第4話 始まりの街と強制イベント




 チャットで盛大に笑われた、しかも茶々を入れて来たギルド仲間の朱連しゅれんに。朱連はいわゆる廃ゲーマーで、ギルド『発気揚々はっきようよう』の中でも最高ランクの冒険者である。

 央佳おうかとも仲が良く、しょっちゅう一緒に冒険をしている。


 だからこそ、こんな遠慮のない物言いになってしまうのだろうけど。今は非常事態、莫迦話に付き合ってなどいられない。幸いギルマスのマオウは、年長者だけあって温厚で人柄も良い。

 どうやらすぐに、GMコールに及んでくれた模様。


 ギルメンとの会話の途中に、戦闘を終えた長女と次女が戻って来た。ホクホク顔なのは、ドロップ品を両手にしている次女のメイ。この子はそんな収集が、この上なく好きっぽい。

 何を拾って来たのと、祥果しょうかさんが話を向けると。少女は得意顔で、良く分からない動物の皮を広げてみせた。どうやらこの2人、すぐに仲良くなりそうな雰囲気。

 相変わらず呑気な奥さんだが、怯えられるより随分とマシな気も。


 そんな事を考えながら、央佳は忙しく頭を働かせる。これでも一家の主なのだ、家族の安全は自分が護るのだとの強い思いがある。その為には、何を第一に置くべきか?

 それはもちろん、祥果さんの身の安全だ。


 それから、いきなり可能になった子供NPC達との意思疎通状態も確認しておかないと。これからの状況に、どんな風に絡んで来るか分かったモノでは無いのだし。

 まさか子供達が、いきなり裏切り行為に及ぶとは思わないけれど。ゲーム的にはカルマシステムによる、信頼度と敵対度の天秤バランスが気掛かりではある。

 ゲームの売りのシステムだが、諸刃の剣になる可能性も。


「ご苦労様……ところでルカは、何で武器を装備してないんだ? 幾ら強いとはいえ、戦闘には不利だろう?」

「えっ、武器ですか? 特に必要と思った事無いんで……でも、もし身につけるなら、お父さんと一緒のが欲しいかなぁ?」

「えっ、女の子が武器とか戦闘とか危ないよ!?」


 いきなりデレた長女はともかく、祥果さんの叫びは的外れな感が。いや、親としては的を射ているのか……ちょっと混乱、祥果さんに詰め寄られたルカも困惑している様子。

 四女のネネもそうだが、ルカもどうやら人見知りが激しいみたいだ。いきなり初見の人(祥果さん)と仲良くなるのは、いささか骨が折れる感じを受ける。

 ここは、頼むなら次女と三女だろうと央佳の勘が囁く。


「ああっと、ちょっと重要案件が発生中なんだが……メイにアンリ、この祥果さんは実はとても弱い。2人で頑張って、暫く警護してくれないかな?

そしたらお父さん、とっても嬉しいなぁ?」

「…………!!」


 大好きなお父さんに頼まれ事をされた娘達、間髪を入れずにコクコクと頷きを返す。それを見ていた長女のルカが、顔を真っ赤にして自分にも遂行可能だとアピール。

 どうやら姉妹の中にも、微妙な上下関係が存在するっぽい。


「……ネネもがんばぅよ?」

「あぁ……そ、そうだな。じゃあネネにも頼もうかな?」


 央佳の胸元にしがみついたままで、一体ナニを頑張ると言うのだろうか。この子もやっぱり、置いてけぼりが嫌いらしい。って言うか、恐らく基本的にやってはいけない行為なのかも。

 その事実を身を以て知ったのは、つい1週間前の事だったけど。ここから最短補給地点のルノーの街から締め出しを喰らったのは、結構と言うかかなり痛いペナルティだった。

 そのお陰で、ポーション類を始めとする消耗品が補給し難くなってしまった。


 このビレシャヴの森で央佳が何をしているかと言えば、ギルドで取り組んでいる新種族のミッションの手掛かり探しである。それに関わりのありそうな蛮族の集落が、この森の中にあるかもと、ギルメンで手分けして探しているのだ。

