第5話 長女と四女と今後の指針決め




 長女のルカと四女のネネは、一応ゲームの設定上では桜花おうかの実子だ。ゲーム内でそう言うイベントが発生して、つまりは限定イベントの優勝で得た既成事実なのである。

 今にして思えば、イベントの告知内容も胡散臭かったような気もする。とある高貴な龍人りゅうじんの姫君が、力と知恵を兼ね備えた冒険者と懇意になりたいとの噂が立って。

 有り体に言えば、それは婿探むこさがし以外の何物でも無かったような?


 ただ、このイベント告知を聞いた冒険者の盛り上がり様は物凄かった。いよいよ新属性『竜』への取っ掛かりが、この限定イベントで得られるのかと。

 少なくとも、『竜』属性系の秘宝は確実に入手出来るだろう。そんな取らぬ狸皮たぬかわ的な思惑が、冒険者たちの脳裏に交錯したのは紛れもない事実だった。


 央佳もその中の一人で、もちろんバリバリに乗り気でイベントに臨んだのは確かだった。あんな不本意な結末が、数週間後に訪れるとも知らず。

10日以上に渡る激しい参加者の切り捨て戦の末に、何とか1位は取れた桜花だったけれども。彼の望んだ形の報酬は、ついに得られる事は無かった。

 数日後に届いたのは、つまりは巨大な卵だった訳だ。


 その限定イベントの激闘は、後に語るかも知れないしスルーされるかも知れないが。とにかく半端の無い、冒険者達による争奪戦だったのは確かな事実である。

 そこで勝利した“森羅しんら”の桜花は、物凄く褒め称えられてギルメンの反応も凄かった。しかし、その熱き闘いに報酬が比例するかと問われれば、仲間たち全員が首を傾げた事だろう。

 それ位、産まれて来た龍人の性能は微妙だったから。


 いや、強さで語るならこれは最高の報酬には違いないのだが。ただ、ちょっと考えて欲しい……たった一人で大ボスクラスの敵と対等に戦い得るNPCと言うのは、冒険者の存在意義を著しく否定する存在ではあるまいか?

 しかもこちらの命令は全く受け付けない、ペット以上の鉄砲玉と来ている。今までに前例の無いユニットだけに、貰った当事者の央佳も周囲の面子も、それはもう戸惑ってしまい。

 戸惑ったままに紆余曲折して、現在も試行錯誤している感じである。


 央佳の手応えとしては、周りが揶揄する程外れ報酬では無いとは思っている。何しろあの優勝以降、定期的に龍人の姫君からプレゼントが贈られて来ているのだから。

 その第一弾が、2人の愛の結晶なのには驚いたけれど。勝利を勝ち取ってからの姫との面会や宴会やらのシーン動画は、実はイベント管理委員会から、報奨金やらアイテムと一緒に翌日に届いたのだった。

 その映像に、丁寧にぼかされた床入りシーンまで描かれていたのには驚いたが(笑)。


 某初期RPGゲームの、竜から助け出した姫様と宿に泊まった翌朝のシーンを思い出した央佳。『昨晩はお楽しみでしたね♡』と、宿屋の主に言われた時のトキメキと言おうか。

 その事が後で祥果さんにばれて、折檻されるとは流石に思わなかったけど。


 そんな波乱の過程から、何とか約2日後に無事に産まれて来た龍人の子供なのだけど。当初は全くステータス表示などされず、見れるのは信頼度とかHPの類いだけ。

 そして父親の後ろを、必ず付いて回る特性と言う。


 龍人の長女には、最初からルカと言う名前が付いていた。どうやら前衛アタッカーらしく、央佳の殴った敵を自分も容赦なく殴りつけ、それはもう殴り続ける。武器の類いは所持しておらず、防具もほとんど街着のレベルの薄さである。

 外見は最初から12歳位、立派な赤毛と見事な角を持つ、母方の血を色濃く受け継いだ仕様のようだ。赤帝龍せきていりゅうとの子供なので、恐らくは炎属性なのだと推測はつくのだけれど。

 他は全くと言って良いほど、今の所分かっていないのが実情だ。


 性格は、至って温厚で素直な感じだろうか。以前は会話こそ出来なかったが、街のNPC同様に、吹き出し付きの台詞は色々と目にする事が出来たのだ。

 そして戦闘能力に至っては、有り余るほどの強さを示す。


 まぁ、それが災いして央佳はパーティ戦からあぶれる事になってしまったのだけど。それでも恩恵は他にも存在していて、定期的に姫君から贈られて来るプレゼントの中の指輪もそう。

 それは『契約の指輪』と言って、特別な性能を秘めていた。


 それは対になっていて、片方の装着者のHPやMPを、もう片方のキャラが借りる事が可能らしいのだ。つまり片方のHPがゼロになっても、もう片方のHPが満タンなら死亡する事が無いと言う。

