ハロウィンのパイ

桜川 ゆうか

ハロウィンのパイ

 公園に連れて行った娘たちが、駆けまわってはしゃいでいる。

「ちょっと待って!」

「こっちだよ~」

 鬼ごっこでもしてるんだろう。私はちらと時計を見ると、子どもたちに声をかけた。

「そろそろ帰るよ!」

「ええ~?」

「もう少し、遊びたい!」

「ご飯つくらなきゃ。今夜はハロウィンだから、かぼちゃのパイにしよう」

 美優みゆが頬を膨らませる。

「パイじゃなくて、ケーキがいい!」

「かぼちゃを食べるのよ?」

「ケーキ、ケーキ!」

 子どもって、自分の欲求には正直だ。

「もう、パイの生地を買っちゃったのに。はい、ちょっと買いものするから、先に帰って」

 美優がパイの件で、まだ文句を言っている。姉の美愛みあに鍵を預けると、2人は走って行こうとする。

「危ないから、走らないで!」

 美愛が止まる。美優は、美愛より前に出てから歩き出した。さて、私は買いもの。

 どうすれば美優は喜んでくれるだろう。スーパーに行って、かぼちゃのケーキを見てみる。かわいい顔が描かれた、デザインケーキだ。こういうかわいいのが、食べたかったのかもしれない。毎年つくるパイは、どう見てもただのパイだし。

 よし。私はうなずいて、生クリームと、デコレーション用チョコレートを買った。かぼちゃパイは甘い。チョコレートだって、合わないはずがない。

 そのまま帰宅して、予定どおりパイを焼く。いつもと少し違う、と思うと、なんとなく自分まで楽しい気分になっていた。

 リビングは既に装飾してあり、お化けのぬいぐるみや、美愛がつくった折り紙の蜘蛛の巣が何か所かに貼ってある。冷凍生地でつくったパイも焼き上がった。

 生クリームに砂糖を加えて泡立て、パイの周りに飾ってみる。チョコレートを温めて、プラスチックの先端を切り、かぼちゃお化けを大きく描く。外のかぼちゃのラインが、なかなか難しい。歯のジグザグも、全体をチョコレートで塗りつぶそうと思ったのに、線がたくさん入っていて、奇妙な感じだ。ティースプーンでならしてみると、だいぶそれらしくなった。いかにも素人の作品だけど、かぼちゃの顔の完成だ。

 パパが帰宅したので、娘たちも呼んで食事にする。先に他のおかずを出して、子どもたちが来てから、パイは最後に出す。ちょっとしたサプライズ。

「あれ、かぼちゃお化けだ!」

「ケーキだ!」

「ケーキじゃないよ、パイだよ」

「でも、かぼちゃお化けだ! クリームもある!」

 美優が嬉しそうに笑う。よかった。喜んでくれた。

 食事は目でも食べるって言うけど、本当に見た目が変わるだけで、こんなに喜んでくれるんだ。娘が喜んでいたけれど、なんだか私自身も少し楽しい気持ちになっていた。

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ハロウィンのパイ 桜川 ゆうか @sakuragawa

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