 しかし何しろ、このエリアはとても広大な森林地帯だったりするので。2週間にわたる地道な調査にもかかわらず、全く手掛かりの欠片も得られていないのが実情だ。

 これには参ったが、非常事態の今は棚上げするしかなく。


 しばらく姉妹で、誰がどう頑張るかの議論が熱く交わされていた。祥果さんはその様子を、保護者っぽく優しい眼差しで眺めている。

保護される当事者は、実は祥果さんだと言うのに。


 この珍現象を面白く眺めてた央佳だが、予告されていた訪問者は突然に視界に飛び込んで来た。待望のGMの到来だ、これで事態が好転すれば良いけれど。

 そんな期待を胸に、央佳はGMに歩み寄る。


「こんばんは、何かシステムに不都合があったと報告を受けて来ました。早速ですが、どんな支障が起きたかお聞かせ願えますか?」

「ええっと……まずは契約していない自分の妻が、何故かログインしてまして。しかも上級者用のこの新大陸に、絶対に選択不可能な幻種族で」

「はっ……? いやいや、そんな筈は…………」


 そこからの慇懃な態度のGMの豹変振りは、ある意味見モノだった。恐ろしく狼狽して、どこかシステム管理者的な立場の人と、忙しく通信に勤しんでいる。

 それを見守る央佳と、物凄く暇そうな姉妹達。それぞれベースキャンプ場のお好みの場所で、寛ぎ始めている。三女のアンリのみ、未だに祥果さんに捕まっているけど。

 この子はどうやら、全く人見知りの類いは無い様子。


 ところでこのキャンプ地、割と高価で有名なアイテムの集大成である。『魔除まよけのランタン』で人為的に安全地帯を作り出し、『安寧あんねいの飾り布』がヒール効果を増長してくれる訳だ。

 普通のレベル上げパーティやダンジョン攻略でも、まぁ使えない事もないけれど。一番役に立つのは、こういった高レベルの敵の跋扈する、未開の地の探索である。

 そんな危ない場所に、安らげる安全な場所があるのは精神的にも大きなメリットがある。これを持っている冒険者は多くないけど、欲しがる冒険者は多いだろう。

 央佳もこれを入手するのには、大変苦労した。


「お待たせしました……どうやらこちらの女性に関しては、完全に管理者側の不手際のようで。システム的なエラーだと思うので、時間を貰って調査したいのですが」

「は、はぁ……あと、こちらからGMコールやログアウトが出来なくなってるんですけど?」

「そちらも調査しますが、少々時間が掛かる可能性があります。……取り敢えず始まりの街までワープしますので、追っての調査は後ほど」


 納得は出来なかったけれど、恐らく即座に対応も無理だろうなとの心中の央佳。GMが手際よく、闇系の魔法でワープホールを出現させる。

それを確認して、キャンプ地を畳みに掛かる央佳。


 祥果さんと子供達は、大人しく央佳の側に集合。突然出現した真っ暗な穴に、祥果さんは思いっ切りビビっているけど。手を取って率先してホールに突入すると、素直に付いて来た。

 フィールド切り替えのノイズの後、眼前に広がるのは全く違う風景。



 そこは、始まりの街のホームポイントだった。“光と風の街”フェーソンと言って、文字通り光と風種族を選択した冒険者が、スタート地点に活用する街だ。

 つまりは初期大陸の初心者用に用意された街で、当然ながら滞在者はFランクの冒険者が大半を占める。それだけに活気にあふれる街並みが、一行の周囲に広がっていた。

 どうやら新規参入者も、今も結構な数いるようで何より。


 さて、このゲームのランク制の説明を、少しだけしておこう。冒険初心者は、例外なくFランクからの出発である。つまりは最低ランク、これは初期大陸に存在する王都に到着するまで取れない青葉マークだ。

 王都デビューを果たすと、ランクはEへと1つ上がる。それに加えて各クエをこなしたら、諸々のシステムの恩恵が受けられるようになって来る。

 初心者の殻を破って、冒険者がちょっとだけ強さを実感出来る瞬間だ。


 レベル100を超えると、新大陸へと渡るミッションが受けられるようになる。それをクリアすると、ようやくDランクへと昇進する。ベテラン勢には、このランクもまだまだヒヨコ呼ばわりされるけど。

