ナルキッソスの花には毒がある

きょうじゅ

水仙二輪

 神話にう、神に呪われし少年ナルキッソスは水面みなもに映った己の姿を見て恋に落ち、その果てに狂って死んだと。


 だが、ルカと名付けられたその少年は、ナルキッソスもかくやという美貌にも関わらず、己自身を好まざるところ狂気に似ていた。物心ついた時分に既に彼に親はなく、また学問をすることも好まなかったが、女を誑かす才だけは際立っていたから、やがて成長した彼は名うてのジゴロとしてパリの街に知られるようになった。


 累代、多くの女たちが彼にのぼせ上がり、身体と愛とそして金を捧げた。だがそれらのうちで、ルカが最も深く求めたものは愛であった。彼は己で己自身を愛さぬにも関わらず、いや、或いはそうであるからなのか、女に愛されることを、愛されることだけをひたすらに好んだ。金は生きるに必要であるから求めるに過ぎなかった。身体は、肉欲を満たすためというより愛されていることの証として求めているかのようであった。


 ルカはかなり頻繁に付き合う女を取り換えたから、女に奉仕されている——或いは、している——ときだけ、彼は己がこの世に生きて在ることの意味を感じられるのだと語っていることを、そして普段は着衣に隠れている彼の手首には無数のきずがあるのだということを、パリの多くの女たちが知っていた。


 そんなルカが最後の恋人として選んだのは、クロエという年下の少女娼婦であった。クロエもまた、己を愛することを知らない人間だった。ただ肉の枷を外して男たちに奉仕する時のみ、己の存在する意味を感じられる。そのような人間性の持ち主であった。


 まるで欠けていた二つのピースがパズルにぴったりとはまるかのように、二人は満たされた。だが、それでも二人は互いを愛するだけで、己自身を愛することはなかった。クロエの手首にも創は多くあり、そしてルカと付き合うようになってからもなおそれは増え続けた。


 彼らは財には事欠かなかったから、ある日小さなヨットを買って大西洋に浮かべた。彼らにもそのような人並みの俗欲があったのだと、彼らをよく知る者たちは安堵さえしたが、それは早計なる誤りであった。


 ルカとクロエはある日ヨットで大西洋を遥か西へと漕ぎ出し、そして二度とパリへは戻らなかった。彼らのヨットの航続距離で到達可能なすべての陸地が調査されたが、二人はついに見つからなかった。


 ルカの昔の女の一人が二人の墓を建て、墓碑銘をこう刻んだ。


「美しく、そして毒のある二輪の花 永久とわに眠る」

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ナルキッソスの花には毒がある きょうじゅ @Fake_Proffesor

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