第33話 拠点の秘密

「"敵拠点への潜入"……ですか? オレらに?」


「そうだ お前ら二人でやってもらいたい」


 これは少し前に遡る話である。


 一度態勢を立て直してから進むか、それともこのまま進むかを議論した結果、進む事が決定した。


 他の兵士が戦う為の準備をしている中、リンとバトラーはピスケスに呼び出され、敵拠点への潜入を命じられたのだ。


「まあいきなりなんてのは出来ないだろうから 最初は一緒に戦いに参加してくれ 潜入は隙を見計らってからだな」


「でもわざわざ戦いの最中に潜入する必要無いんじゃない? 敵を全部倒してから調べれば……」


「あのな……予定していた兵力差のアドバンテージを失った今 何が起こるか分からないんだ "保険"を用意するのは当たり前だろう?」


 敵に先手を打たれた以上、進んだ先では既に迎え撃つ準備が整っている可能性は高かった。


 無論、戦いには勝つつもりでいるのは変わらないが、場合によっては攻め切れず、撤退を選ぶ事もあり得るだろう。


「何の収穫を得られずに帰るのは……正真正銘の完全敗北を意味してる なら少しでも有益な情報を集めておきたい」


「そうは言われてもオレら潜入術なんて知りませんよ?」


「んなもん正面突破で上等だろうが 貰えるもん貰ったらトンズラすれば良いんだよ」


「考えてるようで考えてない!?」


「でも僕らからしたら丁度良い提案じゃない?」


 元々のリンの戦闘能力は高めである。それを考慮すれば戦場での活躍出来る。


 だが、バトラーは現状では平凡な域を出ていない。一応戦えはするが、リンを強化する付与術師エンチャンターだと分かれば、間違いなく狙われてしまうだろう。


「察しが良いな お前らは集団戦に向いてないんだよ だったら周りを気にせず戦える『相棒バディ』だけのほうが都合が良い」


「確かに一理……あるな」


「危険なのは百も承知だが お前らに拒否権は無いぞ? 勝手にオレらの話盗み聴きした罰でもあるからな」


 もっと重い罰を課せられる事も考えられたが、この程度で済んだのは寧ろ優しすぎると言える。


「それ言われると反論出来ないね バトラー?」


「だから首突っ込みたく無かったのに……」


「決まりだな──頼んだぞ」


 リンはその作戦に軽く了承し、不満をたっぷりと含んだため息を吐き、バトラーは渋々了承するのだった。


 




