第4話 吸血種たち
暗く、冷たく、湿っぽく、そのうえごつごつした場所で目を覚ます。
体を起こそうとして、両手足首に鉄の枷が嵌められ、そこから延びる鎖で自由を奪われていることに気が付いた。首を捻れば頑丈な鉄格子が見えて――捕らえられたのだと悟る。
仲間と共に海を渡った。そこまではよかった。後は帝都に向かって助けを求めるだけ。
だが降り立った港に、なぜか「ソイツ」がいたのだ。
そこにいないはずの自分たちの仇に、全身がカッと熱くなった。
その喉元を食いちぎって殺してやる、と無い牙を剥いて――
だが、逃げる選択をしたはずだった。ここは戦う場面ではない、と。
自分たちに今必要なのは、復讐ではなく助けと牙だ。
煮えたぎるほどの怒りと恥辱を呑んで、仲間たちに逃げる指示を出した。だがその瞬間、あたりが濃霧に閉ざされて――ここに至る。
「……」
自分をこのように辱めているのは、間違いなく「アイツ」だろう。まんまと捕えられ、無様な姿をさらしている己の現状が腹立たしくて唇を噛みしめる。
だが、まだできることはあるはずだ。必ずここから脱出して帝都の牙へたどり着き「アイツ」にも、一族を皆殺しにした愚か者どもにも、復讐をしてやる。
と意気込んでいると、遠くから話し声が聞こえて、息を殺す。
誰が来るのか、自分をどうするつもりなのか、仲間はどうなったのか。
少しでも状況が把握できるまで、寝たふりでいたほうがいいだろう。
鉄格子に背を向けて待つと、聞こえてきたのは二人分の足音だ。
想定通り、男が二人。命じる者と、命じられる者がいるらしい。
「閣下が魔族の血をお持ちとは」
「以前、運よく手に入れたのだ。他に漏らしてはならんぞ」
「もちろんです閣下。この血を使えば、力なき我らにも奴らを無力化する方法が、きっと見つかりましょう」
「だがまずは――」
「はい、閣下。わかっております」
足音が背中で止まる。
カチャカチャと鍵の音がして、不快な金属音を立てながら牢の扉が開かれる。
「気をつけろ」
「大丈夫ですよ、閣下。我らが母の力は偉大です」
「……」
男たちは何者なのか。わからないが、自身の中に流れる祖先の血が訴える。
敵側の人間である、と、背筋が粟立つほど強烈に。
今すぐに起き上がって逃げ出したい衝動を抑えつつ、どうにか冷静さを保って、背後の気配を探った。
牢に入り近づいてきたのは命じられている男だ。
男は「母の力」とやらを使って、自分たちを制圧した。その言いぶりには、覚えがある。
教会だ。
アイツらは海を聖母として崇めている。そして自分たち地の眷属は、海と相性が悪い。
あの立ち込めた濃霧の中に、特別な薬でも仕込んでいたのだろうか。
考えていると、腕のあたりに冷たく鋭い何かを感じて――さすがに飛び上がった。
思い切り腕を振ると、枷と鎖のせいでうまく動かせなかったにも関わらず、白い僧衣を着た男が吹っ飛んで鉄格子に背中を打ち付ける。
やはり教会か、とにらみつけると、牢の外でこちらを眺めていた男は「だから言ったのに」と呆れた、しかし淡々とした様子で、僧衣の男を牢の中に残したまま扉を閉め鍵をかけた。
「お前が何者か、私は知っているぞ」
「……!」
「牙が欲しいんだろう? 大人しくソレを受け入れるといい」
どうやら腕に刺さった冷たいものは、注射の針だったらしい。
運よく壊れることなく、床の上に転がったそれを一瞥して、再び牢の外の男に目をやる。
「偉大なるクスミ王家の生き残り、誇り高き血の後継者、カシマール。私に手を貸してほしいのだ。君も国が欲しいのだろう? 私も同じだ。互いに手を取り合い、欲しいものを手に入れようではないか。ソレで得られる牙は仮のものだ。一、二時間すれば、お前は再び人に戻る。だが、いずれは本物の牙をやろう」
この男は、信用ならない。
まず名乗らないし、教会と手を組んでいるし、脂さがった笑みには吐き気がするほどだ。
