第40話 我等の名は

 静寂である筈の夜闇は、星座に選ばれし者同士の戦いによって鳴動し、月明かりが二人を照らしだす。

 魔獣を統べる『獅子座のレグルス』と、式神を操る『蠍座のスコルピウス』の戦いは、レグルスが先手を打つ。


「──次は化け蠍か」


 一瞬にして牛頭鬼ゴズキを倒したレグルスの次の視線は、土煙を上げ、地面から這い出た大蠍へと向けられた。


 鋏を掲げ威嚇する蠍に怯む事なく、レグルスは鎖を振り、牽制する。

 鎖を切ろうと鋏を広げた蠍だったが、自慢の鋏も、レグルスの鎖を挟み切るにはまるで足りていない。


 レグルスの狙いは"尻尾"である。何故なら蠍の持つ毒は、鋏よりも脅威だからだ。


「狙い通りだ……っ!」


 理性の無い式神の隙を突くなど造作も無い。不用意に鎖を挟んだ蠍の鋏ごと、レグルスが尾に鎖を巻き付ける。


「フンッ!」


 レグルスは常人離れした怪力を持って、大蠍を宙に浮かせた。

 身動きの取れなくなった蠍は踠き、鎖から逃れようとするが決して逃れる事は出来ない。


 鎖を回し、回転をつけ、勢い良く蠍を地面へと叩きつける。


「流石ですねぇ……敵ながら惚れ惚れしてしまいます」


 衝撃で甲殻は砕け、形を保てなくなった蠍の式神は、元の紙へと姿を変えた。


 この場は再び二人だけとなる。鎖を構え、隙を窺うレグルスと、追い込まれた筈だというのに顔色一つ変えず、その様子をスコルピウスはただ愉快だといった様子で、不敵な笑みを浮かべる。


