第28話 合コン
時間は午後八時。
蛍は大学の最寄り駅にある、ちょっと
店内はやや薄暗く、オレンジ系の照明があちこちで灯火をイメージしたように
店の中は落ち着いたムードながら、来客数は多く賑やかで、両隣のボックス席でも学生らしき集まりが楽しそうな笑い声をあげている。
もちろん蛍のいる席でも、賑やかな笑い声の花は咲いていた。
「じゃあさ、なんとなくでいいから。ここまでの感じで、一番イイ感じだって思ったの誰?」
一番奥の席でジンジャーエールのグラスを握ったまま、本日の主催である
次から次へと話題を取り出してみせる彼は、今日の集まりが始まってから一時間、ずっと場の中心にいる。
尋ねられた女の子たち――全員、蛍や日比谷と同じ大学の一年生らしい――も、楽しそうに笑いながら並ぶ男性諸君の顔を品定めしてみせた。
「えー? 一番って、決められないよー」
「とりあえず日比谷はないなー」
「えー、なんでよ。俺が一番盛り上げてんじゃん」
「だからだよ。楽しいけど、好みじゃないもん」
からかう意地悪な物言いは、ほぼ金に近い茶髪を耳の下で切り揃えた、
「じゃあ、三門は? 急な誘いでも来てくれた、友情に厚い優しい男だぞ~」
とても本心からそう思っているとは思えない軽薄な語調で、日比谷は蛍の肩を掴んでみせた。あまり話題に乗っかってこない蛍を見かねて、あるいは気を使ってそうしたのだろう。
だが突然話を振られた蛍は思わずびくっと飛び跳ねてしまった。
「うお、な、なんだよいきなり。やめろよそういうの……傷つくだろ」
仕方なく、そしていかにも仕方ないなと言わんばかりの様子で、蛍は苦笑し日比谷の手を払った。
「誰も選ばないんだから」
「んなの聞いてみなくちゃわかんねぇだろうが。なあ」
と、日比谷が調子よく女の子たちに笑いかければ。
「そうだよー。うるさいばっかの日比谷より、あたしは三門くんみたいなちょっと落ち着いてる人のほうがいいな~」
秋山が調子を合わせる。
それに乗っかって、別の子がまた。
「あ、それわかるー。三門くんちょっとクールな感じだよね」
「うんうん。大人っぽいっていうか」
リンゴジュースのグラスを両手で持ち上げて、しきりに頷いてみせた。
「はは……ありがとう。お世辞でも嬉しいけど、あんま言われると調子乗っちゃうから」
本当はそう思ってないくせにー、と表情で語りながら、蛍は
こんな
話せば話すほど、場はそれなりに華やかに盛り上がった。
それぞれがどんな性格なのか、どんな授業を取っているのか、どんな人間関係なのか、
食事も美味しかった。
内装はファミレスとは違う大人っぽい雰囲気ではあったが、値段はかなり手頃で、これならこういうタイミングでなくても来たいくらいだと思ったほどだ。
けれど笑いながら、楽しいと言いながら、そして十分に食べながら。
蛍は少しずつ少しずつ自分の胸中が、灰色に
「三門くん、どうかした? 具合悪い?」
「え? ううん、いやいや、全然大丈夫」
つまらないわけではないのだ。退屈なわけでもない。
ただ誰かがなにかを
それはこの場限りの、今笑ってる間だけ持続する感情で。テーブルの上の料理と同じで、食べてしまえば綺麗になくなってしまう、一過性のものでしかないと考えてしまう。
楽しいのは今だけだ。
嬉しいのも今だけだ。
全部終わって家に帰ってひとりになれば、そんなものどこにも残っていない。
もしかしたら、明日になれば誰も覚えていないかもしれない。
だってそうだろう。
今は褒めるときだ。楽しむときだ。喜ぶときだ。だからみんな……笑っているんじゃないのか。本当はそこまでじゃなくても、いかにも楽しんでいると周りに伝えるために。自分に言い聞かせるために。
その方が楽しくなるから。
でもじゃあ、そのときの言葉は。楽しさという感情で火をつけられて、ポンポンと飛ばし合ったこの言葉は。
ひとつひとつを本物だと思って大事に持って帰っていいものなのか。
とてもそうは思えない。
実際のところそれぞれの内心の深いところからの言葉ではなく、
(それは……俺がそうだからってことにも、なるんだけど……)
楽しそうにしているほうが適切だから、笑う。
本当はそんなに馬鹿笑いするほど楽しくなんかないのに。
人に向ける自分の表情と、その奥にある自分の本音との間に温度差を感じるたびに。
蛍の気持ちは色を失う。
一滴一滴吸い取られるように色が失われていく。
合コンと呼ばれた、夜七時から始まった二時間の集会は、蛍にとってそんな時間だった。
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