第28話 裁定者

 その光景に、誰もが恐怖から息を呑み、背筋を凍らせた。


「──他愛無し」


 その女は敵であった・・・・・・・・・


 たった一人であるにも関わらず、怯む事なく杖を掲げる。


 圧倒的な数の前に一人で敵う筈は無いと、誰もが勝利を確信していた。

 それは火を見るよりも明らかであり、覆されない事実であろう。


 唯一違うのはその女に──"絶対に勝てない"という事だけである。


「力量も計れぬ者達ばかりであるか……哀れよのう」


 一人その場に立ち尽くし、屍の山を築くあまりにも異様な光景は、兵士達の戦意を削ぎ落とす。


「何が……起きてるんだよ……?」


 理解が追いつく事はなく、訳もわからないまま殺される。


「この……化け物めぇ!」


 果敢に攻める者もまた等しく、平等に命を奪う。

 顔色一つ変える事なく、女は淡々と蹂躙を行う。


「好きなだけ嘆くが良い 好きなだけ挑むが良い……妾はお前達の命を『計る者』 死を平等に与えようぞ」


 無数に浮かぶ魔法陣から光が放たれ、無惨にも兵士達を貫いていく。


 抗う暇すら与えずに、ただひたすらに、力の差を思い知らさせるのだ。


「痛みもしよう 苦しみもしよう だが──それは"皆同じである" 誰もが知る一時の感情に過ぎぬのだから」


 闇夜に絶望の光を灯し、瞬く間に命の燈を奪い去る。


 辺り一面を死体が埋め尽くす。十から百、そして千二千と、刹那の間に殺し尽くしたのだ。


「──勇敢なる者よ 蛮勇の者よ 其方にもまた……例外無く死は訪れるのだ」


 蹂躙し尽くし静まり返るその場で、背後から感じた気配に女は言う。


「──バレてたか」


 攻撃から逃れ、背後から不意を突けば或いはとリンは考えていたが、それが叶う事は無かった。


「女の娘には手加減したいんだけど……そもそもこんなの見せられちゃ出来るわけないよね?」


 それは強さを見せつけられたからではない。戦場に立つ事なく散っていった兵士達を見て、リンは怒りを露わにする。


「バトラー 補助魔法は出来るだけ強くお願い そうでなきゃ一瞬で殺される」


 真正面から戦う覚悟を決めて、相棒のバトラーにサポートを任せるが、帰ってくる答えは否定であった。


「やめろリン……コイツは桁違いだ ピスケスさんを呼びに行こう」


「もう誰かが行ってるだろうし 流石に騒ぎは耳に入ってるでしょ……だから僕達が足止めしなきゃだよ」


 力の差は歴然。逃げる事を考えるべきであるが、到底逃げられる筈などない。


 ならばここで、誰かが戦わなくてはならない。ただその順番がリンに回ってきただけなのだ。


「隠れててバトラー……殺されるよ」


「──ッ!」


 本音をぶつけたい気持ちを必死に堪え、バトラーは補助に専念し身を隠す。それが最善であると理解したからだ。


 だからこそ。バトラーはなんとしてもリンを死なせない為に、全力で魔力を流し込むと決意する。


「自らの命より他者を気にかける……か 其方の"秤"はあらぬ方に傾いているな」


「理解できないかい? 僕にとってはそれだけの価値があるってだけなんだけど」


「安心しろ 其方の在り方は"善なる者"の在り方だ 誇りに思え」


 女は杖をリンに向ける。言葉ではそう言っているが、何の感情も伝わりはしない。


 生気を感じさせないその瞳は、まるで"深淵を覗き込むかのような瞳"である。何者も捉えていないにも関わらず、根底の"何か"を睨みつけながら、女は云い放つ。


「残念だ 其方のような志を持つ者の命を奪う事が 妾は残念でならない」


 その言葉が偽りであるか真実であるのか、リンには何も伝わりはしなかったが、"絶対に譲れない"決意があった。


「──今僕達は戦争をしてるんだ だから殺す覚悟も殺される覚悟もできてるつもりさ」


 この世界では殺し殺されるなど日常茶飯事であり、兵士になる前から何度も経験してきた。


 特に戦争が始まってからはそうなる機会は一層増えた。願いを叶えたいが為に戦う者たちに善悪など無く、ただの殺し合いでしかないとリンは理解している。


