第11話 謎

「ピヴワちゃんの保護者じゃないなら……君達は誰だい?」


 三人を取り囲むようにして、敵と思われる謎の存在に対し、怯む事無く剣を構える。


「おい警備の連中はどうした!?」


 元々ここ倉庫街には警備兵がいる。この場で囲んでいるのは十数人、対して警備兵を含めればその程度の数は覆せる筈だった。


「……コイツらのことか?」


 一人の男が取り出したのは、倉庫を警備する兵士の"首"である。


「テメェら──ッ!」


「交渉はしない お前たちも殺して"ソイツ"を貰うのみ」


 狙いは迷子として預かったピヴワだと言う。


 ピヴワを渡せば命だけはという事も無い。この場に居合わせた以上、リン達も殺す。


「──バトラーはピヴワちゃんを頼むよ」


「任せろ」


「おい彼奴一人で大丈夫なのか!?」


 剣を抜き、一人敵に立ち向かうリンを見て、ただの一般兵に何が出来るのかと心配の声をあげた。


「大丈夫さ アイツつえーから」


 この程度の人数差、余程の力の差がない限り問題無い。バトラーの補助が無くとも、捩じ伏せる事は容易である。


「交渉の必要はないのはありがたい……僕もする気なんて無いからさ」


 普段の陽気さは消え失せる。代わりに目に見えて、敵に対して"怒り"を露わにした。


「死ぬ覚悟は出来てるよね? 仲間を殺したお前達を──手向けに贈ってやる」


「吐かせ下級兵が!」


 襲い掛かる敵を、躊躇する事無く斬り伏せる。


「なっ──っ!?」


「まず一人……次は誰だい?」


 一瞬の出来事に何が起きたのかが理解が追いつかない。


 そんな隙を逃す筈も無く、いつのまにか間合いへと入り込まれていた。


「こん……のっ!」


「下級兵の意地を見せてあげる」


 振り上げられた腕が宙を舞う。その事に気づく間も無く、首から上が吹き飛んだ。


「何のつもりかは知らないけど……この国で悪さなんてさせないから」


 旅をしていく中で培った戦闘技術は、自らの身を守る為に強くなった。


 今その力は、守るべき者の為に振われていた。


「な? リンなら大丈夫さ」


 不安に感じていたピヴワは、リンの強さを目の当たりにする。


「……中々やるでは無いか」


(──にしてもこの嬢ちゃん肝が据わってんな 血飛沫見ても悲鳴もあげないなんて)


 保護した迷子のピヴワを見てそう思うバトラー。騒がないのは寧ろ有り難いが、最近の子供はそうなのかと一人で納得する。


(リン一人で事足りるのは良いが……なんだって連絡が取れないんだ・・・・・・・・・?)


 もう一つ疑問を感じたのは、応援を呼ぼうと通信晶を使っても誰も応答しない事だ。


(敵の妨害か? だとしたら嫌な予感がする……)


