第9話 バザーの売り子は、愛想良くがモットーです
さて、姉妹の紹介の最後になるが、次女のメイの話をしよう。この子は明るくて自由奔放で、親からしてみれば全く手の掛からない良い子……に見えるかも知れないが。
実際そうなら、どんなに良かった事だろう。央佳にしてみても、姉妹の中に一人はしっかり者がいてくれたらの思いは強い。今の所それは、やっぱり長女のルカの役目だろうか。
何だかんだ言っても、ルカは一番の年長者なのだし。
メイとの出逢いもやはり、特殊な限定イベントを介してだった。そのイベントでの優勝で、桜花と縁が結ばれた子供と言う点では長女と一緒だろうか。
その頃の彼は、“
全く不本意な二つ名だ、まぁ“重婚野郎”とかよりは余程良いが。
この子との縁を結ぶ限定イベントも、思えば最初に妙な宣伝を立ち上げていた。高位精霊の美姫の舞い降りる有名な聖山に、何やら異変があったとの報告が舞い込んで来て。
その調査に冒険者を雇うと、領主が御触れを出したとか何とか。その聖山は、昔から頂上を極めた者には何でも願いが叶うと言う、不思議な言い伝えがあるらしいとも。
もっとも奇妙な力が働いて、登頂者はほぼいない事でも有名らしいが。
前回の優勝で勢いに乗っていた央佳は、今度もやってやるぜと調子こいてたのは確かだった。完全ソロ対応のクエストだったので、入手したばかりのルカの助けも大いに役立ち。
戦闘以外の謎解きや、樹海迷路の脱出劇での幸運の引き寄せも、何故か順調に上手く転がって行って。気付いたら偉業の2連覇達成、マジですか自分は半端無いなと自画自賛しつつ。
どこかで見た、美姫とのぼかした
この時には、あぁこれは2人目の子供が来るなと、妙に達観して覚悟は出来ていたような気がする。しかしこれって、女性冒険者が優勝したら、どうなるんだろうとの疑問も湧いたけど。
その疑問は、約半年後に解けたようなそうでも無かったような。サーバで有名な♀冒険者がいて、ある日そのキャラと偶然にフィールドですれ違ったのだけれど。
その♀冒険者の後ろにも、しっかりと子供NPCが張り付いていたのだ。
その時に聞けば良かったのだが、さすがに『あなたの子供ですか?』とは聞きにくいって事情も。こちらもぞろぞろと、4人も付き従えていて妙な気まずさと言うか雰囲気が漂っていたし。
その女冒険者も、同じく長丁場の限定クエストで優勝したのは知っていた。だから恐らく、彼女の子供NPCも優勝賞品なのだろう。どんな経緯で出来たのかは、謎のままだけど。
そのNPCもユニークな容姿で、まぁ可愛かったけど。
メイの容姿に関しては、美人だが他の子に較べると普通だと言わざるを得ない。明るいクリーム色の髪の毛と、抜けるように白い肌。衣装も明るい軽装スカート姿だが、完全後衛職なので今のところ問題は無い。
10歳くらいの年恰好は、央佳の元にやって来た時と寸分変わらない。生まれた時からそうだったのだろう、精霊の母を持つとの設定なので、ルカの時よりすんなり受け入れられた。
まぁ、ゲームの世界なので何でもアリと言えばそうなのかも知れないが。乳児を贈られて来るよりはずっとマシ、冒険より育児に時間を費やす事態になってしまう。
そんなご都合主義なら、諸手を挙げて歓迎してしまうのも道理。
そう言えば、メイと一緒に贈られて来た賞品もこの上なく豪華だった。前振りでは何でも望みを叶えてくれるとの事だったが、実際は欲しい物3つの選択肢が提示されて。
『力』と『知』と『財』の、どれかを選べとの事だったのだが。力を欲した所、“精霊の剣”と“精霊のティアラ”と“精霊の鏡”と言うアイテムが贈呈されて。
精霊の剣に限っては、今やメインウェポンとなっている次第。
ティアラに関しては、装備すら出来なかったけれど。メイに渡してみても無反応、何かしら条件があるのかも知れない。信頼度の上昇とか、レベルアップとか色々。
鏡はどうやら、強力なモンスターをコピーして、自分の手下として召喚出来るアイテムらしい。物凄く便利なアイテムだが、使用回数が勿体無くて未だ使った事が無い。
