第30話 進むべきか退くべきか
「──私は賛同し兼ねます」
一夜明ければ陽はいつものように登り、世界を照らす光を放つ。
しかし兵士達の顔は暗く、曇りを隠しきれていない。状況は深刻であり、既に精神的に参っている者が殆どだからだ。
「私も反対よ 相手が私達と同じ"星の力を持つ者"だったとはいえ たった一人に部隊はほぼ壊滅……悔しいけど撤退するべきだわ」
作戦を練り直す為に、建てられたテントの中で三人の賢者がテーブルを囲って話し合う。それは、このまま"戦うのか"というものである。
サンサイドの戦姫、聖女とも呼ばれるスピカ。そして衛生兵士団長アリエスの二人は、今の戦力で進む事には反対であった。
「ここは進むべきだ」
だが二人の意見に対し、譲らない者がいた。
「確かに二千もの兵士がやられた……だが残り五百の兵士は敵の数と互角なんだ だったらこのまま進んで戦うべきだ」
前衛兵士団長であるピスケスは、このまま攻め込む事を進言したのだ。
「兵士を喪った貴方のお気持ちは理解しております……ですが 今のままでは敵の思惑通りではありませんか?」
「いいえ違いますよ姫様 オレは冷静に 客観的に考えた結果"戦うべき"だと判断したんです」
部下を殺された心中を察し、スピカはピスケスに考え直すように諭すが、そうではないのだと言う。
「戦力の低下は大きな痛手ではありましたが今は互角 現地の遊撃兵士団と合流すればまだ上回れます」
「だとしても七百よ 上回ったて言うには不安が残るわ」
当初の予定からは大きく下回る。確かに数では勝るが、圧倒的な差では無かった。
戦うからには当然、勝利しなければならない。その為に敵を上回る兵力を用意し、戦いに備えていたのだから。
「予定には無かったが仕方が無い──オレも出る」
兵士達の指揮を取る者として、前線に出る事は控えていたが、必ず勝つ為には自分自身も出るとピスケスは言った。
「それこそ私は反対ですよピスケスさん 傷は無いですけど魔力の大半を失ってるんです 衛生兵士団長としては見過ごせません」
「雑兵程度なら直ぐに片付くさ」
賢者の手にかかれば確かに容易いであろう。
規格外の力を有するピスケスの力で一掃してしまえば、全ては片付くのだから。
「それこそ……敵の思う壺ではありませんか?」
冷静に、スピカは重大な欠点を指摘する。
それだけの力を持っていながら、自らがスピカを除く賢者達が前線に出ない理由は、相手にも
「既に消耗した貴方が 敵の殲滅を単独で行ったとしても そこを狙われてしまえば確実に"負ける"でしょう」
「……言いますねぇ」
「これは事実です 貴方が敗北し……敵の手に貴方の力が渡ってしまえば 我々は勝ちの目を失うのですから」
星の力を持つ者同士の戦いは、"敗者の力を勝者が奪える"のだ。それだけは絶対に防がなくてはない。
だからこそスピカは撤退する事を選ぶ。生きて帰還する事こそ、最も重要だからだ。
「その点に関しては問題無いんじゃないですか? 遊撃兵士団と合流すれば
「残念なお知らせよピスケスさん──それは
「……どういう事だアリエス?」
不穏な答えに、空気が一変する。
アリエスもまた、不安そうな顔で答えた。
「"連絡がつかない"の 遊撃兵士団と……おそらく通信阻害の魔法だと思うわ」
合流するにあたり、当然現地との連絡をとりながらの作戦であった。
攻め込むタイミングや、敵が現在どのようにしているかの連絡を随時していたが、リブラが現れた途端に通信が出来なくなったのだ。
「……なるほどなぁ 頭にくるぜ」
「敵の方が数段上手だったのです 今回ばかりは撤退も止むなしかと──」
「だったら尚更行く必要があるんじゃないですか?」
それでも引き下がる事無く、ピスケスは意見を変えない。
「この状況で撤退するって事は遊撃兵士団を見捨てるに等しいのではいないですか?」
「ピスケスさん 言い方に気をつけてください」
「事実を言ってる それにオレ達サンサイド一国だけで戦ってるわけじゃあない 同盟国との信用があるからこそ今まで戦ってきたんだからな」