 次のCランクが、ようやく中堅クラスだろうか。


 このクラスになると、レベル200以上で中央塔と言う施設の使用が可能になる。狩りや冒険で得られるミッションポイントを、宝具や景品に交換出来るようになるのだ。

 交換景品は上物がずらりと並んでいるので、冒険者たちの良いモチベーションである。さらにその上、レベル250~299のカンストはBランクと言う事になっている。

 Bランクは更に次の大陸、尽藻つくもエリアへと進出が可能で。


 そのランクになると、もう中堅どころか上級者と呼んで差し支えない。何しろカンスト猛者だ、それでも更に強くなる道は幾らでも存在するけれど。

 その道に踏み込んだのが、全体数の1割にも満たないAランク以上の冒険者だ。Aランクは、カンスト+宝具級の装備を2つ以上装備しているのが条件となって来る。

 ちなみに新種族スキル所持者も、同じくAランクを指す。


 そこまで登りつめるのは、並大抵の努力では叶わないのは自明の理である。ところが更にその上に、Sランクと言うモノが存在する。これは限定イベントの勝利者と言う、稀な存在の冒険者を指す言葉だ。

 実は桜花は、このクラスに認定されていたりして。


 色々と足りないモノがあると言うのに、何と大仰な呼び方をされてしまっている事かとは央佳の弁。とにかくそんな感じの冒険者ランク、と言う訳で祥果さんはFランクからの出発だ。

 それは当然なのだが、央佳と行動範囲が違い過ぎるのは余り望ましくない。央佳は主要な街には全てワープ拠点を築いていて、これはベテラン冒険者なら当然の事。

 これをしないと、移動だけで何時間も取られてかったるくて仕方が無い。


 子供達はどうやら央佳のオプション扱いのようで、普通にワープにも付いて来てくれる。それは有り難いのだが、付いて来て欲しくない場面にも勝手に同行して来るのだ。

 お陰で最近は、ずっとソロ(+子供4人付き)での狩りに従事している始末。そのせいか、央佳の資産はここ半年でぐっと増えてしまった。さらに得た素材で、合成スキルも急上昇。

 資金面的には、好循環のサイクルに突入している。


 仲間と遊ぶ機会は、以前よりグッと減ってしまったが。これが、家庭を持つと友達と疎遠になるって方式かと、央佳はしみじみ残念に思う。

 そんなしがらみから逃れる為に、遊んでいるゲームの中で遭遇する不条理に。


 ただ、そんな状況の中での現状のハプニング、果たして歓迎すべき事態なのかと央佳は脳内思案。少なくとも、子供達と意思疎通が図れるのは以前には無かった事。

 祥果さんは変に巻き込まれてしまっているが、取り敢えずの安全は確保出来た。街中にいれば、モンスターとの戦闘に巻き込まれる事は絶対に無いのだし。

 とにかく一体どういう法則で、自分達はここにいるのだ???


 混乱する思考を一旦落ちつけようと、央佳の足は自然とレンタル部屋へと向かう。それに大人しく付いて来る祥果さんと子供達。その途中で、ふとレンタル部屋の特性を思い出す。

 ここは無料で利用出来る、冒険初心者にはとても有り難い施設ではあるけれど。信頼度が高い相手じゃないと、連れ込む事は出来ない仕様だったような?

 今の低い信頼度では、祥果さんは入室不可かも。


 その考えに思い至って足を止めた時には、時すでに遅しの状態だった。恐らくレンタル部屋への入り口エリアに、踏み入ったのが発生のトリガーだったのだろう。

 強制イベントがいつの間にか始まっていて、央佳の目の前に数人の男が突然に出現した。その中央の身なりの良い男が、慇懃に央佳に話し掛けて来る。

 手に持つ書状を、こちらに見せびらかすように。





「Sランク冒険者の、桜花おうか様で間違いありませんね? ルノーの街並みの修復代金、8000万ギルの取り立てにやって参りました。

 ――なお、払えない場合は貴殿の財産の差し押さえをさせて頂きますので、ご了承の程を」










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