第41話 召集

「よっ! 久しぶりだなリン」


 ベッドの上で退屈にしながらも、大人しく医務室の天井を見上げていたリン。

 そんなリンの見舞いにと、果物が入ったかごを持ってバトラーは目を覚ましたばかりの相棒のもとへとやって来たのだ。


「やあバトラー ええと……五ヶ月ぶり?」


 ベッドの横に置かれた椅子に腰掛けたバトラーに対し、リンは早速軽口をたたく。


「起きたの昨日だろ だから四日ぶりだよ」


 相変わらずだなといった表情を浮かべ、バトラーはリンの間違いを指摘した。


「うーん なんだかもっと会って無い気がするな〜って」


「紛うこと無き四日ぶりだ──いいな?」


 それ以上は何も言わせないと言わんばかりの威圧感に、リンは黙って首を縦に振るしかなかった。

 そもそも、起きてすぐにピスケスから説明を受けているので知っているのだが。


 なのでそんな空白期間は無い。誰が何と言おうと、この再会は四日ぶりなのである。


「じゃあ見舞いの品はここに置いとくぞ リンゴの皮は……自分で剥いてくれ 面倒だし」


「僕一応怪我人だからね? もう少し労ってもバチは当たらないよ?」


「そんだけ口が回るなら もう少し寝てた方がマシだったかぁ?」


 内心は安堵しているのだが、いざ顔を合わせるとどうにも照れ臭く感じ、バトラーの態度は素っ気なくなっていた。

 更に言えばバトラーは知っているのだ。こういう時下手に心配すると、つけ上がる男なのだと。


「まあ言われなくても安静にしてるさ……昨夜の騒動について聞いた後にね」


「何だよ知らないのか? てっきりアリエスさんに聞いてるのかと」


「今日まだ会ってないんだよね〜夜に一悶着あったのは何となく知ってるけど」


 真夜中に響く筈の無い轟音。リンはすぐに戦いの音だと理解した。


「様子をみようとは思ったんだけどさ 結局分からず仕舞いだったってわけ」


 しかし、身体がいう事をきかなかったのだ。今はこうして強がってみせるリンではあるが、戦いの疲労は完全には癒えていない。


「まあ……隠してるわけじゃねえからいいけどよ」


 どうせすぐに耳にする話であと、今ここでバトラーが説明しても、問題は無かった。


「教えて──何があったの?」


 普段の飄々とした態度から、リンは真剣な眼差しを向けて、バトラーに問い詰める。

 病み上がりだというのに、休んでいればいいというのに、自分から面倒ごとに顔を出す。


(ッたく……物好きなヤツ)


