第39話 姿見せし星座
「とても残念ですね 予定が狂ってしまいした せっかく"傀儡"にして差し上げたというのに」
蔑んだ眼で、無惨に飛び散った騎士の死体に対し、男は悪態をつく。
自らが手にかけた騎士を、人として扱っていなかった。間違いなく、傀儡にする前から、何の感情も持っていなかっただろう。
「──どうやって忍び込んだ?」
「ええ はい
厳重に警備されていた城の警備を掻い潜り、『蠍座のスコルピウス』と名乗った男は、レグルスの前に姿を現した。
大胆不敵と評して良いだろう。周りに他の者の気配は無く、たった一人で、敵の拠点で自ら姿を現したのだから。
「何しに来た……? まさか一人でこの国を滅ぼしに来たとでも言うつもりか?」
レグルスの言葉に、スコルピウスは笑みを浮かべる。
まるで見当違いだと、小馬鹿にするかのような笑みは、人の神経を逆撫でするその笑みは、不快にさせるには充分であった。
「いいえ 違いますよ 私……
「何……?」
「キャンサーとリブラ 既に皆様に挨拶を済ませているというのに 私はまだしていません ですので 皆様に 知っておいて欲しかったのです」
今まで影も形も無く、情報が無かった蠍座の存在は不穏分子であった。
だというのに、蠍座を名乗るこの男は、情報アドバンテージを破棄してでも、そんな理由で正体を明かしたスコルピウスに、レグルスは疑念を覚える。
「随分不用意だな? 我々が最も注意していたのが蠍座だったというのに」
「構いませんとも はい 私はただの"
「ならばお前達の目的も知りたいものだな」
伝説肯定派。願いが叶うと云われる伝説を、何故信じ、何を願う為に戦っているのか。
今までで有れば、各々の願望の為だと思われていたが、統率の取れた行動と死をも恐れぬ覚悟は、如何に伝説を信じているといえど、辻褄が合わないのだ。
「ええ はい……
何の躊躇いも無く、スコルピウスは語る。
嬉々とした表情で、己が望みを口にする。
「私の願いは唯一つ──『この世界に神を降ろす』のです」
「何だと……?」
全く予想していなかった答えを聞き、レグルスは困惑した。
ただでさえ伝説という夢物語を鵜呑みにした者達が、『神』という存在の為に戦っていたなど、まるで考えていなかったからだ。
「問いましょう 世界を創造せし神々が 我々人類に奇跡を与えた……それは"何"か?」
「──魔法か?」
「その通りでございます」
神々の贈り物とも呼ばれる『魔法』は、遥か昔に凶暴で血の気の多い『魔族』が、人間を襲っていた。
見かねた神々が、人間が魔族に対抗出来る力として魔法を授けた。それが、魔法の始まりだと伝えられている。
「慈悲深き神々の寵愛を受けた 我々人間は神の子……愛し 愛されなくてはならない」
恍惚と表情を浮かべ、愛おしそうに語るスコルピウス。
だが、その熱が一瞬にして冷めた。
「ですが──今 この世界で神を信仰する者はどれほどいるのでしょうか?」
嫌悪の表情を浮かべ、憎らしいそうにスコルピウスは語り始める。
「魔法を使えぬ者が増えた "機械"というカラクリに手を染める者が増えた 神を信じぬ者が蔓延り
不気味な程に澄んだ金色の瞳を輝かせ、心の底から誇らしげに、再び己が願いを口にする。
「神々の時代をもう一度! 我々は選ばれし者! 神が残した星々の加護を受ける者! 我々『
何故呼ばれなくなったのか。それは招集に応じず、こうして"敵対する者"がいるからだ。
「貴方はそちらにいるべきでは無い 我々は 新たな時代を築きましょう 力ある者として──共に手を取り人類を導きましょう」
レグルスへとスコルピウスは手を差し伸べる。自分達は同胞だと、自らの力を使って、今の時代を終わらせようと提案し、手を取るべきだと。
