第11話 いつもと違う朝の風景




 残念な事にと形容するとちょっと変だけど、翌朝は至って普通に訪れた。央佳おうかは少しだけ期待していたのだ、起きたらリアル世界だったと言う落ちを。

 ところが目覚めたら、昨日借りた宿屋の一室に他ならず。


 ベッドを見渡すと、子供達はスヤスヤと寝息を立てていた。これだけ子供が並ぶと壮観だ、喧嘩の絶えない姉妹もこの時だけは仲睦まじく見える。

 つまりは平和だ、平穏な朝の訪れに相応しい程度には。


 現在の自分の置かれた立場を、央佳は自分の寝起きの頭に思い浮かべてみた。取り敢えずは、生活に必要なお金の心配は無くなった。

 親しい間柄の、ギルメンの朱連しゅれんから結構な額を借りれたし、NMモンスターのドロップ品の分け前も貰えたし。これを全てバザーにでも売りに出せば、100万にはなる筈。

 もっとも、スタートの街では購買者はいないかもだけど。


 まぁそれだけ、昨夜に討伐を手伝った敵は大物だった訳だ。何ともラッキーな遭遇だった上、今回は人手不足で長女の参戦も喜ばれる状況で。

 こんなに参戦を歓迎されたのは久し振りかも、まぁ出向いて良かったと思う。実は分け前も多めに貰えたし、そこはまぁ、ルカとネネの活躍も大きかったのが反映した結果だ。

 家族の大黒柱としての面子も、金銭枯渇の回復と共に保たれそう。


 レンタル部屋の差し押さえの状況は、相変わらず痛手だけど。何しろ頑張って上げた合成スキルも、部屋に設置した合成装置が無いと確率が著しく落ちてしまう。

 つまり大物が作れないし、レシピも思い出せないものが多いと言う。高級素材も部屋に置いたままだし、当面は合成での金策は難しい状況には違いない。

 全く厄介だ、こちらの問題も早急に手を打ちたいのだが。


 悩むべき事柄は多いが、出来る事から片付けていかないと。取り敢えず今日は、祥果しょうかさんと子供達のレベル上げの続きだろうか。ギルメンには祥果さんの話は通してある、面倒な説明は省いてだけど。

 ウチのギルドに是非入って貰いなよと、ギルマスのマオウの言質は戴いたので。後はギルドバッチを渡して、これで一つ肩の荷が降りる感じだろうか。

 頼り甲斐のあるギルドの後押しは、この異世界において何より有り難い。


「央ちゃん、おはよぅ……ふにゅぅ、ここはどこ?」

「おはよう、祥ちゃん……リアル世界だったら万事めでたかったんだけど、昨日と変わらずゲーム世界の中だよ。子供達はまだ寝てるね、ふぅっ……」

「そんな、邪険にするような言い方しないのっ……! 今日こそは、ネネちゃんともっと仲良くならないとねぇ?」


 ネネもそうだが、長女のルカも相当に堅物な子だけどなと胸中で央佳。試しに4人の信頼度を奥さんに聞いてみると、何とビックリ、アンリとは既に203まで上がっているっぽい。

 次いでメイが125、桜花おうかが82……旦那の央佳との信頼度の上昇は、たった1日でも大きい方だ。一番低いのは、やっぱりネネらしい。17の数値は、一般に週に一度話をするレベルの間柄。

 さすがに人見知り魔人、1日かそこらでは攻略出来ない様子。


 何気なく央佳も子供達との信頼度をチェックしてみるが、ルカとネネの数値がエライ事に。一緒にお風呂に入ったイベントが、どうやら功を奏し過ぎたらしい。

 ルカに至っては、280にまで上昇している。一晩で驚きの上昇値、とんだボーナスイベントだ。これが今後に、どう影響するのか分からないのが辛いけど。

 まぁ良い、分からない事は考えるだけ無駄だ。


「そうだ、祥ちゃんに渡すモノがあったんだ……はいコレ、ウチのギルドの会員バッジ。ウチは夫婦とか兄弟でプレイしてるパターンは珍しくないから、居心地は悪くないと思うよ?」