 これは結構凄いアイテムだなぁと、あまり深く考えずに長女のルカに片方をトレードしてみると。ただのお試しの行為だったのに、何と素直に装備してくれたっぽい。

 お陰で央佳のHPは、娘の分も加えて以前の5倍以上に。


 それだけステータスお化けのNPCなのだ、だから渡してみようと言う気にもなったのだけれど。普通に受け取ってくれるとは、全く思っていなかった。

 何しろ他のアイテムのトレードは、全て無視され続けたのだから。


 子供NPCに関しては、そんな不透明な特別ルールが幾つか存在している。何となく分かって来た事柄もあれば、未だに意味不明な行動も多々存在する。

 例えば、カルマシステムにおける信頼度だ。これが高くなれば、この前みたいにお留守番を頼めるようになる可能性が高い。まぁ、その行為は全く持って失敗に終わったけれど。

 まさか四女が泣きながら暴れて、あんな結果になろうとは。


 ネネの暴走によって破壊された、街の修復にと言い渡された金額を、即座にポンと出す程の貯蓄は央佳には無い。ただこの不測の事態、何かの特殊クエストの導入なのではと、勘繰ってはいるけど。

 でないと、さすがに非常識過ぎると言う気がしなくもない。どこからか救済措置が来るんじゃないかな、来て欲しいなとの思いに耽る今日この頃。

 そんな感じで、今の所は恩恵よりは不便さが際立っている姉妹である。


 そう言えば、長女のルカと四女のネネは、どうやら産まれは同時期らしい。ところがネネの卵は、ルカよりずっと後に贈られて来て。

 大きさもずっと小さくて、こりゃどうしたもんかと思ったのだが。


 産まれて来た子も案の定小さくて、見た目は4歳くらいの幼子だった。角だけは立派で、赤い髪も姉にそっくりだが、はっちゃ気振りは姉以上だったりして。

 そんな四女は、実は人見知りの激しい甘えん坊である。





「うわぉ、いきなり財産を差し押さえされちまったな……困った、さてどうしよう?」

「せっかくお父さんが、街に入るのを避けていたのに……台無しですね」


 人聞きの悪い事を、堂々と大声で言わないで貰いたい。しかも全てを、祥果しょうかさんのせいみたいな言い方で。ルカはどうも、祥果さんと張り合っている風なのが気に掛かる。

 しかし、四女のネネがしでかした破壊工作の追及が怖くて、街に近付かなかったのも本当の事。怖いと言うより、面倒が嫌だとの思いが大きかったか。何しろ今は、ギルドで取り組むミッションの手伝いが最重要案件だったから。

 新種族の手掛かり取得と言う、激ムズのミッションを。


 大抵の有力ギルドは、最近は全力でこれに着手している。央佳の所属するギルド、『発気揚々』ももちろんそう。しかし止む無い事情で、敢え無く央佳はリタイアする破目に陥りそう。

 それは仕方が無い、今はそれ以上に関心の高い出来事が起きてしまったのだから。関心と言うより義務だろうか、自分の意思とは関係なく、こっちの世界に来てしまった祥果さんは、何としても護らなければ。

 それについて、央佳には気掛かりな事が一点。


「俺はここをゲーム世界の中だと仮定してるけど、本当にそうなのかな? 例えば死んだら、ゲームの場合ホームポイントに戻されるけど……死と言う現象は、果たして今の状況でどっちに分類されてるんだろうか?」

「さ、さあ……? 私は街から出なければ、病気とか以外で死ぬ事は無いんじゃないの?」

「表通りは平気だろうけど、裏通りとかは危ないかな? PKって行為が横行していて、初心者も例外なく悪者に狙われるから……ルカは死んだらどうなるんだ?」

「さあ……死んだ事無いから分かんないです」


 分からないって事ほど、不安を煽る文句は無い。てっきり経験値を引かれてホームに飛ばされちゃいますとの、軽い返答を期待してたのだが。まぁ、子供達はべら棒なステータスのお蔭で、滅多な事故でも無い限り死なないのは知ってるけど。

 こればかりは実験する訳には行かない、慎重に行かないと。しかし、だからと言って引き篭もってしまうのは具の骨頂だ。悪くなる事は無いかもだが、現状が良くなるルートも閉ざす可能性が。

 少なくとも、祥果さんと子供達との間の信頼度だけは早急に上げておきたい。


 こんな時に一文無しになるとは、何て間の悪い事だ。しかも自宅も一緒に差し押さえられて、宿無しと来ている。街の宿は借りられるけど、それにはお金が掛かってしまう。

 キャンプ道具を所有していたのは、不幸中の幸いかも。いざとなったら、親しいギルメンからお金を借りる事も考えに入れておかないと。借金は嫌だが、背に腹は代えられない。

 こちらは扶養家族のいる身だ、しっかり大黒柱の役目を果たさねば。


「取り敢えず、優先順位を確認しながら今からする事を並べて行こうか? まず父ちゃんの資産は差し押さえられて、お金と寝る場所がなくなってしまった。それから祥果さんの身の安全のため、少しでもレベルを上げておいて貰いたい。

