第151話 解錠の権限

「それでも、わたしには分からない。どうしてイルマルガリータ様は、そうまでして神妃の代理を作る必要があったのか」



 蒼玉月の狂気に呑まれてしまうのを、恐れたのだろうか。


 数々の蛮行を許せなかったのは、実は彼女自身だったのか。



「そうね、理由はもちろんあるわよ。イルマルガリータが死ななくてはならなかった、それ相応の」



 何でもないことのように言って、ミランダはさらりと豊かな鳶色の髪を払う。



「もしかして――ユリウス王子が関係して?」


「あら、なかなか聡いじゃない」



 公式には、イルマルガリータの婚約者は神殿騎士卿であるエルヴィンだった。


 しかし、イルマルガリータに並々ならぬ想いを寄せていたというユリウス王子と、もしかしたら恋のもつれなどあったのだろうか。



「ふふふ。いろいろと想像してるようだけど、そんなに複雑な話でもないわよ。まずは、その遺骨をわたくしに」



 促されて、膝の上の小箱を見やる。


 小さな黄金の蜘蛛が、巣の上でくるくると回っている。



「鍵はかけたままでかまわないわよ。その鍵は、ユリウスが触れたならば開かれるはずだから、わたくしにも中身は見えなくてよ」



 別に奪おうというわけじゃないのだから安心して良い、とミランダは寂しそうに笑う。



「このお骨が手に入れば、ミランダ王女、あなたも、そしてユリウス王子も、イルマルガリータ様の死を本当の意味で受けいれられるの?」



 体の中から不安の蟲が這い出る、不快な気持ちがした。


 なんとも言えない不条理さだ。



 まるで、ヘンデルの言う大きな何かが引き起こされてしまう、そんな危険性を孕んでいるようで。



「そうよ。だってその鍵は、新しく神妃になったあなたにも、開けられないでしょう?」



 ハッと顔をあげた。


 遺骨であるから、開けてみようとは思わなかったけれど。



「試してみたらいいわ、あなたが納得した上で渡してくださらないと、わたくしも気分が悪いんですもの。ぜひそうしてみて」



 ミランダは悪びれもせず、小箱の鍵を解いてみるよう促す。


 じっと考え込んでいたフィルメラルナだが、やがて諦めたように呟いた。



「あなたの役目は終わったわ……」



 そう小さな蜘蛛に言ってみるも。


 蜘蛛は複眼をキョロキョロとするばかりで、一向にその場を退こうとはしなかった。



 ミランダの言うとおり、フィルメラルナには開けられなかった。


 イルマルガリータは、解錠の権限をユリウス王子に特定したようだ。



「納得したかしら?」


「――ええ、わたしには無理みたい。どうぞこの遺骨を、ユリウス王子にお渡しください」



 完全にお手上げだった。


 この箱を渡してしまったら、もう後戻りは許されない。



 そう頭で分かっていても、抗うなどできなかった。


 震えてしまう腕で、ミランダの手のひらへと小箱を手渡した。


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