第15話 望み
「こうして二人だけでお話しするのは初めてですね」
庭園へと連れられ、スピカと共に植えられた花々を眺めてていた。
「ずっと……君と話をしたかったんだ」
恋をした女性が、今目の前に居る。
その光景を愛おしく思う。この時間が、ずっと続けば良いのにと。
「リン様の御活躍は存じております それに九賢者の方々も貴方に期待しているとも」
医務室にバトラーを残し、二人っきりで話をする事となった。
胸が高鳴る。頭の中で何を言おうかと一生懸命考える。
「期待に応えられた様で光栄です姫様」
上手く返せたのか不安だが、姫様に良いところを見せられた事は素直に嬉しい。
姫様の計らいで、お試しとして今は巡回兵として働いていたが、早速成果を出せた。
少しは近づく事ができただろうか。庶民の自分と一国のお姫様とでは釣り合わない事は分かってる。
「……おかしいなぁ 次逢う時は色々話そうと思ってたんだけど」
次の言葉が思いつかない。何故なら今、この瞬間だけで満足してしまってるからだ。
「ごめんね姫様 退屈させない話題を考えてたんだけど上手くまとめられなかった」
「私こそごめんなさい 突然呼び出したりなんてしてしまって」
謝らせてしまったと後悔する。そんな顔させるつもりではなかったのに、つくづく自分の不器用さに腹が立つ。
「──どうしても貴方とお話をしてみたかったの」
「僕と?」
「助けてもらったのに何もしてあげられていないから……ずっと考えてて」
「その言葉をいただけただけで幸せですよ 一介の旅人のことを覚えてくださったなんて」
嘘はなかった。本当に嬉しかった。
姫として務め、この世界で起きてる戦争を止める為奔走する日々を送る中で、忘れずにいてくれたのだから。
「この国には慣れましたか?」
「もちろん 巡回のおかげで街のことを知れましたから」
一ヶ月だけではあるが、街の人達と触れ合えた。
とても平和だった。暖かな人々と触れ合えてとても幸せだったと思う。
「……だからこそ次は無いですよ」
今までここ太陽都市サンサイドの中へ、敵が侵入する事は無かったと言っていた。
被害は抑える事は出来たものの、犠牲を出した事は許せない。
「私は思うのです……"何故彼らは戦うのか"を」
彼らとは敵の事、"伝説肯定派"の事だ。
肯定派は『どんな願いも叶える』という御伽話を信じている。あるのかどうかも分からないというのに。
「彼らには"望み"があるのだと 誰かを手にかけたとしてでも叶えたい望みが」
元々は各地で小規模な争い程度であった戦いも、今では立派な"戦争"にまで発展してしまった。
だが、その根本にあるのは『望み』である。
「私達が戦うのは正しい……けれど"もっと良い方法"があるのではと思うのです」
どんなに言い聞かせても、戦う度に押し寄せる罪悪感。優しいからこそ考えてしまうのだろう。
命をかけてでも叶えたい望みがある人達を、自分達は止めるべきなのだろうかと。
「……今回の騒動で分かった事があります」
肯定派にはそれぞれの望みがある。それは間違いない。
だが"捕まるぐらいなら死を選ぶ"といった精神は明らかに矛盾している。それでは望みは叶えられないからだ。
「敵はただ盲信的に信じている訳ではなく"確証"を持って戦っているということです」
そうでなければ辻褄が合わない。
外部に漏れてはいけない情報。それは『伝説は真実』であるという事以外に考えられないからだ。
「そんな……まさか!?」
「存在しない説明よりも有ることの説明をした方が遥かに簡単ですから……真偽は定かではありませんが」
望みが叶うと知っているからこそ、死ぬ事も厭わないのだ。
伝説とは物なのか場所なのか、それとも人なのかまでは分からない。
けれど肯定派は知っている。だからこの戦いには意味がある筈だと考えた。
「でもこの推論自体に残念ながら確証がないんです だから戯言と片付けてもらっても構いません」
「いいえ……いいえ! 確かにその通りかも知れません!」
今までは御伽話として笑い飛ばしてきた伝説が、実在すると分かれば当然人は求める。
盲点だったと言えるだろう。まさか本当だとは誰も信じない。だから対立し合ってしまった。
