1 とりあえずヒロインに遭遇してもぶっつぶす準備だけはしておくわよ


 そもそも異世界転生に気が付いたのはいつだっただろうか。たぶん物心がついた頃には既に前世の記憶というものがあった。

 前世の私はゲームや漫画が好きないわゆるオタク層の女子高生だった。特にファンタジー要素の強いRPG作品が大好きでそういった要素のある乙女ゲームなんかをよくプレイしていた。だから、前世の記憶を認識したときに確信した。

 きっとこの世界は乙女ゲームの世界だと。なんたってお城のようなお屋敷でお姫様みたいなドレスで過ごしているのだから。

 けれどもコートニー・シュガーという名前に聞き覚えはないし、国の名前にもぴんとこない。もしかすると知らない作品の世界に転生してしまったのかもしれない。

 けれども鏡の中の美少女には満足していた。

 そう、コートニーはとってもかわいらしい。まるでお人形さんみたい。

 髪の毛はきらきらとした金。少し癖があるけれど、それが華やかさを増している。それに青い瞳はどこか力強さを感じて本当に美しい。

 そして確信する。コートニー・シュガーはいわゆる悪役令嬢ポジションだ。きっとヒロインを虐める役だから、うまく悪役をやってヒロインに勝たなくてはいけない。追放されたり断罪されたりそんな破滅エンドなんてごめんだもの。

 自分の立場を把握した私はとにかく一生懸命勉強し、常に完璧を目指した。どんなヒロインが、たとえ転生者が相手だとしても必ず勝てる状態になろうと。

 けれどもなにかがおかしかった。

 私の婚約者として紹介された男の子、クリス・ランチ侯爵令息はなんというか、不細工。控えめに言って馬に似ているし、おどおどしていてみっともない。

 こんなやつと結婚なんて絶対に嫌。

 私は必死にお父様に泣きついたけれど、それは認めてもらえなかった。家格的に釣り会う好条件、なおかつ婿養子になってもらわなくてはいけない。なにせ私はシュガー侯爵家の一人娘なのだから。貴族の娘には選択肢が少ない。

 その婚約が決まってしばらくの間、私はうじうじしていた。けれども、あるパーティーで同じ年のおかしな女の子と出会ったらそれが些細なことに思えた。

 彼女の名はアンジェリーナ。ハニー伯爵家の娘でとっても変な子。

 あの日見たアンジェリーナはカーテンを切り刻んだような服に、帽子代わりに大きな靴を被って、ぶかぶかの紳士靴を履いていた。

 控えめに言ってダサい。へんてこな格好だ。

 それなのに彼女は自分がその場で一番かっこいいとでも言うように堂々とその場を歩いていた。

 正直、惚れた。

 周りの目を気にしないで好き放題やっているアンジェリーナから目を離せなくなって、気がつけば張り合うようになっていた。

 けれども、ふつうのドレスじゃ勝ち目がない。なんというか、アンジェリーナはたぶん全部のドレスが自作なのだろう。素材からしておかしなものが多い。少し前のお茶会では船を着ていた。木造の小さな船を。頭がおかしい。