とにかく、充分な戦力アップになった事は確かだ。
そんな経歴でやって来た『聖』種族のメイだが、基本は1種類の魔法しか使わないようだ。天使の輪の様な光輪をたくさん出現させて、敵にぶつけると言う戦闘スタイルで。
使い勝手が良いのは確かで、それが範囲魔法にも転換出来たりもするらしい。威力も抜群で、弱い敵ならほぼ一撃で仕留めてしまう。興が乗ったら、特大の戦艦の大砲みたいな魔力をぶち込んで、NMだろうと何だろうと激怒させてしまう。
結果、後衛陣にタゲが移って大惨事に……。
メイの創り出す光輪はバッチリ防御にも作用するので、それで次女本人が被害を被る事は無いのだが。近くにいた後衛職は良い迷惑だ、特に敵の範囲攻撃等の被害が、そちらにも及ぶとなると。
後衛の防御力と言うのは、大抵はほぼ無きに等しい感じな訳で。回復職がそれで倒されてしまった事も、実は何度かあったりして。そんなやんちゃな子供を戦場に同伴してしまった桜花は、その度に消えてしまいたい思いを味わう破目に。
央佳がソロに転向した原因は、多くはこの次女に起因する。
それで子供を憎く思ったりなど、別にしなかった央佳だけれど。勝手に父親のお金を使って、買い物をする次女の性癖すらも、特に酷いなと思った事は無い。
彼は怒りの沸点ゲージが高いなと、よく友達から指摘される。
流されるままにがモットーの央佳は、子供を怒るより建設的な行動を取る事を選んだだけだ。叱っても仕方が無いし、やんちゃだからと言ってせっかくの縁を切るのも可哀想だし。
せっかく縁があってうちに来たのだ、それは大事にすべき宝物――。
さて、場面は戻って昼下がりのフェーソンの街である。
目的は特に無いが、旦那からはバザーでも開いてみればと言われている。
それか自分のレンタル部屋で大人しくしていてと言われていたが、最初に試してみてすぐに断念。自分は問題なく入れるが、子供達が入室不可と表示されてしまったのだ。
ゲーム的なシステムらしい、信頼度が高くないと駄目だとか。
次女のメイは、こんな時には凄く役に立つ。街の中の事は、知らない事が無いって位に物知りなのだ。落ち着ける場所は無いかとの祥果さんの問いに、メイは3つのルートを表示する。
1つは宿に部屋を取る、これはお金は掛かるが一番楽なパターンだ。2つ目はバザー会場に場所を取る、上手く行けばお金も儲かるし暇潰しには持って来いな方法。
最後の提案はただの散策、街をぶらついて回るだけ。
少し思案して、祥果さんはバザーの場所を借りる事を選択した。何よりお得感が強い案だし、売り子をしている間にも色々と雑事をこなせるっぽいし。
それより前に、メイの案内で手芸店にお邪魔する事にした祥果さん。先ほどレンタル部屋に戻った時に、管理委員なる者から補てん金やアイテムが振り込まれていたのだ。
どれ程の価値かは分からないが、買い物には充分事足りる。
祥果さんはそこで、ソーイングセットに編み物セット、それから大量の布や端切れを購入して行った。糸や毛糸も色違いで幾つか、これだけあれば暇潰しには充分って程度に。
こちらの世界の品揃えは、何と言うかワクワクする。メイの説明では、布の種類によって特典が変化するそうなのだが。例えば防御力とかステータス補正とか。
いまいち理解の及ばない祥果さん、取り敢えず気に入ったモノから購入する事に。
物欲を満たすと、それだけで気分は上々である。ウキウキしながら独特な景色の街並みを歩き、子供達と何気ない会話を交わす祥果さん。
先頭は相変わらずメイで、その後にアンリと手を繋いだ祥果さんの順番だ。
初めて訪れたバザー会場は、独特な熱気に包まれていた。つまりは、少しでも稼ぎたいと出店する側と、掘り出し物が無いかと血眼になって探す冒険者とで。
その熱量は、天をも焦がす勢いとでも形容しようか。会場の半分しか売り場は埋まってないが、メイの説明によれば初心者の街にしては多い方らしい。
