終章 歴史が変わるとき
第162話 永遠の目録士(ヘンデル)
暖炉の中、パチパチと炎が爆ぜる音が響いていた。
「ヘンデル様、それは――」
歴史棟の部下のひとりが見咎めて、恐る恐る声をかけた。
「ん? あぁ、単なる覚書だよ。いらない資料が溜まってきたからね。少し整理をしていたところだ」
(ふん。目敏いな)
ヘンデルは鼻を鳴らした。
だから歴史棟に詰める者は、怪しげな魔術を使うと言われてしまうのだ。
気味悪がられるのも無理はない。
自分のことは平然と棚に上げ、ヘンデルは内心で部下の指摘を罵った。
「しかし、なにも暖炉に焚べておしまいにならなくとも」
まだ食い下がるつもりか。
早くあっちへ行ってしまえ。
「いやいや。君もまだまだ分かっていないのだね。不要な情報は人を混乱させ、ついては歴史を縺れさせてしまうものなのだよ」
よく分からない、と若い部下はあからさまな混乱を見せる。
血脈によって受け継がれる《ヘンデル・メンデル》という記憶の
生まれた瞬間から自分が頂点と決まっている歴史棟の仕組みなのだから、この部下にも出世欲などない。
ここは歴史を記し、研究を重ねる場所であり、純心な目録士だけが集まっている。
そこがまた面倒くさくもあり、愛しい場所でもあるのだが。
「さぁ、自身の仕事に戻りたまえ。これから私たちも忙しくなる」
余計なことなど考えず、さっさと消えろ。
心中で悪態を垂れ流す。
「忙しくなる……のですか?」
「そうだよ。これから新しい神妃をめぐって、神殿も王宮も、世界ですらも、大きく動き出すだろう――やれやれ、本当に初めてのことばかりで困ったものだねぇ。我々も十分注意していかなくては」
そんなことを口にしてしまったから。
部下は一気に双眸を輝かす。
安穏な歴史などつまらない。
記すべき内容には、ピリリとした刺激が欲しいもの。
「ヘンデル様、神妃解放党が結成されたと聞きました、もしや?」
これまでは、各地で小さく燻るだけの集まりだったが。
ガシュベリル領の次期領主フロリオという者が中心となって、正式に立ち上げたらしい。
「浅はかな連中だ。神殿から聖女を連れ出して、どうしようというのかねぇ。それに、今の神妃が不幸だと誰が決めたのか」
「確かに、フィルメラルナ様は少し違う気がしますね。まだまだ気は抜けませんが」
「ああ、期待したいところだよ」
だから。
イルマルガリータの罪を残す必要はない。
現在のユリウス王子が、本当は誰であったかを記すなど、不毛なのだ。
王宮には王宮の風が吹き、きっと嵐となるのだろう。
歴史資料に加えなければならない事実が、未来に山と積もっている。
余計なものは消してしまうべき。
そして――。
神妃、フィルメラルナ・ブラン。
神殿騎士卿、エルヴィン・サンテス。
蒼玉月の狂気に操られてきた神妃と、そんな聖女の奇行に対し、見て見ぬ振りを貫かねばならなかった神殿騎士卿。
その構図は、きっとこの二人には当てはまらない。
黒い歴史が崩れ去る瞬間を。
余すことなく、この目で見て、聞いて、
永遠の
了
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蔦の神妃 - 蒼玉月に呪われた聖女、あなただけの騎士に コノハナサクヤ @konohana_sakuya
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