第4話 石琴


 ハリの指が、並んだ石の鍵盤けんばんに触れる。指を変えて、となりの鍵盤。親指が少し離れた箇所かしょを叩く。

 ピアノの演奏のさまにそっくりだった。ただし叩いているのは、内部に複雑な構造を持つピアノの鍵盤ではない。規則性があるのかないのかわからない、ただ並べられた石の板だ。

 だから音など、鳴るはずがない。


 鳴るはずがないのに。


 んだ美しい音が聞こえた。


 ポン、とも。トン、とも。リン、とも違う。

 木琴の音質に似ているけれど、もっと硬い音だ。だけど鉄琴が奏でるような、金属質な音とも違う。

 柔らかく、けれど硬い。

 人の息が含まれた音の温かさはない。

 だけどくわんと辺りに広がる、不思議な音だ。


 耳から聞こえているのかさえ、不確かだった。

 どちらかというと、空気の振動を骨で感じるような音の響きかただった。


 そしてそれはとても……蛍の感傷に、響いた。


「ばあちゃん。これ……」


 なに、と続けたかった。

 でも『なに』と言うこともないだろう。祖母が言っていた通り、石琴の音色だ。

 聞いたこともない、奇妙な楽器の音。


 メロディを奏でるというよりは、この澄んだ綺麗な音をひとつひとつ聞かせるようにハリがゆっくり指を動かす。

 動かし続けながら、蛍を見やり。促すように、座卓の上を軽く顎でしゃくった。


 石琴の存在感に目を奪われて気が付かなかったけれど、座卓の端にはアクセサリーボックスのような黒い箱が置いてあって、その隣に白いレースのドイリーを敷いた小さな石が置かれていた。


 淡い緑の色をした石だ。

 手の中に握り込めそうなサイズで、山という漢字の右端を削ぎ落としたような形をしている。


 こういう石を商品にしている店を、駅前のショッピングビルの中で見かけたことがあった。


(天然石、っていうんだっけ)


 女子が好きそう、というイメージがあるくらいで、蛍は別段、興味のあるものではなかった。綺麗だな、とは思うけれど。


 そんな石が。


(あれ?)


 しっかり瞬きして、もう一度蛍は目を凝らしてみる。


 やっぱりそうだ。見間違いじゃない。


 ハリが鳴らす石琴の音に呼応するようにして、石の中で小さな光がゆっくり、明滅している。

 眩しさを感じるほどの光ではない。そこにあると、よく見ないとわからないくらいのほのかな光だ。


 ハリが音を鳴らす。

 石が光る。

 別の音が鳴る。

 石が少し早く光る。

 また別の音。

 光は今度はゆっくり、揺らめく。


 いや違う。

 

(これ……石が鳴ってる?)


 微かな音が聞こえる。石琴の音を追いかけるように、重なるように、別の音が。よく似た音がする。


 石から聞こえる気がした。

 その音は誰かの……どこか覚えのある、でもまるで知らない……誰かの声のようにも聞こえた。


 奇妙なことに、不気味さはなかった。

 たぶん音がとても綺麗だったからだろう。


 ハリの指が音を奏で、それに合わせて石が歌う。


 その光景に、蛍は息を潜め、微かな音の揺らぎも聞き逃すまいといつの間にか全神経を集中させていた。


「……綺麗だろう?」


 石琴から指を離して、ハリは座卓の上の、緑色の石を眺めながら独り言でも呟くように言った。


「うん……」


 蛍は思わず素直にうなずいていた。

 とても綺麗だった。

 綺麗で不思議な光景だ。


「今の……どういう仕掛けなの?」


「さあ。偉い学者さんに調べてもらえば、なにがどうなってこうなるっていう難しい話が聞けるかもしれないけど。あたしにはよくわからないな。ただ石琴を鳴らすと、石がそれにこたえてくれるってだけ」


 応える。

 あの光は、石の返事だとでも?

 質問したかったけれど、それを聞いていいのかわからなくて蛍は言葉に詰まる。


「でもね、石ならなんでもいいってわけじゃないよ」


 ハリが、あの緑色の石を手に取る。とても大切なものなのだろう。

 その手つきはとても穏やかで、優しい。


「この石は『想輝石そうきせき』。誰かの想いが光と音になって込められた、特別な石なんだ」

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