水玉

尾八原ジュージ

水玉

 喫茶店で私を見つけるなり、澪はねぇ聞いて聞いてと言いながら駆け寄ってきて椅子を引いた。メニューも見ずに「こないだ△△ダムに行ったんだけど」と、地元では有名な心霊スポットの名前を出し、物凄い勢いで話し始めた。


 ダムに行った日から幽霊が見えるようになったの。気が付くと視界の隅に立ってて、よく見ようとすると消えちゃうの。でも何でか、そいつがぐっしょり濡れてることがよくわかるのね。顔は俯いてて見えないけど若い女で、肩まで髪を伸ばして、白地に青い水玉のノースリーブのワンピースを着てて、素足にローファー履いてるの。それが目の端に、ちょっとした瞬間にチラチラ映るの。

 何度も何度も見てるとだんだん、その女は入水して死んだんだなってこともわかってきてね、いつか私も水で死ぬんじゃないかって気がしてくるの。


 澪はただ事でない顔色でまくしたてる。私はイラストを描くのが趣味なので、そういう話を聞いていると、自然と彼女のいう「幽霊」の姿形を詳細に想像し始めてしまう。

 びしょ濡れの若い女。肩に重そうにかかった髪からも、乳酸菌飲料のパッケージみたいな柄のワンピースの裾からも水滴が垂れている。変色したローファーに突っ込んだ素足が寒々しい。そんな風に思い浮かべていると、背筋に冷水を一滴落とされたような冷たさが走って、私は思わず身震いした。確かにこの女は水で死んだんだろうなという気がする。もう女の姿は、印刷されたかのように私の脳裏に鮮やかに刷り込まれて、すぐにでも絵に描き出せそうだ。

「それでね」

 と澪がかぶせるように言い、私ははっと我に返った。その時、暖房の効いた喫茶店の観葉植物の傍に、ちらりと青い水玉模様が映った。

「それでね」

 もう一度澪が言う。

「日が経つうちに、その女がだんだん近くに見えるようになってきたの。もうそいつの髪から落ちる水滴に触れるかもってくらい。でもそうなったら私、いよいよ水で死ぬ気がするんだよね。でもさ、これ不思議なんだけどそいつね、誰かに話すとちょっと遠くに行くんだよ」

 澪の声を聞きながら、私はたった今視界の隅にとらえた女をもう一度見ようとした。すでにその姿はなかった。

 ほっとして澪の方に視線を戻すと、今度は別の端に水玉のワンピースが見えた。

「ごめんね」

 そう言って澪は立ち上がると、後も見ずに喫茶店を出て行った。

 その時窓の近くにまたちらりと見えた女は、気のせいか少しだけこちらに近づいたようだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

水玉 尾八原ジュージ @zi-yon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説