第6話 何は無くともレベル上げでしょう?




 リアル世界で、向こうからこちらに連絡を取って貰う。それは良い案だと、同意しつつテンションの上がる祥果しょうかさん。さっそく央佳おうかはギルマスに連絡、変な約束させるなぁといぶかられながらも、何とか渡りをつける事に成功。

 少しだけ気が軽くなった央佳は、家族を連れて屋台で食事を取る事に。この世界の食べ物はどんな味かなと思ったが、かなり微妙で肉も野菜も味付けもいまいちと言う残念な結果に。

 ちなみに代金は、祥果さんが部屋で貰った初期の所有金から。


 それから央佳は、念の為にと職場の先輩ゲーマーにも秘密テルを入れておく。一緒のギルドでこそないが、遊ぶ時間はギルメンと同じくらい多い仲良しさんだ。

 信頼度も高いし、同じ職場なので気兼ねなくこちらの異変を知らせられる。もし明日、自分が仕事を連絡なしに休んだら、それは既に洒落にならない非常事態なのだ。

 話し相手の毘沙びしゃさんは、至って呑気に応じているが。


『はははっ、ゲーム内世界へ夫婦で召喚って、そんな漫画やアニメじゃないんだからw でも、本当だとしたらどっちかな……異世界召喚って、大まかに分けて2種類あるじゃん?

 身体ごと招かれるのと、精神だけってパターンと』

『どっちも御免被りますよ、先輩っ! 今の所は主だった被害は無いし、祥果さんも俺と一緒のせいかパニくってないから助かってますけど。

 あぁ、こんな時に資産差し押さえって、ついてないなぁ……』

『金貸そうか、300くらい? 郵送でいいなら、すぐ送れるけど。俺、炎種族だから、光と風の街にはワープ拠点繋いで無いや』

『有り難いですけど、レンタル部屋に入室禁止になってるんで、ポスト開けません』

『そっか……じゃあ王都まで辿り着けたら、テル飛ばしてくれや。心配だから付いててあげたいけど、こっちももうすぐ落ちる予定だし』


 了解と返事をしつつ、リアル時間は何時なんだろうと変な気を揉む央佳。こっちはまだまだ昼過ぎで、上空を見渡しても晴れやかで良い天気だ。

 視線を落とすと、自然に囲まれた華やかな街並みが続いている。


 実際、こんな解放感はリアル世界では滅多に味わえなくなってしまった。仕事に追われ時間に追われ、夢の為に節約して貯金して。人間関係に擦り切れて、社会の構図にストレスを溜め込んで。

 家族サービスも充分に出来ず、いつかまとまった時間の到来を願うだけの日々。


 ゆっくりと過ぎて行く時間、この上なく贅沢で穏やかな気分。世界って美しい、自分の存在はちっぽけだけど、疑いなくこの世界の一部なのだと実感出来る瞬間。

 そう言えば、自分達は新婚旅行すら行ってないではないか。


 気が付けば祥果さんと子供達が、急に黙り込んだ央佳をじっと見詰めていた。秘密テルは念話みたいなものだから、他者からは何をしてるのか分からない仕組みなのだ。

 職場の先輩と話してたと、素直に事実を述べる央佳に。これからどうするのと、妙にヤル気の漲る祥果さんの質問。この苦境にめげない心意気、こっちも見習わなければ。

 そう自分に喝を入れて、気合い入れに頬を軽く叩く央佳。


「だ、大丈夫……央ちゃん? 虚空を睨んでたと思ったら、急に自分の頬っぺた叩き出して」

「あ、いや……行動に移る前の気合い入れ。まずは買い物かな……いや、金が無いのか」

「お金なら、私とメイが出します! 武器と防具と……後は薬品ですよねっ?」


 さすが冒険をある程度こなしているだけあって、ルカは場馴れしている。メイがしゅたっと挙手したと思ったら、率先して武器防具店へと案内し始める。

 ゲーム内では、商品を入手するのに何通りか方法がある。普通にNPCの運営する店から買うのは、まぁ外れは無いし品切れにもなり難いと言う利点がある。

 一般的なのは、実は他の冒険者が競売やバザーに出したものを購入するルートだ。合成で大量に作られたアイテムは値崩しを起こしやすいが、逆にレアなものは吃驚するほど高い。