だが牢に入れられ、力なく、仲間さえ失った自分には、力が必要だった。
それに国を望むその野望、瞳の内に宿る黒い炎には、覚えがあって――
「仲間はどこにいる」
「奥にまとめて捕えているさ。半端者のお前と違って、彼女の力がよく効いているらしい」
「お前は誰だ」
「アルバート、と人は呼ぶ。新聞ではここのところ、単に王弟とだけ書かれるが」
まさか、と目を見開く。
そうして警戒心を強くした。
この国の王には子がいない。だからその弟、つまり目の前のヤツが次の王になるはずだ。
王さえ死ねばそれだけで国が手に入る。
なのになぜ、たくらみなんかをしているのだろう。
「カシマール、お前はまだ若い。だからわからんだろう。私がこれまで受けてきた屈辱がいかなるものか。私はもう、我慢したくないのだ」
「女王を暗殺するつもりか?」
「まさか。国を乱したいわけではない。平穏に、安全に、そして確実に、私は国を手に入れたいのだ」
「それに俺を、どう使う気だ?」
アルバートは目を細め、それから鉄格子に一歩近づいて、わずかに腰をかがめた。
そうして床に転がる注射器を示すと「邪魔者を排除する手がかりを作りたいのだ」と囁く。
「何をしろ、というわけではない。お前はただその血を受け入れ、為すべきことをすればいいだけだ」
「なんの血だ」
「吸血鬼の血だよ。それも大王ツェペシュの血統ではなく、生まれながらに吸血鬼である自然種のね」
「……」
「ともあれ、援軍は多い方がいい。お前を祖国に送り返し、その見返りに強大な後ろ盾を得ることもまた、私にとっては多大な力となるのだが。せっかくこうして出会ったのだ、お前に選んでもらおうではないか」
ぐっと唇を噛みしめる。
もともと、熱くなりやすい性質なのだ。それをどうにか制する術を学んではきたが、性根は変えようがない。
偉大な血を根絶やしにせんと武器を持った人間どもの国に送り返されてたまるかと、注射器を手に取る。
祖国の地を踏むのはやつらに復讐して国を取り戻す時だ。そのためには力が必要なのだ。なんとしてでも。
腕に突き刺し、強引に血を入れる。
得体のしれない他人の血が自分の中に入っていく光景に、吐き気がこみ上げた。だがその血がきっと、自分の未来を切り開く助けになるはずだと、そう信じてすべての血を流し込み――
「ッ……ア、」
「開けろ。下町の、そうだな、酒場のあたりに行くといい。あそこなら人がいるだろう」
「ッウ……ふッ……ア」
「血が欲しいだろう? カシマール。存分に吸うといい。喉元に噛みつき、食いちぎって温かい鮮血を浴びて来るがいい。優雅さや知的さなどまやかしだ。吸血鬼とはそういうものなのだと、皆に教えてやれ」
腹の底から熱い何かがせり上がる。
視界が真っ赤になって、心臓は深く早い鼓動を打って、息が苦しい。
獣のように喘ぎながら、だらりと舌を垂らして空気を求めるが、求めているのは空気ではなく血だと知る。
これが吸血種の渇望か、と。
「何をしても手出しは不要だが、回収だけは必ずするように。逃がすでないぞ。貴重な駒だからな」
もうアルバートの声は耳に入ってこない。
ただただ血が欲しい。
牢の扉は開いている。そこから飛び出しあたりを見回すと、窓が見えた。
一息にそこに飛び移り、街を眺める。
アルバートが言った通り、暗い路地に灯るあかりを見つけて、そこへと飛び降りた。
人狼に劣るとはいえ、人間の何倍もの強靭さと素早さを会得した自分の背中を、寸分たがわず追いかける人影に気づけないまま、見つけた女の首に手を伸ばし――
優美に絡みついたクレマチスのつるをよけつつ、フェルディは漆黒の鉄柵門に手をかける。
ギィと上がった小さな音に、庭先のバラを整えていた下働きの男が振り返った。
そうしてフェルディをみとめると「久しぶりだねえ」とにこやかに笑う。
「タリーはいるか?」
「ちょっと待ってな」