「では私達は……過ちを冒してしまったのでしょうか?」
「違うよ」
この仮説が正しければ、今までの戦いは全て、望みを叶える事を妨げてしまった事となる。
命を賭してでも叶えたい望みを、否定しまった事となる。
「どれだけ尊い望みでも──争いから生まれた望みはただの"野望"なんだ 屍の山から勝ち得た望みなんて僕はごめんだね」
旅をしてきて、沢山の場所を見てきた。
多くの場所で争いが起きていた。欲望を叶える為だけに争う者もいれば、絶対に叶えなくてはならない願いの為に戦う者もいた。
「"戦えない人の為には戦うしかない" 今している事は絶対に間違ってなんかいないよ」
だが、覚悟の無い人達はどうなる。
戦いに巻き込まれ、悲しみを背負う人達に、一体何の罪があるというのか。
「実を言えば僕は伝説をちょっぴり信じてた それだけの人が信じてるならもしかしてって……だから一つだけ願い事を考えてたんだ」
見て、感じて、導き出した望み。
「どのような願いを……?」
「"世界が平和になりますように"」
なんとも壮大で子供じみていて、笑われてしまいそうな望み。
だけど仕方ない。これしか思いつかなかったのだから。それに、叶えたい願いは
「──素敵な願いですね」
姫が手を握ってくれた。微笑みを浮かべて。
「ありがとうございます 励ましてくれて」
笑顔が眩しかった。暖かな光のようで、僕が好きになった正体。
「私は好きですその願い……私も世界はそうであってほしい」
誰かの為に戦う姿が、恐怖を押し込めて懸命に抗おうとする姿が、僕にとって苦しそうに見えた、
「──たとえ無謀だと言われても たとえ叶わぬ願いであろうとも この願いだけは譲れない」
握られた手を握り返す。
こんな小さな手で、誰よりも前線で戦うだなんてあってはならない。
「"君に好きだと伝えたい" これは僕自身が叶えたい願いです」
この想いは止められない。何故なら好きになってしまったのだから。
彼女の手を血で汚してはならない。苦しむ姿を見たくない。
「貴方の剣となり盾となる……この想い変わりません たとえ想いが伝わらなくとも戦いましょう」
自分に出来る精一杯をやると決めた。何も出来ない自分には、ただ戦うくらいしか出来ないから。
「でも私……その……よく分からなくて」
「分からない?」
「貴方の言う"好き"というのがその……したことが無くて」
つまり、姫様は"恋"を知らないのだ。
「よく知らないのに受け取るわけにはいきません……しっかりと 理解してから貴方の想いに答えを出したいのです」
「……良かった〜!」
以前断ったのは身分を気にしてや、嫌っていたからではなかった。
応えるにも断るにも、真剣に考えて答えをだそうと、考えてくれていたからだけであった。
「僕嫌われてるのかと思って……」
「そんな! 命の恩人である貴方を嫌うなど!」
「それでは姫様 ご相談がございます」
手を握ったまま膝をつき、真っ直ぐと見つめる。
「今は分からなくとも どのような答えであろうとも受け入れましょう ですからどうか──」
もっと知りたい。もっと知ってほしい。
だから、これから始めよう。
「"友達"として側に居る事を……許してはいただけないでしょうか?」
呆気にとられた表情は、すぐに人を惹きつける笑顔となる。
「私でよろしければ……喜んで」
今はこれで良い。不満なんてありえない。
「ありがとうございます姫様 それでは早速……お願いがあるのですが?」
「……? なんでしょうか?」
「"スピカちゃん"って呼んでも?」
「それでは私はリン様よりも"リン君"のほうがよろしいのでしょうか?」
破壊力がヤバかった。
「それじゃあスピカちゃん! 今度"デート"しよう!」
「
よく分からないといった表情もまた可愛い。
「でも流石に街だとバレちゃうか……いや変装すればなんとか」
「どのような事をするのです?」
「二人だけで遊ぼう! たまには息抜きしないと身体がもたないからね!」
エスコートしてみせる。それが"友達"として最低限の礼儀だから。
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