第16話 不審
「それで僕は言ったのさ 貴方の──」
「"友達として側に居る事を許してはいただけないでしょうか"……だろ?」
「凄いやバトラー……いつのまに読心術を?」
「今日だけで十回は聞いたからな」
何度も何度も同じ事を言うリンに呆れながら、今日もバトラーは酒を飲む。
ここは行きつけの酒場。仕事終わりの夜になると、二人は決まってやって来る。
「おめでとうリン 念願のお姫様と"お友達"になれて」
「何を言っているんだいバトラー? 僕の願いは正式にお付き合いをだねぇ……」
「はいはいそうでした」
バトラーが浮かれきったリンに、冷めた態度で接しているのには、当然理由があった。
「お前が姫様の為に戦うってのはまあ理解したさ 本気なんだって けどな……後戻り出来ねえぞ?」
今まで戦っていた相手は漠然と、伝説の盲信者だとばかり思っていたが、リンの仮説が正しければそれだけ必死になる意味が分かる。
そしてもしも本当に、戦いを止めようと考えているのなら、信者を根絶するまで終われないだろう。
「見ただろあの連中を 奴らは自分が死ぬことをなんとも思っちゃいねえ」
「誰かを殺すこともね」
目的の為ならば手段を選ばない。昨日の敵はそういう相手である。これから先、確実に戦争にも参加させられる。
「ただの巡回兵として陰ながら見護るってんなら別に良いさ……けどもうその段階じゃいられない」
リンは強い。今回の活躍が評価されれば、バトラーも相棒として、共に二等兵から上に昇進する可能性もありえるだろう。
だとすれば、"蟹座のキャンサー"との戦いも考えられる。
「魔力だけなら九賢者に勝るとも劣らない実力者……勘弁してくれって話だ」
「雑兵ばかりなんてあり得ないからね 仕方ないよ」
「あのな……軽い話じゃあねえんだぞ?」
「ったく 辛気臭い顔しやがって……営業妨害で叩き出すぞ」
二人の重い話に耐えかねて、酒場の亭主がツマミと酒を出す。
「すんませんマスター……って本当に人少ないですね」
「お前さん達だってな? 倉庫街に出た肯定派連中やっつけたってのは なら分かるだろ……迂闊に夜出歩けなくなっちまったんだよ」
今までは国の中であれば大丈夫だと、安心して暮らしていた。
だが、もうそんな事が言えなくなってしまった。一度侵入を許してしまったいう事実は、それだけ重い。
「俺らみたいな奴らは誰かが守ってくれなきゃ安心できねえんだわ 情け無い話だがよ」
「そうだったんすね……」
「だからちょいと早いが店じまいにしようと思う それ食って飲んだらとっとと帰んな」
「そんな!? 僕の祝杯はどうなるの!?」
「誰がそんなことやるって言ったよ!?」
これ以上客足に期待出来ないのであれば、営業しても意味が無い。
その分売り上げは下がるだろう。不安は敵だけでは無いのだ。
「さて……二軒目も期待出来ないか」
追い出されるようにして、酒場を後にした二人は宿屋へと向かう。
「いつもみたいに酔い潰れなくて良かったじゃない」
「今日は潰れたい気分だった」
鬱憤を酒にぶつけられなかったバトラーは、遣る瀬無い気分を晴らせない。
「心配性だな〜バトラーは」
「お前は能天気すぎるんだよ」
リンに対する不満。それは、もっと自分を大事にして欲しいという事だ。
「前にも言ったが今だけでなく未来を見据えてだな……」
「え!? 部屋が一人用しかないの!?」
「聞けや!」
早速宿屋に着き、部屋を取ろうとしたのだが、今空いてる部屋は一つしかないのだと言う。
「申し訳ございません……二人用のお部屋を用意出来ないのです」
国に敵が侵入した事で、人々は今非常に他者に対して敏感になっているのだ。
「現在二人以上は制限され 空いてる部屋はもう一つしかないのです……」
