第29話 その顔
「いやー、今日はありがとな! 来てくれて助かったよ」
『合コン』とやらが終わって、女性
こういう会合の終わり方としてはいささか健全すぎる気もしたが、女性のうちふたりに門限があるらしく、さらに門限ありと門限なしがツーペアを作るように近所に住んでいるらしい。
自然と一緒に帰る流れできており、それを男性側が止めるもっともらしい理由を用意できなかった。
とはいえ、主催の日比谷は大変満足なようで、急に集めた礼だと称して、参加した男たちにコンビニのホットコーヒーをおごってくれた。
だったら参加費を安くしてくれたほうがよかった、と蛍ではない別のひとりがぼやいたが、日比谷は「まあまあまあ」などと適当に
「……でも、こんなんでよかったのか? 結局二時間、しゃべって飯食って。なんとなく連絡先交換しただけじゃん」
もうすぐ11月が終わろうとしている。夜ともなれば風は冷たい。
防寒具不足でだいぶ体が冷えていた蛍は、コンビニの前の駐車場脇でありがたくコーヒーに口をつけ、そう聞いた。
「いいの、いいの。てゆーかそこが大事なんじゃん。連絡先交換。そっからどうとでも広がるだろ」
広がる、とは。一体なにが広がるというのか蛍には疑問だったが、問うてもきっと日比谷は自信満々に『人間関係』だとか『付き合い』だとか答えるだろうことが予想できた。
そういうタイプの人種だ、彼は。
そんな大学に入ってからというもの『付き合い』を広げ続けている日比谷は、スマートフォンに表示された連絡先一覧を眺めて大層嬉しそうに笑みを浮かべていた。
「広がるって、お前が広げたいのは
コーヒーより参加費を下げろと言っていたやつが、からかうように笑い飛ばす。
蛍にとっては友人と呼んでいいのかわからない、微妙な距離にある人物だ。名前と顔はよく知っているけれど、今日ほど長い時間を共に過ごしたことは今までない。
「いやぁ、みんなご協力どうもぉ」
調子よく日比谷が笑う。『海雪ちゃん』はあの合コンの参加者のひとりで、門限ありのひとりだ。蛍だけ事情をよく知らずに参加していたのだが、話の流れから察するにどうやら日比谷は彼女の連絡先を手に入れるために今日の合コンをセッティングしたらしい。
だから合コン向きとはとても思えない蛍にも連絡してきたのだろう。合点がいく。
(まんまと使われたわけだ。別にいいけど)
食事代は安くないが、友人とか知人とか呼べるような人と大人数で食事をするなんて機会、もうずいぶんなかった。
とても楽しかったわけではないが、この独特な熱量は貴重な機会だっただろう。そう思うことにした。
「そういえば三門、新しいバイトってなにしてんの?」
合コンの感想がひとしきりで終わったころ、もうだいぶ軽くあったであろうコーヒーのカップを手の間で弄びながら不意に日比谷が尋ねてきた。
「え? なにって……」
新しいバイトの話なんかしたっけ、と思って、すぐに朝……というより昼、合コンの誘いを受けたときに『親戚の手伝い』と伝えたことを思い出した。
蛍はもうほとんどないコーヒーに口をつけて、なんと答えたものか考える間を作る。
「別に。手伝いだよ、だから」
「なんか店の手伝いってこと?」
「なに、新しいバイト?」
「なにやってんの?」
日比谷の他のふたりも興味を示す。ちょうど話題がなくなったからだ。
「いや……店、ってわけじゃ……」
蛍は視線を外して苦い顔をする。
なんと答えたらいいのだろう。仕事の手伝いをさせてはもらっているけれど、それは『バイト』の本来の業務内容ではないし、仕事の内容についてなんかとても話せない。
石の調整をして、中に入った持ち主の声を聞く仕事です。
そんなこと言い出したら、一晩のうちにスピリチュアルキャラが定着してしまう。それは避けたい。
なにもスピリチュアルな仕事をしている人を
だから。
「なんていうか……ばあちゃんちの雑用係だよ」
「なにそれ。介護じゃん」
日比谷が半笑いに言う。蛍は肩をすくめてみせた。コーヒーが空になる。
「そうだよ。ばーさんの介護」
空になったカップをゴミ箱に捨てた。
「面倒だけど、誰かがやんなきゃだろ。貧乏くじの代わりにバイト代出すって言われたから。次のバイトまでのつなぎで引き受けた」
「へー、偉いじゃん。親孝行」
「やめろよ」
そういうんじゃないよ。
軽口めいた場の空気に合わせて、蛍は笑う。
本当に、そういうのではないくせに。
(ああ……また)
自分の吐いた言葉が罪悪感に形を変えて、内側から刺してくる。
「……なに、どうした?」
蛍が急に口をつぐんでうつむいたから、日比谷が気にして声をかけてくれた。
「へ? なんでもないよ。悪い、トイレ」
ぎこちない誤魔化しの言葉が口から飛び出した。
蛍は踵を返してコンビニの店内へ向かう。自動ドアの前に立ったとき。
「またその顔してる」
突然声をかけられた。
「え?」
顔を上げて、蛍は驚きに固まった。
そこにいたのは相田だった。蛍が先月辞めたファミリーレストランのバイトで、一緒だった先輩バイトだ。スポーティなショートカットの、少しきつめの顔立ちの女性。女と付き合ってる。その噂を蛍が『気味悪い』と言い捨てた相手だ。
「相田、さん……?」
「傷つきましたって顔。なんで?」
なにか飲みながら、誰かと電話していたらしい。まだ光っているスマートフォンを手にしたまま、相田が涼しい目でこっちを見る。
「……別に」
それだけ言うのがやっとだった。
蛍は全力で顔を背けて、足早に店内に入る。すぐにドアが閉まる。相田はついてこない。
そっと窺うと、すでに蛍のことなどどうでもいいという風に、ドアから離れてゴミ箱に缶を捨てていた。そのまま彼女は夜の明かりの中に歩き去ってしまう。
蛍は自分の心臓がばくばくと激しい音をたてているのに気付いていた。
なんて後ろめたさだろう。コーヒーを飲んだばかりなのに喉が渇いていた。
また見られた。また聞かれた。
そんな思いが頭の中を巡っていた。
また。
――その顔してる。
相田の言葉が刺さる。
彼女が具体的になにを聞いて、なにを尋ねていたのか蛍は知らない。だけど確かめたくもなかった。
答えはすでに蛍の感情を切り裂いている。誰かの指摘など不要だった。
コンビニの透明な壁の向こうで、日比谷たちが
蛍は慌ててトイレに駆け込む。後ろ手にドアを閉めると。
もうそのまま消えてしまいたい気持ちで、したくもない用を足した。
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