 無茶ばかりするリンを止めれば良いのだが、今までの経験上、上手くいった試しは一度も無い。

 だからバトラーも、"そういうヤツ"なのだと、割り切るしかなかった。


「──城内に肯定派が侵入 騎士一名死亡……んで レグルスさんと交戦の末に逃げられた」


「逃げた? どうやって?」


 九賢者の一人であり、星座の力を宿し、土の魔法と魔獣を操る『獅子座のレグルス』から逃れるなど、普通であれば考えられない。

 仮に逃げられたのだとしても、相当な手傷を負わせられているだろう。


 しかし、事はそう単純な話では無かった。


「相手は……"蠍座"だ」


 今まで姿を見せなかった星座の力を持つ者。その男は『蠍座のスコルピウス』と名乗った。


 二人の戦いに加勢したアリエスとタリウスから逃げおおせたのも、同じ星座の力を持つ者であれば可能だろうと、リンは嫌でも納得するしかなかった。


「どうにも今度の敵は人を"傀儡"にしちまうんだと 騎士の人もそれで殺されたらしい」


「なら侵入方法も?」


「多分騎士を利用したんだろうな それと……"式神"って魔獣みたいなのを使役するらしい」


 呪術を込めた紙を切り、呪いの化身を生み出す呪法。それが式神である。

 自らを"式神使い"と表したスコルピウスは、魔獣使いのレグルスと戦い、力を見せつけるだけ見せつけ、去っていた。


「目的は何だったんだろう?」


「さあてね 一介の兵士であるオレには皆目見当もつきませんよ」


 判断するには情報が少なすぎる。どれだけ予想を立てたところで、相手の思惑を知る術は無い。

 そして何より、判断を下すのはあくまでも上層部である九賢者が決める事だ。


「だからお前が考えたって変わりゃしねーよ お前はただ寝てりゃいいのさ」


「三日も寝てたんだからもう充分だよ」


 強がってみせているが、バトラーにはお見通しである。傷は塞がっていても、リンにはまだ疲労は残っていた。


「お前が無理してもやることねーよ オレら上等兵に昇格して所属も変わった だから暫く仕事は無いってさ」


 休養を言い渡されているリンの様子をみて、改めて新たに所属する事となった『遊撃兵士団』としての仕事が任される。

 今リンに出来る事は、しっかりと休む事だった。


「……ハァ わかったよ 大人しくしてるよ」


「別に引退しても良いんだぞ〜? オレは仕事なんてしたくないんだからなぁ」


「やだね! バトラーはそろそろ腹を括りなよ〜」


 相変わらず兵士を辞めたがるバトラーに対し、頑なにに意思を曲げようとしないリン。常に危険と隣り合わせの職業なのだから、辞めたがるのも無理は無い。


「オレは何度でも言うぞ? だいたいお前の不純な動機が叶うわけが──」


「失礼します! リン君はいますか?」

 

 が、リンには辞められない理由がある。それが今、こうして現れた。


「姫様!? どうしてこちらに……!?」


 突然の来訪者。しかも、予想だにしていなかった人物の現れにより、椅子から飛び上がるようにしてバトラーは立ち上がる。


「まあバトラー様! ごきげよう」


 スカートの裾を掴み、丁寧に頭を下げる女性の名はスピカ。

 この国を治める姫であり、リンが恋をした女性である。


「あああえっと……! ごきげんよう?」


「フフッ! そんなに畏まらなくても大丈夫ですよ?」


(いや無理だろ)


「姫様〜いらっしゃ〜い!」


 立場を考えれば気軽に挨拶など出来るわけがない。だというのにリンは、能天気に緩みきった笑みを浮かべ、手を振りながらスピカを迎え入れていれていた。


「よく来てくれたね! 何かおもてなしを……リンゴ食べる?」


「一応お見舞いされてるんだけどな お前が」


 慣れた手つきで、早速貰ったばかりのリンゴの皮を剥き始めるリン。本来ならリンは剥いてもらうのだが、立場を考えればこれが正しいのだろう。


「そんなに気を遣わないでください 私達は『友達』なんですから」


 そう言ってリンの側まで歩み寄り、リンの手を握る。


「──本当に良かった 生きていてくださって」


 掴んだ手を自らの頬へと運び、スピカは温もりを確かめる。

 確かに生きていると、中々目覚めないリンを心から心配し、ようやく話せた今を噛み締める。


「僕は死なないよ なんてったって 僕ものすごく悪運に恵まれてるからね」


 心配させまいとするリンの優しさを察したのか、スピカは微笑みで返す。


「貴方を助けてくれる運であれば それは決して悪などではありませんよ」


 スピカはリンを救った『幸運』に祝福を贈る。神々の加護を受け、星の力を宿す聖女として、リンの甲へ口づけを落とす。


「"天命の鐘は汝を救う事でしょう"──私の加護を授けました ちょっとしたおまじない・・・・・です」


「……すっごいドキドキする」


 突然の行為に胸の高鳴りが抑えきれず、リンは赤面する顔も隠せない。

 好意を寄せる相手からの口づけだったからというだけでなく、おまじないをかけるスピカの姿が、リンの目には凛々しく魅えたからだ。


「えへへ〜嬉しいな〜」


「私も嬉しいです! 喜んでいただけて!」


(オレいる?)


 この空間に耐えきれなくなり、バトラーは自身の存在理由を自身に問う。

 結論からすれば『いらない』と出た。なので、スピカに挨拶だけしてこの場を去る事にした。


「邪魔するのもアレなんでオレはお暇させていただきますね」


 空気を読んで出ていこう。そう思っての発言だったのだが、意外にもその提案をスピカは断る。


「お気遣い感謝いたしますバトラー様 ですが……私はそろそろ行かなくてはなりませんので」


「もう!?」


 この世の終わりかのような顔でショックを受けるリン。そんなリンを見て、スピカも申し訳なさそうにしていた。


九賢者全員・・・・・に召集命令が・・・・・・下りました・・・・・


 昨夜の一件については勿論の事、今回の召集は緊急を要するものだ。

 敵の目的、手段に思想。謎に包まれていたそれらが、少しずつ明るみになったからである。


 星座を冠する者達の『円卓会議』を始める為に。

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