第10話 初宿での出来事




「ただいま~~、祥ちゃん! 言ってたのって、コレで良かったかなぁ? いっぱい売ってたから、持てるだけ買ってきたよ~~!」

「わぁ、ありがとーメイちゃん……多いねぇ、まぁいっか。他にもコレ使って、何か作るね♪」


 メイが頼まれて買って来たのは、大量の中綿だった。嵩張りはするけどとても軽いので、両手一杯にも余るほど買い込んでしまったみたい。

 それを受け取った祥果しょうかさんは、出来たばかりのクッションに詰め込み始める。


 その作業を熱心に見詰める子供達、特に心を鷲掴みにされたアンリの反応が凄い。放浪癖のあるメイまでも、ブースの中で釘付け状態である。

 そんな小さな観衆の見守る中で、出来上がったクッションはまずまずの出来。祥果さんがそれをハイと差し出すと、姉妹での争奪戦に発展する始末。

 慌てて祥果さん、次は縫いぐるみを作りますと明言。


 それでピタッと収まる騒ぎ、目と目の応酬の果てにクッションはメイがゲットした模様。ご機嫌に抱きかかえて、ブース内をゴロゴロし始める。

 反対にアンリは、祥果さんにぴったりくっついて甘えモード。この子なりの催促のポーズなのかも、無口なりに想いはしっかり伝わって来て。

 それに応じて、祥果さんはまずは布選び。


 色はどれが良いですかと、何枚かある布を子供に提示。それから今度は、縫いぐるみの頭の部分を簡単に丸めて作る。綿を詰めて、なるべく変な凹みが無いように。

 胴体も同じく、多少のアンバランス感は良いスパイスと勝手に納得して。


「アンリちゃん、猫と兎はどっちが好きかなぁ?」

「…………ネコ!」


 そこからは、所有者予定のアンリの意見を元に、顔の形や腕や足の大きさを決めて行く。無口な癖に、アンリは造形に関しては確固たる意見を持っている様子。

 あれこれと口出しして、自分が納得するまで妥協は許さない構え。


 しばらくして、ようやくモコッとした愛嬌のあるネコの縫いぐるみが完成した。色はオレンジで、黄色のリボンとスカーフがアクセント。程良い大きさで、抱いて歩くにも丁度良い。

 こんな縫いぐるみなら、何度も挑戦してるので製作時間も短くて済む。今回も良く出来た、何よりアンリが満足そう。ムフーと鼻息も荒く、早速抱きかかえている。

 祥果さんにしてみれば、子供の喜ぶ姿が何よりのご褒美だ。


 中綿も布もまだ結構残ってるし、他にも何か作ろうか。今度はメイに作ってあげたいと、次女を招き寄せて少女を暫く観察して。

 この長くて綺麗な髪には、果たしてどんな飾りが似合うだろう?


 まぁ、今回は時間も無いし、簡単にリボンでいいか。祥果さんは手持ちの鞄から、手鏡と櫛を取り出す。せめてこれだけでもと、さっきの買い物の合間に雑貨屋で購入したのだ。

 メイの髪の毛を梳きながら、あれこれ考えに耽る祥果さん。


 気持ちよさそうに髪を弄られている次女を見て、アンリも祥果さんにすり寄って来た。この子はどうも、実は甘えん坊さんらしい。見掛けは無愛想なのに、ギャップ萌えかも。

 祥果さんは2人の姉妹を相手に、至福の時間を過ごす。


 子供達の相手をしながら、しかしバザーの状況は芳しくは無い感じ。早い時間に目玉商品が売れてしまったのが、ひょっとしたら不味かったのかも知れない。

 それ以降は、お客は通り掛かるものの、イマイチ売り上げは伸びず仕舞いで。時折掛かって来る央佳おうかからの通信は、大丈夫かすぐ戻るからと、慌てた感じの一本調子。

 こっちは全然平気だよと、早くも通信の使い方を覚えた祥果さん。


 念話タイプのこの通信、慣れれば携帯やラインより遥かに便利だなと祥果さんは思う。今のところ話す相手は旦那しかいないけど、後で子供たちを登録する手段を聞いておかねば。

