第7話 三女とお叱り祥果さん
次女のメイを一旦飛ばして、今回はちょっと三女の紹介をしようと思う。この場を借りて、まぁ何気にさり気無く。何しろ三女のアンリは、実は
言葉を選ばずに言ってしまうと、アンリは拾い子である。ある新大陸の寂れた街を拠点に、央佳が活動をしていた時期があって。そこで偶然出会って、今に至ると言う。
数奇な運命と言うと聞こえは良いが、要するにこれも一つの
ぶっちゃけて言えば、最初に仲良くなったのは次女のメイだった。この子は放浪癖と言うか、自由気侭に街を出歩く癖があるのだ。それで勝手にクエストを受けたり、変なアイテムを仕入れて来るのだから始末か悪い。
いや、別に怒る程の事では無いのだけれど。たまに勝手に央佳の所持金が、ガクッと減っていたりするのを除けば。その代わりに変な家具やアイテムが、いつの間にか部屋を彩っていたりして。
……おっと、今は三女のアンリの紹介だっけ。
つまりは血の繋がらない家無し子が、何故央佳の所に転がり込んで来たのかの経緯なのだけど。いつも街角に寂しそうに突っ立っている、8歳位の小さな少女が気になって。
次女と一緒の所も見るにつけ、何となく情にほだされて。そんなに長時間構ったつもりも無いのだが、いつの間にか両者の縁は結ばれて信頼度が上がっていて。
本当にいつの間にか、行動を共にするようになったのだった。
この子がどうして街角に独りでいたのか、央佳は未だにその理由を知らない。前の所有者に捨てられたのか、例えばその冒険者がゲームを辞めてしまったのかも知れないし。
ただ単に、そう言う放浪癖のあるNPCだった可能性もある。とにかく信頼度を物差しにすると、央佳と一番結びつきが強いのは、実はこの子だったりする。
ひょっとすると、少女は寂しがり屋なのかも知れない。
内面はともかく、外見は一種独特だ。チョコレート色の肌に、髪の毛は白と金髪のグラデーション。どこかの民族衣装の様な服装に、カラフルな羽根の髪飾り。
アンリの性能はすこぶる上等で、とにかく誰よりも早く敵の接近を察知出来る。スキルもある程度揃っていて、戦闘能力もかなり高い。前衛能力は長女のルカに劣るし、後衛の魔法の威力も次女のメイに及ばないものの。
『魔』の種族出身のアンリは、どちらでも戦えるオールラウンダーなのだ。
どちらかと言えば気分屋で、その能力も滅多に使わないけれど。普段は央佳にぴったりくっついていて、しかし無口で無表情な性格の変なキャラである。
勝手をしないのが、何よりNPC的には嬉しい資質ではあるものの。自分に火の粉が掛かった途端に、恐ろしくも見た事の無いスキルを立て続けに振るうキラーマシンに豹変する。
――そんなアンリは、現在は
最初の街は実は4つあって、光と風、闇と土、炎と雷、水と氷種族のペアで、スタートする街は分かれている。央佳は風種族なので、ゲームの最初は“光と風の街”フェーソンから出発した。
GMに連れて来られたのもこのフェーソンの街で、Fクラスの初心冒険者がその人口のほとんどを占める。そして当然だが、光種族と風種族のプレイヤーばかりが集う街だ。
他の種族は数える程、まぁ全くいない訳では無いけれど。
農業や酪農、繊維方面の工業が特に発達しており、光と風を冠するだけあって、街並みはカラフルで穏やかな感じだ。自由な気風も手伝って、開放的でもある。
開放的で冒険初心者で賑う街――それがフェーソンだ。
ところでそんな初心者同士がパーティを組むにも、信頼度の数値は非常に大事だ。信頼度の数値が低いと、短時間しか組めないって感じで。これが敵対度に傾いてしまうと、当然パーティは組めなくなってしまう。
だけど初見に限っては、当然だが信頼度による時間制限は反応しない。そこで余程の暴言を吐いたり、ドロップ品を勝手に横領しない限り、信頼度は下がったりはしないのだ。
それを繰り返して、冒険者たちは親密になって行くのだ。
さて、場面を央佳一行のレベル上げに戻そう。場所を移したのは良いけれど、次のエリアも結構な混み具合。幾つかの集団が、恐らく自分達のレベルに適した獲物を狩っている。