 需要と供給によって、値段が大きく変動する購入方法なのだ。


 後はまぁ、自分で合成したりとか、クエや敵を倒して入手したりとか。欲しい物を落とす敵が分かっていたら、それなりにお奨めで安上がりな手段だけど。

 ドロップには運が付きまとうので、お金が潤沢なら素直に買った方が早いに決まっている。央佳一行は、お金は無いけど通りに並ぶお店へと入って行く事に。

 メイが選んだのは、初心者用の武器と防具店が隣り合ったお店だった。


「ここは大通りで安全だけど、そこの細い道を入ると裏通りに出るから行かない様にしてね、祥ちゃん。PKとか非常理なクエとか、酷い目に遭う事多いから。

 後は子供達も、一応は注意する事」

「街によっては、人攫いとかいますもんねぇ……倒された後で特殊なアイテムを使われて、主人や親との信頼度をリセットされるそうですよ、お父さん」

「えっ、そんな事されるんだ……! 酷い世界だねぇ、央ちゃん」

「逆にやっつければいいんだよ、祥ちゃん。私も裏通りで2回ほど出遭ったけど、返り討ちにしてやったよ!?」


 メイの自慢げな告白に、更に驚き顔の祥果さん。自分も1度ありましたと、ルカも当然のように父親に告げる。驚き顔のまま三女に目を遣ると、アンリは暫しの逡巡の後、無表情にゆっくりと指を7本立てた。

 アンちゃんはずっと放浪してたからねぇと、笑いながらメイの解説。多分怖くなったのだろう、祥果さんは三女の手をぎゅっと力強く握って離さない構え。

 まるで少女が、ふらっといなくなるのを恐れるように。


 祥果さんは酷い世界だと言うが、実際はリアル世界でも同等かそれ以上に酷い事件は起きている。それこそ日々のニュースのネタが尽きない程度には、殺人や強盗、天災や人災幾らでも。

 こちらのゲーム世界では、逮捕機能が無いのは問題だが。そもそもアバターが死んでも、ホームポイントで蘇生してしまうから意味が無いとも言える訳だ。


 ただしPKする方も、それなりにリスクはある。敵対度が上がれば、普通に治安の良い場所には入れなくなるし、そうすれば買い物やクエ受けも満足に出来なくなる。

 一般の善良な冒険者とも、パーティを組めなくなってしまうし。活動可能な範囲が、すこぶる狭くなってしまうのだ。名声は地に墜ちて、ドロップ率も極端に悪くなるらしい。

 もちろん、PKを挑んで負ければ非情なデスペナルティも待っている。


 一般的に冒険者が戦闘行為の果てに戦闘不能になると、様々なペナルティを受ける。例えば経験値を失うとか、着ていた防具が破損するとか、そんな感じだ。

 ところがそれが冒険者同士だと、それに加えて装備やアイテムの損失が待ち構えている。追剥に遭う感じだろうか、つまりこれが犯罪者側の旨みでもあるのだけれど。

 戦闘に負ければ逆に失うルールなので、襲う方も必死である。


 まぁ、向こうの都合など全く持ってどうでも良いのだが。とにかくどちらが治安が良いとか社会秩序が保たれているとか、そんな議論はナンセンスだと央佳は思う。

 所詮は人間が基本なのだ、人間が内包するエゴだとか強欲さだとか。リアル世界はお金や地位や名誉、人間関係の軋轢や社会のストレスが攻撃性の引き金となる。

 このゲーム世界も同じかと問われれば、トリガーとなる要因がちょっと違う。


 何と言うか、多くのゲーマーが求めるのは強さであり独創性なのだ。他者と違う装備や強力な武器、オリジナリティ溢れるスキルの存在が、冒険者たちの原動力となる。

 冒険者は、老いや病気とは基本無縁である。だから蓄えたお金は、ほぼ全額を“強さ”へと使用出来るのだ。リアル世界とはあまりに違う価値観、人の持つエゴも歪もうと言うモノ。

