第14話 お逢い出来て
「は〜い お口を大きく開けてくださいね〜」
「いやオレら別になんとも……」
「はいあ〜ん」
「……問答無用みたいだね?」
ここは城内にある医務室である。
リンとバトラーは倉庫での戦闘後、外傷は見当たらなかったのだが念の為にと言われ、健康診断を受ける事となっていた。
「あ〜ん」
二人は椅子に腰掛けて、この女性から診察されているのだが、かなり強引である。
(このお姉さん押しが強い……)
バトラーは仕方なく口を開けると特に見るでもなく、そのまま薬らしき物を放り込まれてしまう。
「オウェ!?」
「は〜いお薬飲めて偉いわねぇ〜」
「ゲホッ……ゲホッ! 不意打ちじゃあねえか!?」
お構いなしに頭を撫でられて宥められるが、どう考えてもおかしい。
「だって見た目に変化は無さそうだし……」
「いや普通に診るなら診てくださいよ……」
何をもって処方されたのか分からない謎の薬品を押し込まれるぐらいなら、最初から何だったのか教えて欲しいと思うのは誰でもそうであろう。
「貴方達"リビングデッド"と戦ったんでしょう? 多分大丈夫だとは思うけど飛沫感染の可能性も有るから念の為にって言われちゃったの〜」
マッタリとした雰囲気で話されるが、内容としては納得出来るものである。
だからこそ最初に言って欲しかったと、二人は思わざるおえない。
「は〜い次はお兄さんよ〜」
「僕はとても協力的です なので普通に下さい」
「あっ! ずるいぞ!」
何をされかを目の当たりにしたリンは、抵抗する事なく、この押しの強い人お姉さんの言う通りにする。
「じゃあよく噛んで下さいね〜」
「え? さっきと違……」
「協力的な人はお姉さん好きよ〜」
「頑張ります」
先程は飲み込ませていた錠剤を、今度は噛み砕けとの注文を受けた。
満面の笑みを浮かべた顔からは何も読み取れない。だからこそ何をされるか分からず、このお姉さんの言う通りにするしかない。
「お味はいかが〜?」
「……一度味わえば充分ですねぇ」
(声が震えてる)
リンの表情は変わらないが、明らかに動揺しているのを隠せていない。よく見れば涙目になっている。
「ふむふむ……味に改良の余地ありね」
「あれ? もしかしてオレら実験台だったの?」
「丁度貴方達が薬が必要って事だったから助かったわ〜」
「治すのがついでだったのかよ!?」
一切隠す事なく、明かされた衝撃の真実。ふんわりとした雰囲気からは考えられない程、欲望に忠実な人だった。
「でもこれでリビングデッド化の心配は無くなったんだからウィンウィンな関係じゃない」
「どっちかって言えばアナタの一人勝ちですよね!?」
「負けるよりも勝てた方が私嬉しいわ」
とんでもない理論で反論される二人。
問い詰めたい気持ちはあるのだが、してはいけない謎のオーラを纏っていた為、大人しく従うしかなかった。
「お手柄だったわね〜 街中での戦闘は今まで無かったから正直驚いたわ」
「大物っぽいのは逃しちまいましたがね」
「命があるだけマシだよ それだけ強い敵だったし」
九賢者のエリアスの一撃を防いだ眼帯の男は、"蟹座のキャンサー"と名乗っていた。
あの場で本気の戦いとなれば、何が起きるか予測がつかない。一つ言えるのは、真っ先に狙われるのは自分達であっただろうと言う事である。
「まあ多分足手まといだったよね」
「そんなことないわよ」
優しさを感じさせる温もりのある手が、そっとリンの頬に触れる。
「貴方達が居たから食い止めることが出来たのよ? だから自分を悲観しないで──頑張った自分を誇りに思いなさい」
微笑みを浮かべ、リンを抱き寄せて励ます。親身になってくれたこの女性に、リンはある決意をした。
「僕──この人の『弟』になる」
「何言ってんだお前?」
優しさに溺れてしまっていた。
「お前には愛しの姫さんがいるだろう?」
「この人は"お姉ちゃん"だもん! 姫様は"お嫁さん"に欲しいんだよ!」
我儘な子供が駄々をこねるかの如く、リンは抱きついたまま離れようとしない。
「あらどうしましょう〜? 急に弟が出来ちゃったわ〜」
「頼むからもっと嫌がってくれ……」
満更でも無さそうな女性に、バトラーはため息を漏らす。