ここでもメイが独走を見せ、平原の少し行った高台に空いてる場所を見付けて来た。この子はいつも走り回ってる気がする、後衛職だと言うのに。
それでも空いてる場所があるのは僥倖だ、素直にそこに陣取る事に。
「こんにちは、ギルドの初心者の付き添いですか?」
「あぁっ、こんにちは……まぁ、どちらかと言えばリアル近親者の付き添いですよ」
「へえっ、ゲームに理解のある近親者がいて羨ましい」
そんなに言う程、理解も無いんだけどと内心で央佳。仕事から真っ直ぐ帰るのと、時間を厳守する事で何とか勝ち取った理解だ。あと、趣味にしては安上がりな点も大きいかも。
すれ違う途中に声を掛けて来た冒険者は、♂の雷種族のベテランらしい。ステータスは隠してないが、初対面でジロジロ見るのも気が引ける。って言うか、この場にそぐわない高レベル装備は嫌でも目を惹いてしまう。
つまりはどうやら、この人こそ初心者の付き添いらしい。
この風習は、昔はそれ程無かったような気も。それこそ悪質なPK軍団が、段々と幅を利かせ始めてからだろうか。対策として、ギルドで面倒を見てる初心者に護衛が付き始めたのは。
あまり良い策とも言えないが、さすがに初心冒険者では高レベルのPKには太刀打ち出来ない。それが嫌になって辞めて行くプレーヤーもいるので、仕方なく出来上がった方式だろうか。
かく言う央佳も、ギルド行事で何度か駆り出された経験がある。
こんな初心冒険者を狩って、相手にどんな利益があるのかと問われれば。どうやら闇の組織内で、敵対度の総合得点の大きい者は、それだけで幅を利かせられる特典があるらしく。
物理的な恩恵もあって、各ポイントやドロップも入るようだが。そもそも人の嫌がる事をして、達成感を得る様な輩など理解の範囲外だ。ところがこのファンスカにも、そんな無法者たちは少なくない人数が存在して。
だから央佳も、念の為にと付き添いに立っているのである。
「最近はどうなのかな、奴ら出るって噂あるの? 上級者のPKプレーヤー達は、旨みのあるベテランしか狙わないって聞いた事あるけど……」
「ん~、手っ取り早く悪名を得たいって輩は、やっぱりここら辺を荒らしに来るよ。先週も出たって、ウチのギルメン言ってたし。しかも結構な人数で襲って来たから、何人か護れなかったって」
「そうなんだ、大変だったね……ウチは向こうの丘の上でやる予定だから、何か怪しい動きを感じたら、お互いに連絡を取り合おうか?」
「それが良いね、了解。よろしく、俺はスパークってんだ!」
こちらも名乗り返して、取り敢えずの臨時協定は無事に結束された。何となくやり遂げた気分で、丘の上の家族に合流する央佳。
姉妹の方もヤル気は継続中の模様、ってかやっぱり枯れるのが早い。
ルカはどうも、メイの遠隔魔法の攻撃に不満そう。自分の殴ろうとした敵を、メイの魔法が一瞬で蒸発させてしまうのだ。アンリは祥果さんの側で、ただ突っ立っているのみ。
それはネネも同じ事、皆の近くの野原で花摘みをしている。
肝心の祥果さんだが、相変わらずやる事が何もない様子で。所在なさ気に立ったまま、隣のアンリと手を繋いでいる。それも良いと央佳は思う、あれだけでも信頼度は上がる筈だ。
場は完全に、のんびり集団と張り切り狩り集団の2つに分かれていた。ネネの花摘みに、祥果さんが合流。どうやら花輪の作り方を、教えようとしているみたいだ。
人見知りのネネはおっかなびっくり、こちらに逃げ出しそうな素振り。
央佳は先手を打って、こちらからのんびり集団に近付く事にした。ネネは明らかにホッとした様子、央佳はわざと大袈裟に祥果さんが手早く作った花輪に驚いて見せる。
それに真っ先に喰い付いたのは、突っ立ったまま成り行きを眺めていたアンリだった。祥果さんの隣を陣取って、自分も花を摘んで輪っか作りに挑戦し始める。
ネネも慌てて、何故か父親に作ってとせがむ素振り。
「父ちゃん、こんな上手に作れないなぁ……ネネ、お母さんに教わってご覧? 祥ちゃん、経験値は入って来てる?」
「何かね、レベルが上がりましたって報せが、さっきから何回か頭の側で鳴るの……すごく変な感じだねぇ、これ止められないの?