祥果さんも、思わず興奮して暫し売り場を眺める。
バザーの出店は、基本2時間区切りでのスペース貸し出しのようだ。無料では無い分、貸し出しスペースは割と広くて寛ぎやすい空間になっている。
座る場所は絨毯敷きで、座布団も一応は付いている。一畳半程度の広さだが、L字型の机がそれぞれ付属していて。その机に、皆が売りたい商品を並べる仕掛けの様子。
その個人スペースは、買い手が見て回り易いように綺麗に並んでいる。
「こっちが申し込み場所ね、祥ちゃん。時間を言って、言われた場所にお店を出せるの……アンちゃん、何か一緒に売れる物持ってる?」
「……あるよ、10個くらい」
「わ、分かった。えっと……取り敢えず、4時間くらいでいいかな?」
祥ちゃんと呼ばれてショックな祥果さん、それでも大人しくバザー場所を4時間借りる事に成功する。お母さんと呼ばれるには、まだもう少し時間が掛かるようだ。
時間と言えば、申請すれば延長も可能らしいこのスペース貸し出し。言われた場所を探し出すのに、少々手間取ってしまったが。子供が2人いても、特に手狭には感じない。
それぞれに陣取って、出品の準備に勤しみ始める。
祥果さんは、L字型の横の机の用途に疑問を生じて、メイに質問してみた。メイとアンリは、それぞれの鞄から売れそうなものを物色している最中。
メイの答えは簡単明瞭、机の端は合成用の作業スペースらしい。つまりは商品を、バザー中に作成して売りに出す輩も少なからずいるのだ。例えば簡単な薬品とか、食べ物とか。
なるほどと得心した祥果さん、そこを買ったばかりの布や糸の置き場に設定。
それから央佳に渡されたドロップアイテムの類いを、売り場のスペースに並べ始める。値段の設定も、一応は聞いていて覚えているけれども。
それがどの程度の価値なのか、よく把握していない祥果さん。言われた通りの値段で、順番に並べて行くのみ。バザー品のメインだと、太鼓判を押された品は目立つ場所に。
“黒馬の呼び鈴”と言って、乗騎を呼び出して使役出来るアイテムだとか。
これは、先ほどPK軍団を返り討ちにした際に得たドロップ品のようだ。他にも色々と良品を落としたらしいが、それは央佳がストックしておくとの事。
子供達も、適当に自分の持っていたアイテムを並べている。値段のセットも慣れたモノ、どうやら父親についてて覚えたらしい。気が付くと机の上は、結構なアイテムの数で賑やかに。
たくさん売れると良いなぁと、ちょっとワクワク模様の祥果さん。
「お母さんこれでもね、いつもは店員さんしてるから売り子は得意なのよ? いっぱい売って、央ちゃんを驚かせてあげようね!」
「ふ~ん……でも、バザーっていつもそんなに売れないよ? よっぽど安く設定するとか、掘り出し物が無いとダメかな?」
「えっ、そうなの……? 残念だけど、まぁいいか。じゃあ編み物とかしてる時間は、たっぷりあるって事だよね?」
張り切り感には水を差されたが、祥果さんにはたっぷりと補充した布や毛糸がある。売り子をアンリに任せて、腕慣らしを兼ねて簡単なモノから手掛け始める。
まずは祥果さん、借りた場所をざっと見渡してみる。そこそこ居心地は良さそうだが、まだ足りないモノも多い。外に出たそうなメイにお遣いを頼み、早速縫い物に取り掛かる。
柄の良さ気な布を取り出し、四角く切り取ってクッションなど。
興が乗り出すと、縫うスピードが途端に速くなる祥果さん。アンリがこちらを気にして、チラチラと盗み見てる。鼻歌を歌いながら、瞬く間に三面を縫い終えて。
お遣いに出したメイは、まだ帰って来ないみたいだ。それならと、祥果さんは毛糸を取り出して、4つの角にボンボンを取り付け始める。刺繍とか他の飾り付けは、今回はパス。
うん、それでも可愛く出来た気がする。
――その頃には、アンリは完全に祥果さんの縫い物の虜になっていた。
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