第32話 作戦開始

「──見えたな」


 進軍か、撤退か。最後に選んだのは"進軍"であった。


 予定よりも大幅に遅れての到着。だが、これは終わりでは無く始まりである。


「はっ! ご丁寧に出向いてくれて嬉しいなぁ!」


 ピスケスの眼前には、拠点を守る為に配置された集団がいた。


 向かう途中でリブラとの交戦があった時点で、大方の予想はされていたが、既に敵は準備万端といった様子で待ち構えていたのだ。


 その間に戦力も補充されたのであろう、明らかに情報の三倍以上いる。


(争った形跡は見当たらない……まだ交戦していなかったか それとも早々にやられたか……?)


 先に待機していた遊撃兵士団との連絡がとれない以上、ここに来るまでに何があったかは分からない。


 少なくとも辺りには見当たらない。倒されたのか、或いはまだ隠れているのか。どちらにしろ今は、後者の考えを信じるしか無かった。


 衛生兵を除く、サンサイド兵の数は現在丁度五百。対する相手はおそらく千五百程。確証が無くとも、生きている事を信じたかったのだ。


「さてと……どうか号令を姫様 そして我々に貴方の御加護をお与え下さい」


 覚悟を決め、騎乗したスピカは、兵士達の先頭で力を振るう。


 九賢者で唯一前線に立ち、皆に力を与える光の加護の使い手。


 自らの剣呑と引き換えに、周りを奮い立たせる魔法こそ、スピカかが戦姫、或いは聖女とも呼ばれる由縁である。


「──我らに 神々の寵愛を」


 出来る限りの準備をしてここまで来た。少し離れたところに衛生兵団用の仮拠点も作り、いつでも戦えるよう英気も養った。


 予想外の敵襲により、出撃当初より兵力は落ちてしまったが、ここまで来たからには後には退けない。


「勝利を! 我らが正義を示す時である!」


 高らかに剣を掲げ、皆を鼓舞する。それに呼応し、兵士達は雄叫びを上げながら突撃を始めた。


 どれだけ不利な状況であろうと、戦うからには負ける訳にはいかない。


「いくよバトラー! 付いてこないと死んじゃうよ!」


「そいつはゴメンだぜ! しっかり守れや!」


 兵士として初めての戦場に、身を投じるリンとバトラー。他の兵士達と共に、戦場を駆け抜ける。


「付与術式展開! "強化ブースト"ッ!」


 バトラーがリンの身体能力を向上させる。元々の高い戦闘力に加えての付与魔法は、この戦いにも充分通用した。


「そらっ!」


 味方に当たらないよう配慮しつつ、大振りに剣を振るい、敵を斬り伏せていく。


「危ないだろが一等兵!?」


「当たって無いから許して?」


 配慮しているとはいえ、当事者からすればたまったものではなかった。


 戦場に飛び抜けて強い者がいれば、敵も黙ってはいない。


「術者を狙え! そうすれば弱くなる!」


「ぎゃああああ!? ですよねえぇぇぇ!?」


 狙いがバトラーの方へと向けられ、大量の敵が押し寄せる。この場での付与術師エンチャンターは恰好の的だと言えるだろう。


 リンが駆けつけようにも、行手を阻まれ、近づく事が出来ない。このままでは殺されてしまう。


「させん!」


「ボサッとするな一等兵!」


 だが、ここは一人では無い。


「お前も戦え! 術者だというならオレらもサポートをしてやる!」


「その方が戦いやすそうだしな!」


 激しく入り乱れる混戦状態でありながらも、リンの強さを支えるバトラーを、他の兵士達は守る事を優先したのだ。


(これなら……安心して任せられる)


 何よりも兵士達皆が強かった。それは戦いに慣れた者が多いというだけで無く、"スピカの加護"もあっるからである。


「お前も相方ぐらい一人で守るんだな」


「いっぱい仲間がいてくれるし 頼ってみよかなって」


「即席に頼るんじゃねえ!」


 苦情は後でいくらでも聞けるだろうと今は聞き流し、リンは戦う事に集中する。


(体が軽い……これがスピカの力)


