第27話 心


 石琴を弾いていると時々、気持ちがひらたくなる瞬間がある。


 心――なんて言葉だとあまりにセンシティブだけれど。心とか感情とか呼ばれる部分にはいつも、大なり小なり雑音が走っていて、完璧に見通せるようなクリアな瞬間なんてありはしない。

 少なくとも物心ついてからの十年とか、それくらいの間、蛍は自分の『心』についてそう感じてきた。


 けれど石琴に指を置いて、鳴ったり鳴らなかったりする音を辿っていると。ふいに風がぴたりと止まった瞬間のような、なんの音のない、微かな雑音さえない数秒間に遭遇そうぐうすることがあった。


 それは蛍にとって、とても奇妙な時間だ。

 そのときには、心地いいとか不愉快だとか、どうとも感じない。自分がここにあるのかどうかも感じない、完全に凪いだ心地なのだ。ただ後になってそのときのことを思い出すと、それが自分自身に起こった出来事なのかも確信が持てず、奇妙に感じるのだ。


 無。とか。さとり。とか。

 そういう言葉が表すものは、たぶんああいった時間のことだろうと思う。


 今日も、そんな時間があった。 どれくらい続いたのかはわからない。思い出せない。でも確かにあった『凪』の時間は、蛍の内側を一度綺麗に洗い流してくれたような、そんな感覚をくれて。

 けれどできれば今もう一度、と願っても、意図したようにはやってきてくれなかった。

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