 どちらにせよ、歪んだエゴが弱者を踏みにじると言う分かり易い構図が。


 それに抗するには、この世界では自衛しかない訳だ。ただ強くあれ、シンプル極まりないルールである。一応、相互お助けシステムとして、ギルドに入会する方法もあるけど。

 そこまで考えて、央佳はおおっと思い付いた。そう言えば、祥果さんは未だどのギルドにも未加入である。今後の為にも、ウチの『発気揚々』に入って貰わないと。

 覚えておいて、後でギルマスのマオウに承認させよう。




 結局、祥果さんは武器も防具も新しい物に買い替えなかった。実際に戦うのは長女のルカと次女のメイで充分なので、央佳も特に必要無いとは言っておいたのだが。

 どうやら、好みの柄や形のものが無かった様子。女ってのは仕様の無い生き物だ、一応防具の性能は一通り説明したのだが。つまりは、耐久度とか防御値とかの数値について。

 きちんと理解して貰えなかったようで、まぁゲーム初心者なのだし仕方が無い。


「お父さん、この剣買っていいですか? あと、この盾がお父さんのと形が一緒だから……」

「おおっと、ルカは武装が様になってるなぁ。後必要なのは……いい感じのマントが無いな、競売を見て来てくれるか、メイ?

 初期装備の安物でいいよ、出来れば祥ちゃんのと2着分」

「は~い、パパ! ……あっ、街でよく見かける、ポーションを差し込めるベルトも、あったら買って来るね?」


 メイの買い物勘は当てにして良い、何しろいつも勝手に、央佳のお金で買い物をしているのだから。どうやら央佳の買い物履歴を、自然と覚えているらしく。

 消耗品など、いつの間か買い足してくれていたりもする秀逸さ。止めさせる方法も分からないし、ずっと放っておいたのだけれど。こんな場面では、積極的に活用させて貰おう。

 適材適所だ、子供達の特性をしっかり覚えておかないと。


 姉妹の装備の買い物に関しては、アンリも欲しくないと素っ気なく辞退した。ネネは逆に欲しがったが、当然と言うか体に合うサイズが全く見当たらない為に不採用。

 べそをかく四女を抱っこして宥めつつ、ポーション買ってあげるからとアイテム屋へ移動。競売から戻って来たメイから装備を受け取って、祥果さんとルカに試しに装備して貰う。

 両者ともに少し大きいが、まぁ何とか許容範囲な感じ。


「マントは便利かも、少し大きいけど……ベルトも大きいなぁ、穴開けないとずれちゃう」

「おっと似合ってるよ、祥ちゃん。それだけで途端に冒険者っぽくなるなぁ……穴開けてあげるよ、どの辺り?」

「わっ、私のもお願いします、お父さん……!」


 店の前で騒ぎながら、寸法合わせを簡単に済ませ。それからアイテム屋で、安いポーションを数本購入。子供達に関しては、全く必要ないと思わなくもないのだが。

 こう言うのは雰囲気だし、何より戦闘中やその合間にアイテムを使用する手順を覚えるのも必要だ。MP回復薬のエーテルもついでに買い足して、主に後衛のメイとアンリへ配る。

