第12話 何者

「──遅かったではないか」


「申し訳ございません 我が"主人"よ」


 ピヴワの言葉に、そう返すエリアスを見て、二人は何が起きたのか分からなかった。


「まさかリビングデッドとは……予想していませんでした」


 そんなリビングデッドも、エリアスの手によって瞬く間に浄化してみせる。


 死者の相手を務めるのは、確かに"神父"の役目であろう。放たれた水の魔法は死者を清める"聖水"であり、リビングデッドが触れてしまえばひとたまりも無い。


「皆さんお怪我は?」


「な……無いですけど……」


「それは良かった」


 柔かに微笑み返しているが、二人の疑問は晴れない。


「どうしてここに?」


「通信晶はなんでか知らないが繋がらなかったってのに」


「"結界"ですよ」


 ここ倉庫街周辺に、外部との魔力通信を遮断する結界が張られていた。


 定期連絡が途絶えた事でそれに気付き、ここに来るまでに結界を張っていた敵を突き止めていたのだ。


「先程結界師を捕らえました 今頃は城で何を企んでいたかを吐かされている事でしょう」


「なんだってオレらに教えてくれなかったんですか……」


「傍受されてるかもしれなかったもので」


 態々結界を張ってまでこの場所で何かを企んでいたので有れば、気付かれてしまった時の対処も考えていたであろう。


 もしも通信が傍受されていて、倉庫街に調査兵を送りまれたと知られてしまえば、逃げる時間を与えてしまう。


「早急に対処してしまうと見す見す敵を逃してしまう だから気づいていない"フリ"をする必要がありました」


 たった二人、その上ただの二等兵士であれば敵も油断する。


 たとえ二人の実力が、一般兵から逸脱していたとしてもである。


「じゃあ……"この娘"は?」


 先程エリアスが言った"主人"という言葉を聞き逃してはいない。


「言ったではないか 余はピヴワであると」


「いやそういうことじゃあ無くてだなぁ……」


「言葉通りですよ この方は私がお仕えするアクアガーデンの王妃……"ピヴワ・リス・ガブリエル"様です」


「崇めよ!」


「……うそだぁ」


 信じられないといったバトラーと、ご満悦な表情で胸を張るピヴワ。


「リス・ガブリエル……ってことはエリアスの妹さん?」


 同じ姓にリンは気付き、そう質問するが、返ってきた答えは違う答えであった。


「戯けぇ! 此奴は余の……"孫"みたいなもんじゃ」


「それよりももっと上・・・・でしょう」


 どう見ても五歳六歳程度の見た目のピヴワだというのに、遥か上を行く年齢であると暴露されてしまう。


「じゃあコイツこの見た目でババ──」


「おいエリアス コヤツを処刑台に送る準備をせい」


「そんな事より今回の件ですが……」


「そんな事!? 主人への暴言をそんな事扱いかお前はぁ!?」


 軽く流されてしまうピヴワの意見。そのまま意見が通る事なく、話は進められた。


「先ずは謝罪を……二人の実力を信用していたからこその采配だったとはいえ危険に晒してしまったのも事実です」


「別にいいよ これも仕事の内でしょ?」


「危うく死にかけたがな」


「細かいヤツじゃな」


「こんの……っ! いや駄目だ こう見えても王妃様かコイツ」


「お主はもっと敬え」


 明らかに敬意を感じない態度にピヴワは不満を覚えるが、これまたそのまま話は進められる。


「そしてお礼を……我が主人を護っていただき感謝致します」


 深々と頭を下げるエリアス。その光景に、バトラーは驚いた。


「一応アンタはオレらの上司でしょ!? 頭なんて下げないでください!」


「ピヴワ様の件は私の私情が含まれてました だからこそ謝りたい」


 リン達はサンサイドの兵士、ピヴワの護衛については、あくまでもアクアガーデンでの管轄である。


 その事を伝えず、利用してしまった事を謝っているのだ。


「──サンサイドで起こる事件の対処は充分我々の役目でしょ?」


 一兵士として、当然の事をしたまでだと主張するリン。


「全部理由があった なら僕は何も言うことないよ」


「あ〜それ言われちまうとオレも何も言えねえな……本当は言いたいけど」


 バトラーもため息を吐きながら、納得したと気持ちを押し込める。


「ありがとう……今回の活躍は上に私から直接上に報告しておくからね」


「マジで!? いやでも階級が上がるとますます辞めにくくなるような……給料上がるだけならまあ」


「フフッ……僕の目的への第一歩だね」


(どうしよう報告しない方が良い気もする)


