第29話 魚座と天秤座
「よく耐えたぜ 勲章もんだよ」
「ハハハッ……どうせなら姫様とのデート券が欲しいよ」
「バトラーと一緒に離れてな──後は任せろ」
多くの兵士が倒される中、限界まで時間を稼いだリンに、ピスケスは労いの言葉をかける。
「姫様はアリエスと一緒に救命をお願いします 一人でも多く……助けてください」
「分かりました……貴方の御武運を祈っております」
微かな望みをスピカに託し、ピスケスは一人戦う為に武器を取った。
空に描いた魔法陣から氷の槌を呼び出す。それは敵を叩き潰す事に特化した巨大な槌である。
「よくも"結界"なんて張りやがったな……壊すのに苦労したじゃあねえか」
凍てつく程に冷たい闘気を纏い、ピスケスはリブラと相対し、鋭く睨みつける。
ここに来るのが遅れてしまったのは、リブラが展開していた結界により、一部の者達は断絶されてしまっていたからだった。
「魚座は"氷の九賢者"……だったかな? 流石の魔力 星座に選ばれし者よなぁ」
不気味な雰囲気を纏うリブラに、怯む事なく応える。
「テメェを見る限りは……天秤座だな? 残念だよ 仲間だったら頼もしかったろうに」
目に映る惨状が、その可能性を零にする。多くの部下を殺したリブラを、ピスケスは決して許しはしない。
瞳はリブラを捉えている。絶対に逃しはしないと、獲物を追う"鮫"の如く、容赦無く殺すと決めていた。
「問答は不要か……ならば応えようぞ 妾はお前の力を計りたい」
ピスケスの武器である槌は、本来であれば実戦向きではない。
何故なら剣と違い重心が先端に集中している槌は、どうしても振るう速度が落ちるからだ。
軽量化した棍棒状の"メイス"と呼ばれる物であればその限りではないが、ピスケスが扱う得物は両手でしか扱えない"ハンマー"であり、ただ持っているだけでも相当の力を有する。
破壊力こそ折り紙付きではあるが、白兵戦を主とする前衛兵としては向かない武器であった。
「──いくぞ」
だが"ピスケスには関係無い"。一瞬にしてリブラの間合いへと入り込む。
重さなど気にも止めず、それどころか軽々と片手で振るう。まるで、拾ってきた木の棒でも振るかのように叩きつけられた。
「……ほう?」
身を守る為展開していた障壁を、一瞬にして砕かれる。
易々と砕かれるような柔な魔法ではなかった。しかし、圧倒的力の前に捩じ伏せられたのだ。
「ぶっ殺す それがテメェに殺された部下共に対して弔いになりそうだからな」
見た目からは想像の出来ない程の剛腕。これこそが、常人を遥かに凌駕した身体能力を持つ"九賢者"と呼ばれるまでになった実力者の力である。
「オレを秤にかけようなんざ……何乗せても無理なんだよぉ!」
リブラは容赦無く叩き込まれた槌を、寸前のところで躱して牽制の為に光弾を放つ。
地面へと槌を振るうと、氷の壁がせり上がり盾となる。そして自ら呼び出した氷の壁をリブラめがけて吹き飛ばす。
「随分強引であるな? 其方の戦い方というものは」
牽制の時よりも数段大きな光弾を放って相殺させる。
砕いた氷の壁の先にピスケスの姿は無い。攻撃に気を取られている隙を突き、視界から消えたのだ。
「──上か」
瞬時に居場所を突き止める。間合いを詰める際に見せたの速さを速さでは、リブラ側に回り込む事は不可能だと判断した。
ならどこに消えたのか。考えられる選択肢とし、最も攻撃にするに適した場所は"空中"である。
「『アイス・ブラスト』ッ!」
無数の氷の刃が降り注ぐ。
先程までの力技では無く、物量による攻めに転じてリブラを討つ。
「『ライト・ウェーブ』」
杖を地面に突き立て光の波を起こし、全ての氷の刃を洗い流す。
ピスケスが繰り出した氷の壁の応用。守るだけで無くそのまま攻撃に繋げる方法で、反撃されてしまった。
「チッ!」
咄嗟に簡易的な氷の壁で防ぐが、お返しとばかりに光弾を連射されてしまう。
「真似してんじゃあ……ねえよ!」
