第8話 安易に人を襲ってはいけません!




 やや離れた場所の丘陵を見渡せば、襲い掛かって来ている連中は、全員が黒く厳つい容姿の軍馬に乗っていた。それぞれ得物を振りかざして、初心冒険者を追い詰めている。

 付き添い役のスパークは、完全に孤軍奮闘の状態の様子。まだ接敵こそ許して無いが、しかし機動力と数的に有利な相手に手こずりそうな様子。

 そして遅れてやって来る、央佳おうかの元へのSOSの通達。


 敵の数をざっと数えると4名程度だ、これなら何とかなると央佳は撃退方法に考えを巡らす。相手のPK軍団は、当然だがステータスを隠していてレベルは不明。

 だが装備や身のこなしから察するに、カンストまでは至ってない様子。


 向こうもこちらに気付いたが、積極的にこちらへ迎撃には来ない構えのよう。相手は機動力を有しているので、さっさと弱者を片付けての離脱を考えているのかも。

 それでもようやくバトルエリアに到達した央佳に、魔法や武器での攻撃が襲い掛かる。央佳は走り寄る時点で二刀流装備を選択しており、相手の攻撃は甘んじて受ける構え。

 その代わり、すれ違った敵の死角から2連撃のお返しを浴びせ掛ける。


「ぐあっ……くそっ、新手は無視しろっ!!」

「助太刀感謝っ……みんな、もっとまとまって!!」

「なんのっ! 無視されるのも面白くないし、向こうも分断させるかな――《グランドロック》!!」


 央佳に斬られた馬上の敵は、味方に叫びつつ離脱して行く。残りの敵は不意の助っ人に警戒しつつ、周囲を走り回っている。スパークの呼び掛けに、Fランクの新米冒険者たちは一塊に。

 お陰でスパークと桜花で、挟み込むようにして護衛の陣が出来上がった。それでも数的にはまだ向こうが有利、それを分断させるために央佳は土系の魔法を唱える。

 結構な大技は、その効果も凄まじかった。


 《グランドロック》は、岩で出来た無数の槍が地面から敵を串刺しにして、足止めする魔法だ。範囲内に収まったPK軍団は2人、ダメージ付きの魔法攻撃に黒馬ごと捕獲される。

 まとめて仕留める好機だが、央佳は慌てない。こっちは防御側なのだし、飽くまで冷静に。遠距離攻撃の手段は、まだこちらには幾つかある。慌てるのは、一方的に相手側だ。

 その証拠に、2騎が固まって突っ込んで来た。


 続いての《アースウォール》の呪文で、右側の騎馬は瞬時に出現した岩壁に猛烈な勢いで激突した。悲鳴と共に宙に放り出され、敵は恐らく結構なダメージを受けたっぽい。

 向こうは機動力が武器になると思っているようだが、魔法ありきのこの世界では全くの勘違い。逆に、滅多に外す事のない遠隔魔法の格好の餌食だったりする。


 足止めや攻撃系の魔法なら、央佳は幾らでも持っている。それを駆使して戦えば、戦況は幾らでもこちらに有利になる訳だ。

 次に同じく土魔法の《アースクラック》を唱えて、人馬ごと派手に倒れ込む敵へと接近して。両手に持つ片手剣2本で、隙を逃さず一気に仕留めると。

 場は一気にこちらのペース、この犯罪者集団は場馴れしてないのかも。


 反対側に陣取っていたスパークも、飛び出して央佳が魔法で足止めした敵を葬った様子。ようやく場に余裕が生まれたと思った瞬間、事態は急変した。

 しかもそれは思わぬ方向に、央佳にとっては最悪な方向に。


 どうやら別働隊がいたらしい、丘を迂回して移動していたのか、祥果しょうかさんの方に新たな敵影が5騎程度現れた模様。離れ過ぎていた央佳は、どうやっても瞬時にそちらには辿り着けそうもない。

