそっと手を置いた。嬉しそうな表情のルカが、こちらにすり寄って来る。そう言えば神様はと思い立って前を見ると、いつの間にか龍人の神様はお帰りなさっていた様子。
自分のテリトリーで無い場所なので、余り長居も出来ないのだろう。それよりも、残った光と風の神様の内緒話の内容が気になってしまう。
何を企んでいるのやら、しかしその発案はこちらには渡りに船だった。
『さてさて……異大陸の子供とは言え、一応我々を頼って来たのは確かじゃからな。我らもその子を、歓待もせずに放り出すのも忍びないとの見解に至ってな。
ここにいる子供達全員に、光と風のスキルの取得を許可する事にした』
『お主らが属性スキルを伸ばすのは、我らに対する信仰を高める行為と一緒でな……こちらにとっても、実は有り難い行いなのじゃよ。
精々頑張って、この先も精進に励むがよい』
「有り難うございます、光の神様、風の神様」
「あ、有り難うございます……一家の主として、せめてお礼を言わせて下さい」
ルカのお礼の言葉に続き、央佳も感謝の念を何とか言葉に紡ぐ事に成功した。その言葉に反応したのか、のんびりと空間に漂う2神と一瞬目が合った。
その瞬間、圧倒的な存在感……いや圧倒的な情愛に包まれる感覚が央佳を襲う。
格が違うとか謙虚になるとか、そんな言葉をリアルに感じる日が来るとは思わなかった。思わず泣き崩れそうになる身体を無理やり震え立たせ、央佳は静かに首を垂れる。
――目線を戻すと、既に神様はいなくなっていた。
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