第7話 帰路
その後、バイト条件をまとめたハリの即席お手製契約書に形だけのサインをして、蛍は祖母の家を後にした。
訪れたときはまだ夕暮れ時で、それからさほど長く過ごした自覚もなかったが、外に出たときは空はすっかり夜模様だった。
辺りは古い住宅街だ。街灯もそれほど眩しくないから、つかの間、星の瞬きが楽しめた。
自転車にまたがって、駅の方へと走らせる。
風は冬じみた温度をしていて、軽装備には少し辛かった。
明日から祖母の家でバイトだ。
バイトといえば聞こえはいいし、バイト気分でやれるように祖母が気を使ってくれた感も多々あるが、要は雑用をしてお小遣いを稼ぐようなものだ。
親や親族の大いなる庇護を感じると共に、自分の子供っぽさというか、未熟さみたいなものを実感せずにいられない。
信号待ちの間に、母へ連絡を入れた。
『今帰ってるとこ』
すぐに既読の印が付き、返事がくる。
『ちょうど良かった~、卵買ってきて!』
『了解』
『おばあちゃん、元気だった?』
『腰は痛そうだったけど、元気そうだったよ』
『よかった。蛍が来てくれるって喜んでたよ』
『そうみたいだね。週に三回くらい通うことになった』
『世話押し付けるみたいで悪いけど、よろしくね』
『うん』
気が付いたら信号が変わっていて、蛍は慌てて対岸へ渡る。
帰り道にあるスーパーは、前にバイトしていたファミリーレストランの近くにある。
ほんの少し掠める程度だけど、前を通るとき、少しだけ気まずさが胸をよぎった。
別に誰も、自分が前を通ったことなど気付かないだろうに。
バイトを辞めたのは、先月の終わりだ。十月いっぱいで辞めた。
なんとなく、なるべく見ないようにして前を通り過ぎる。
明日から、新しいバイトだ。
なるべく先のことだけ考えるようにして、卵を買うと、寒空の中、黙々と自転車を走らせた。
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