「だけど僕は必ず"敬意を払う" 命を賭してでも叶えたい願いがある者に敬意を表して なによりも……"己を奮い立たせる為に"」


 決意を鈍らせない為に、自分が相手の決意に呑まれ無い為に。


 そしてなによりも、願いが叶うと云われ、自分自身が傲慢な欲望に呑まれない為にである。


「皆……"死にたい"訳じゃないんだよ」


 目の前に広がる血溜まりは、先程まで生きていた人達の骸の山から流れ出た血河。無常にも、共に戦う筈だった戦士達の墓標に成り果てた。


「お前が殺した人達は己が願いよりも 護りたい人達の為に剣を取ったんだ──絶対に許さない」


 志すら果たせずに、散っていった者達の為に、握られた剣に力が込められる。


「ここでお前を倒さない選択肢は──有りはしないっ!」


 身体にかかる負担など気にも止めず、倒さなくてはならない存在を斬る為に振り下ろす。


「儚く散るか不様に散るか……どちらであれ"死"は平等である」


 残酷な現実を目の当たりにする。


 剣は届かない。光の壁が行手を阻むからだ。


「この『天秤座のリブラ』が 其方を調定しよう 強き者であれ弱き者であれ 妾の天秤は正しさを示すだろう」


 空に描かれた魔法陣から、無数の光の矢が降り注ぐ。咄嗟に反応出来たが、数が多すぎる。


(全ては躱せ無い……なら!)


 被弾覚悟の突撃。バトラーの補助で身体は硬化し、痛みを和らげているおかげで多少の無理は効く。


 だが結果は変わらない。ただの剣では、魔法の壁を打ち砕いてはくれないからだ。


「抗うか 無駄な足掻きと知りながら 手を伸ばす事を諦めぬか」


 硬化した身体すら貫かれ、窮地に追いやられる。痛みは無く致命傷ではないとはいえ、リンを無力化させるには充分であろう。


「遺志を継ぎ戦いし者よ 安らかに眠れ 其方の正義は確と見た」


「勝手に……終わらせないでよ」


「何……?」


 この状況下であっても、少しも揺らぐ事の無い覚悟の瞳を耀かせ、高らかに"相棒バトラー"に言い放つ。


「今だバトラー! "爆裂バースト"ッ!」


 その言葉に応え、付与術式をリンの剣へ編み込む。すると剣は勢い良く爆発し、光の壁を砕いてみせた。


「──ほう?」


 天と地ほどの差があるというのに、信念と覚悟の力で、リブラの守りを砕いたのだ。


「驚いたぞ 妾は侮りすぎていたか」


 だが次の一手まで繋げられない。


 爆裂バーストの衝撃は、元々負担のかかっていた身体に新たな負担が急激に加わった事で、リンの体力は限界を超えた。


「くっ……!」


 好機をものに出来ず、なす術なく吹き飛ばされてしまう。


 そんなリンを見て、リブラは言った。


「秤は其方を受け入れよう 妾の力 その身に受けよ」


 その資格があると、リブラは奥義を放つ。


「天秤は汝の罪を計ろう──神に罪を雪ぎ赦しを乞え」


 杖の先端は天秤を表している。そして詠唱によって先端に魔力が集められていく。


 眩い光がリンを包み込む。


 決して優しき光などでは無く、絶望へと誘う破滅の光がである。


「"人の業に裁きジャッジの慈悲を与えメント 女神は正義を謳うアストレア"ッ!」


 防御不能回避不能の絶対攻撃がリンを襲う。


 光が発した熱量で焼き尽くす。天秤にかけられたが最後、逃げ場など存在しないのだ。





「──ここで来たか・・・・・・


 だが、リンは"生きている"。


 本来であればリンには耐えられない一撃であった。しかし、ここには"最強の賢者"がいる事を忘れてはならなかった。


「良かった……生きていてくれて」


「……あ〜あ 守るって言ったのは僕なのになぁ」


 涙を浮かべる想い人が目に映る。そして、自分達の団長の姿もまた、そこにいる。


「遅くなりすぎたな……その分暴れてやっからよ」


 静かに闘志を研ぎ澄ますのは、リン達の団長である氷の九賢者であった。


「──名を聞こうか?」


「『魚座のピスケス』だ……テメェをぶっ殺しに来た」


 問答無用で叩き潰す。それが、間に合わなかった部下達へのせめてもの手向けであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る