 エリアス不安は覚えるが、二人がいなければここまで上手くはいかなかってだろうとを考えると、評価せざるおえなかった。


「一件落着だなぁ! では早速余を城に……」


「そうですね 城に着いたら何故単独で動かれたのかを問いただしますから覚悟してください」


「うっ!?」


 どさくさに紛れ、王妃でありながら勝手に外へ出た一件については終わっていない。


「良いではないか! "余がいたから"エリアスもここが分かったのであろう!?」


「結果論は聞くつもりはありませんので悪しからず 当分見張りを強化しますので」


「余の従者が厳しすぎるんじゃが?」


 助け舟を寄越せと訴える視線をピヴワは二人に送るも、残念ながら二人共船を出すつもりは無かった。


「管轄外だしなぁ」


「減給されたくないしね」


「薄情者共ぉ! 権力の犬共めぇ!」


「この中で一番の権力者はピヴワ様ですよ」


 今回の一件で二人は褒美を貰えるであろうと、後は城に戻るだけであった。







「盛り上がってるところ申し訳ないがよ……ちょいと失礼するよ」


 突如現れた謎の男がリン達を呼び止めた事で、流れが変わった。


 嫌らしい表情を浮かべた眼帯の男。直ぐに"敵"であると全員が理解した。


「裏でひっそり動いてたってのに台無しにしてくれてありがとう お陰様でここを離れなくちゃいけなくなった」


「それは良かったですね 最後に滞在費の払い忘れが無いか確認するべきでは?」


「こんな庶民から金を巻き上げるとは……流石は"水の九賢者"様だ」


 嫌味を込めた言葉で男は返す。


 只ならぬ気配を感じさせる謎の男を見て、リン達は寒気を感じていた。


(さっきまでの連中と明らかに違う……敵の幹部か?)


 相手とは離れているというのに、それでも気を抜くなと本能が告げている。


 自分では勝てないと、たとえバトラーの補助を受けたとしても、勝てる見込みはないと分かったのだ。


「皆さんは下がってください あの男只者では無いようなので」


「それは光栄だよ……でも安心してくれ すぐに出て行くから」


「逃げられるとお思いで?」


 エリアスが指を鳴らすと地面から水の槍が現れ、眼帯の男を貫かんと捉えた。


「──ほんの挨拶だ」


 男が取り出したのは"二叉の剣"。


 たった一度振り払っただけで、水の槍が払い落とされてしまう。


 あの"水の賢者"とまで呼ばれるエリアスの一撃をである。


「こう見えて水の魔術師の端・・・・・・・くれでね・・・・ この程度なら朝飯前ってさ」


 当然誰よりも驚いたのはエリアスだった。


 強力な魔法では無かったとはいえ、手加減をしたつもりはなかったからだ。


「先ず悪いニュースからくれてやる アンタが捕まえた結界師は"処分"した 周りの連中・・・・・を含めてな・・・・・


「──なんだと?」


 城に連れて行くように部下に任せていた。


 だが、それはこの男が阻んだ。


 口封じの為に殺し、エリアスが任せた部下もろとも殺したからだ。


「余計な事を話させない為に仕方なくな 周りは抵抗するからついでに殺した」


 感情的になる心を必死に抑え、エリアスは騎士団長として、平静を装う。


「ここから良いニュースを 正体ぐらいは明かしておこうとおもってね 態々伝えに現れてやったのさ」


 ありがたく思えと言わんばかりの口ぶりで男は話す。それでも息を整え、怒りに肩を震わせながらも、エリアスは問い正す。


「──お前達は何者だ?」


「"肯定派"ですよ 伝説肯定派 寧ろこの事はしっかりと知っておいてほしい」


 自分達はサンサイドが相手をしている肯定派であると明かすと、用は済んだとこの場を離れていく。


「"お荷物三人抱えてたら勝てない" 分かるだろ?」


 男から感じる魔力は九賢者に勝るとも劣らない・・・・・・・・


 エリアスが今戦えば、確実に三人を守りながらの戦いが強いられてしまうだろう。


「じゃあな『水瓶座のエリアス』……次会う時は戦えると良いなぁ」


 そして男は去っていった。


「このオレ──『蟹座のキャンサー』と」


 自らの名を言い残して。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る