何となく波長も合ってしまったのか、お互い気に入ったようだった。
「まあこの子には新しい薬を処方するとして──初めましてお二人さん 普段はお城のかかりつけ医をしてますが本業は"衛生兵団長"をしてます『アリエス・シェラタン』です」
「さらっととんでもないこと言ってるよこの人」
突然の情報提示に色々と驚くバトラー。
ただちょっとマッドなドクターとしか思っていなかった女性が、まさか衛生兵団長の役職に付いていた事、そして"団長"という事は、彼女もまた『九賢者』の一人である事を表していた。
「周りからは木の九賢者『牡羊座のアリエス』だなんて呼ばれてるの〜恥ずかしいわ〜」
照れて熱くなってしまった頬を手で覆い、アリエスは「困ったわね〜」と口にする。
「……で? わざわざ九賢者様がオレ達を診てくれるのには理由があるんでしょう?」
「え? 診察は私の趣味なだけよ?」
「無いのかよ!」
「でも"噂の二人"を見たかったのも本当よ 最近配属された兵士の事はちゃんと知りたいから」
アリエスはどこに誰が配属されたのかという情報を、欠かす事なく把握している。
それは単に怪我や病気などといった症状で運ばれて来た時は勿論、持病などにも対応出来る様にする為であった。
「資料だけなら既に目を通してたけど……やっぱり直接話してみたないと分からないでしょう? 特に"スピカちゃん"に一目惚れして入隊したって聞いてたから面白そうだなって」
「噂になってたのか……」
「まあ一ヶ月も経てば広まるよね」
噂の張本人は能天気そうに言っているが、バトラーは巻き添えを食らって、自身も噂の二人組扱いされてしまっているのには不満を覚える。
「でもオレはまともですからね 勘違いしないでもらえると助かります!」
「あらそうなの? "身分も弁えない言動が電波ないヤツ"と"電波の世話役を勤めてる物好きなヤツ"の住所不定の旅人二人組って噂だったのだけど」
「誰だそんな噂流したヤツ!?」
予想を遥か上を行く風評被害を受けている事を知ってしまった。
「困ったなぁ……その噂は間違ってるよ」
珍しく不満を口にしたリンは、修正を加えるべきだと言う。
「僕の事は"電波なヤツ"ではなく"謎の流離の美形風来坊"って言ってくれないと」
「微修正しろって言ってんじゃあねえよ」
「でも他は合ってるよね?」
「違うわい!」
「仲が良いわね〜私貴方達好きよ〜」
微笑ましそうに二人を眺め満足すると、アリエスは二人に本題を話し始める。
「それでね〜是非会って欲しい人が居るのよ」
「姫様?」
「それはお前の願望……」
「大・正・解〜!」
「合ってんのかよ」
リンは椅子から立ち上がり、喜びの溢れた表情で辺りを見渡す。
「もうすぐ来るわよ〜」
(マジか……姫様がわざわざ会いに来てくださるなんてな)
実は脈ありなのではと思うバトラーだったが、リンそれどころでは無い。
「どうしようクビかな!? それとも国外追放だったり!?」
「何だってそんなマイナスなんだよ」
普段のプラス思考が吹き飛び、混乱してしまうリン。
落ち着かない様子のまま、医務室の扉が叩かれる。
「どうぞ〜」
アリエスが招き入れる。侍女と思われる女性が扉を開け、使える主人を部屋へと入れた。
「来てやったぞお主ら」
「……うわぁ」
アクアガーデン"王妃"ピヴワである。
明らかな人選ミスに言葉を失ったバトラーが、思わず口から漏れ出た一言をピヴワは逃さない。
「なんじゃお前!? 余が態々様子を見てきてやったというのに!」
「ごめんねピヴワちゃん とても残酷な事を考えて」
「お前は何を思った!?」
不安になる発言をするリンに食らいつく。
「ごめんなさい〜私が呼んだのコッチじゃ無いのだけれど〜」
「無礼者しかおらんのか此処はぁ!?」
「ごめんなさいアリエスちゃん遅れちゃった!」
今度こそ待ち侘びていていた姫、"スピカ"が現れる。
「──姫様」
「お久しぶりですね お逢い出来て嬉しいです」
リンが何度も逢う事を待ち望んだ姫が、遂にその望は叶えられるだった。
「……なんなのこの扱い?」
一人負けた気分を味わうピヴワだった。
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