第35話 乱入者

「ハハッ! やっぱり口先だけだなぁビックマウス!? そんなんじゃ勝てねえぞぉ!?」


 周りの機械ごと斬りつけながら、キャンサーはリンを確実に追い込んでいく。カプセルに入っていた魔物は、装置が破壊された事で生命維持が出来ず、そのまま死に果てていた。


「研究してたわりにぞんざいに扱うんだね」


オレじゃあねえからな・・・・・・・・・・ 知らねえよ!」


 装置を起動し、ここにいた魔物全てに襲わせる方法もあっただろう。だが、キャンサーはそれを選ばなかった。


「イキがってる雑魚を殺すのは楽しいからなぁ! 力の差を見せつけて内側からへし折るのは堪んねえぜぇ!」


 だから選ばなかった・・・・・・・・・のだ。戦いに飢えし『鬼人』は、己の欲を満たす為だけに、こうして戦っているのだ。


「……良い趣味してるよ」


 このままでは不味いと考え、後退して距離をとりたいリンだったが、そう簡単に逃れられる筈も無く、キャンサーの執拗な連撃を往なすが精一杯であった。


 リンの剣は兵士に支給されるただの剣ではあるが、バトラーの"強化"は受けている。易々と折られる事は無いが、キャンサーの全力を止めるのなら、砕かれてしまう覚悟も必要だろう。


「耐えるねぇ……良くもってるぜ?」


 たとえ強引であっても強いのは、九賢者と同じく星の力を持つ者である以上当然であった。


(離れられないのに……受けるたびに体力を消耗させられる それに──)


 リンが一番厄介に思えたのは、キャンサーが振るう鋒が二又に裂けた剣。その最も警戒するべき攻撃である"突き"である。


 鋒が裂け、溝になっている部位で相手の剣を挟み込み、捻る。剣では無く、"人の首"を挟めばどうなるのか、容易に想像出来るだろう。


 このキャンサーの剣は、相手の剣を簡単にへし折れる仕組みの武器。長さなどの差異はあるが、所謂"ソードブレイカー"と呼ばれる類であった。


「相棒を逃がす時間稼ぎは充分だろう! 次はお前が逃げる準備か!?」


「それが出来たら苦労しないよ」


 逃げようにも逃げられない。それは、執拗に距離を縮めるからだけでは無い。もう一つ注意しなくてはいけないのは、勢いよく放たれる"水の弾丸"である。


 たとえ距離を離したところで、魔法の射程距離からは逃れられないのだ。


「良く分かってんじゃあねえか!」


 逃げる事は不可能。言われなくとも、リンは考えるまでも無く理解している。


「だから……もっと簡単な方法がある」


「言ってみろ! どうやってこの場を切り抜けるのかを!」


 蹴り付けられ、防ぎきれなかったリンを壁に叩き込みながらキャンサーは答えを訊ねた。


 そんなものある筈が無いと知っている。だからこそ余裕を見せたまま、ただの一般兵が、一体何をするつもりなのかを問いただす。


「お前を──倒す」


 力強く、そうリンは宣言した。


 既にキャンサーの強さを把握しているのにもかかわらず、それがどれだけ無謀な戦いであるかも理解しているのにもかかわらず、リンの言葉は嘘偽り無い決意を示していた。


「……フハハッ! ここまで滑稽だと笑うしかねえな!」


 キャンサーは"嗤い"が込み上げる。これほどまで愚かなのかと、目の前の力無き者を嘲笑う。


「格の違いも分からないとは……フハッ! こうまで阿呆だと気持ちが良い」


 恍惚な表情を浮かべ、キャンサーは獲物を捉える。


 ここまで自惚れた奴を知らないと、正気を疑うほどの間抜けなのかと、キャンサーはリンを殺す事に悦びを見出す。


「──やれるものならやってみな」


 指先から水の弾丸が、高速で放たれた。当たれば身体を貫通してしまうほどの威力を持つ、水の魔法でリンを狙う。


 辛うじて躱し一度距離を取る。簡単に詰められてしまう距離なのだが、キャンサーはあえて魔法で対抗する事を選んだ。


(……ここは嫌だな)


 この狭い空間はリンにとって間違いなく不利である。遮蔽物があるだけまだ隠れられまするが、それ以上に接近戦しか出来ないリンからすれば、寧ろ邪魔に感じていた。


(場所を変える!)