 ただ大声で、祥果さんの名前を叫ぶのみ。




「うわっ、アンリちゃん……央ちゃんの方は大丈夫っぽいたみたいだけど、何かいっぱいお馬さんの群れが、こっちに走って来てるよっ……!?」

「大丈夫、祥果さん……私の後ろに下がって、範囲攻撃だけ気を付けて……」


 無表情に突っ立ったままのアンリだが、臨戦態勢は既に整っていた。後ろの祥果さんは弱い、それは純然たる事実。だから敵は近付かせない、そのように戦うのがベスト。

 馬に乗った連中だから、考える時間はあまりない。まぁいいや、適当に乱戦エリアを作っちゃおう。アンリは一番得意な呪文を唱えて、自分の隣に立派な装備のを召喚する。

 そしてすぐさま、敵へのチャージ攻撃を命令。


 黒い鎧を着込んだ寡黙な影騎士は、大振りな大槍を持っていた。騎士と呼ぶにも躊躇われる、その下半身は巨大な蜘蛛のそれだ。半蟲半人、異様なその姿は人より2倍は大きい。

 そしてそのチャージ力は、ボウリングなら10本のピンを一撃で倒す勢い。こぼれた敵を警戒していたアンリは、思いっ切り肩の力を抜いて隣の妹に指示を下す。

 お姉ちゃん権限で、威張った感じの命令口調で。


「ネネ……アンタもやっつけるの、ちょっと手伝いなさい。アレ、父ちゃの敵だから」

「父ちゃの敵……!!」


 それで幼い闘争心に火が付いたのか、ネネは小さな身体で猛烈ダッシュを掛けるのだが。幾らも行かない内に、怖くなったのか急に立ち止まる。

 その身体が不意にぼやけたかと思うと、巨大な赤竜が出現して。


 その赤竜の炎のブレスは完全に範囲攻撃で、巻き込まれた連中は一瞬で大ダメージを受けた模様。味方の筈の蜘蛛騎士も関係ナシの一撃、アンリは思わず無表情に舌打ちする。

 祥果さんに至っては、ただただ唖然とするばかり。


 瀕死の蜘蛛騎士の活躍も相まって、ネネ赤竜が再度の攻撃を仕掛ける前に、敵の姿は完全に消滅してしまっていた。それを確認すると、ネネは元の小さな幼子の姿に。

 トテトテと戻って来る姿は、ちょっと誇らしげ。


 味方に攻撃されて、かなり不満そうな影騎士を元の影の中に帰還させて。一気に見晴らしが良くなったフィールドで、アンリは満足げに軽く頷く。

 異変を察知したルカとメイが戻って来るのと、央佳が慌てて戻って来たのはほぼ一緒。褒めて欲しいネネが父親の足に纏わり付く中、央佳は皆の無事に安堵のため息。

 どうやら完全に、危機的状況は去った様子。


「良かった、みんな無事で……ゴメン、祥果さん。怖い目に合わせちゃって」

「私は全然平気だったけど……本当に、子供達は強いのねぇ……!」

「お父さん、向こうから誰か来ました」


 以前は四女のネネが暴れて、街が半壊したとの言葉を全く信じようとしなかった祥果さんだったが。今は心から納得、あの勇ましくも巨大な姿はしばらく脳裏から離れそうにない。

 ルカが指差す方向から、スパークが新米パーティを伴ってやって来ていた。大きく手を振り合って、無事の確認をお互いに告げて。その後はお礼の言葉のオンパレード、何故か子供達も誇らしげ。

 そんな遣り取りの後、今日はお開きなのか去って行く新米冒険者たち。


 お礼にと貰った、黒馬PK軍団の落としたドロップ品を確認しつつ。こっちはもう少しだけレベル上げを続けようかと、呑気に子供達と話し合うのだが。

 間が良いのか悪いのか、央佳にギルメンからの呼び出し通信の割り込みが。どうやら尽藻つくもエリアで強敵NMを発見し、それの討伐に移行したいらしいのだが。人手が足りていないようで、央佳にも声が掛かった様子。

 今の時刻は深夜で、みんな落ちてしまっているらしい。


 リアル時間は、もうとっくに深夜との情報は青天の霹靂だったりするけれども。手伝うのはやぶさかでは無い央佳だが、祥果さんを放っておくのも気が引ける。

 さっきみたいな事もあったし、奥さんの安全を考えると自分の離脱は躊躇ためらわれる。やはり断ろうかと、家族に確認を取ろうとしたところ。

 ところが祥果さんは、逆に旦那に発破を掛ける。


「央ちゃん、私なら大丈夫だから、ちゃんとお仕事に行ってらっしゃい! 私は子供達と街に戻って、安全な場所で待機してるから」

「仕事って訳でも無いけど、まぁそうだな……前衛が足りないそうだから、ルカとネネは連れて行きたいんだけど。街の中にいれば安全には違いないし、それじゃあ街までは一緒に戻ろう」

「えっ、私とアンリはお留守番なのっ!?」


 暴れ足りない様子のメイは文句を言って来るが、ルカは逆に選ばれて嬉しそう。連れだってフェーソンの街に戻りながら、この後の事を皆で話し合う。

 ちなみに、祥果さんのレベルはほんの数時間で24まで上昇してしまっていた。とんだパワーレベリング、横槍が入ったと言えまずまずの成果だと言えよう。

 って言うか、普通のパーティだとまず10時間は掛かる作業だ。


 それを新種族とは言え、たった3人(メイン討伐者は2人)で行ってしまうとは。末恐ろしいパワーの子供たちだが、実際の能力をかんがみれば当然と央佳は思う。

 これでもっと割の良い狩場に行けるし、そうすればレベル100もあっという間に見えて来る。当初の目的は、姉妹と祥果さんの信頼度をあげる事も含んでいたけど。

 これも後で要確認だ、感触は悪くは無かった筈。





 ――祥果さんの初パーティは、こんな感じで終わりを迎えたのだった。






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