此処で敗退したとなれば、今回参加させた自国の兵士達の死を無駄にすると言う事である。
三人の賢者が付いていながら、たった一人に殺されたとなれば言い逃れは出来ない。
「命を繋げれば確かに次はあるでしょう……ですが国同士はそうはいかないんです」
「それは……」
「この戦の指揮責任者は貴方です 姫様──ご決断を」
ピスケスは全てを見据えていた。現状の立場も、これから先起こりうる可能性も。
多くの部下を喪ったとしても、冷徹に徹する心を持つ。それが氷の九賢者『魚座のピスケス』であった。
「──私に良い考えがあるの〜」
長い沈黙が続き、膠着状態となっていると、突然アリエスは妙案を思いついた言い出す。
「それは良い 是非聞きたい」
重苦しい空気に耐えられなくなったのか、口調がオフモードの時になったアリエスの意見を、望み薄ではあるがピスケスは耳を傾けてみる事にした。
アリエスはテーブルから離れ、テントの出入り口であるパネルの前へと行き、そしてめくった。
「この子達にも訊いてみるの〜」
「あっ」
聴き耳を立てて盗み聴くという、一般兵としてあるまじき無礼者がそこいた。
「やっぱ……バレてた?」
リンとバトラーである。
「すんません! リンのヤツがどうしてもって聞かなかくって……!」
「でもバトラーも一緒に盗み聴きしてたんだから五十歩百歩でしょ?」
「余計なことは言うな」
「お前ら……本来なら厳罰だぞ」
部下の不躾な態度にため息をつくピスケスと、予想していなかった来客に目を丸くするスピカ。
「お身体はもう大丈夫なのですか?」
「うん 元々怪我はしてないしね」
「コイツ頑丈さは取り柄なんで」
「さて本題よ 話を盗み聴いていたのなら何の事か解るわよね?」
場は少しだけ和やかになるが、二人を招き入れたアリエスはその事に言及する。
「一般兵代表として貴方達の意見を聴かせて 参考になると思うから」
「オレは断固撤退派です」
「それは前からでしょ?」
即座に問いに答えたバトラーだったが、即座に反論が相棒から返ってきた。
「そりゃそうだけどさ……
仲間の兵士達が『天秤座のリブラ』に挑み、無惨に散って逝く姿が、二人の瞳に焼き付いてる。
無情に、残酷に、光に引き裂かれてる光景がである。
「あんなの二度とごめんですからね 正直今すぐ逃げ出したい気分ですよ」
「では……お前の意見も聴こうか リン?」
先ずはバトラーの撤退に一票が入った。この時点で多数決ならば覆らないのだが、ピスケスはリンにも訊ねた。
「僕は──いついかなる時も姫様と共に」
「ならお前も撤退か?」
「でも決めるのは早計でしょ?」
スピカは撤退を進言し、リンはスピカの意見に賛同すると言った。
「そもそも僕達に訊くのが間違ってるよ 僕ら不真面目代表なんだから 他の兵士達の方がよっぽど有意義な答えを持ってるって」
自らの答えでは不充分であると言う。自分達が一般兵代表としては荷が重すぎるからと。
「なので無礼を承知でご提案を申し上げます……姫様のお時間をお借りしても?」
「え……?」
そう言って自らの手をスピカに差し出すリン。訳もわからないままスピカがリンの手に置くと、リンは強く引き寄せた。
「
「えぇ!?」
スピカは文字通り、お姫様だっこされてしまう。
「それじゃあちょっとお借りしますね! 少し時間かかるかもだけど気にしないで!」
「待て 誰が許可して……!」
半ば強引ともいえるやり方に、反論がする余地も無くテントから駆け出していった二人を、残された三人は唖然と見送るはめとなる。
「行っちゃったわね」
「まったく……何考えてんだ」
「──きっとリンは 答えを待ってますよ」
バトラーは言う。無茶苦茶に見えていても、決して無駄な事をしないヤツであると。
「アイツ頑固で不器用ですから 遠回しなやり方になっちゃうでしょうね」
言えなかった答えを伝える為に、リンはこんなやり方をしたのだろうと、バトラーは信じていた。
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