 ただ一つしかない出入り口を目指し、リンは走る。バトラーの時はリン自身が時間を稼いだが、当然今回は一人で出るしか無い。


「逃げんなよ」


 呆れた様子で水の弾丸を放つ。当たれば一溜りもないが、防げさえすれば良い。


「そらぁ!」


 リンはこの瞬間を狙われる事は分かっていた。だからこそ予め近くの机を手に取り、射線上に投げつけたのだ。


「へぇ……? なかなかやるなぁ」


 机程度で防げるのであれば苦労はしない。あくまでも目的は威力を抑える事はである。


 抑えられた水の弾丸は、剣によって薙ぎ払われた。

 リンもただ受けているだけでは終わらない。キャンサーの攻撃を読み、どう対処するかを考えていた。


「じゃあね」


 窮屈な部屋から一足早く抜け出し去っていく。キャンサーも逃すまいと追いかけた。


「──ッ!?」


 部屋を出た直後、待ち伏せをしていたリンが剣を振り下ろす。


 不意打ちであったが、キャンサーは水の膜を張って防ぐ。押し込もうとリンは力を入れるが、流石に破る事は出来なかった。


「随分小狡いじゃねえか?」


「こだわってられないから」


「そりゃそうか!」


 大振りにキャンサーが剣を振るう。急いで離れようとしたが、水の膜が剣を絡めて離さない。


「なっ!?」


「ちょこまか逃げんなって……!」


 リンは咄嗟に剣を離して剣を避けたが、隙を突かれ首を掴まれる。


「グッ……カハッ!」


 いつでも折れるというのに、リンの苦しむ顔を見る為あえて加減していた。


「苦しいそうだなぁ辛そうだなぁ……オレ好み顔になってるぜ?」


 そう言ってリンを遠くへと放り投げる。このまま殺すより、もっと歪んだ表情を見たくなったからだ。


「ゴホッ! ゴホッ!……ッ!」


「ほら立てよ それとも立たせて欲しいのか?」


 キャンサーは歩み寄る。次はどうやって苦しませるか、どうすれば気持ちの良い叫びを上げてくれるのかを考えながら。


 忍び込んだ鼠を追い込む。久しぶりに遊びがいのある玩具であると、キャンサーは苦しませて"愉しむ"のだ。


「さあどうする? 次の一手はあるのか?」


 まだ戦えるのならと剣を投げ返す。戦いに飢え鬼人は、動かない獲物には興味は無い。痛ぶるのであれば、抵抗しないのであれば愉しめない。


「やっぱり……一人じゃ勝てないか」


 力なく立ち上がり、もう戦えないとキャンサーに言う。


「この程度で勝とうとしたなんてなぁ! どんだけ幸せな頭してたんだよ」


「幸せの方が誰でも好きでしょ?」


「……苦しませて殺してやるよ」


 身体を斬りつけ、四肢を斬り離し、最後は苦悶の表情で殺す。キャンサーがリンへ求めるのはそれだけであった。


 最後の抵抗を見せるリン。その表情は笑っていた・・・・・


「お前が素直で良かったよ」


「何だ──ッ!?」


 死角からの一撃で、キャンサーの背中に激痛が走る。腹部から剣が突き抜け、血が溢れていた。


 ここに来るまでに沢山の部屋があった。だから、隠れているのに・・・・・・・うってつけだったのだ。


「流石だね──『バトラー』」


「お前が隙作ったからだよ バーカ」


 一人では勝てない。ならば、"二人で"勝てば良い。


 打ち合わせなど無い。ただリンは、バトラーは一人では絶対に逃げないだろうと知っていて、バトラーはリンを助けるにはどうするかを考えていたというだけの事である。


「窮鼠猫を噛むってね あっ猫じゃなくて蟹だったか」


「雑魚ナメんなって話だぜ」


 キャンサーが二人を侮っていたからこそ、成し遂げられた。


 一人は逃げ、一人は無謀な戦いを挑んだ。その全てに意味があったのだ。






「……何勝った気でいやがんだよ」


「!? バトラー!」


 剣に貫かれながらも、キャンサーはバトラーに剣を振り下ろす。


 気の緩みを狙われ、判断が遅れたバトラーをリンは突き飛ばし、代わりに背中を斬り裂かれてしまった。


「リン!」


 キャンサーは怒りの感情を露わにし、腹部の剣を抜きとる。


「遊んだオレが馬鹿だった! 殺す……跡形も残さず斬り殺す!」


(ああ……ここまでか)


 もう戦えない。これで完全に負けた。打つ手無しであった。






 キャンサーは全身が震え上がる程の魔力を感じた。


 ここにいる二人では無い。この場にはいないもう一人、それも、自分と同じ力・・・・・・を持つ者の気配が、近づいて来ている。


(何処だ……! 一体何処から来やがる──ッ!?)


 ソレは天井を突き破り、雷鳴と共に現れた・・・・・・・・


 顔を含めた全身を黄金の鎧に、迸る雷撃と共に身を包み込み、流れを変えた。


「まさか……お前は!?」


 リン達が合流する筈であった、遊撃兵士団。


 その遊撃兵士団長。"雷の九賢者"『牡牛座のタウロス』である。


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