ホラ、ここをちょっとだけ割いてね、それから別の花の茎を射し込んでご覧?」
「…………これでいいの?」
上手だねぇと、アンリの手際を優しく褒める祥果さん。実際は、まだまだ輪っかの“わ”の字も出来ていないと言うのに。半泣きのネネに根折れして、央佳は一緒に手伝う事に。
本当にのどかだ、果たしてレベル上げがこんな感じで良いのだろうか? 祥果さんの話では、既にレベルは15まで上がっているとの話だ。たった1時間足らずで、何たる暴挙か。
普通にやれば、その5倍は掛かって当然な筈。
ここはルネー平原と言って、基本的にパーティデビューのメッカである。場所によっては混雑するが、メイが選んだこの丘は、近くに獣人の拠点があるせいで不人気だ。
獣人や蛮族の類いは、必ずと言って良い程アクティブで、しかもリンクしやすい。だからレベルが上の敵を狩るパーティ戦では、非常に厄介で疎まれる存在なのだ。
しかし、娘達にとっては格好の獲物でしか無い様子。
ところが不都合は、別の場所からやって来た。長女のルカが、プンプンと腹を立てながら央佳たちのいる丘に戻って来たのだ。苛ただし気なオーラを纏いつつ、足早に。
そのままの勢いで、ルカは父親に向かって不満をぶちまける。
「お父さん、メイったら私が殴ろうとしてる敵まで、魔法で横取りするのよ! 何度言ってもやめてくれないし、お父さんから叱ってやって!」
「……………………ルカにも弓を買ってあげるから、それで我慢しなさい」
「ダメよ、央ちゃん……! 安易にモノを買い与えて、子供の言い分を煙に巻くのは教育に良くありません! 少なくとも私達の子供に、そんな大人の都合の不公平を押し付ける気はさらっさらありませんからっ!」
途端に流暢に、教育論を語り始める祥果さん。央佳を筆頭に、子供達も呆気に取られる始末。そんな胡乱な空気も読まずに、祥果さんの説教は続く。
何事かと戻って来たメイも、その暴風に巻き込まれてしまった様子。央佳など、いつの間にか地べたに正座で畏まった状態である。父親のその姿を見て、子供達も右へ倣えのポーズ。
一番ビビっているのは、何故かネネだったけど。
「2人とも、意見が衝突するのは仕方がありません。例え姉妹だと言っても、考え方は違うんだから。私達夫婦でも、意見の違いは結構あります……ねっ、央ちゃん?」
「はぁ、確かに……」
「だからと言って、いがみ合うのは絶対に良くありません! 不平や不満が出たら、お互いにそれをどうするか話し合って下さい。
お互いに、ちょっとだけ譲り合うの、優しい気持ちになって」
祥果さんの教育理論は、子供にだって話せば道理は伝わるが大筋だ。だから話し合いを大事にする、話し合って触れ合って、コミュニケーションで感情を伝え合う。
まぁ、まだ子供を持ったことの無い夫婦なので、これは前もっての仮想のお話である。それ関係のセミナーも、職場が開催してたりするので、参加した事のある祥果さんは詳しいのだ。
2人が眠りに落ちる前に、そう言う未来について話し合うのは日常茶飯事で。
そう言う類いの空想は、願望が叶うまでが楽しい物なのかも知れない。央佳も半分眠りながら聞いてた未来予想図、しかし祥果さんには揺るがぬ理想があるみたい。
夫婦の取り決めとして、そんな人生設計は全面的に祥果さんの気持ちに沿う事に決まっている。今がそうなんだろうなぁと、央佳は幾分諦観した心境。
つまりはこの4姉妹、既に祥果さんの庇護の元に入る事が決定しているらしい。
子供達は、央佳の気持ちにシンクロしたようにしゅんとなってしまっている。あの破天荒なメイでさえ、父親に倣って反省模様を前面に押し出していて。
実際、叱られているのは央佳だったりするのだけれど。どうして前に話し合ったのに、そんな安易な真似をするの。覚えてないのは、ひょっとして聞き流してたの、と。
当然の疑問と叱咤だけに、縮こまるしかない央佳。
そんな叱責は飛び火して、今度はメイが槍玉に。今度は幾分、押さえた優しい口調なのがかえって怖い。メイもそれを察したのか、いつものはきはきした口調が影を潜めている。
どうしてお姉ちゃんの嫌がる事したの? との問いには、手伝おうと思って……との言い訳がましい返答。気の毒に思ったのか、ルカの蒸し返しは無い様子。