「ほえぇ~~、バッジ? コレ、胸に付けておけばいいの?」

「取り敢えず、体の見える所ならどこでもいいよ。メンバーの紹介とかバッジの機能については、おいおい説明して行くから」


 分かったと返事をして、祥果さんはのそのそと起きる準備。子供達が起きない様に気を付けながらベッドから降りて、パジャマを着替え始める。

 ここの宿屋は朝食は付かないと言っていたが、どうも売り物の食事は美味しくないと祥果さんは思う。自分が作った方が良いかも……。

 いや、それより先に自分とルカの買って貰った、マントの裾直しをしておきたい。


 時間があれば他にも編み物をしたいし、ネネの縫いぐるみも作るべきか。いやいや、それより子供達の洋服……は時間が足りないか、日差し避けの帽子位は作れるかもだが。

 今度はネネから始めて、年齢順に渡すのが良いかも知れない。


 子供達に物を作れると考えただけで、心の底からウキウキと衝動が湧き上がって来る。鼻歌を歌いながら着替え終えると、央佳が部屋の隅っこで大きな地図を広げていた。

 気になって近付くと、見た事の無い大陸のモノである事が判明。どうやらこの世界の地図らしい、祥果さんが覗き込むと央佳は街同士の位置関係を説明してくれた。

 どうやらゲーム世界の法則に沿って、街の立地条件があるらしい。


 それによると、王都ロートンを中心に見た方が、モンスターの分布などが分かり易いそうだ。まずは王都の東から南にかけての土地には、初心者用の街が点在している。

 ここ“光と風の街”フェーソンの街もその中の1つ。そして当然、分布するモンスターも初心者用に弱い奴らばかりだ。そしてそれは、王都に近付く程強くなって来る。

 王都付近は、大体レベル50くらいの敵が徘徊する土地だ。


 南から西にかけての土地は、反対に近寄るのもタブーとされている土地である。ただしそれは、普通に冒険に勤しむ者たちにとってである。

 つまりそこは、犯罪者達によって拓かれた場所なのだ。


 分布するモンスターの数もだが、とにかく獣人や蛮族の類いがやたらと多い。集落があちこちに点在していて、ソロで近付くのは自殺行為との話だ。

 そんな場所に、PKを始めとする犯罪者の街“不夜城”メガレスカは存在する。


 それから東から北に掛けては、より強いモンスターの徘徊する土地だ。新大陸へのミッションでも使うし、レベル上げでも度々お世話になる。

 北から西に掛けても似たような感じで、レベル100までの高レベル帯でようやく歩き回れる物騒な土地柄だ。ただし密林や山岳の多い北西地帯に較べて、こちらは海と諸島がメインだ。

 もちろんモンスター分布も、その土地柄に見合った種族が占めている。


 そんな感じで説明を終えて、央佳は今後の指針もついでに口に出しておく。暫くこの街の近くでレベル上げしたら、大陸中央の王都に向かう事になると。

 王都では、このスタートの街以上にクエやミッションが数多く受けれるし、そこから更に別の土地に向かう事も可能だ。


 多くの冒険者がそんな感じで拠点にしているし、活気があるのでベテラン冒険者もそれにあやかって未だに利用もしている。人も物も流動しやすく、文字通り大陸の中心都市なのだ。

 ゲーム世界的にも、大きな分岐点が発生する場所でもある。


 説明をきちっと聞き終えて、祥果さんはフムフムと真面目顔で頷いて。それじゃあ今日は昨日と同じ感じなのと、旦那に尋ねてみるのだが。

 央佳は少し考えて、念の為にワープ拠点を通そうと聞き慣れない単語での返答。


 要約すると、街の名声を上げればワープ移動が使えるようになるのだ。移動手段として最速なので、訪れる街全てに冒険者はその拠点通しを大抵は行う。

 名声を上げる方法は、クエストをこなしたり武器や防具を街に寄付したり、街の周囲の獣人や蛮族を退治したりと何通りか存在する。クエストは地味で確実だが、何度もこなさないと上がらないので時間が掛かる。寄付はお金が掛かるが時間の短縮になる。

 獣人拠点の攻略は、力が必要だがお金も時間も掛からない。


 その代わりに、あまり同じ敵を狩り過ぎると、その種族の敵対心が上がってしまう弊害が。そうなると、執拗に狙われるなど逆襲も念頭に入れる必要が出て来る。

 何事にも塩梅と言うモノが大事になって来る、それはどちらの世界も同じ理が存在する訳だが。それじゃあどの方法を選択するのと、祥果さんの問いには。

 今回は手っ取り早く、獣人の拠点攻めを行おうと央佳の返答。


「う~ん、危ないんじゃないの、それって……? 普通にクエストってので、地道にやって行ったらダメなの?」

「時間があれば、その方法で全然いいけど。初心冒険者はそうやって、街中や近くのエリアを駆け回って、地理やモンスター分布を覚えて行くものなんだけどね。

今回は正当な方法より、時間を短縮しようと思うんだ。さっさと王都に拠点を移したいからね……そっちの方が便利だし、ギルメンの手伝いも頼みやすいし」

「ふぅん……まぁ、危なくないなら別に良いけど」


 央佳にしてみれば、急ぐ理由も特別に無かったのだけれど。王都が拠点の方が、遥かに便利なのも本当で。何より他のギルメンと、簡単に連絡が付くのが大きい。

 ギルド領の館にも、王都からなら直通で行けるし。そうすれば、差し押さえられたレンタル部屋とまでは行かないが、多少は融通の利く部屋が使えるようになる。

 祥果さんの安全も、格段にアップする筈だ。


 そこら辺の説明を簡単にしながら、央佳は鞄の中の整理など始める。祥果さんもその隣で、昨日し忘れたマントの寸法直しを始めている。

 律儀な事に、ついでにと長女の分も直し始めて。


 いきなり4人の子持ちになった事に、祥果さんは何の重みも感じていない様子。これが手間の掛かる乳飲み子だったら別だったろうが、逆に生き生きしている感じも受ける。

 それだけが救いの央佳、隣で作業中の奥さんに万全の信頼を寄せながら。





――自分だけだと、絶対に破綻していたなと思う央佳だった。






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