第8話 来客


 日が変わって、翌日。

 四限までの大学の講義を終えた蛍は、自宅最寄もより駅まで電車で戻ると、そこから自転車に乗り変えた。


 向かうのは祖母の家だ。

 途中、最近できたスーパーに立ち寄り、スマートフォンに届いていた買い出しリストのものを購入する。

 サラダ油、酢、菜箸、キッチンペーパー、サランラップ、にんじん、玉ねぎ。ヨーグルト。

 そこそこに重量のある荷物を自転車のカゴに放り込み、少々バランスのとり辛くなった自転車を走らせる。


 時間は五時過ぎ。

 辺りは気の早いもので、夜に着替えようとしているところだ。


 どこかの家からカレーらしき匂いが漂ってくる中、蛍は祖母の家の前に自転車を止めるとインターホンを押した。


 少しの間があってから、玄関の扉が開く。対応に出てきたのは昨日と同じく藍だ。

 蛍が軽く頭を下げると、藍は柔らかく笑みを浮かべて会釈をくれた。


 促されて、居間を通り食卓に買い物袋を置く。

 藍がお礼でも言うように深めにお辞儀をしてから、袋の中身を台所へと収納していく。


「重かっただろう」


 ソファの上から、ハリが声をかけてきた。

 蛍は首を左右に倒して、背負っていたリュックを下ろす。首を曲げたとき、小さくパキリと関節が鳴る。


「ちょっとね。自転車でよかったよ」


「ご苦労さん。ありがとうね、あたしや藍さんだと重いから」


「そりゃそうだろうな。液体とかじゃがいもとかだし。早速役に立ててるみたいでよかったよ」


「立ってるとも、立ってるとも。本当はインターネットで注文してもいいんだけど、宅配をお願いすると五千円以上買わないと手数料かかるんだよ。それがわずらわしくて」


 小銭を惜しむほど貧窮している金銭状況とは思えないが、そういうものだろう。気持ちはわかる、と蛍は同意する。


「ああ、そうそう。もうすぐお客さんが来るからさ。蛍、一緒に来てくれないか」


「俺が? なんで?」


「ばあちゃんの仕事がどんなのか、見ておいてもらったほうがなにかと話が早いだろうから。あたしの隣で訳知り顔してればいいからさ」


 それは決して難易度の低い注文ではないと思うのだが、かといって断るのも変な話だ。蛍はハリの頼みに応えるのが、業務内容なのだから。


「わかったよ。なんか都合悪くなったら、言ってくれよ。空気読んで退室とか、できないからね」


「そんなこと期待してないよ。大丈夫。気楽にしてて」


「気楽って」


 気楽にしてるのが一番苦手分野です。内心でそう続けて、蛍は時計を見る。

 五時十五分。約束するには半端な時間だ。遅れているのだろうか。


 その疑問を肯定するように、玄関でチャイムが鳴った。

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