「ならば軍門に下るか?」


「それとこれとは話が別です」


 心にも無い言葉を贈るレグルスに、スコルピウスは丁重に断りを入れた。


 鎖を回し放たれる。風を切る音が、獲物を捕らえる為に襲いかかった。


「どうやら──"得物"も似ているようですね?」


「……遺憾だがな」


 スコルピウスの手には『鞭』が握られ、直前まで迫っていた鎖をはたき落とされたのだ。


「今宵はたっぷりと……雌雄を決するというのも面白いでしょうね?」


「その前に戦いの音を聞きつけて 仲間が此処に来るだろうがな」


「その心配はいりません」


 懐から石を取り出し、スコルピウスはレグルスに掲げて見せる。

 薄く透き通ったその石から、微かな魔力が感じられた。


「リブラから戴きました リブラの力が込められた『結界晶』というものです」


 レグルスが中庭に踏み入った時点で、結界晶は発動されていた。

 周りからは中庭の様子は普段と変わらない。音も姿も、周りからは一切干渉され無い、"簡易的な結界"である。


「そしてこのように……一度発動すれば用済みです」


 掲げた結果晶を握り潰す。


 役目は終わっていた。発動するのに必要なのであって、維持をするのには関係ないのだ。


「ええ はい なので貴方一人でわたくしの相手をしていただきましょう」


 まるで生きているかの如く、鞭がレグルス目掛けて襲う。


「──丁度良いハンデだろう?」


 お返しとばかりに、レグルスが鞭をはじく。指を鳴らし、新たな魔獣を呼び出す。

 呼び出された鹿の魔獣が、角をスコルピウスに向けて勢い良く駆け出した。


「素敵な時間にしましょうね?」


 術を込めた紙を切る。すると、醜悪な姿をした豚鼻の巨人がレグルスの魔獣の首を掴み、強襲を防ぐ。


 更にスコルピウスは無数の蟲を呼び出す。


「気をつけてくださいね "毒"がありますから」


 穢らわしく地を這う脚の無い蟲が、魔獣の身体に喰らいつく。

 魔獣の全身に毒が回る。力無く倒れ伏し、死体は蟲達の餌食となった。


「気色の悪い奴め」


「可愛いではありませんか?」


 レグルスは相容れぬ嗜好に耳を傾けず、新たに熊と十匹の鷲の魔物を呼び出して対抗する。


「餌の時間だ」


 熊の魔獣は豚鼻オークに向けて放ち、鷲の魔物は蟲を啄むよう差し向ける。

 魔獣と式神という使い魔同士の激しい交戦と、得物を用いた術者同士の戦いが繰り広げられた。


 互いの得物は似ている。


 だが無骨で荒々しく振われる鎖と、鋭く、しなやかに振るわれる鞭は、まるで二人を表すかのように対照的であった。


「丁寧に戦ってはいかがです?」


 鎖をはじくと同時に鞭を絡ませる。得物の主導権を奪い、無理矢理隙を作られた。

 態勢を一瞬だけ崩され、対処しきれてい無い蟲がレグルスへ迫る。


「善処しよう」


 しかし、この程度の事でレグルスが負ける事などありえない。


「『タールシャトルツ』ッ!」


 地面を踏みつける。


 その衝撃は地面を容易く引き裂き、迫る蟲達を狭間に落とし、一網打尽にしてしまうのには充分すぎた。


「これが土の賢者の実力ですか」


「一端にも過ぎんがな」


 そして、鎖へと魔力を集めた。


「獣の王に平伏し……英雄の軌跡を知れ──ッ!」


 地面へと鎖を突き埋め、鎖を伝いこの場全体に魔力が流れ始める。


「"始まりを告げるアンファング 獅子の試練レーベ"ッ!」


 レグルスの放った一撃は複数に分裂し、まるで槍の如く地面から突き出し、的確にスコルピウスと式神を貫く。

 寸前のところでスコルピウスは回避出来たが、オークと蟲達は瞬く間に消滅させてみせたのだ。


「おやおや……こうも呆気なく」


 顔色ひとつ変えず、スコルピウスは攻撃の隙間を縫うようにして鞭で叩き、熊と鷲の魔物を殺していた。


 致命傷は鞭の一撃では無い。もう一つの武器である塗られていた『毒』によるものだ。


「お互い振り出しですね 次はどんな魔物を見せてくれるのでしょうか?」


「いや……お前の負けだ・・・・・・


 レグルスが不敵な笑みを浮かべる。スコルピウスはその顔から、決して虚勢などでは無い、確かな自信から来るものだと理解した。


「どういう事です……?」


「結界を張るのなら 『地中』も貼るべきだったという事だ」


「──まさか……?」


 全てを理解した。


 先程の一撃の本当の狙い。それは、『結界の外』にある。






「フフフッ……夜更かしは良くないですよ?」


 空間が斬り裂かれた・・・・・・・・・。ただ『大鎌』で払っただけで、張られていた結界を破ったのだ。


 まるで死神の鎌を構え、魔力を断つ斬撃を放ったのは、衛生兵団長であり、木の九賢者。


「『牡羊座のアリエス』──参上しました」


 愛らしい顔立ちにウェーブのかかった黒い髪。五尺三寸程の体格には似つかわしくない大鎌を手に、彼女は戦いに参戦したのだ。


「成る程 周りに知らせる為に──」


 そしてスコルピウスの言葉を遮るように、何処からともなく声がする。


「この祈り……月女神へと届けよ──月満ちろ」


 この場に駆けつけたのは一人では無い。声のする方角は、城壁の上より聞こえたものだ。


「示せ我が導! 燦々と眩く星と討てッ!"月の煌めきこそムーンライト女神の寵愛なりアポロウーサ"ッ!」


 月の光を弓に番え、スコルピウス目掛け射ち放つ者が、月明かりを背に姿を現す。

 それは後衛兵士団長であり、火の九賢者。このサンサイドを守護者である。


「『射手座のタリウス』──此処に参上した」


 戦いの音を聞きつけ、二人の賢者がこの場に集う。全てはレグルスの策略であった。


 地面にまでは及んでいなかった結界の盲点を突き、レグルスの放った一撃は地面を伝って中庭の外にも影響を与えたのだ。


「防がれたか」


 不意を突いた一射であったが、対象のスコルピウスの辺りには球体の『黒い影』が包み込み、掻き消されてしまう。


「でも──これで終わりよ」


 アリエスの鎌は『魔力』を断つ。結界と同じく、スコルピウスを包む影の守りを切り裂いた。


【どうやら……時間切れのようですね】


 影は断たれた。が、スコルピウスは生きている。


「私には視えていた・・・・・わよ アナタ自身が『式神』だってね」


 敵陣に単身で乗り込むなど、何か策が無ければあり得ない行動であろう。

 幾ら星の力を持つ者といえど、同じ力を持つ九賢者を相手にするというのは、流石に考えられない。


【ええ はい 私は最初からその場に居なかったのですよ】


 影も消え、声だけが、その場に残った三人の賢者の頭の中に響いている。


【お邪魔しました これで私の挨拶は終わりです……そうですね せっかくです 我々の呼び方を残しておきましょうか?】


 本来であれば九賢者と共に『星賢者ゾディアス』と呼ばれる筈だった者達。

 最早手を取り合う事は無い。お互いの命を懸けた戦いでしか、交差する事は無い。


【熾天使……と名乗りたいところですが やめておきましょう 我々は人間ですから】


「言うではないかスコルピウス? 神を信仰するあまりそこまで至ったか?」


 神の使いである天使。その最上位である『熾天使』に当たると、自分達を語る。


【ですので……ええ はい 神に使える熾天使に代わり 我々は人の頂に立つ者ならば──我らはこう名乗りましょう】


 だからこそ、名乗らない。代わりに名乗るのは、この世界での自分達を表す称号である。


【我等は──『熾天王してんのう』と 神々の時代を望む者と 天使に代わり人を統べる者 それが我等の名と覚えてください】


 傲慢な名乗りを上げ、スコルピウスの気配は消えた。


 蟹座キャンサー天秤座リブラ、そして蠍座スコルピウスはこの日より、熾天王してんのうと呼ばれる事となったのだ。

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