 形勢は有利だというのに、その疑問が晴れない限り素直には喜べない。


 ピヴワを守りつつも、バトラーは最大限の警戒だけは怠らなかった。


 一方のリンは瞬く間に数を減らして最後の一人を残す。


「君は残しておく 城に連行して誰の差し金か聞き出さないと」


 膝を突かせ首に剣を当てるも、命は奪わない。


 この場で撥ねてしまうのは容易いが、襲ってきた連中がどこの手の者か分からない以上、迂闊に殺してしまうのは得策ではないと判断したからだ。


「誰が話すものか……」


「それを決めるのは君じゃあない 詳しい話は牢屋の中で聞くから」


「それも断るよ……うっ!?」


 突如男が悶え始める。


 リンが何かをした訳では無い。そのまま苦しみ泡を吹き、そして絶命した。


「……"毒"か」


 自決する為にあらかじめ用意していたものであろう。失敗した時に、口の中に含んでいた毒物を噛みつぶす事で、絶対に口を破らない為に。


「ここまでするか……普通?」


「これが"普通"なんでしょ 連中からすればね」


 勢力は不明のままであったが、ここまでする程の情報を持っている事が分かれば上々だと、ポジティブに考える。


 それに敵対している勢力といえば、考えられるのは一つしかない。


「多分"肯定派"の連中だよな?」


「だと思う 確証は無いけど」


「だとしたらおかしくねえか? ヤツらは伝説を鵜呑みにしただけの謂わば烏合の衆みたいなもんだろ なんだってこんな"統率"がとれてんだよ」


 今起こっている戦争の原因は、各地で発生した"伝説肯定派"が争うようになったからである。


 争いを止める為に国は動き、そんな国に対抗すべく一時休戦として"同盟軍"となったのが、今の肯定派と呼ばれるリン達の敵であった。


 だというのに、自らの死を恐れず自決までして自軍を守るのは明らかに不自然な事である。


「あくまでも同盟だ"仲間"じゃあない 命を懸けてでも守ような義理堅い連中なのかよ?」


「……今考えてもどうしょうもないよ 先にピヴワちゃんを城に連れて行こう」


 ただの二等兵である自分達が考えたところで、真実がどうかを調べる手立てを持ち合わせてはいない。


 ならば"今"出来る事をする。リンはそう考え、狙われた理由は分からないがとりあえず、迷子のピヴワを城に連れて行く事を第一に考えた。


「怖い思いをさせちゃったね 怪我は無いかい?」


 ピヴワの目線に合わせる為に屈むと、リンは先程の光景を見せてしまった事を謝罪する。


「……フン そういうお主は無いのか?」


「お兄さん強いから」


「ええい! 撫でるなぁ!」


 護る事が出来た喜びから自然と笑みが溢れると、いつのまにかリンの手はピヴワの頭へと伸びていた。


「では改めて お城へとご案内しましょうピヴワ様」


「良い心がけじゃな 丁重に扱うが良い」


「おんぶでもしてやろうか?」


「喧しいバトラーとやら! 子供扱いするで無いわ!」


 このまま城は行こうとした、その時であった。


「……ウゥ……アアァ」


 不気味な呻き声がする。身の毛がよだつ光景と共に。


「ウソ……だろ?」


 自決した男。リンに斬り裂かれた男。


 死んだ筈の身体が、切断された部位が繋ぎ止められ、立ち上がったのだ・・・・・・・・


「まさか……"リビングデッド"!?」


 動く死体。それが"眠れぬ死体リビングデッド"と呼ばれる魔物である。


 本来であればそのような現象は起こる事はない。魔物の中でも特異な存在であり、魔力によって"人工的"に生み出される魔物なのである。


「やっぱ普通じゃあねえよコイツらぁ!」


「バトラー……補助を頼むよ」


「悪いニュースだ 残念ながら"不死殺し"の術式は知らん」


 リビングデッドは簡単には死なない。


 厳密には既に死んでいるのでこの表現はおかしいのだが、そう表現するしか無い。そして、リビングデッドを倒すには特殊な術式を必要とする。


「構わないよ 時間さえ稼げれば」


「おいお主まさか……っ!?」


「一度言ってみたかったんだよね "ここは任せて先に行け"ってセリフ」


 倒せない相手をどうするか。残念ながら手立ては無い。


 だから今は誰かが囮になるしか無いのだ。


「コイツらが"特性タイプ"なのか"感染タイプ"なのか分かんないからね 足止めは必要なの」


 特性タイプであればただ相手が死なないだけで済む。しかし感染タイプであればそうはいかない。


 質の悪い事に、リビングデッドに噛まれると"感染"してしまうのだ。


 もしもこのリビングデッドが感染するのであれば、街の住民達を巻き込んで大混乱を招いてしまう。


「活路は開く……その隙に逃げるんだ」


 増援には期待出来ない。ここは一人で戦うとリンは覚悟を決める。


「──来たな・・・


「……え?」


「『オー・ピリエ』」


 ピヴワがそう言った直後、聞き慣れた声がした・・・・・・・・・


 死者の扱いに関して『神父』とは、最も長けた相手であろう。地面から噴き出た水の柱に穿たれて、リビングデッドは跡形も無く"浄化"されていく。


「こういうのは"専門家"が一番ですから」


 水の九賢者。エリアスである。

 

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