「誰も……居ない?」


 そして作戦通り、なんとか潜入は成功した。言われた通り正面突破であったが、二人の予想としては"その後"の事が気がかりでであった。


「何か拍子抜け……だな? テッキリ『侵入者だ〜! 』なんて言われて追い回されるもんだと」


 周りへの被害を考えず戦えるとはいえ、数で押されたら結局外で白兵戦しているのと変わらない。


 如何にして敵を迎え討つかを考えていたのだが、拠点内に兵士の影は見当たらなかったのだ。


「兵は全部外に回したってこと……かな? だったら調べるだけ調べて外と合流しよう」


「つっても何処から探すかね……? ここ小規模拠点だとは言ってたけど 二人だけで探すとなると骨が折れるぞ」


 敵が潜んでいる事も考えるのなら、手分けして探すのは無謀であろう。なら、二人で同じ場所を手当たり次第探すしかなかった。


「急がば回れってね 言われた通り一つでも多く情報を持って帰ろう」


 ここで焦っても何も得られない。外での戦いはピスケス達に任せ、自分達は言われた事に専念する。


 それを聞いたバトラーは嫌そうな顔をしながらも、リンの意見に賛同した。


「しゃーねえか シラミ潰しに探すかね」


「僕右に曲がったところが怪しいと思うんだよね」


「お前の感なら間違い無いだろうな "左"から行くぞ」


「なんでさ」


 直感は全く信用されず、バトラーは左の通路から進み始め、リンは仕方なく追いかける。


 拠点内の情報は持っていない。そもそも、ここは何の為の『施設』として機能しているのかすら分かってはいないのだ。


「どこが怪しいかってなると……全部?」


「この施設そのものが怪しいよね?」


 探せば探す程に、全ての物が謎めいて見えてしまう二人だった。


「もうこの施設ごと持って帰った方が早いだろ」


 様々な資料らしき紙を見つけては目を通すが、旅人上がりの素人目線では何の事かまでは詳しく分からない。


 ならば片っ端から持って帰ればという考えは、確かに間違いは無いであろう。


「名案だね どうやって持って帰るかを除けばの案だけど」


「それを考えるのはお前に任せる 頼んだぞ」


「残念ながらお手上げだよ」


 軽口を叩いてはいるが、二人は焦っていた。


 外では皆が戦っている。直ぐにでも加勢に入りたいがそれでは意味が無いと分かっている。


「……クールにいこうぜリン 焦りは禁物だって分かってんだろう?」


「もちろんさ 姫様に良いとこみせたいからね」


 一つ、また一つと部屋を開けて調べる作業を繰り返し、この施設がどういった事をしているのかを探っていく。


「ここにあるのって全部"アレ"……だよな?」


「多分ね そして──この先が答えかな?」


 進んだ先の最奥に位置する扉。他の部屋から集めた資料を元にすれば、この先に何があるのかは予想がついていた。


「おいリン これって……?」


研究施設・・・・みたいだね それも『生物』の」


 薄暗い部屋を埋め尽くすのは、この世界では馴染みの薄い『機械』であり、カプセルの中には培養液で満たされ、不気味に蠢く生き物が見える。


 それも、カプセルは一つだけでは無い。寧ろカプセルは無数に配置され、その全ての中に"魔獣"と思われる生き物が入っていたのだ。


「マジかよ……機械っていえばギアズエンパイアの技術だろ? あそこはサンサイドと同盟国じゃ無かったのかよ」


 魔法が当たり前のこの世界で、多くの者が魔力を持たず機械に頼る道を強いられた国。それが機械帝国『ギアズエンパイア』である。


 最近では秩序機関とも呼ばれ、大々的に機械技術を他国に提供を始めていた。そしてこの戦争では、同盟国として武器の提供などをメインに受けている。


 その技術が敵の拠点に存在していた。この光景を見て、バトラーは敵にも技術を売っていたのかと驚いた。


「流石にそれは早計だよバトラー 何も提供者が国とは限らない」


「じゃあ個人だってのか?」


「技術提供をどっちにも流してた……なんて知られたく無いだろ? 調べたらすぐにわかるようなやり方は普通しないよ」


 本当にそのような事実があれば、優先的に隠されるのはべきであろう。


 だがこの施設の守りは外の兵士だけであり、中には誰もいない。それはかなり不自然である。


「それにここの魔獣……外にはいなかったよね?」


「ああ 兵士だけだったな」


「ならここの研究はそこまで進んで無い そもそも小規模拠点だし ここは大して重要じゃないんでしょ」


 この場所を、絶対に守りたいという意志を感じられなかったのだ。


「……なるほど 見てみろリン」


「『人工魔獣』……?」


「どうやら生物兵器ってヤツの研究施設みたいだぜ」


 机に置かれた資料をバトラーは手にし、リンに見せる。書かれた内容は『どうすれば効率良く体内に魔力を送れるか』という、これまでの実験資料であった。


「魔素の集め方……一番魔素を吸収する生き物のデータ……色々書いてるね」


「一番の収穫だな 連中は国の支援を受けられないから魔獣に頼ろうって魂胆か」


「ここの資料は持ち出せるだけ持ち──ッ!?」






 この場に居ない筈のもう一人の存在に、二人は振り向く。


「悪い鼠が二匹……良くないなぁ」


 既に一度会っている。そして、会いたくなかった。


「お前は……!」


 敵の幹部。星に選ばれし『蟹座のキャンサー』である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る