第5話 想輝石



 想輝石そうきせき

 そう呼ばれて祖母ハリの手の平に鎮座ちんざする小さな石は、確かに綺麗だったけれど。それ以上に特別なところがあるようには、蛍の目には見えなかった。


「なにか、変わった石なの? 貴重とか?」


 思わずまた眉が下がってしまう。

 真面目に聞いたほうがいい話なのか、適当にあしらったほうがいい話なのか。そんな疑問がまだ蛍の胸中にはひっかかっていた。

 まるで喉に引っかかった魚の骨みたいだ。


 ハリは石を座卓の上に戻しながら、今までがそうだったように、なんの変哲へんてつもない世間話のような調子で答える。


「んーん。石自体はただの石だよ。貴重さは人によるけど、もしお店で売るとしたら、そうだねぇ……これだと千円くらいか」


 高いような、安いような。天然石なんてまじまじと見たことのない蛍には、その値段をどう受け止めていいかわからない。

 ただ、そんなものなのか、とは思った。


「でも時々、どんな石でも……持ち主や、長く所持していた人の気持ちが、この中に入っちゃうことがあるんだよ。そうなった石を、あたしみたいな人たちは『想輝石』って呼んでるわけだ」


「ふーん……」


「ピンと来てないって顔だね。無理もないけどねぇ。でも今聞こえたろ、ちょっとだけ。石琴せっきんの音に反応して、この石さな音をたてたのをさ」


「うん。それに、ちょっと光ってた気がする」


「おや」


 ハリが蛍を見上げて、目を丸くさせた。


「見えたの、光ってるのが」


「見えたけど……ぼんやりとね。なんかマズイの?」


「マズイもんか。いいことだよ。特にあたしにとってはね」


「どういう意味?」


 ハリは、蛍のその問いには答えなかった。

 石琴を丁寧に、さっきの風呂敷で包んでいく。


調石師ちょうせきしってのは、想輝石の中に入った誰かの気持ちを聞こえるようにする人のこと。入り込んだ想いは、ほとんどがそのままじゃ誰の耳にも聞こえない。でも石琴を使えば、それが聞こえるようになる」


「それって……死者の声を聞く、みたいな感じのやつ?」


 ちょっとぞっとしなくもない。だってまるで、死んだ持ち主の魂が宿った人形とか、そういう類のものにも聞こえる。


 ハリが明るく笑った。


「そういうこともあるね。蛍が想像してるような怖い話になることもあるよ。でもあたしが見てきた中では、そういうのは稀だね。もっとどうでもいいような、他愛ない日記のような気持ちが入っているだけだったり。自分の子供を好きだ大事だって言ってるばっかりだったり。そんなもんだよ。石なんて小さなものだから。入り込める気持ちはちょっとしたものだけだ」


「それなのに、それを聞きたがる人がいるってこと……だよね?」


 だから祖母はそれを仕事にしているのだろうし。


「世の中、色んな人がいるからね。色んな人生があるし。そういう人生に傍らにちょっと変わった石があったら、興味が湧く人もいる」


「……確かに、そうかも」


 言われてみれば、納得しないこともない。

 もし自分の家に、誰かが大事にしてきた石があったとして。そこに持ち主の気持ちが宿ってますよ、なんて言われたら。それを聞けると知ったら。聞いてみたいとは思う。


(とはいえ、金がかかるなら値段にもよるけど)


 何万もかかるなら、さすがに遠慮する。


 そんな蛍の思考を見抜いたのか、ハリがからかうような笑みを浮かべた。

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