 そんなアンジェリーナに嫉妬して、話しかけてくるクリスが鬱陶しくてうんざりしているとき、もう一人変な子を見つけた。

 それがアレクシスだった。

 庭の隅でラジコン! そう、この異世界でラジコン遊びをしている子供がいたのだ。

「ねぇ、あなた、それはなぁに?」

 声をかければ彼はびくりとふるえる。余程驚いたのだろう。飛び上がりそうな勢いだった。

 彼が操作していたのはミニチュアの恐竜のようなラジコンで体のほかに口も動き、庭の花をむしゃむしゃと食べているような動きをしていた。

「なにって、拙者の作った……あー、からくりだ」

 その子は誤魔化すようにそういってラジコンを隠そうとする。

「ちょっと、よく見せてちょうだい。おもしろそうじゃない」

 大体我が家の庭で遊んでいるということは招待客かだれかなのだから私の相手をする義務があるはずよ。

「お嬢、これは結構繊細にできているので乱暴な扱いは困る」

「お嬢? あなた、うちの使用人なの?」

 驚いて訊ねれば、彼は少しだけ困った顔を見せる。

「庭師の息子。アレクシスって呼ばれてる」

「ふーん、あなたおもしろそうね。私のになりなさいよ」

 そのときは特に深く考えもせずに、お父様に駄々をこねた。そして、アレクシスは名目上私の下男になったのだ。

 アレクシスはいつも気だるそうに話すし、眠そうな目をしている。けれども体調が悪いだとか体が弱いだとかそんなことはなく、それが彼のふつうなのだ。

 彼は下男という名目だったけれど、事実上私の友人とでも言うのだろうか。見た目は不健康そうだけれどもまだ馬面の婚約者よりは見た目がいいから付き人として連れ歩こうともしたけれど、困ったことにアレクは引きこもりだ。だから自然と私の方がアレクの部屋に足を運ぶようになった。

「あーっ、納得がいかないわ。私の魔力適正が氷だって聞いたから期待したのにひんやり冷たい程度だなんて!ファンタジーが中途半端なのよ!」

 せっかく転生したんだからばんばん魔法とか使ってみたかったのに。

 アレクの部屋で不満を口にすれば彼は少しだけ呆れを見せた。

「拙者、透視の魔力なんで人前で全く使えない役立たずなんですけど」

「え? どうして?」

「お嬢は拙者に下着の色を当てられたいのでしょうか?」

 アレクの言葉が一瞬理解できず、それから数分経って赤くなる。つまり、透視って、服が透けて見えるっていうあれ?

「どんなエロ漫画設定よ!」

 思わずアレクに怒鳴る。

「前から思ってたけどお嬢って……いわゆる転生者っすよね」

「え?」

 あっさりと指摘され、驚く。

 確かに自分以外の転生者も存在するとは思っていたけれど、こんなに早く遭遇するなんて。

「実は拙者、転生者でござりまして、西暦三六〇〇年代の頭の方でうっかりくたばったっぽいっす」

 アレクの言葉に耳を疑う。

「え? まさかの未来人?」

 まあよくおかしなものを作っているなとは思っていたけれどそれにしても未来人だなんて。

「未来人呼ばわりされるということは、お嬢は西暦三〇〇〇年程度だったりします?」

「いやいや二〇〇〇年代の初めよ。令和になったばかりのころ」

「なんと! 古代人と遭遇するとは!」

 アレクは本気で驚いた様子を見せる。

 古代人。なるほど。アレクから見たらそう見えてしまうのか。

「アレクがなんでも作れるってことは未来の技術で無双も夢じゃないってことよね」

「いやー、機材とか素材とかの問題があるのである程度の制限があるといいますかー拙者も万能ではないので。あ、専門は人工知能とロボット工学っす」

 全く理解できない。けどアレクに言えば大抵なんとかなるって意味ね。

「とりあえずヒロインに遭遇してもぶっつぶす準備だけはしておくわよ」

「……お嬢、たぶんその認識間違ってる」

 アレクがなにかを言ったような気がしたけれどそれを無視し、とりあえず打倒アンジェリーナの個性的なドレスを考えることにした。

 当面の計画としては断罪エンドや破滅エンドに陥らないためにヒロインをぶっつぶせる先頭力というかステータスを鍛えればいい。もしくは聖女や勇者だったときの場合も考えてやっぱり魔法や戦闘力は鍛えておくべきね。

 幸い、貴族令嬢のドレスは重い。筋トレ程度にはなる。

「あ、アレクに効率よく体を鍛えるなにかを作ってもらいましょう」

 負けるのは嫌いだけどできるだけ楽な方法がいいもの。

 勿論努力は必要よ。でも無駄な努力はしたくない。何事も効率よく進めないと。

 少なくともその時点での私は、アレクシスと一緒に未来の技術と知識を活用して無双するくらいの気持ちで居た。

 ほかの転生者たちの年代がバラバラだなんて考えもせずに。

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