 それよりやはり、子供を持つなら女の子の方が断然良い気がする。男の子も1人位は良いかも知れないが、育つにつれてパワーを受け止められなくなりそうだ。

 その点、女の子だったら成長したら友達になれば良い。


「央ちゃんから、また通信が来たよ? もうちょっとでお仕事終わるから待っててだって。切りの良い所で、メイちゃんのリボン作って終わろうかな?」

「それは嬉しいけど、お腹が空いたなぁ……何か買って来てもいい、祥ちゃん?」

「ん~~、私が何か作ろうか? さっきそこの棚開けてみたら、鍋とかフライパンが入ってたから。簡単な料理なら作れるね、ホットケーキなんてどう?」

「…………食べたい」


 アンリの押しの一言で、おやつにホット―ケーキが決定した。メイが再びお遣いに走り回り、祥果さんに言われた食材を買い求めては戻って来る。

 その姿は楽し気で、待機組のアンリも何だかソワソワしている感じ。小麦粉と牛乳と卵が揃ったら、備え付けのボウルにそれを適量放り込む。本当はここで色々と裏ワザがあるのだが、いかんせんここは野外の簡易台所である。

 食材も足りないし、ここは我慢で普通に作る事に。


 幸い、牛乳と一緒に新鮮そうなバターをメイが見つけてくれた。火の使い方をアンリに教わりながら、四苦八苦しつつ火力を調整する。

 どうやら、魔法装置と言うより合成に使う火の素材らしい。それを丸く抉られた机の穴に設置して、コンロとして使うのだが。


 要領を得てからは、何とか使いこなし始めた祥果さん。バターの焼ける香ばしい匂いが、周囲に漂い始める。それに応じて、隣でアンリがいそいそとお皿を用意し始める。

 戻って来たメイも、買ってきた蜂蜜を掲げて準備万端の感じ。


「はーい、1枚目が焼けたよー? 仲良く2人で、分けて食べて下さいー」

「わ~~い……アンちゃん、半分こずつにしよっか?」


 一枚のお皿に乗った焼きたてのホットケーキに、姉妹は仲良くフォークを突き刺して口へと運ぶ。その幸せそうな様子を眺めていた祥果さん、満足げに頷いて2枚目に取り掛かる。

 タネは元から多くなかったのだが、子供達の食欲もとどまる事を知らずな勢い。せめて戻って来る長女と四女の分はと、何とか特大の1枚はキープしておく事に成功して。

 残りは全て、メイとアンリのお腹の中に。




 そんな事をしている内に、契約していた時間は過ぎてしまっていた様子。結局は、3つ目の作品を手掛け終わった頃に家族は無事に合流を果たした。

 央佳が程無く戻って来て、待機組の3人に声を掛ける。


 無事な姿をお互いに確認して、ホッと胸を撫で下ろす夫婦。バザーの成果は、ほとんど上がらず閉店となってしまったけど。央佳の方は、NM戦で結構な収穫を得られたっぽい。

 その上ギルメンから、お金も借りられて上々の出来。


「これで暫く、お金の心配はせずに済むかな……宿を借りようか、もう夕方だし」

「バザーはほとんど売れなかったよ、残念! 縫い物ばかりして……あっ、コレコレ!」


 夫婦で結果報告の合間に、姉妹喧嘩が勃発していた。と言っても、アンリの持っている縫いぐるみにネネが反応して、手を伸ばしたところを素気無く拒否されただけなのだが。

 それだけで半泣きになる、立場の弱い四女。


 どうやら自分も、可愛い縫いぐるみが欲しい様子。全く相手にしないアンリに、ネネ爆弾の導火線に火が付きそうな気配を感じて。

 街を半壊させた前歴を思い出し、央佳は大慌てで宥めに掛かる。


 同時に取り置きのおやつの存在を思い出した祥果さん、何しろ三女に縫いぐるみを貸してあげてとは頼み難いので。だって、あんなに気に入ってくれてるのに申し訳ない。

 そんな訳で、一時措置にと残りのパンケーキをネネの前にデンと置く。


「ネネちゃん、お父さんのお手伝いご苦労様! おやつに焼いたホットケーキ、食べない?」

「うおっ、これは美味しそうだな祥ちゃん……何でだ、本当に美味しそう!?」


 売店の料理よりも、明らかに匂いからして違う祥果さんの手料理。ネネはあっという間に機嫌を直して、拙い手捌きで飛びつく様に食べ始める。

 央佳も半ば強引にご相伴に与かって、自分の予想通りの味に驚きを隠せない。ルカにも一口切り取ってあげると、この上なく嬉しそうなリアクションの長女。

 それを微笑ましく眺めながら、片付けを始める祥果さん。


「本当に美味しいよね、パパ? 祥ちゃんって、料理が上手いんだねぇ?」

「旨いな、本当に……屋台の売り物と、このホットケーキの味の違いは何なんだ? ネネ、食べ過ぎると夕ご飯入らなくなるぞ?」


 央佳の忠告は、少しだけ遅かった模様。ネネは完璧なまでに完食していて、空になったお皿を寂しそうに眺めている。幼女の行使するスキルは、ひょっとしたら物凄く腹が減るのかも。