長女だけあって、この子は変に面倒見が良い気がする。
「それじゃあ今は、お姉ちゃんが嫌がってるのが分かったのよね、メイちゃん? だったらもう、2人とも仲直り出来るよね?」
「「はぁい……」」
何とか姉妹喧嘩は、無事におさまった様子だ。って言うか、個人的には祥果さんの説教の方が恐ろしかったけど。央佳は内心そう思い、その感情がばれないようにそっと顔を背ける。
祥果さんは、仲直りの印にとルカとメイを一緒に抱擁していた。それから気を付けて行ってらっしゃいと、再び姉妹を狩りに送り出す構え。
どうやら一連の狩り作業が、危険で無い事を理解した様子。
向こうでの狩りは無事に再開されたが、こちらの雰囲気は依然逆立ったまま。血は繋がってないのに本物以上に親っぽいなと、央佳は感心しつつ祥果さんを盗み見る。
しばらくルカとメイの様子を眺めていた祥果さんは、少し寂しそうに振り返ってネネを見た。幼女はやっぱり怯えていて、それでやっと央佳は祥果さんの心情を理解した。
そして自分の不甲斐なさを。彼女だって、怒りたくは無かったのだ。
それはそうだ、子供を叱っても嫌われるだけ、貧乏くじを引くようなものだ。それでも叱るのは、子供の為になるからに他ならない。社会への適応力を、子供につけさせる為に。
大人は防波堤になるべきだ、弱い立場の子供を世の荒波から守る為の。ただ、いつまでもその役目ではいられない。社会にはばたく前に、最低限のルールを覚えさせないと。
まぁ、この世界に(特にこの子供達に)当て嵌まるかは不明だけど。
今回は、自分の不甲斐なさで祥果さんに損な役回りを押し付けてしまった。申し訳なく思いつつ、せめてそのフォローをしておこうと思い立って。
怯えるネネを抱き上げて、祥果さんの元まで歩み寄る。アンリは既に花輪作りに戻っていて、説教を喰らったダメージは皆無の様子。空気を敢えて読まない能力でもあるのだろう、それはそれで大した才能だと思う央佳。
つまり今回は、人見知りの酷いネネとの橋渡しを重点に。
「ごめんな、祥果さん……損な役回りを押し付けちゃって。メイは天真爛漫な子だから、あれでも言い過ぎにはなってないと思うよ? 他の子だって、祥ちゃんの根底に優しさがあるって、分かってるさ」
「そ、そうかなぁ……まぁ、姉妹でいがみ合うよりは私が悪役になった方がいいけど……」
「信頼関係は、やっぱり築くのに時間は掛かるよ……まだまだこれからだって」
そう言いながら、央佳はそっと祥果さんの肩を抱く。夫婦の仲の良い姿は、子供達にとっては精神安定の基礎だと確信しつつ。ネネも一応、さっきまでの様な拒否反応は見当たらない。
そのまま丘の上に腰掛けて、ネネを膝に抱えたまま談笑に移行する央佳。提供する話題は子供達の話、特に笑える失敗談には事欠かない。この1年近く、本当に苦労した。
その分、旨みも数多く存在したけど。
この作戦は、どうやら上手く行った模様。父親の膝の上でようやくリラックスして来たネネと、花輪が出来たと見せに来たアンリと。祥果さんがそれを受け取って、良く出来たねと三女を褒める。
ネネはその作品に、明らかに興味津々な様子。だけど祥果さんが手にしているので、見せてと言い難い感じ。祥果さんはそれに気づいて、ネネの頭上に王冠のように載せてやる。
それだけで一気に機嫌が良くなる、現金な末娘。
今度はアンリに首飾りを作ろうと、場は変な方向に盛り上がりを見せていた。央佳は一気に蚊帳の外、ネネが拙くも手伝う風景を何となく眺めるのみ。
共同作業によって、ネネの人見知りバリアも少しは緩くなっている気がする。このまま祥果さんに懐いてくれれば、央佳の子守りの手間も少しは省けるかも知れない。
そんな事を思いつつ、央佳は伸びをして周囲を窺う。
何気ない行動だったのだが、次の瞬間にスイッチが切り替わった。三女のアンリが、作業を止めて急に立ち上がったのだ。半身になった央佳の耳に、轟く複数の蹄の音が。
明らかに異常事態だ、こんな場所にそぐわないプレッシャーを感じる。アンリに一言ここは頼むと言い放って、央佳は丘の頂上に駆け上がった。
その時には、蹄の音に混じって複数の悲鳴と剣戟の音が。
――非常事態だ、恐れていた
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