 それからついでに、耳元で頂戴とうるさく騒いでいるネネにも。


 必要性は全く無いが、仲間外れはよろしくない。まぁ、それだけで信頼度は上がってしまう訳だけど。取り敢えず、簡単だがパーティ戦の準備は完了した。

 それから肝心の、祥果さんと子供達がパーティを組めるかの確認を。


「ルカ、祥ちゃんと本当にパーティ組めるのか……?」

「はい、大丈夫ですよ? ただ、私はリーダーにはなれませんけど」

「なるほど……祥ちゃん、子供達をパーティに招いてみて?」

「へっ、どうやるの、央ちゃん?」


 パーティ結成の方法を教えながら、央佳は長女から聞いた言葉を整理してみる。子供達はNPCなので、パーティのリーダーになる事は出来ない。

 まぁ、これはある意味当然だ。


 それから祥果さんと言う第三者と、パーティを組む事は可能らしい。祥果さんの立ち位置は、未だに微妙だ。央佳の嫁だと紹介したが、それを子供達がきちんと承認したのかが不明で。

 央佳が他のパーティに入った場合、子供達は飽くまで桜花のオプションとして行動する。つまりはペットと言うか従者扱いだ、パーティの残り人員を圧迫する事は無い。

 ところが今は立派なパーティ員、央佳から祥果さんへとNPC戦力を貸し出した形?


 まぁ、考え込んでも仕方が無い、ここら辺はひょっとしたら裏ルールなのだろう。今は祥果さんが、安全にレベル上げ出来る幸運に感謝しないと。

 何気に子供達も、武装の変更が出来るようになってるし。


 この変化も、自分達の(推定)異世界転移が原因なのか、それとも信頼度の上昇などの他の要素が原因なのか分かっていない。子供達に聞けば、一部位は回答を得られるかもだが。

 正直、子供達の魂の在り様が不透明過ぎて怖い。


 澄み切った、さざ波ひとつ立ってない深い湖面を覗き見るような。時の制止した状態は、それだけで奇跡なのではないかとの思い。

 それはどこから来て、いつまでその場に留まるのか?


 つまりはそう言う事だ、子供達は他のAI管理されたNPCとはまるで違う。受け答えや仕草の全てが、人間っぽいのだ。場合によっては、プレーヤーが操る冒険者以上に。

 同じ事を繰り返し喋るだけの、他のNPCなどもちろん論外だ。


 ただ、そんな子供達に気持ち悪さは全く感じない央佳。むしろ当然だとの思いの方が強い、その確信がどこから来ているのかは分からないが。

 祥果さんも、恐らく自分と同じ思いな筈。


 彼女の適応能力を、央佳は大いに当てにしていた。積極的にこの異なる世界に関わり合う事、そして子供達と保護し保護され合って懇意な関係になる事。

 世界に生かされるのではない、世界を大手を振って駆け抜けるのだ。


 央佳の生き様論など、まぁ今はどうでも良い事だ。子供達は段々と、待ち受ける冒険に興が乗ってきた様子で。先頭に立って、弾むような足取りで街の出口へと向かっている。

 この街の正門は、石造りで大きくて立派である。獣人や蛮族、その他モンスターが徘徊する世界と言う設定上、街の周囲は高い石塀で囲まれている。

 一行は何の問題も無く、正門を抜けて外のフィールドへ。


 周囲は程々の木々が生い茂り、整備された街道が丘陵を縫って続いていた。獲物となるモンスターは、ぼちぼちな感じで分散している。初心冒険者が、方々でそれを狩っている。

 仲良く並んで進むと、ようやく敵の固まっているエリアに辿り着いた。そんなに数は多くは無いが、贅沢も言っていられない。元々街の周辺には、敵の数はそんなに多くないのだ。

 ところが、意気揚々とメイが放った範囲魔法で、一瞬で敵影は霧散してしまった。


「…………移動するか」

「「は~~~い!」」


 まぁ、こんな場所では子供達の敵はいないのは分かってたけど。こんなにすぐ枯れてしまっては、経験値を溜める事も出来やしない。元気よく前を進む子供達に続き、ネネを抱えたまま央佳は歩を進める。

 隣の祥果さんは、しっかりとアンリと手を繋いでいて。





 ――こんな家族行楽も、有りっちゃアリ……なのかも?






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