 バトラーの付与魔法に加え、スピカによる光の加護により、通常よりも更に動きに磨きがかかっていた。


 目の前の敵を捌いていく。たとえ九賢者程の実力がなくとも、今のリンは戦場において無類の強さを誇っている。


「もらった!」


 しかし、慣れていない・・・・・・


 実践経験が殆ど無いリンにとって、囲まれながらの戦いに、リン自身の対応が遅れてしまう。


 剣がリンの体を引き裂く。胴体を真っ二つにせんと振るった一撃は直撃した。


「……あっぶねえぞリン」


 体は繋がったままであった。間一髪のところを、バトラーの付与術式"硬化ハード"により防いだのだ。


「サンキュー……バトラー!」


 流石のリンも冷や汗をかいているが、すぐに気持ちを切り替え敵を倒す。


「油断すんなよリン!」


「ごめんごめん やっぱりデビュー戦で活躍は出来ないか」


 死にかけたというのに、余裕のある素振りで戦いを再開する。


 一方のバトラーも守られながらではあるが、最低限戦いに参加して、敵を倒していく。


「いいか?暴れるのは良いがここは温存なんだからな? オレらの役割・・・・・・を忘れんなよ」


「大丈夫忘れてないよ でもそれ……結構難しいよ!」


 押し寄せる敵を倒しつつ、任せられたある『目的』の為に、二人はここで力を出し切る訳にはいかなかった。


 敵の数に対し、リン達の命は当然一つである。ここで散る訳にはいかないが、全力で戦っていては体力が持たない。


「軽口を言えるのなら上等だ! 黙って戦え一等兵共!」


「わかってますよ兵長殿」


「怒んないでよ兵長殿」


「コイツらムカつくな!?」


「オレは普通の反応だったでしょ!?」


 とにかく真面目に戦えとの事なのだが、寧ろ黙って戦うのが慣れない二人。ただでさえ戦い慣れない状況を強いられているというのに、精神的な負担もリン達を襲う。


 無論、他の兵士達も参ってきているのは言うまでもない。


(情報よりも数が多いのはキツい……これじゃあ押されるのも時間の問題かな)


 本来であれば上回っていた兵力差も、たった一人にほぼ壊滅されたのは痛手であった。


 結果、予定よりも遅れての到着だった為、敵が兵力を招集する時間を与えてしまった。それが敵側の狙いだったのだろう。


「ぐわっ!」


「チッ……チクショー……ッ!」


 次第に数を減らされていく。先程まで一緒に戦っていた兵士が倒れ伏すのを見て、リンは力に変えて戦う。


「ハアアアアッ!」


 リンも敵の数を確かに減らしてはいるが限度はある。温存しながらであれ、体力は徐々に奪われていき、当然弱ったところを狙われるであろう。


「耐えろお前達……ッ! 我々は必ず勝てるッ!」


 励ましの言葉をかけられる。追い詰められてた状況であっても、決して諦める事はない。


「──ッ! 総員守備陣形用意ッ!」


 何故なら、切り札が居るのだから。






「……よく耐えた! 残りはオレに任せろぉ!」


 一箇所に集まって陣形を作ったリン達の足元を除き、地面から大量の氷の槍が、敵の体を串刺しにしたのだ。


 一撃で敵を纏めて葬った。たとえ圧されていようと、こうなる事を知っていた・・・・・からこそ皆が戦えた。


「それ出来るなら最初からすればよかったんじゃ……?」


 ピスケスの放った一撃を見て、バトラーは言う。


 広範囲に及ぶ氷の魔法。残りの敵全てを一斉に屠れるのなら、自分達が戦う必要は無かったのではないかと。


「こんだけやるのには溜めが必要なんだよ」


 魔法を放つまでの間はスピカの護衛に徹し、魔力を溜め終えた後は放つ機会を窺っていた。


 ここに来るまでに魔力を消耗させられていた事もあり、ギリギリまで数を減らして貰う必要があったからだ。


「とにかくこれで『勝った』……ってことで良いの?」


「いいや……歓声をあげるのは後回しだ」


 予想はされていた。が、誰もが当たる事を望んでいなかった。


 ピスケスが指を指した方角から増援がやってくる。当然、仲間などではない・・・・・・・・


「こっからが本番だ オレも混ざるがもう大した魔法は使えない……白兵戦準備」


 既に兵士達の数は二百を切っている。対して現れた敵の増援は約倍、ピスケスがいるとはいえ苦しいものである。


「リン バトラー……お前らは作戦だ」


 だが、リン達が言われていた作戦を実行するには、今が絶好の機会であった。


「良いの?」


 作戦実行するには、この場から離れなくてはならない。


 ただでさえ劣勢だというのに、戦力を割いて良いのかと、リンは聞いた。


「オレが出て負ける訳ねーだろ 良いから行け」


 その言葉を聞くと、二人は走り出す。


 リン達が任せられた作戦。それは、敵拠点への『潜入』である。

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