弾幕を掻い潜りながら距離を詰める。あと一歩といったところでリブラは杖をピスケスへ払った。
「妾はただ其方の戦い方を評価しただけだ 力技と思わせて繊細に物事を把握しているのだな」
「テメェは案外……パワーもあんだな」
杖をはじき返そうと槌をぶつけたのだが、拮抗してそれ以上押し込めない。
力の正体は杖に流し込まれた魔力である。伝わる筈だった衝撃を分散させ、互角の力にまで抑え込まれているのだ。
「テメェはなんで肯定派に付いた? 殺し合いしてまで叶えたい願いでもあんのかよ?」
「
「なんだと!?」
接近戦を一旦やめて距離を取る。今のままでは意味が無いと判断したからだった。
そしてなにより、問わなくてはいけない事が出来たからだ。
「おかしいだろうが! お前ら伝説肯定派は願いの叶う伝説を信じて戦ってんだろうがよ!」
「そうだ
「じゃあ何だってテメェには願いが無いだよ!」
「妾が"天秤座"であるからだ」
己が選ばれし力が天秤座だからだと、リブラは告げる。
「妾は裁定者 天秤を掲げ 公正なる判断を下す者 お前達『星座の力の均衡を保つ者』である」
「均衡を……保つだぁ?」
どういう意味なのかとピスケスが理解出来ないでいると、リブラは続けて話す。
「簡単な事だ お前達星座の力を持つ"九人"が伝説を否定した──だが他の者は肯定した それでは数が均等に分かれていないであろう?」
黄道十二宮の星座を司る者達の意見が対立した。なら、天秤座がどちらに付くのかは決まっていたのだ。
「妾に願いは無い だが"役目"が有る それだけの事」
「……自分の意思も無いのに オレの部下を殺したのか」
許せる筈など無かった。死屍累々のこの光景の理由が、そんな事が理由で行われた惨劇だったのかと、ピスケスは震える声でリブラに問う。
「この先の否定派は五百だ
「くだらねえ理由で! 人の命を踏み躙るなぁ!」
込み上げた怒りピスケスを奮い立たせる。
激しい怒りに反し、周囲の気温が急激に下がっていく。それはピスケスの魔力が、この場を"絶対零度'の世界へと染めているかだった。
「心が乱れているぞ? 常に冷静さ維持する事が戦の基本ではないか?」
「生憎と冷静だよ……怒れば怒るほど頭が冴えるんでな」
その言葉に嘘はなかった。
恐ろしいほどに冷たく、感情は落ち着いていた。
「お前を生かしてはおけない──絶対にな」
槌を構える。
周囲に魔力が集まっていく。この構えは、氷の九賢者である『魚座のピスケス』が放つ奥義の発動の為である。
「我が魔力を供物とし 美と戦を司る女神の力を得る──ッ!」
放てば最後、辺り一面を氷が埋め尽くす。
「"
地面を穿ち現れる氷山。空中に描かれた魔法陣から飛来させた巨大な氷の槌が、逃げ場を塞ぎ押し潰す。
それはまるで"牙"の如く、上下から敵を喰らうのだ。
「……ちっ」
完全にリブラを捉えていた。逃げ場は無く、受けるしかなかった。
「見事であったな 今ので殆どの魔力を使ってしまった」
なら何故、"リブラは生きている"のか。それは、先程と同じくように
(認識が甘かった……まさか分散の力がここまで耐えられるなんてな)
必ず殺すという思いで放った奥義を、こうもあっさりと逸らされるとは予想出来なかったのだ。
「言ったであろう? 妾の魔力は殆ど残っていない ここは引き分けとしようではないか」
表情から読み取ったのか、リブラはピスケスの考えている事を察し、そう提案した。
「お互い引き際であろう? それに妾の目的は果たせている これ以上の戦闘は無意味だ」
リブラの身体が透けていく。この場から去る為に転移しようとしているのだ。
「待ちやがれ……っ!」
「この先に進むか それとも撤退するか──よく考えて進むのだな」
そう言い残し姿を晦ます。
「……クソッ!」
部隊の大半を失い怒りをぶつけるべき相手はいない。
そこに残ったのは、虚しさだけであった。
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