外での労働で焼けた肌に浮かんだしわをくしゃりとさせて笑うと、男は屋敷に駆けていく。その背中を見送りつつ、フェルディはなんとはなしに前庭を眺めた。
大きなつぼみをつけたバラの茎が、風に揺れている。
バラは花の中でも「腹持ちがいいほう」だと、いつかイレアナが言っていたのを思い出した。でもその分手間がかかるのだと。
育てるのもそうだが、食べる時にはメイドたちがひとつひとつ丁寧に、かつバラがしおれぬうちに素早くトゲを抜いてくれたのだそうだ。だがそれは新入りメイドの役目で、元より慣れぬ仕事に荒れた彼女たちの手が、トゲのせいでいっそう傷だらけになってしまう。
傷つくことなくトゲを抜けるようになったら一人前。そんな通過儀礼も含まれていると知ってはいたのだが、それでも彼女たちの手が傷つくのを減らしたくて、バラよりももっと簡単に食べられる花を植えさせるようにした――この屋敷ではなく、人狼の森近くの館でそう言っていたイレアナの表情は、どこか寂しげで。
「坊ちゃん、中へどうぞ」
「仕事中に悪いな」
「いえいえ」
男は愛想よく笑って、屋敷を示す。
半ば開いた扉の前にはすでにタリーが立っていて、フェルディを待っていた。
地味なこげ茶色の髪に、異国の血混じりの褐色の肌、歳は自分と変わらないぐらいだろうか。少なくとも、外見上は二十代の青年に見える。
伏せがちな目は細いだけだと本人は笑い、そしていつだってその口元には他人を不快にさせない程度の微笑みが湛えられている。
細身の体は影のように目立たず静かで、物腰は穏やか、かつ優雅。もちろん作法や礼儀、気遣いも申し分ない彼は、イレアナが当主であった頃からこの家に仕え、今は若き当主代理を支える従僕たちの主だ。
そして、帝都へやってきたフェルディ達人狼一族に住処や仕事を提供した協力者でもある。その関係は公にはしていないが、隠すことでもない。
「お久しぶりですね、中へどうぞ」
「ああ、突然悪いな」
「人狼とはそういうものだと理解しております。群れで屋敷を取り囲まれた時に比べれば、貴方一人ぐらい、喜んで歓迎しますよ」
「あの時のことはもう忘れてくれ」
保護していたイレアナの事もあって、クリステア家とは人狼の森にいた頃から交流があった。だが手紙をよこすのはいつだってクリステア家――というよりはタリーで、フェルディはそれに返事を書くだけだった。
その返事の中で何人かの人狼と共に帝都に行き、森の枯れを女王に訴えるつもりであることは説明していたが、帝都に行くその日のことを事前に教えておく、という考えがなかったのだ。
そもそも人狼は手紙なんかよりも伝令が走って伝えた方が早いし、そうしてやってきた伝令や護衛を休ませてから帰すから、突然の訪問など日常茶飯事で。
突如屋敷の前に現れた人狼――群れというほどの数ではなかったつもりだが――が、泊めてくれと申し出たのを思い出したのか、くつりと笑ってから背を向けたタリーに、フェルディは「悪かったって。田舎者だからそういう作法は知らなかったんだよ」と続けながら、屋敷に入る。
「イオン様は、今はお休みです。話をお聞きするだけになってしまいますが、よろしいですか?」
「ああ、お前で十分だ。イレアナについて聞きたいんだが」
「話の本題に入るのは、席についてお茶を出してからとお教えしたはずですが?」
「……わかってるが時間が惜しいんだよ。アンタだって、無関係な話じゃないんだからな」
「お館様は、息災ないでしょう? あるはずがありません。あってはならないことです」
人狼は満月の夜には狼の姿となって暴れまわり、吸血鬼は日の光を浴びると消滅する。
なんて俗説があるが、そんなのはデマだ。
満月に体がうずうずするのは確かだが、人狼は自身の姿を完全に制御できなければ大人とは認められず、意図せず狼に転じてしまうのは大変に恥ずべきことで、絶対に見られたくないしそうなりたくないと誰もが思っている。