 そんな事を考えながら、央佳は先程まで繰り広げられていたNM戦を振り返る。ルカもネネも、本当に良く頑張ってくれた。お蔭で狩りは大成功、ドロップも大当たりを3つ含んでいた。

 気分も上々、今日はいい夢が見れそう。



 ところがそうは簡単に、央佳は快適なベッドへと辿り着けなかった。フェーソンの街唯一の宿は、やや古風な造りだが大きくて立派な部屋を幾つも有していて。

 簡素だが、一応腰まで浸かれる浴槽付きのバスルームも付いていて。ただしお世辞にも大きいとは言えない浴室、どの順番で入るか夫婦は議論を交わし。

 結局は、さっきの行動組を踏襲する事に。


 そんな訳で、央佳はルカとネネを伴っての入浴タイムである。ネネはともかく、ルカと一緒は祥果さんが難色を示したものの。結局は折れて、何とかお許しが出た感じ。

 実際、世間のパパさんが娘と一緒の入浴を、何歳まで続けているのかは定かでは無いが。娘のルカが乗り気なので仕方が無い、そういう意味では思い切りパパっ娘のルカだったり。

 かく言う央佳も、娘達との入浴など初体験である。


 とにかく手始めにと、ルカをお湯に浸からせて、ネネから身体を清めてあげる事に。幸い、石鹸もシャンプーも完備しているアメニティの良い宿屋で助かった。

 完全に大人しくなってる四女を洗いながら、一番目に付くのはやはり左右の額から伸びる2本の角である。髪を洗う段には、邪魔で仕方が無いのだが。

 触っても特に何もない様子、痛いとかタブーとかは皆無のようだ。


「ぷあっ……ぶあっ……!」

「どうした、ネネ? ……あぁ、ひょっとして息止めてるのか?」


 どうやらシャンプー中に、息をとめていたっぽいネネ。変な呼吸の仕方だなと思っていたら、息継ぎに苦労していたようで。今度こそお湯で流すぞと告げると、完全無呼吸状態に。

 龍人は水に弱いとか、そんな特性は無い筈なのだが。ゲーム内の8種族には、それぞれ得意や不得意が存在するのは常識だ。

 それがゲームを複雑に面白くする。ただし、央佳の“風”種族は完全に中立だが。


 他の属性の優劣具合はと言えば、土>雷>水>火>氷>土となっている。単純に言えば、土属性の冒険者は雷属性の敵には優位に立てるが、氷属性の敵には不利と言った具合だ。

 光と闇は、互いに相剋関係にある。そんな感じでの8属性、色々と有利不利の特性が存在するので。最初の選択は、割と重要だったりするのだ。つまりはパラメーター的に、得意不得意などが存在して。

 例えば央佳の選んだ“風”種族は、SPは乏しいが敏捷値に秀でている特性がある。


 前衛向きなのは、8属性種族で言えば土と火だろうか。魔法職向きなのは、水と氷。水スキルの魔法は回復系が多いし、氷は攻撃や魔法支援系の魔法が多い。つまりスキル的にも後衛向きなわけである。

 光と闇と雷は、割とオールラウンドとして知られている。強いて挙げれば、光種族は万能タイプ、闇種族はSPが高いのでファイター型、雷種族は器用なので二刀流使いに向いている。

 そんな常識を無視しても、そこそこ遊べるゲームではあるのだけれど。


 ルカとネネは、新種族の龍人である。バリバリ前衛向きには違いなく、弱点もこれと言って見当たらない。そうは言うものの、そこまで万能キャラなど果たして存在するものか。

 ひょっとして、何らかの制限とかぶり返しが、この先待っているのかも知れないし。まぁ、考え過ぎるのも意味の無い事。今の内に観察しておいて、将来役立てるのが良策だろうか。

 良く見たら、ネネのお尻には小さな尻尾が。


 さすが龍人、角に尻尾かと感心してみるも。浴槽に大人しく浸かっているルカの、物凄いニコニコ笑顔が気に掛かる。どうやら次に、自分が洗って貰えると思っているらしい。

 ルカは手足がすらっと長くて顔も小さい、実に素晴らしいモデル体型である。2本の角はともかくとして、しかしまだ成長期には達していない様子。

 まぁ良いかと、央佳は長女に交代を告げる。


 しかしまぁ、何て幸せそうな構図なのだろう。家族でお風呂に入り、身も心もリラックスして一日の疲れを洗い流す。ルカも父親に身を委ね、見事な赤髪を洗って貰っている最中。

 やっぱり目に泡が入るのが苦手なのか、途中からやたらと体に力が入っていたが。洗い終わってお湯を掛けてやると、ネネと同じリアクション。





 ――こんな労働もいいなぁと、央佳はほんわかと思うのだった。






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