「それじゃあ仕方ないか じゃあバトラーが泊まりなよ」
「あぁ? お前はどうすんだよ」
「他の宿探してみるよ 無ければ野宿でもするしさ」
自ら身を引いて宿を譲ると言うリンに、バトラーもそうはいかないと引下がらなかった。
「だったらオレも……」
「あるかも分からないのを探すの嫌でしょ? 前にバトラーを外に置きっぱにしちゃったし今回はゆっくり休んでよ」
「そういやあったなそんなこと」
以前酔い潰れたバトラーを、草むらの中に隠して置いていった事があった。
勿論理由はあったが、その埋め合わせをされていなかった事を思い出す。
「だからゆっくり休みなよ 本当は酔っ払いを置き去りになんてしたくないんだから」
「そうまで言うならお言葉に甘えましょうかね」
「じゃあおやすみ〜」
一人宿屋を後にするリン。
「──あれで労ってるつもりかよ」
後ろめたさはあるのだろう。自身の我儘に付き合わせてしまっている事に。
今までのような自由気ままな旅を、捨ててしまう選択をしてしまった事に。
「なんだってアイツは……不器用なのかなぁ」
人を振り回す自由な性格をしているくせに、何故考え方が下手なのか。
今までずっと旅をしてきた相棒に、バトラーは呆れていた。
「さてと……野宿覚悟の方が良さそうかな?」
一人宿を探し始めるリンだったが、おそらく見つからないだろうと諦めていた。
どの宿も先程同様、人を受け入れる事を制限している筈だからである。
「よし!だったら見回りでもしようじゃないか! サービス残響ってやつだね!」
普段出来ない事をやってみようとポジティブに考えてみるリン。宿探してのついでに街をゆっくり観て周るのも良いだろうと、足取りは軽やかに歩き出す。
気分は好調。想い人とお近づきになれたのだから嬉しいのは当然であった。友達としてであるが、確かな一歩である。
(さてさているかもしれない敵に気をつけつつ観光をっと……たまには夜の街をぶらりも悪くない)
一人街を観光を始めたリンは、早速"二つの人影"を発見した。
「……あれ?」
だがその人影は"小さい"。
それもその筈である。何故ならその人影の正体は"子供"だったからだ。
「こんばんは お二人さん」
見過ごせず話しかける。一人は金髪赤眼、もう一人は銀髪碧眼の綺麗な顔立ちをした子供であった。
「どうしたのかなこんな夜中に ええと……二人は姉妹? それとも兄弟?」
「兄様兄様 突然不審人物が話しかけてきました」
「そうだな弟よ これは事案というやつだな」
「お兄さんしょっぴく側なんだけどね」
明らかに警戒されているリンは、怖がらせない為に自身が巡回兵である事を明かす。
「私は『リン・ド・ヴルム』二等兵であります よろしければこのような時間に出歩く理由をお聞かせ貰っても?」
二人と目線を合わせ、丁寧に名乗りを上げて接する。
すると兄弟で顔を合わせ、驚いたといった顔でこう言った。
「……この男ですね兄様」
「そうだな弟よ "探す手間が省けた"というものだな」
「僕を……っ!?」
突如殺気を感じ、後退し距離を取る。それは正しい選択であった。
(あれってもしかして……"ガンブレード"!?)
二人が取り出した武器はガンブレードと呼ばれる銃剣である。
銃の先端に、刃を付けた代物──
「君達は……一体!?」
「この者──兄様を知らないと?」
「愚かなり──我が弟を知らぬ者がこの世に居ようとは」
高らかに名乗りを上げる。
「我が名は『カストル』 "双子座の星"!」
「我が名は『ポルクス』 "双子座の嵐"!」
「「我ら二人──『双子座のデュオスクロイ』であるッ!」」
現れた双子との戦いが、突如として幕を開けた。
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