 最後に、ギルドの任務は一旦休止とする」

「身の安全の為に、レベル上げをするの?」

「うん、そうだ……モンスターと戦う戦闘行為を含むから、矛盾してるように聞こえるかも知れないけど。このゲームは、強くなるほど自衛も可能になるし、仲間と一緒に行動して信頼度をあげないと、お金やアイテムの貸し借りも出来ないんだ」

「ほえ~~~」


 感心したのか、変な声色を発する祥果さん。確かに、信頼のおけない人にお金を貸したら駄目だよねと、しきりに頷いている。差し押さえの憂き目にあった央佳としては、何となく気まずい思い。

 自分のせいでも借金をしたせいでも無いのだが、甲斐性無しな雰囲気がプンプンである。あさっての方向を向いてモジモジしていると、長女のルカが助け舟を出してくれた。

 この娘は聡くて、責任感も持ち合わせている。どっちの親に似たのやら。


「私達とパーティを組めば、比較的安全にレベル上げが出来ると思います。ここを出たエリアの敵なら、全く問題にならないレベルだし……そう言えば、お父さんは部屋に入れないけど、あなたは入れるんじゃないですか?」

「おおっ、そう言われればそうだ。さすがルカは賢いな、パーティ組む事は可能なのか?」


 お母さんとは呼んでくれないのねと、悲しい素振りの祥果さんは置いといて。父親に頭を撫でられたルカは、この上なく嬉しそう。

 央佳も最良の提案に、身の軽くなる思い。


 初心者専用の無料のレンタル部屋は、もちろん使えるに越した事は無い。これは主要な街なら大抵は用意されていて便利だし、冒険すればアイテムはあっという間に鞄から溢れるし。

 それを臨時に置いておけるだけで、かなり有り難いシステムなのだ。


 冒険初心者の祥果さんだが、そこら辺の説明を旦那から受けると。成る程ちょっと見て来るねと、好奇心いっぱいに自分のレンタル部屋を探しに行ってしまった。

 妙齢の女性だけあって、祥果さんは物件巡りが大好きである。これは長くなるかなと、冷や汗がとまらない央佳だったけど。いつの間にか次女も消えていて、四女のネネも退屈そう。

 焦っても仕方が無いので、子供達と一緒に道端で待機モードに。


「父ちゃ、お金ならネネあるよ? 父ちゃにあげるね?」

「んむ、ネネは父ちゃんよりお金持ちだな! それは持ってなさい、お腹は減ってないか?」

「私もお金持ってます、メイはもっと持ってる筈です。どうぞ使ってください」


 さっきの父親の話を子供達なりに消化して、それぞれ結論を出したらしい。小さな手でお金を差し出された央佳は、思わずほろっと胸を打たれてしまった。

 アンリも無言で、かなりの額のお金を差し出して来る。お小遣いなど上げてないのに、一体どこで稼いでいるのやら。恐らく狩りの手伝いの時か、見えないルールの一つなのかも。

 娘達のカンパを大丈夫だと断りつつ、ちょっと泣きそうな気持ちの央佳。


 情けない甲斐性無しな父親の感情と、無垢な心の温かさに触れた心情の狭間を味わいつつ。央佳はこの後の簡単な計画を、脳内で組み立てに掛かる。

 狩り場とか、初期の装備とかは一応まだ覚えている。もっとも自分の常識は、既に4年近く前なので古くなってる可能性もあるが。レベル上げのついでに金策出来れば、尚良いかも。

 クエストの素材を集めるとか、競売に出してお金にするとか。


 そんな事を考えていると、まず最初にメイが戻って来た。いつものようにニコニコしながら、勝手に受けて来たクエストの束を央佳に表示して来る。

 懐かしいなと思いつつ、新米冒険者の頃を思い出していると。ようやく祥果さんも戻って来て、どうやら無事に部屋に入れたらしい。

 イレギュラーでこの世界に招かれた身なので、用意されてないかもと思っていたのだが。


 戻って来た祥果さんは、その手に長い棒と鞄を持っていた。初期装備の杖だろう、全く素っ気の無い棒にしか見えない造りだ。何やら部屋の中で、最初の説明も受けたっぽい。

 これで完全に、どこから見ても冒険初心者アバターである。


「おまたせ~、何か部屋にいる妖精さんから、色々と講習受けちゃった。大事な事かもって思ったから、真面目に聞いてて長くなっちゃった、ゴメン」

「いや、それが正解だよ、祥ちゃん。色々と複雑な操作もあるし、ゲーム的な主流や基本も覚えないと不味いし。いつここから抜け出せるか分からないから、しっかり覚えた方がいい」

「そ、そうだよね……本当、いつ帰れるんだろう……」

「あっ、そうだっ……! うちのギルマスのマオたんが、俺のリアルの携帯番号知ってるから。明日の朝か昼にでも、連絡取って貰おう!」





 ――元の世界とのわずかな繋がり、今はそれに頼るのが精一杯の央佳だった。







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