第161話 あなただけの騎士に

「違うのです」



 そう言い切るなり、エルヴィンはその場に静かに跪く。


 フィルメラルナへと視線を向けたまま、腰に佩いた宝剣をスラリと鞘から抜き払った。



 そして流れるように、自分の首へと刃を押し当てる。



「エルヴィン、何を……!」


「私はずっと、あなたに辛く当たってきたのだと思います。最初は確かに、神妃という存在を呪う心がありました。そして最後は、イルマルガリータ様の死に関わる者が身内であったそのとがから、あなたにふさわしくないと思っていた」



 フィルメラルナの腕を、己の首へ当てた剣へと誘う。



 騎士が命を捧げる、〈誓いの儀〉。


 剣を捧げられた者は、気に入らなければその首を切り落として良いとされている。



 声も、息さえも、止まっていた。


 彼の青い青い瞳が、真剣すぎて。



 咄嗟に引こうとしたフィルメラルナの腕が強く戻され、その反動で刃が彼の首に赤い線を残す。


 鋭く研ぎ澄まされた剣は、彼の皮膚から流れ出た血を吸っていた。



「あれほど多くの民が、あなたを望んでいました」



 流れた血が、真っ白な騎士服を赤く染めていく。


 けれど、彼の瞳はフィルメラルナの双眸を射すくめたまま、微動だにしない。



 そして――。



「ですが、彼ら以上に、私もあなたを望んでいるのです」


「う、嘘よ」



「いいえ、私は神殿騎士です。嘘など申しません」


「そんなの……」



 フィルメラルナの腕は震えていた。


 双眸にも、水の塊が浮かんでくる。



「今すぐ答えが欲しいわけではないのです。私は待ちます」



 たった独り。



 過去も未来も、そうして生きて行くのだと覚悟した。



 父と過ごしたあの日々を奪われ、自分を含め何をも信じられなくなった。


 それでも、生きていかなくてはならない。



 神妃という存在に心寄せる人たち、その祈りによって均衡を保つ世界のために。


 自分はたった一人、いしずえとなるのだ。



 そう覚悟していた。



「私はあなたの……あなただけの、騎士となりたいのです」



 涙で視界が曇っていた。


 何も見えない。



「あなたの側で永遠に待つことを、許していただけますか?」



 フィルメラルナは、激しい嗚咽を漏らしていた。



 しかし。



 やがて――ゆっくりと頷いた。





 *****




 そう……。


 運命を信じて進めばいい。



 決して流されるわけでなく、


 振り回されるのでもなく。



 与えられた運命の歯車に自分の意思を絡め、


 ゆっくりと切り開いていく。



 若く瑞々しいつたの葉が、


 光を求めてその腕を伸ばすように。



 人の生とは、


 そうして初めて美しく輝くものなのだから。



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