2 文明が遅れすぎた世界は辛い
ジェリー侯爵家での【ハニー式お茶会】はなんというか、最悪ね。転生者の巣窟だから気楽な集まりだと思ったのに、元婚約者が美女に変身して同席しているなんて思わないじゃない。ついでにあいつは転生者はじゃない。
私が散々アンジェリーナにからかわれている間、アレクはアレクでジュール様に引きずられ大変だったらしい。
ジュリアン様は穏やかでアレクをいじめたりしないだろうけれど、ジュール様はわからない。むしろ、一番アレクの技術力を悪用しそうなのがあの人だ。
「お嬢ったら酷いでござる~。拙者をあのイケメンの巣窟に放り出して自分はわいわい女子会ですか? 拙者あのキラキラオーラで食べ物を勧められる度に胃液が込み上げそうになったっすよ~」
いまいちアレクの感覚はわからない。このしゃべり方もそうだけど、イケメン恐怖症とでも言うのだろうか。アレクはイケメンが苦手だという。
「それにしても、この国、拙者が思っていた以上に転生者が多いと言いますか……ジェリー侯爵以外はほぼほぼ転生者なのでは?」
「は?」
王子とその婚約者だけでも多いと言うのに、王女のひとりと幼馴染みまで転生者なのよ? まだ居たって言うの?
「チャド殿も転生者だったらしく……ジェリー侯爵夫人被害者の会の会長を務めると。ぶっちゃけ拙者はあまり接点がないのでそんな被害と言うほどの物は受けていないというか……コートニーお嬢被害者の会なら喜んで会長を」
「アレク! あなた、私に対しての敬意が足りなすぎるわ!」
こんなに長いこと重宝してあげているのに。気に入らないっ。
それにしても、チャドって確か……ジュリアン様のご友人よね。
「ジュリアン様って転生者を引き寄せるなにかを持っているのかしら?」
「磁石的な?」
「多すぎるわよね」
シャーベットを生み出す魔力しかないくせに。
ああ、思い出したらむしゃくしゃしてきた。
こんなに美人でかわいくてセクシーで教養溢れる私よりアンジェリーナを選んで、しかも私のアンジェリーナを横取りしたあの男。腹が立つ。
「それで、チャドの前世はどんな感じだって?」
「それが、学生だったらしく……拙者とは無縁の運動部でござった」
「あんたの、こほん。あなたのその話し方もおかしいわよ。どこで覚えたの」
「拙者、『ぶらうんかん』なる古代道具の映像再生で古代語を覚えたのでごじゃる」
「……いろいろ混ざってる上に古代語ってなによ」
「拙者の前世にもなるとそもそも会話すら必要がなかったから……脳波で意思表示が」
「なんか嫌」
それって所謂テレパシー的な能力かしら? ヘンなこと考えてたらすぐばれるって嫌じゃない?
「ところでアレク、今日の集会でなにか実りはあったの?」
「いんや、またジュール殿下の無茶ぶりとジェリー侯爵の奥方自慢ですわ。なんとか等身大の立体フィギュアを作りたいと頼まれたが……流石にそればかりは本人の許可が……でしょう?」
肖像権云々の前に感覚的に気持ち悪いって話よね。
まあ、アレクも一応前世は女性だから……。
「許可が下りたら作るの?」
「まぁ……作らないと後がうるさいでしょう。あの方は」
アレクは疲れた様子を見せる。
そうね。あの男のアンジェリーナへの執着は異常だもの。
「拙者としてはもっと……心躍る発明をしたいところでござりますが……ん~、なにせ使える技術と素材が限られておりますからなぁ」
文明が遅れすぎた世界は辛いと言うアレクに少しばかり同意する。
貴族の私はまだいくらかマシだけれど、やっぱり不便な部分は不便なのよね。
「ベッドでごろ寝しながらスマホで漫画読めるような生活に戻りたいと言えば戻りたいわね。この世界、娯楽が少なすぎるのよ」
「そもそも漫画を書く作家がいのだから仕方ないでござりましょう」
一人だけ描けそうな心当たりが居るけれど、漫画と縁がない生活だったって言ってたものね。どういうものか伝えて理解してくれるかが問題よ。
「アレク、なんか楽で気を使わない娯楽ってない?」
「また無茶ぶりを」
「アニメだなんて贅沢は言わないから、こう、私がなにもしなくても楽しめるものが欲しいわ」
いちいち重たい本を開いて目で追うのもうんざりしてきたところ。もっとほら、ぼけーっとしていても楽しめるようななにかないかしら?
「お嬢、娯楽すらさぼりたいとか……」
「だっていっつもこのコルセットよ? うんざりしちゃう」
コルセットは骨格を変えてしまうから健康によろしくないとこの世界の人たちは知らないみたいね。まぁ、見た目が美しく見えるから、私も外では大歓迎よ。でも、家の中でくらいは寛ぎたい。
「ぶっちゃけ家に居る間はなにもしたくない。外ではちゃんとご令嬢やってるんだからいいじゃない」
「出た。お嬢の謎理論。拙者は付き合いきれませぬ」
アレクは大袈裟にやれやれといった仕種をとり、それから腕時計に似た奇妙な装置を動かす。たぶん未来の品物。腕時計に触れると宙にモニターとキーボードの様なものが現れる。パソコンみたいな装置なんだろうけれど、私の前世にあったものよりもずっと高性能みたい。
「未来人ってみんなそういうものを自作出来るの?」
「まさか。拙者の趣味でござる。大抵の人間はわざわざなにかを作ろうなんて考えませぬからなぁ」
つまりアレクは前世から変人だったってことね。
「せめて自動で本を読み上げてくれるなにかとかない?」
「そんなものは古代からあったはずでは?」
「ここにはないから作ってって言ってるのよ」
この分からず屋。本当に使えないわね。
「だからもうありますって。はい」
ぽんっと細身の腕時計のようなものを投げられる。
「え?」
「光をかざせば自動的に読み上げてくれる、視覚障害者向けの道具ですが、お嬢の横着にも使えるかと」
「横着って……でもページは自分でめくらなきゃいけないんでしょ?」
だったら使えないわ。
「まるごと一冊スキャンすれば最後まで自動で読み上げますわ」
カッカッカと奇妙な笑い方をするアレクをとてもじゃないけど元女性だなんて思えない。
ヒョロガリでひきこもり。変人。でも顔はそこそこ整ってるのよね。それと頭の良さだけは認めてるけどそれを差し引いても変人。顔と頭が良くてもこんな変人じゃねぇ……。
「貰っておくわ。ところでアレク、いつになったら私の完璧なお婿さんを探す装置を作ってくれるの?」
「無茶ぶりが過ぎるでござる! だいたいお嬢みたいなわがまま娘に付き合いきれる稀少な人材を袖にしたのはお嬢でござろう」
その稀少な人材ってまさかクリスのこと?
「あんな馬面女装男はお断りよ」
私は面食いなの。第一が見た目よ。
「見た目だけの男は問題だけど、見た目が悪いのは論外よ」
「……お嬢だってその見た目だけではござらんか……」
アレクは大袈裟な溜息を吐く。
なんか、ものすごくいらっとした。
思わず靴を脱いで思いっきりアレクを叩いた。
異世界転生したはずなのに私に使命はないようです。 高里奏 @KanadeTakasato
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