そして吸血種もまた、日光ごときで溶けることはない。
だが日光が苦手なのは確からしく、クリステア家は奥に行けば行くほど暗くなる。
当主代理のイオンはまだ人間だが、タリーは吸血種だ。
彼が案内した部屋は遮光性の高いカーテンが引かれていて、シャンデリアに灯りがともっていた。その他にも美しいステンドグラスで作られたガラスランプがいくつも置かれ、部屋を彩っている。
「それで、どうしてお館様の話を?」
すでに用意されていたワゴンからテーブルに茶菓子を並べ、お茶を注いで差し出してからタリーは話を始めた。
フェルディはその、読めない表情をなんとか読もうとしてみる。だが、腹の探り合いは苦手だ。そもそもタリーは見た目の倍ほど年を取っている。しかも貴族社会を家令として生き抜いてきた手練れなわけで。
フェルディは早々に白旗を上げた。そうして単刀直入に打ち明ける。
「イレアナが目覚めた」
「……」
ぴくり、とタリーの眉が上がった。だがポーカーフェイスを何とか保って、紅茶を一口だけ飲む。
吸血種の主食は血か、精気だ。吸血種に変じると感覚は鈍くなるそうだが、儀礼的に食べ物は口にするし、味を楽しむ心も失ってはいない。
フェルディも紅茶に口をつけた。砂糖ではなくはちみつが入ったそれは、格段に香り高くまろやかで美味い。
「うちの群れに子供が生まれて、名づけを頼まれたんで行ったんだ。そしたら、なんの偶然か、その時にな」
ソーサーにカップを置くとき、底がすれてカチッと小さな音を立てた。
普段のタリーならば、絶対にしないことだ。彼は獲物に忍び寄る狼のごとく音を立てない。
動揺しているのだろう。人狼に相談なく、秘密裏にイレアナを起こしたことがバレたから?
たぶん違うな、とフェルディは思った。人狼は直感に優れるのだ。タリーに言わせれば、動物的な野生の勘というやつらしいが。
「アンタたちが目覚めさせたんじゃあないんだな?」
「そうする理由がありません」
「ここにも、もうすぐ子供が生まれるんだろう? それを機に代替えするつもりだったんじゃあないのか?」
「クリステア家の代替わりは、王のそれと同時でなければなりません。イオン様はまだ若く壮健で、陛下があと二十年在位を保ったのちに跡を継いだとしても、なんら問題なくクリステア家の主として働けるでしょう。そうでなければ、次の世代に跡を託せばよい話です」
「王の代替わりか、イレアナが望んで目覚めない限り、アンタたちはずっと俺たちにイレアナを託しておくつもりだった、てことだよな?」
「ええ。我々、少なくとも私とイオン様が望むのは、クリステア家の再興でも、繁栄でもないのです。フェルディ、前にも言いましたが我々は“イレアナ様が望むように”。彼女が幸せであればただそれで良い」
フェルディは、最初の手紙の文面を思い出す。
てっきり当主の骸を取り戻したいのだろうと思って身構えたのだが、書かれていたのは「彼女が静かに、安らかに眠れるよう、私達も必要なことがあれば協力いたしますので、どうかよろしくお願いします」という言葉だった。
思わず、取り返さなくていいのかと尋ねると「彼女に押し付けた重圧の責任は我々が処理しますので、彼女にはただ穏やかにいてほしいのです」と返事が来た。
イレアナが帝都の貴族社会や何かにひどく疲れ、嫌気がさして片田舎に逃げてきたのは知っていた。
フェルディが知るイレアナは、貴族なのに自ら働くことを厭わず、むしろ喜んでやる変わった、けれども真面目な人だったから、そんな彼女が逃げ出したくなるなんてよっぽど大変なことがあったのだろうと考えていたのだ。
傍仕えとして一番近くにいながら、大変なことから主を守れず、助けられず、逃げ出させてしまった責任と後悔があるのだろう。
ともかく、嘘は言っていない。タリーは白だと、フェルディは判断した。