「──もう少し勧誘の仕方を学ぶんだな 蠍座の男」
「……ほう?」
レグルスの答えは一つだ。
「お前のような胡散臭い者の手を取るとでも? そこまで甘く見られていたとは片腹痛い」
レグルスが指を鳴らすと、地面に魔法陣が描かれ、雌雄二頭の獅子が姿を現す。
眠れる獅子が呼び醒まされた。前線から退き、総兵士団長として軍を任されているが、レグルスもまた、"土の九賢者"と呼ばれる者である。
「俺の"
最初から交渉の余地など無い。
世界の平穏と、
「死んで償え 我が同胞の命に比べれば余りに軽すぎるがな」
腕を掲げ、そしてスコルピウスに向けて振り下ろす。これは、二頭の獅子へ向けての号令である。
号令を受けた獅子が同時に飛びかかる。獣の前に姿を見せた人は、餌に成り下がる定めであろう。
「──ええ はい そうでしたね」
スコルピウスの手には一枚の"紙"が握られていた。
「貴方は獅子座 私は蠍座 分かり合える筈がありません」
紙を天高く放り投げ、禍々しい光が放たれる。
「"英雄に殺されし星座"と英雄を殺した星座"が──分かり合うなど不可能なのですよ!」
飛びかかった獅子がスコルピウスに届く事は無い。
何故なら、放り投げられた紙から現れし"馬頭の巨人"によって、牙と爪が阻まれたからだ。
「貴方が獣使いなら 私は『式神使い』です! 面白い戦いが観れそうですねぇ!」
八尺を越えるであろう馬頭の巨人。丸太の如く太い豪腕を振るい、身の丈に合わない速度で獅子二頭を抑え付け、組み伏せたのだ。
「……ならば」
レグルスが再び指を鳴らすと、新たな魔法陣から魔獣が姿を現す。
加えられた十頭の雌獅子。本来獅子とは、群れで獲物を狩る生き物であり、主体となるのは雌の獅子である。
次々に馬頭の巨人に飛びかかり、肉を喰らい、剥がしていく。
質で劣るのならば数で押し切る。どれだけ力が強くとも、全力で喰らいつく獅子を相手にしてしまえば、たちまち体力を奪われるだろう。
「これで……終わりだ」
数に翻弄され隙を見せた馬頭の巨人を、雄獅子が逃さず首に喰らいつく。
断末魔を上げ、馬頭の巨人は霧散した。
命を持たず、術式によって生み出されたのが『式神』である。
その為残された物は、先程スコルピウスが放り投げた一枚の紙のみであった。
「
新たに取り出した紙から、牛頭の巨人が姿を見せた。
「行きなさい
牛頭鬼は唸り声を上げ、勢い良く獅子の群れに突進する。
捻れた角が獅子の身体を貫く。馬頭鬼が素早さに長けているのなら、牛頭鬼は力に長けていると言えるだろう。
しかし、数で勝るレグルスの獅子の前には、その程度の差では結果は同じである。
「何度やっても同じだぞ?」
「そうでしょうね ですから既に……
突如、地中から巨大な鋏が獅子を捕らえた。
「なっ!?」
「
巨大な鋏と毒を持つ針の尾で、一瞬にしてレグルスの呼び出した獅子の魔物を殺し尽くす。
新たに魔物を呼ぶ時間は与えられない。咄嗟の出来事に反応が遅れ、牛頭鬼が目の前に迫っていた。
「チェックメイト……ですね?」
勝利を確信し、不敵に口元を歪ませたスコルピウスだったが、目の前には違う結果が映し出される。
「──まだ盤上に上がったばかりであろう?」
レグルスは突進を受ける直前に、牛頭鬼の身体を『鎖』が縛り上げ、動きを封じたのだ。
「久方ぶりの出番でな お互い楽しもうではないか?」
不敵な笑みを浮かべ、レグルスは牛頭鬼の首を鎖で捩じ切った。
その強さ、その勇ましさは、正しく"百獣の王"と呼ぶに相応しいだろう。
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