「お館様は、今どちらにいらっしゃるのですか?」
「相変わらず、ウチで面倒を見てる」
「そうですか。では安心ですね」
「アンタが嘘を言わず、正直に話してくれたと信じて俺も正直に話すが、イレアナは記憶を無くしてるんだ」
「それは……ええ、悲しいことですが、仕方ありません。ツェペシュの血が体を癒えさせるとはいえ、失ったものを完全に取り戻すのは難しいことです。彼女が人狼の森で幸せに暮らしているのであれば、問題ないでしょう。ああ、彼女の衣服などを送りましょう。 ひとまず、以前着ていた室内着や動きやすいワンピース類を用意いたしますね」
「ああ、助かる。だがとりあえず、何着かでいい。俺たちの家に届けてくれるか?」
「わかりました。すぐに手配しましょう。あの方は子供が好きですから、人狼の赤子や幼子たちの相手をして賑やかに暮らす日々を、楽しまれるでしょうね」
「……そうだな」
穏やかに微笑むタリーを尻目に、フェルディは茶菓子のクッキーを摘まんだ。
イチゴを練りこんだ甘酸っぱいショートブレッドだ。
「生活の仕方や貴族とか人狼とか吸血種とか、そういう一般常識?みたいなのは覚えてるらしいんだ。だが、俺が誰だとか、自分が何者だったかそういうことはさっぱり」
「そうですか。であればご自身の群れを覚えるより先に、フェンリル群の人狼をお覚えになるでしょうねえ。吸血種であると言うのに、本当にあの方らしい」
嘘は言ってない。タリーはイレアナが人狼の森でフェンリル群と暮らしていると思っているが、フェルディは「ウチで面倒を見ている」と言っただけだ。
あの隠れ家はフェルディにとって第二の家であり、面倒を見る予定なのも、何ひとつ間違っていない。だが、少し、胸が痛む。
帝都を離れてからも、イレアナは時々クリステア家のことを思い返しているようだった。そのたび話題に上がる名前は決まって「執事のタリー」と「跡継ぎのイオン」。
自分を慕い仕えてくれる二人に、自分はひどいことをしたのだと、泣いていた日もあったっけ。
「家のことも話して、そのうちこっちに来るようにしとくよ」
「そうですね。イオン様は喜ばれるでしょう。ですがくれぐれも、無理はさせないようにお願いしますよ」
「わかってるって、お館様第一、だろ?」
「ええ」
ともあれ、イレアナの目覚めの原因はクリステア家ではないだろう。
少なくともタリー、おそらく当主代理のイオンも、イレアナの幸せを第一に願い、平穏に過ごしてもらうことが一番、そのためには己の手を離れて人狼に預けても構わない、という方針を崩してはいないはずだ。
となればやはり、女王陛下の手による可能性が高い。
一度帰って、ハーヴェイと話した方がいいだろう。
フェルディは紅茶を一息に飲み干して立ち上がった。
「紅茶をそんな風に飲むものではありませんよ」
「豪快で野性的だろ? これが案外とモテるんだ。ご令嬢なんかは頬を真っ赤にしながら、それでも俺を食い入るように見るんだぜ?」
「フェルディ、貴方まで放蕩者になってしまったのですか?」
「ミイラ取りがミイラになるって?」
「朱に交われば赤くなる、ですよ。陛下はスキャンダルを嫌います。森を救いたければ慎ましく暮らすことです」
「忠告ありがとうよ。見送りはいい。あと庭のバラを少し貰ってってもいいか?」
「構いませんが……」
まさか、本当に浮名を流すつもりじゃあないでしょうね?
そう言いたげなタリーに苦笑を返して、フェルディは屋敷を出た。
だが頼むより先に、下働きの男は棘を抜いた小ぶりなバラの花束を用意していて――「坊ちゃん、故郷のこともいいけど、せっかく都会に来たんだからデートのひとつやふたつぐらいはしとかないと」なんて言われたものだから、フェルディは思わず声を上げて笑ってしまった。
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